に
電話が切れた。
呆然と電話を持ったまま固まる私にまたしてもコール音が。そのけたたましい電子音にびくりと肩が跳ねる。今度は私の携帯にだ。
箕舟交番からだ。
「はい、安塔です」
「安塔クン、宮島だ。どこにいるんだね!?」
電話の相手は宮島 啓吾部長だ。昼休みの外食から戻ってきたらしい。ふと、伊織さんの携帯の時計を見ると昼休みなどとっくに過ぎていた。
「私は今、わけあって新田さんのアパート向かいのお宅にお邪魔しています。ちょうど連絡を入れようと思っていました。報告が遅れ、申し訳ありません」
「それはいいんだ、安塔クン。ただ、こちらでも大変なことが起きてだね……」
部長がそこで口をつぐむ。私はこちらの用件もあるので「なんですか?」と焦り気味に先を促す。少し刺々しかったかもしれない。
「新田クンが、遺体で発見された」
「……!」
驚きで声が出なかった。しかしながら私の中には、まさか、という思いと、やはり、という思いがあった。
あの子の言っていた"死体の前"は、新田さんの……
「ということだから、キミには至急戻ってきてほしい」
「部長、申し訳ないのですが、今、私の方でも遺体を発見したので、応援を呼ぶまでは」
眠らせてあげて、といういちの声が過る。
そう、せめて、然るべき場所に運ばれるまでは、ここにいなくては。
「……わかった。では湊クンをそちらへ向かわせよう。殺人なのかね?」
部長は少し不信感を覚えたように間を置いて答えた。
殺人──いちの言葉から考えるとそう捉えられるけれども、カッターを持つ伊織さんと切り刻まれた手から察するに──
「いえ、おそらくは自殺かと。念のため、署にも連絡しておきます」
いちが言っていたことを全面的に信じるわけではないが、"あの人たちのせい"という言葉が気にかかる。調べてもらった方がいいだろう。
「救急車も、呼ぶんだよ?」
「……はい」
電話を切ると、私は救急車と警察を呼んだ。
「枝祈、いる?」
「七瀬」
ぎしぎし軋む階段を上ってやってきたのはボーイッシュな服装の同僚、湊 七瀬。髪も短く刈り上げられているが、こう見えて女だ。中学からの同級生で箕舟交番勤務の同期だ。
開かれた障子戸から中を見、七瀬はあっと声を上げる。私もこんなだったのだろうか、と考えながら、立ち上がった。
「枝祈、こんなとこにずっといたの? 大丈夫?」
「正直、きついわ」
「肩貸すよ」
七瀬の申し出を有り難く受け、彼女の肩に手を回した。
「かなり疲れてるね? なんかあったの?」
「まあ、ね」
階段を下りながら、七瀬に一連の顛末を語る。昼休みにかかってきた電話のこと、謎の足跡を追って新田さんと二手に分かれたこと、伊織さんの遺体を見つけ、新田さんに連絡しようとしたときにかかってきた"いち"からの電話のこと。
「オカルトっぽいねぇ。ボクそういうの好きっ!」
「好きって……不謹慎よ」
七瀬は昔からオカルト好きで、この手の話にはすぐ飛びつく。今も、好奇心に目をきらきらさせている。
人が二人も死んでいるというのに、と苛立ちを込めて睨むと、ごめん、と素直に謝った。
「ねぇ、枝祈。真面目な話なんだけど」
「何?」
「誰も帰ってこないね、この家の人」
七瀬の言葉にはっとする。
「で、でも、両親が共働きなだけかもしれないわよ?」
「枝祈見なかったの? この家、門に家族全員の名前彫ってあったよ? それに前に新田さんから聞いた話では、伊織さんには内職業のお姉さんがずっと家にいるとか」
「え!?」
新田さんの呼び掛けに反応がないからてっきり誰もいないと思っていたけれど。
「ボクも一階の部屋全部確かめたけど、そのお姉さん、見当たらなかったよ」
「そう」
情報交換をしているうちに、警察と救急車が到着した。




