き
今一番、会いたくないと思っていた人物に出会してしまった。
しかし、それを悟られてはいけない。何気ない風を装い、笑顔で答える。
「大地さん、宮島部長、どうしたんですか? こんなところで」
「いやいや、それはこっちの台詞だから」
大地さんが苦笑いを浮かべる。
「枝祈ちゃん、絶対安静じゃなかったの? なんで病院の外にいるのさ?」
返す言葉もない。私はどう応じたものか、と視線をさまよわせる。
大地さんたちはおそらく七瀬からは何も聞いていないはず。七瀬には詩織さんに会いに行くことしか伝えておらず、行き先は告げていないのだ。大地さんたちがどうやってこの場所を突き止めたのかはわからないが、何にせよ、見つかった以上は警戒しなくてはならない。
とりあえず、乾いた笑みを返しておく。使い古されたごまかしだが。
「ところで、それは?」
大地さんが私の腕の中のものを指す。ちら、と私は抱えた人形を見る。今更紹介する必要があるのだろうか。──いや、わかっていて、わざと訊いているのだろう。
「事件資料にも載っていました、市松人形の"いち"です。大地さんも部長も、そういえばはじめましてですね」
努めてにこやかに答える。内心は冷や汗だらだらだ。
「枝祈といちは見つかっちゃ、駄目!」
先程の七瀬の声が警鐘のように谺する。けれど、不安を表に出してはいけない。七瀬の電話から何もわからなかった以上、私が直接探って、場合によっては逃げなくては。
「ふーん、その子がいちね。本当に喋ったり動いたりするのかい?」
「はい」
訝しげにいちを見つめる大地さん。部長は興味深げだ。好奇心を隠そうとしていない。そんな部長の表情がとても不快に感じた。
ひとしきり眺め、大地さんが口を開く。
「枝祈ちゃんがここにいるのはこの際よしとして、その人形、回収させてもらっていいかな?」
淡々とした声とその発言の内容に私はぴくりと眉が跳ねるのを感じた。
病院を抜け出した理由を問い詰められなくて済むのはありがたいけれど、大地さんへの警戒がどうしても抜けない。それに、いちを好奇心の対象としてしか捉えていない部長の露骨な視線にはもううんざりだった。
何が駄目なのかはわからない。けれど、この二人には渡したくない。
だから、私はいちを抱きしめたまま、告げた。
「あなたたちにいちは渡しません」




