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第9話「家族」

リザータウンから見事に脱出した俺とアリスは、小さな田舎町の宿にいた。村にある井戸から水を汲んで水浴びをし、体の泥を落とした。


衣服もそうだ。アリスの服は布を被っただけ。俺はこの世界に合わない服。二人とも新しいものを用意する必要があった。だが金がない。アリスの所持金は全額リザードマンに取られちゃったし、俺の持ってる福沢諭吉はこの世界ではただの紙切れ。しかし村人のお古をもらえることができたので一安心。アリスは魔女っぽい服装になったが、俺は職業が決まっていないので、適当でもよかったのだが、デヴィットの短剣を持っていたせいで、村人は俺を剣士か何かだと勘違いし、それに合った服をわざわざ繕ってくれた。日本のおもてなしの心ではないかもしれないが、やはり人。優しさがちゃんとある。


「短い間でしたが、お世話になりました」


アリスが村人たちに向かって軽く会釈をした。俺もアリスに釣られて会釈した。本来なら俺が先にするべきだったかもしれない。


「こんな村でも、旅の方々のお役にたてて光栄です」


実に暖かい光景だ。


俺とアリスは村人との別れを告げると、その先にある、エルフが住むという嘆きの森へ向かった。村長曰く、恵土に行くためには、その森を通過しないといけない。迂回していると二週間近くかかってしまうそうだ。だが通過すれば、危険は伴うものの、早くて二日で森を抜けることができるとのこと。




そして嘆きの森をはっきり目で確認できるところまで近づいたころには、すでに日が暮れようとしていた。


「今から森へ入るの?」

「いえ、やめましょう。森に何があるか分からないし、今日はここで野宿しましょう」


今日で何回目の野宿だろう。リザータウンを出て冒険を始めた頃から村にいた時を覗いてずっと野宿だ。慣れない野宿で、俺は体調を崩しかけている。


「あぁ、足が痛い」

「大丈夫?」


毎日何時間も歩き続ける。俺が超人的な力を持ったとはいえ、馴れないことをすればその分疲労も溜まる。とは言っても、戦闘にはかなり慣れてきた。この世界の重力にもかなり慣れてきた。


「水飲む?」

「ありがとう。けどまだ自分の分が残ってるから」


俺は遠慮した。スポーツドリンクの一件があってもなお、関節キスに抵抗があるのだ。これも早く慣れなくては。慣れなければいけないことが多すぎて軽い頭痛までしてきた。


「火がついたわ」


アリスが薪を拾い集めてきて、それに魔法の力で火をつける。アリスはほとんど回復系の魔法を使うのだが、ときにこういった攻撃系の魔法も使うらしい。


「これで魔物は来ないと思う。食料を調達して来るから、シンヤくんはここで休んでて」

「ほんと、任せっきりでごめん」

「気にしないで」


アリスは俺の事情を理解してくれているようだが、肝心の俺は罪悪感が溜まるだけだ。まるで母の世話になりっぱなしの引きこもりニートの様だ。




母ちゃん……。ロクな恩返しもできずに家を飛び出してごめん。俺は遠い、遠い世界にいるんだよ。母ちゃん、会いたいぜ母ちゃん……。




「―――シンヤ……」

「母ちゃん!?」

「……大丈夫、シンヤくん。だいぶうなされてたみたいだけど」


気がつくと、目の前にはアリスがいた。どうやら眠っていたらしい。


「いや、何でもないよ」

「ならいいけど。それより、今日の食事は野草しかないけど、我慢してね」

「ああ、野草は大好きだから大丈夫だよ」


宮古村にいた頃はよく通学中に野草を見つけてはつまみ食いしていた。この世界の野草がどんなものか知らないけど、アリスが持って来たものだから安心して食べられる。


「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「ん?」


野草を口に含もうとした直後、アリスの言葉に口が開いたまま手が止まった。


「あなたの、お母さんって……」


アリスが悲しそうな表情を見せた。


「ああ。俺の母ちゃんは、俺が住んでいた世界にいると思うよ。母ちゃんは、まさか俺がこんな世界にいるとは、思ってないと思うよ」


17歳にもなって母親が恋しくなるとは、なんと情けない姿を見られたことか。小学生でもあるまいし。だがやはり母親というのは一番近くにいる、一番神に近い存在なのかもしれない。


「アリスの、お母さんは?」


俺は恐る恐る訊ねた。

するとアリスは、うつむいたまま黙りこくってしまった。


「……私の、お母さんは……殺されたの」


しばらくして、アリスはゆっくり、そう言った。雰囲気からしてそんな事だろうと思った。よくある展開だが、平和という言葉がそのまま当てはまる日本という国にいた俺には、到底理解できない真実なのだと思う。


「私の住んでいた村ね……小さい村だけど、みんな優しくて、いい人たちだったわ。さっきの村みたいにね。みんな暖かく……」


アリスは唐突に話すのをやめた。思い出すのが辛いのだろう。


「殺したのは魔物でも、怪物でもない。人間よ。『トライアングル』っていう三人組の犯罪者グループ。それぞれが何十人もの兵士を相手に戦える強者らしいわ。村の一つや二つ、破壊することなんて容易いでしょうね」


トライアングル。洒落た名前を付けてるな。


「今、世界中で指名手配されているわ。でも捕まらない。賞金がかけられ、腕に自信のある者が多く挑んだけれど、みんな殺された」


そんな奴らに襲われてよく無事だったね。


「私以外はみんな死んだわ。私だけはかろうじて、ヴァースの修行中で村にいなかったから助かったけど」


辛かったんだね。


「地獄よ……こんなことなら、一緒に死んでいればよかったと思うくらいにね」


それでも、君は生きている。


「師匠が言ってくれたの。『死んだ者が願うのは、生きている者の幸せだ』って。それから私は旅に出た。ずっと一人の旅で寂しかったんだけど、今はシンヤくんがいるから寂しくないわ」


「俺なんかでよければ、いつでも力になるよ」

「ありがとう。さぁ、今日はもう遅いわ。明日に備えて休みましょう」

「そうだね。俺は火の番をしてるよ。さっき寝たからね」

「ありがとう。お願いすわ」


そう言って、アリスは横になった。俺はすぅ、すぅと静かな寝息をたてるアリスを見ながら、この世界で生きていく決意をした。


トライアングル。どんな奴らなのか知らないが、アリスは彼らに復讐しようなんて考えているじゃないだろうな。俺が説教みたいなことを言える立場じゃない。会ったことも見たことも聞いたこともない。でも何か、嫌な予感がする。彼らには会わない方が、幸せでいられるような気がする。


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