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「もしもし」

 私が声をかけるが、電話の向こうは沈黙。

「もしもし、どちら様ですか?」

 もう一度呼び掛ける。

「……ちは……」

「あ、なたは……!」

 微かに聞こえたのは、今日はもう三度目の声。

 いちだ。

「いちは、みんなをやっつける」

 たどたどしく、どこか愛らしくすら感じられる声で彼女は告げた。けれど、やっつけるとは、やはり

「新田さんをやったのはあなたなの?」

「だって、あの人は伊織を笑った。伊織の夢を笑った人。傷つけた人。だからやっつけた」

 人の夢を笑う──確かにそれは人を傷つけることだけれど、だからといって、殺人が許されるわけじゃない。

「それでも、殺すのは駄目よ。まだ誰かを殺すつもりなら、やめて。お願い」

「やっつける」

「駄目っ!!」

「やっつける。いちは」

 淡々といちは言う。

「いちはツミタチノヒトカタだから」

「え」

 プツッ

 電話が切れた。

 ツミタチノヒトカタ?

 一体どういう意味? と沈みそうになる思考を振り払うために頭を振り、リダイヤルをする。

 伊織さんも、新田さんも、いちからの電話の後、遺体が発見された。亡くなった本人の携帯から。

 なら、この電話の持ち主が分かれば──

 そのとき


「きゃああぁぁぁっ!!」


 学校から、悲鳴が聞こえた。

 私は反射的に走り出していた。

 交番の者だと身分証を見せ、中に入る。

「今、悲鳴がありましたよね?」

「は、はい。東側のトイレの方からかと」

「案内してもらえます?」

 事務員の一人に導かれ、競歩気味に廊下を突っ切る。階段側に一階のトイレはあったが、誰もいない。上の方が騒がしいから、二階だろうか?

 事務員とともに階段を駆け上がると、一階と同じく階段側にトイレがあり、その前にへたり込んだ女子生徒が一人と、すぐ向かい側で授業をやっていたのか、教師が一人いた。

 向かいの教室の窓からは野次馬と化した生徒たち。「何何?」「つぐみ、どうしたん?」「ってか事務員連れてるあの人誰? めっちゃ美人なんですけど」「退いてよ、見えないじゃん」、などと、騒々しいことこの上ない。

 私はまず教師の方に名乗り、軽く挨拶する。何があったか聞いたが、教師は首を横に振り、目線でへたり込む生徒を示す。

「ええと、つぐみさん?」

「は、はいぃっ!?」

 思い切り怯えられた。野次馬から拾った情報から名前を呼んだのだが、本人に聞いた方がよかったかもしれない。

 少女──つぐみさんの目には警戒というより、恐怖が見てとれた。

 私はしゃがんで目線を同じにし、質問した。

「さっきの悲鳴は、あなた?」

「は、はい」

「何が、あったの?」

 できるだけゆっくりとした口調で問いかける。すると、彼女はすっとトイレの扉を指差した。

「この中に、何かがあったのね?」

 こくこくこく、と勢いよく首を縦に振る。

「わかったわ。ありがとね」

 私はつぐみさんに一つ微笑むと立ち上がり、目に入ったものに皮膚があわだった。

 紅い小さな草履の跡。

 現場に駆けつけることに必死で気がつかなかったが、階段から点々と続いている。

 あの人形が、ここに?

 だとしたら、校庭に跡がなかったのが気になるけれど、それよりも今は、つぐみさんが目にしたものを確認しないといけない。

 失礼します、と一言告げ、私は扉を開けた。

 瞬間、騒がしかった野次馬生徒の声が止み、水を打ったように静まり返る。

 私は目の前の光景を拒絶して、扉を閉めようと思ったが、体が硬直して動かない。

 細長く、右手側には五つの扉がある一般的な女子トイレ。その一番奥のただ一つの窓の下に壁に寄りかかるようにして座る女子生徒。

 何故か正座で座す彼女は目を見開き膝の上に添えられた自らの両の手を見つめた状態で絶命していた。

 いや、正確には、彼女は手を見つめていない。──見つめる先に、手はなかった。

 手首から先のないその手はもう紅い水溜まりを生み出す雨雲の役割しか果たしていない。

 私はひたり、と一歩足を踏み入れた。その途端、借りていたスリッパの先がこつりと何かに触れる。

「う……」

 そこにあったのは、二つの手。何かを求めるような形で固まった二つの手首から先だけだった。

 私がそれに悲鳴を上げそうになる直前、私は尚更恐ろしく奇妙なものを視界に捉えた。

 紅色と金色に彩られた豪奢な和装に不似合いな白いスマートフォンを持つ、市松人形。

 頬には先程の紅い筋がそのままで、またしても私を見るなり紅い涙を流した。

 悲鳴ももう出ない。

 ただただぞくりと背筋に悪寒が走るだけ。

 ただの思い過ごしだと、言われるかもしれない。


 けれど、

 けれど確かに彼女は、私を見て、笑った……。



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