せ
身の丈に合わぬ鉈を掲げ、大地さんに飛びかかるいち。
しかし、大地さんは冷静に──冷徹な瞳でいちを見つめ、その胴体を鷲掴みにした。
それまで動かなかったいちの表情が苦悶に歪む。逃れようと鉈を縦横無尽に振り回すも、大地さんには当たらない。
大地さんは苦しみもがくいちの様子など映っていないような虚ろな瞳で、おもむろにナイフを捨てたもう片方の手をいちへと伸ばした。その手はいちの頭を掴む。
「うおあぁぁぁっ!!」
そんな雄叫びを上げ、いちの首をぐり、と回す。
「やめて!!」
そのむごたらしい光景に私は思わず叫んだ。いちの捻られた首元から紅い液体が流れ出す。ぽたりぽたりとそれは地面を濡らした。「大地さんっ!!」
私は大地さんの暴挙を止めようと手を伸ばす。
だが。
「大丈夫」
その声が聞こえた瞬間、私の足は縫い付けられたように止まってしまった。
いちの声だ。
「大丈夫。いちは大丈夫だから」
全然、大丈夫ではないだろうに、いちの声はいつもより温かく、そう告げる。
「見守っていて」
ぎぎ、という不気味な音がいちの方からした。大地さんが瞠目して、いちの頭を掴む手の力を強める。──いちが、大地さんの力に逆らっているのだ。
「いちはツミタチノヒトカタだから」
ぽたり、ぽたり。それでも流れ出す血は止まらない。
「大丈夫。終わらせるから」
その言葉の直後──
ぶんっ
空気を裂く鋭い音がし、ずしゃ、という音を立てて、大地さんの首が飛んだ。
首から上を失った体は仰向けに地面に倒れていく。
どさり
私は呆然とその様を眺めていた。それしかできなかった。悲鳴を上げることすら忘れていた。いや、悲鳴の上げ方すらも忘れていたのかもしれない。
しかし、沈黙が落ちることはなかった。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
私以外に唯一その場に立っていたつぐみさんの悲鳴が響き渡る。
それでも私は呆然としたまま、立ち尽くしていた。
私が我に返ったのはほどなくして、ぽとり、という小さな音がしたとき。
音の方を見ると、首のない大地さんの手から、いちが解放されていた。
首と胴、二つに分かれて。
同じように殺された大地さんの最期の力が凄まじかったのだろうか。
首は見事にねじ切られ、地面に垂直に立っていた。
直前までの苦悶の表情などなかったかのように消え失せ、無表情となったその顔を見て、はっと胸をつかれた。
その両の黒い目からいちは、
紅い涙を流していた。
凄惨な惨劇の壮絶な最後の前に私は立ち尽くしていた。
そう、一連の事件はこれで確かに幕を閉じたのだ。これ以上犠牲者が出ることはないだろう。
いちが死んでしまったから。
いちの涙はいつの間にか止まっていた。
代わりに、いつからだろうか、私の両頬を透明な温かいものが濡らしていた。それが頬を伝った跡が、冷たい。
その冷たさを拒むようにそれは頬を濡らし続ける。
ピロリロリン
不意にその音は鳴った。場違いなほど明るい着信音。数分前に聞いたばかりの詩織さんの携帯のものだ。
その携帯は持ち主の手を離れ、土にまみれながら光っていた。私はその光に呼び寄せられるように、携帯を手に取った。
"新着Eメール 1件"の文字を選択する。
受信履歴のメインフォルダが開かれ、メールのマークの横に"1"とある。
決定ボタンを押す。
「送信者:いち」
私は息を飲んだ。再び決定ボタンを押す。
内容が表示される。
「いちはツミタチノヒトカタになったよ」
「いちの罪も、これで断たれたかな?」
私はその場に崩れた。
「いちの、馬鹿っ……!」
私の口から零れたのは、そんな言葉だった。




