け
"ツミタチノヒトカタ"
その文字に目を奪われた。
いちが何度も口にしていた言葉だ。私はツミタチノヒトカタだから、と。
私はページをめくった。──その先には罫線に沿って文字の羅列があった。
それは幻想的な物語の世界だった。
解決されていない犯罪やいじめが絶えることのない世界で、幾年も大切に扱われ、付喪神として意思を得た市松人形が裁かれぬ罪人を断罪する物語。
まるで、今のいちのよう──読み進めながら思った。
実際、市松人形のモデルはいちなのだろう。いちを見つめながら、学校でのいじめに耐えながら、書いたに違いない。日記とあわせて読むとよくわかる。
「私をわかってくれる人はいない。私の夢は友達にだって笑われるし、お向かいの新田さんにだって笑われた。叶いっこないって……」
「夢を見るくらいいいじゃない! そう、言い返したかった。でも、クラスメイトに言えば、坂垣さんにまた殴られるし、お向かいさんと喧嘩になったら、お父さんやお母さんにも、きっと」
「だから、このノートと、いちにしか言わないんだ。あと、詩織お姉ちゃん。弱音はなかなか誰にも吐けない。辛い、けど、頑張るよ。夢を追い続けたいもの」
「いつもありがとう、いち」
「今日もまた、学校が辛かったよ。坂垣さんはいつもいつも、私がどうやったらへこむか考えているみたい」
「今日のは、どんな暴力よりきつかった……友達だと思ってたのに」
「抵抗できなかった私、弱い。弱いよ。いやだよ。だって、昨日まで友達だった子、見捨てられないよ……」
「反撃、したいよ……できないよ」
「"いちがツミタチノヒトカタになってくれたらいいのにね"なんて言っちゃった。ごめんね、いち」
「あなたは背負わなくていいのに、ごめんね」
ぱたり、とノートを閉じる。
痛い。
胸の奥がずきずきと、頭の中がじんじんと、軋むように、響くように、痛い。
「いちはツミタチノヒトカタだから」
「背負わなくていいのに」
「守りたいだけ」
「ごめんね」
「助けて」
「いつもありがとう、いち」
紅い水溜まりの中の伊織さん。
血の涙を流すいち。
二人の言葉と姿が奔流となって私の頭を駆け巡る。心をじくじくと蝕んでいく。助けてと二つの声が繰り返す。叫べなかった少女と、その子の代わりに叫んだ人形。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタス、ケ、テ……
「あぁっ……!」
嗚咽が漏れる。ノートに綴られた文字が滲んでいく。頭の中の二人も滲んでいく。
痛い、苦しい、助けて。
「安塔さん!」
つぐみさんの声で、飲まれかけた意識が戻る。私はなかなか止まってくれない涙を拭って、大丈夫よ、と告げた。
気を落ち着かせようと頭を振る。目眩のような感覚が訪れることはなく、むしろ不思議とすっきりしていた。
このノートに綴られた全てが真実、というにはまだ足りないピースがいくつもある。
いちの凶行を止めようとしない大地さんたちの思惑も気になるところだけれど、それよりも優先すべきことがある。
「つぐみさん、手を貸してくれないかしら?」
「もちろん」
本当は、証拠品を警察に見せずに無断で持ってきた彼女を責めるべきなのだろうが、これが私にとって重要な手掛かりになったことは確か。責めるのは後回しだ。
まずは、彼女を見つけなくては。
いち。あなたがこれ以上、業を重ねないように──あなたの罪を断ってあげる。




