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「おいおい」

 大地さんが肩を竦める。

「なんでそこまで徹底して疑うかねぇ? その会話だけじゃ"市松人形"ってことしかわからないじゃん。本当にいちのこと話してたとは断定できない」

「苦しい言い訳ね」

 呆れるような言い訳を積み重ねる大地さんに皮肉を込めて返す。

「んん? 枝祈ちゃんも完全に俺を疑ってる感じ? なんでさ。知り合ったばっかの高校生の女の子より、仕事仲間の方が信じられるもんじゃない? 普通はさ」

「そうね。そのとおりよ」

 涼しい顔で言い募る大地さん。ここまで証拠を出されて平静を保てるその精神力にあっぱれだ。斜め後ろの部長はあたふたと泡を食っているというのに。

 けれど、私だって負けるつもりはない。切り返しならいくらでもある。

「確かに、現場で会っただけの参考人より仕事仲間の方が信頼を置けるわ。それと同じで、仕事仲間より付き合いの長い親友の言うことの方が信頼度は段違いよ」

「み、湊クンが……?」

 完全に動揺した部長が七瀬の名を呟く。大地さんはほぅ、とまだ冷静さを保っているかのようにこぼしたが、こめかみから汗が一筋流れる。

 いい反応だ。そろそろかまをかけてみよう。

「さっき、七瀬から連絡があったんです。"二人に囚われてしまった。助けてほしい"と」

「枝祈ちゃん、吐くならもっと上手い嘘を吐きなよ」

 私の言に苦笑する大地さん。私はかかった、と思いながらも慎重に話を進める。

「嘘を吐いたりしませんよ。いちに殺されてしまいます」

「随分突拍子もないことを言うねぇ」

「ふふ、"嘘つきは泥棒の始まり"っていうでしょう? 泥棒は犯罪ですから。知ってます? いちはツミタチノヒトカタなんですよ? 罪を未然に防ぐために嘘つきはみんな殺してしまうかもしれない」

「ははは、それじゃただの殺人に」

「うわあぁぁぁぁっ!!」

 大地さんが笑い飛ばそうとしたのを遮って、部長の悲鳴が轟く。その瞬間、私の手応えは完全なものになった。

「す、す、菅野クン。まずいんではないかい? まずい、うん、まずいよ」

「何がまずいんですか? 部長」

 私が微笑みながら問いかける。もちろん、心からの笑みではない。それを察してか、部長はひっ、と声を上げる。

「枝祈ちゃん、からかうのはそれくらいにしてくれよ。宮さんがちびりそうだ」

 冗談を飛ばす大地さんだが、目は笑っていない。けれど、その程度の視線で私は屈したりしない。

「あら、それは大変ですね。でもどうしたんでしょうね? 私の話、そんなに怖かったですか? 疚しいことがなければ、怖がることはないと思うんですが」

「ははっ、枝祈ちゃんは胆が座ってるなぁ」

「褒めたって何もできませんよ」

 言葉の応酬を続けるうち、部長が動き出したのは、意外とすぐだった。

「い、いやだあぁぁっ!!」

 逃げ出す部長に真っ先に動いたのはつぐみさんだ。素早く先回りし、足を引っ掛けて転ばせた。ずてん、と鈍い音を立てて顔面から地面にぶつかる部長。顔面からというのが何か憐れな気もしたが、その行動への呆れの方が勝った。

 大地さんに目を戻すと、部長を見ているが、声をかけられずにいるようだ。

「部長? どうしたんです、急に」

 いちを抱えたまま歩み寄ると、ひっ、と情けない悲鳴を上げ、来ないでくれ、とのご要望。肝っ玉の小さいおじさんだ。

「悪かった、悪かったよぉ。でも、私たちは湊クンをさらったりしていない。ただ」

「宮さんは黙っててくれます?」

 何か言いかけた部長を遮ったのは険のこもった大地さんの声だった。

「あーあ、宮さんったら何言い出すんですかね。枝祈ちゃんの思惑なんかに簡単に乗せられちゃって。そんなんだから、全然出世できないんですよ」

 その言葉にはふんだんに侮蔑が込められていた。もう、嫌悪や不快感を隠す必要はないようだ。

「俺の負けだよ、枝祈ちゃん。君、きっとすごい悪女になれるよ」

 そう言って両手を上げた大地さんの姿に私は携帯電話をきつく握りしめた。



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