第11話「決闘」
「―――どうぞお入りください」
イメルダさんはまるで自分の家に案内するかのような振る舞いをしている。
「イメルダ様、ここは私の家です」
それに対して、ラミロが冷静に突っ込む。
「「……」」
俺とアリスは緊張状態のまま中へ入れられた。二人の他に、この家の主ラミロと、案内したイメルダさん、騒ぎを起こしたナンシーの三人が入った。他のエルフは外で見張りをすることとなった。
「ラミロ、お二人の目隠しを外してさしあげなさい」
「は、はい……」
ラミロとしては自分の家の内部をエルフ以外の種族に見られるのは初めてだろう。多少ためらったものの、イメルダさんの命令には従えないのか、素直に俺らの目隠しをはずしてくれた。
「ふぅ……やっと解放されたぜ」
「目が見えないのがこれほど不便とは思わなかったわ」
目隠しを外した俺らは、目をパチパチ動かしたり、室内を見渡したりして目を慣らす。視力を取り戻すため自然とそういう仕草になる。
「初めまして人間の子たち。私は嘆きの里の長をしている、イメルダと申します」
「私はイメルダ様の護衛団隊長ラミロだ」
「私はアリス」
「シンヤです」
俺とアリスの自己紹介は至って簡潔に終わらせた。
「なぜ私たちはこのような場所に連れて来られたのでしょう?」
アリスがイメルダさんに尋ねる。
「それは、このナンシーから詳しく聞くことにいたしましょう」
その場にいた全員が、桃色の髪をしたエルフを見た。
「アタシはナンシー。今朝、毎日の日課になってる占いをしていたら、今日アタシは運命の人に出会うって結果が出たの。その人は金髪の東洋人。そう、つまりあなたの事よシンヤ様!」
ナンシーが俺の体に密着する。
「えっ、あ、ちょっと!」
口では慌てているような声を出すが、内心は最高にうれしい。その証拠に、ナンシーの白く綺麗な肌が密着していることと、胸が当たっていることで鼻の下を伸ばしている。彼女からの香りも素晴らしい。嗅いだことがない香りだが、うつくしい花のような甘い香りがする。
「ちょっと! あんまりくっつかないでよ!」
アリスが慌てて俺らを引きはがそうとする。
「誰ですか、このヒト? まさか許嫁じゃないですよね?」
ナンシーがジト目でアリスを睨む。
「ち、違うよ」
「そうですか。よかったです。シンヤ様はアタシだけのものなんですから!」
「だからってあんまりくっつかないでよ!」
アリスとナンシーの攻防戦は続く。
「「……」」
その光景をぼーっと眺めるイメルダさんとラミロ。
「えへへ……」
楽しむ俺。
「……どうしますイメルダ様?」
「そうですね……エルフと人間が恋仲になるのは違反にはなりません」
「しかしこの里も含め、世界中のエルフが他種族と結ばれることを快く思っていない者が多いのも事実です。それゆえ、他種族と結ばれたエルフは、誰であろうと里を追い出され、二度と戻って来ることはできません。地位の高くないナンシーならなおの事」
「ナンシーも本気のようですし……困りましたわね」
三人が争っている間に、ラミロとイメルダさんはどんどん話を進めていく。
「そもそも占いなど信じる方が馬鹿げています」
「ナンシーの占いはよく当たっています。この間も嵐の到来を占いで当てていましたし……」
「だからと言って今会ったばかりの男にナンシーを渡せません」
「ラミロ……あなた、イライラしていますね」
「と、当然です。このような事態、私も初めてのことですから」
「そうではなく、あなた、ナンシーのことが好きなんでしょう?」
「―――ッ!?」
イメルダの言葉にラミロは目玉が飛び出るほどまぶたを開き、顔を真っ赤に染めた。
「そ、そそそ、そのようなことは! な、なぜ私があのような怠け者をす、すすす、好きになど……! あ、ありえません! 明日世界が滅ぶほどありえません!」
必死に否定するラミロを見て、イメルダさんはいたずら少女のような無邪気な笑顔でクスクスと笑った。
「ではこうしましょう。ラミロとシンヤさんで決闘を行い、勝った方がナンシーと結ばれる、というのはどうでしょう?」
『―――えっ?』
ラミロも含め、もめていた三人も体が絡まった状態で動きが止まる。
「……し、仕方ありませんね。イメルダ様が決めたことなら」
「し、シンヤくん、決闘なんてできるの?」
「頑張ってくださいシンヤ様! ラミロなんて瞬殺しちゃってくださいね!」
すっかり周りは決闘ムードになっていた。
と、いうわけで俺の意見はどうあれ、ラミロと俺は決闘することとなった。その事は別のエルフに伝えられ、里中のエルフがその決闘を観戦しようと集まった。決闘場はエルフの里に訓練場として使われる場所で行うこととなった。
しかしそれは俺にとって不利な状況でしかなかった。周りにはいわば敵だらけ。里内で行うため、俺は目隠しをしなくてはならない。
「ふざけるな! こんな状況で戦えるか!」
俺は珍しく怒鳴り散らした。
控室のような物置小屋のような鉄臭い場所で男二人が待機していた。
「ふざける? 大真面目だ。それくらいの男でなくてはナンシーを渡すことは出来ん。渡すつもりなどないがな」
ラミロは決闘で使う剣を磨きながらそう言った。おそらく彼の愛剣だろう。
一方シンヤは、武器の手入れなどせず、ただジッとそのときを待っていた。刃物を磨くラミロを見ていると、まるで自分が今から山姥に食べられんとしている瞬間のように思える。デヴィットの時以上に緊張している。汗も震えも止まらない。
「さぁ、二人とも、そろそろです」
エルフの兵士が呼びに来た。まるでプロデューサーかマネージャーの様だ。彼のおかげでシンヤの緊張は少しほぐれた。
「言っておくが、俺はお前を殺す気でいる」
しかしラミロの一言で再び緊張が高まった。
訓練場は、時に闘技場として使うこともあるようで、観客用の席が造られていた。見渡す限り360度満席だ。サッカーの試合を見るわけでもないのに、この盛り上がり。殺し合いがそんなに面白いのか。ローマのコロシアムと比べるとかなり小さいがな。
『ではこれより、ラミロ様とシンヤの決闘を執り行う! ルールは単純。相手が降参するか、戦闘不能になるまで戦い続ける! 最後に立っていた者が勝者となる! 双方準備はよろしいか?』
「早く始めろ」
ラミロは不機嫌だ。合図が出たら一気に距離を縮めてくるだろう。
「クソッ……全然前が見えねぇ」
「シンヤくん! 目で見ようとしないで! 気配を感じ取って!」
アリスのアドバイスはしっかり聞こえた。
『では―――はじめっ!!』
戦闘開始の合図とともに迫ってくる足音。やはり来たか。前から一直線。俺の聴覚が人並み外れていることをラミロは知らない。それを悟られてはいけない。警戒されてしまう。ギリギリかわしたように見せかけるため、大げさ動きでラミロの剣先をかわすんだ。
「うわっ!」
わざと情けない悲鳴を出してみる。
「よく避けたな。当然だ。今のは手加減したからな」
強がっちゃって。
だが俺も余裕があるわけではない。読み間違えれば一気に勝負を決められてしまう。それと同時に、俺の人生は終了する。
「次は連続だ」
わざわざ予告してくれてくれるとは、よほど自信があるのだろう。
(どこからくる? ―――下かっ!)
足元に風が当たった。風邪に乗って下から草の香りがする。まずい、足を切られれば身動きできなくなる。
(飛ぶしかない!)
「掛かったな!」
「なにっ!?」
これは違う。下からじゃない。俺が下から来ることを予測して飛び上がるのを待ってたんだ。空中で回避行動はとれない。串刺しにされてしまう。
「貴様にナンシーは渡さん!!」
だめだ、やられる。
『やめて―――ッ!!』
「むッ!?」
突如会場に響き渡る声。これはアリスの声だ。
「ハァ、ハァ、ハァ」
どうやら俺は無事なようだ。アリスが叫んだおかげでラミロは動きを止めた。
「アリスとか言ったな。貴様、そんなにこの男の命が大事か?」
「当たり前よ。あたしを助けてくれたんだもの。大体卑怯よ。シンヤくんは戦闘経験が少ないうえに、目隠しをしているのよ。あなたが勝つに決まってるじゃない」
「果たしてそうかな。俺には、ヤツはまだ隠している力があるように思えるぞ」
バレてる!?
「具体的には分からんが、まだヤツは本気を出していないように見える」
「ほ、本気も何も、目隠してしてるんだから本気なんて出せないわ」
「ふふふ……アリスよ。貴様もこの男が隠している能力を知っているな」
こいつ、超能力者か。
状況が変わって来たぞ。これは早く仕留めないとどんどん見抜かれていく。俺の力量を完全に見抜かれる間に勝負を決めなくてはならない。その為には、多少卑怯な手だって使ってやる。ごめん、アリス。
「はあああああぁぁぁっ!!」
「ラミロ様、後ろ!!」
観客の声でラミロが俺の接近に気づく。
「おのれ卑怯な―――うぐッ!」
しかし駄目であった。ラミロの右肩に浅い切り傷をつけることしかできなかった。
「貴様アァ……!」
「試合中によそ見してる方が悪い。こっちは目隠しされていて余裕がないんだよ。戦闘のプロが呆れるぜ」
俺はチャンスとばかりにラミロを罵倒した。
「……」
ラミロは何も言わず俺を睨んでいるが、恐らく怒りを与えることはできたと思う。これで冷静さを失ってくれればいいんだが。
「その通りだ。確かにこれは恥じるべき行為だ。今からは一瞬たりとも貴様から目を離さん」
なんて精神力だ。逆に冷静になりやがった。これじゃあ俺がますます勝てなくなるじゃないか。どうすんだよ、俺……。