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第1話「真夜中真夜中」

2015年7月19日。その日の気温は30度を超えていた。湿度は60%。真夏だ。




俺は大きな欠伸をした。バスに揺られながら目を擦る。窓から差し込む朝日が目に染みるようだ。


『次は、谷川高校前、谷川高校前です』


アナウンスが流れた。俺はいつもここで降りる。そう、俺は谷川高校の二年生。「真夜中真夜中」だ。「まよなかしんや」と読む。なぜこんなDQNネームをしているかというと、理由は定かではないが、親が『面白そうだから』という理由でつけたそうだ。こっちの事も考えてほしい。小学生のときからこの名前のせいで苦労しているのだ。高校に入学した時もクラスメイトに大爆笑された。


『谷川高校前です』


おっと、降りなければ。

俺は運賃を払わない。定期カードを買っているので、それで済ませている。いまどき、ほんどの人は通勤・通学では定期カードを持っている。むしろ切符の時代を俺は知らない。ゆとり世代だからだ。同じゆとりでも、二歳上の先輩は切符時代を懐かしんでいたような。たった二つ違うだけでこの差か。今の時代は一年で十年分の技術が進んでいるように思える。


「よっ、シンヤ」


校門手前で声をかけてきたのは親友の「草原翔」だ。「そうげんかける」と読むらしい。こっちもなかなかのネーミングセンスだ。俺は最初「くさはらしょう」と呼んだ。ほとんどの人がそう読んだ。


「まよなかまよなかくん」

「うちの親はぶっ飛んでるからな」


カケルは学校でも1、2を争うイケメンだ。スポーツ万能、頭脳明晰で日の打ちどころのないこの男。それでいてオタクでもある。特にライトノベルがお好きなようで、新発売のラノベは必ずチェックする。毎日カバンの中には、教科書の他、そう言った本が何冊も入っている。

そんなカケルとは違い、俺は少年漫画雑誌に載っているような、熱いバトル漫画なんかが好きだ。気に入った漫画は必ずコミックを全巻そろえ、アニメは必ずチェックする。それはカケルも同じだが。つまり、俺とカケルは同じアニメオタクと言っても少し違うのだ。


「なあシンヤ。今日の放課後、駅前でリニューアルしたボックスに行ってみようぜ」

「悪い、今日は大事な用事があるんだ」

「えっ、どうしてもだめ?」

「どうしても。今日は一生に一度の大事な日と言ってもいいぐらいだからな」

「へえ。そんなに大事な日なら仕方ないな。女の子でも誘うか」


さらっとそんな事を言うカケルにイラッとするが、これでいい。放課後は寄り道している暇はない。今日は夏休み前の最後の登校日。午前中で授業は終わる。この日を一か月も待っていた。

どういう事か分からない人のために説明しようと思うが、かなり長くなるので覚悟して聞いてほしい。




まず、俺は『宮古村』という山に囲まれた小さな村に暮らしている。カケルは駅から歩いて徒歩10分の所に暮らしている。学校までは自転車で20分。逆に俺は家から親の車で駅まで行き、そこから電車に乗り換え、さらにバスに乗って、計二時間くらいかけて学校に行く。定期もバスと電車で二つ用意しなくちゃいけないし、朝も早く起きなきゃいけないから、面倒くさい。町の方に引っ越したいくらいだ。


と、そんなことはどうでもいい。俺の住む宮古村は稲作が盛んなド田舎。この村の歴史は400年以上あると言われている。最大で500人以上いた宮古村も、今ではわずか100人ほど。観光地計画を実行しても、周りが山で囲まれているため、ほとんど人は訪れない。小学校と中学校は同じ校舎にあり、築100年を誇る。村人の半分は65歳以上の高齢者。若者が次々に都会へ行ってしまうため、この村ももってあと10年と言われている。

東京オリンピックは東京で見たいな。

この村には、大晦日の夜、来年も豊作を祈願する「穀豊祭」が行われる。「こくほうまつり」と読むらしい。名前の由来は字の通り、五穀豊穣でありますようにという願いを込めたものという説が有力だ。穀豊祭は宮古村のほとんどの住民が参加する毎年恒例のイベント。屋台も出るため、それなりに楽しめる。


しかし、10年に一度、それを表とする、裏の儀式が行われる。その裏の儀式に正確な名前はない。しかし村人のほとんどが知っていることだ。儀式の内容は、若い女性を暗い洞窟の中に潜む怪物に生贄として捧げるというもの。これも、五穀豊穣と共に、村人全員が健康で平和に暮らせ、災害にも見舞われないという意味が込められている。


生贄となる女性の条件は、15歳から19歳の未成年であること。もう一つは汚れのない処女であること。この二つをクリアしていれば、たとえ村人でなくとも生贄とさせることができる。生贄とされた女性は、洞窟の中で、魔物に子宮を捧げなければならない。


なぜこのような儀式を行うようになったかというと、言い伝えでは300年前。ある若い娘が一人の男と恋に落ちた。長年密会を重ねる二人だが、男は自分の素性について決して明かさなかった。しかしある日のこと、ついに男が「私の妻になってはくれぬか」と尋ねたそうだ。しかし娘は「ならば素性をお教えください」と言ったが、やはり男は明かさなかった。故に断った。その後も説得を繰り返す男だが、娘は決して首を縦に振ろうとはしなかった。ついに男は諦め、それ以降姿を見せることはなかった。


それからしばらく経ったある日、娘は男のことなどすっかり忘れ、また別の男に恋をしていたのだ。その男は貴族。貧しい暮らしである自分には雲の上の存在。叶わぬ恋を夢見る娘が、性欲を発散するために村の近くにある洞窟の中にある祠の前で自慰行為を行った。その祠には、怪物が住みついており、村人から決して近づいてはならないと言われていたのだが、ここなら誰にも見られずに自慰行為を行えると考えたらしい。


しかし、次の刹那、祠に住みついている魔物が娘の前に姿を現した。それはとても恐ろしい大蛇の怪物だった。そしてしばらく娘をジッと見つめると、その姿は見る見るうちに人間の男の姿へと変わった。そのとき娘は気づいた。その男は、かつて自分が恋をしたあの男だったのだ。男は娘を睨み、こう言った。


「私がどれだけ説得をしても、決して首を縦に振らなかったあなたが、他の男を想い、そのような下品な行為を行っている。許せん。この私を侮辱しおって」


怒った男は、再び大蛇に姿を変え、村の上空に現れ、村人たちにこう告げた。


「これから10年に一人、この先の祠に若く汚れのない娘を生贄として差し出せ。さもなければ、この村に凶作と災害をもたらしてくれる」


そう告げて、大蛇は姿を消した。

その後、村人が洞窟の祠を確認すると、祠の前には、子宮を無残に食いちぎられた娘の姿があった。まだ息があったが、恐ろしくなった村人はその場から立ち去った。そして娘は静かに息を引き取った。


というような、嘘か真か分からない伝説がこの村には存在する。それが2015年になった今でも続いているという。儀式をやり始めた当初は、娘やその家族が異常に嫌がったため、娘を生贄に捧げると村人から次の儀式まで収穫された作物の一部を無料で受け取ることができ、その分の金まで貰えるようにしたという。しかしそれでも嫌がる家族はいた。さらに江戸中期に入ると、生贄を捧げた家族は3代先まで幸せに暮らせると言われ始める。




お疲れ様。これで村の説明を終わろうと思う。そしてここからが本題。この生贄の儀式に2005年。当時16歳だった俺の姉ちゃんが選ばれてしまった。断ることももちろんできるのだが、江戸の後期以降は断った者はいないのだという。いや、断れないのかもしれない。断れば逆に、3代先まで呪われるという言い伝えがあるからだ。本当かどうか分からないが、それでも俺は何人か断っていると思う。絶対そう思う。根拠はない。

俺の姉ちゃん「真夜中星」は断らなかった。「まよなかきらり」と読む。姉ちゃんはその年の大晦日の夜以降、二度と俺達家族の前に姿を現すことはなかった。俺も高校では一人っ子で通している。

さすがに両親も最初はしばらく無口になったが、今ではすっかり元気を取り戻している。だが俺は納得していない。姉ちゃんは本当に死んでしまったのか。自分の目で確かめたい。儀式の時以外は、封鎖されているし、村の幹部が24時間体制で見回っている。その為に一か月かけて準備をしてきた。わざわざ町の図書館まで出向き、村の事、儀式のことを調べ、警備員の人数、誰がどの時間で守っているのか、そしてその人の特徴など。マンガに使いたい金や時間をこれに費やしてきた。

だから絶対に……。


「絶対に成功させる!」


『え?』

「あ……え、あ……え?」


その刹那、クラス中の視線が俺に集まった。


「何だ真夜中。寝言は真夜中に寝て言えよ」

『わはははははっ!!』


俺は恥ずかしさで顔を真っ赤にした。


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