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「どういうこと?」
私は混乱していた。
「つぐみさん、これはあの日、風成くんがいちに殺されたあの日のニュースよね?」
「はい。ニュース自体に日付が表示されています」
確かに、そのとおりだ。試しに巻き戻してニュースの冒頭を見ると、アナウンサーも日付を言っている。間違いない。
おかしい。これはおかしい。
私はフラットファイルを取り出し、資料をめくる。
その間にアナウンサーの声は語る。
「亡くなったのは他市の学校でも問題があるとされていた教師で、学校の調査でも、複数の生徒から暴力や脅迫を受けているという匿名の申し出があったということです」
「遺体発見現場の方には××リポーターが行っています。××リポーター?」
「はい、こちら現場の××です」
よくあるニュースの中継映像。そこで更に驚くべきものが映し出された。
中継が繋がり、ワイプが拡大されて現場が映る。"立ち入り禁止"のテープが張られた道端、電柱脇に大きな血痕があった。しかし、私が着目したのはそこではない。
画面端からぽつぽつと続く、小さな点。点に見えるが、血痕と同じ色をしたそれはおそらく──足跡だ。
いちの草履の跡。
私は資料のページをめくる。しかし、どこにもない。今画面の中で報じられている事件の資料が見当たらないのだ。
地方ニュースは一日遅れの場合が多い。伊織さんの自殺から端を発する今回の一連の事件の報道からもわかるだろう。だとすれば、その前日の時点で本庁は事件を知っている。
例え、一介の交番だとしても、情報の共有くらいはされるはず。ましてや、いちが絡む事件で箕舟交番は一名犠牲者を出しているのだ。それで知らせないのなら、本庁はどうかしている。
この足跡があって、報道でも関連ありと報じられるほどの事件を簡単に無関係と片付けられるはずがない。そうなると、おかしいのは。
「何故大地さんは私にこのことを教えなかったの?」
思わず疑問を口にした。すると、つぐみさんはテレビを止め、やっぱりですか、と呟いた。
「やっぱりって?」
つぐみさんを見ると、彼女らしからぬ険しい、どこか怒りを帯びた表情に出会った。
「あの日は、よく考えるとおかしいことだらけでした」
「あの日?」
「風成先生が亡くなった日です」
そうだろうか、と記憶を辿り始める私につぐみさんはゆっくり、はっきりと語った。
「おかしかったのは、帰ってから見たこの報道もですが、それよりも根本的なこと。何故私たちは、もっと言えば風成先生は、捜査で封鎖されているはずのあの教室に行けたんですか? そもそも何故教室には捜査の跡がなかったんですか?」
「あっ」
言われて、思い至る。
そう、あそこは凄惨な事件があったすぐ側の教室。あの教室で授業を受けていたつぐみさんたちは捜査のため別な教室に移動になっていた。にもかかわらず、風成くんはあそこにいて、私たちもあそこで、事件を目撃した。報道に映っているような"立ち入り禁止"のテープもないあの教室で。
七瀬がいるのはわかる。交番勤務でも、今は捜査に携わっている人間だから。しかし、風成くんは違う。被害者の担任だから、という理由で事件現場に入れるのなら、"立ち入り禁止"のテープなんて必要ない。
あの日のあの状況はどう考えてもおかしかった。
どうして今まで気がつかなかったのだろう? ──それは、恐ろしい二つの可能性を示しているからだ。
一つは、警察が機能していないということ。
そして、もう一つは──
部長と大地さんが、隠蔽を働こうとしていること。




