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箕舟連続不審死事件が幕を閉じ、二十数年のときが経った。
県立箕舟高等学校。
ある教室のある机の上に、花瓶に生けられた花が置かれていた。
その席の主はそれを見て固まっている。──紛れもない、しかしながらよくあるいじめだ。
「あれぇ? あんた生きてたの? あんまり学校来ないから、死んでんのかと思ってた」
嘲り笑いを浮かべながら、女子生徒が一人、取り巻きらしい二人の生徒を伴って、凍りつく少女に歩み寄ってくる。
「だよね~。あたしも思ってた」
「普通一ヶ月も休んだら死んだと思うじゃん?」
取り巻き二人が口々にそう言う。
少女はわなわなと震え出し、じわりと涙を浮かべる。
「うわ、何泣いてんの? 休んだそっちが悪いんじゃん。ってかこれで泣くとかウケる~」
「「ホントホント~」」
女子生徒と取り巻きは腹を抱えて笑い始める。少女は助けを求めるように、周囲を見回すが、教室にいる誰一人として、彼女を見ていない。──いや、見て見ぬふりをしているのだ。己に矛先が向くことを恐れて。
女子生徒たちの笑い声が谺する中、唐突に、からりと扉が開いた。笑い声が止む。
入ってきたのは不機嫌そうな顔の少女。少女は不機嫌そうな顔をそのままにつかつかと自分の席──いじめられている少女の隣に向かう。
「退いて」
不機嫌そうな声で女子生徒に言う。女子生徒はその態度が気に食わないのか、今度は彼女に標的を変える。
「何よ、その態度。あんた、何様のつもり?」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
不機嫌そうな面のまま、少女が鋭い視線を向ける。女子生徒は一瞬怯むが、「は?」とすぐさま睨み返す。
「こんな小学生みたいないじめなんかして、優位にでも立ったつもり? 馬鹿馬鹿しい」
不機嫌さを隠すことなく少女は吐き捨てる。
反論の言葉を探して口をぱくぱくさせる女子生徒に追い討ちをかけるように彼女は言い放つ。
「いじめなんて下らないことしてるやつのところにはね、ツミタチノヒトカタがやってきて、罰が下されるのよ」
「ツミタチノヒトカタって、あの?」
「そうよ」
鋭い視線のまま、肯定した少女に、今度は女子生徒が震え出す。
少女は続けた。
「有名な都市伝説だから、みんな知ってるわよね? ツミタチノヒトカタは人を苦しめ、または殺した者のところに訪れ、それらを皆殺しにするの。あんたのところにも、そのうち来るんじゃない?」
その言葉にガタガタと震え、崩れ落ちた女子生徒に、言った少女は不敵に笑う。
そのとき、また新たな人物が教室に入ってきた。
「それは違う」
貫禄とまではいかないが落ち着いた雰囲気を纏う女性だった。髪は少し白髪まじりだが、顔に目立ったしわはなく、そこそこ若い。
「つぐみ先生?」
「それは、違うのよ」
視線で問いかけてくる少女に、つぐみ、と呼ばれた教師は静かに首を横に振った。
「ツミタチノヒトカタは……」
「いやっ、いやあぁぁっ!!」
何か口にしかけたつぐみを遮り、震えていた女子生徒が叫ぶ。
「いやよ。私、市松人形に殺されたくない! あんな、あんな残虐な人形に殺されるのは嫌っ! ごめんなさい、ごめんなさい。もうしませんから、来ないでっ」
女子生徒のその言葉に、つぐみは悲しげに眉をひそめた。
箕舟連続不審死事件捜査資料
(中略)
一連の事件の終結後、ほぼ全ての現場に居合わせた安塔 枝祈(当時箕舟駅前交番勤務)を重要参考人として事情聴取を行ったが、「いちがツミタチノヒトカタとしてやっただけ」という証言しか得られず、何の物証もなかったため、捜査は迷宮入りとなった。
どこから安塔 枝祈の証言が漏れたのか、地方紙にて「ツミタチノヒトカタ」発言について取り上げられ、その情報は瞬く間に箕舟住民に広まった。
不思議なもので謎めいた情報には尾ひれがつき、伝言ゲームのごとく、内容が移ろう。この事件も例外ではない。
かくして、箕舟には"ツミタチノヒトカタ"という都市伝説が生まれた。
そのヒトカタの真実を語る者は、もうない。




