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「七瀬、怪我は大丈夫なの?」

 私は七瀬のベッド脇の丸椅子に腰掛け、訊ねた。

 七瀬は伊織さんのときに軽く話した足跡のことを覚えていたらしく、いちの行方の手掛かりにならないかと、一人、細川家から辿っていたという。確かに、順番に辿っていけば、伊織さんの家から出て、交番前を通り、学校へと向かう。私が見たときと同じく、校庭には足跡はなかったようだ。

「でも、学校の中には足跡が残っている。だから、とりあえず中に入って調べたんだ。そしたら、足跡が二つあって、一つは枝祈があそこで坂垣さんの遺体を発見したときのもので、女子トイレから外に向かうもの。もう一つは、トイレの向かいの教室に続いていた」

 どういうことかはさっぱりわからないけれど、何かあると思った七瀬は教室に入った。

「そこで、章也に会った」

 嫌な予感はしたんだよね、と七瀬は白いシーツを見つめながら語った。いや、もっと別の何かを見つめていたのかもしれない。

「なんで章也が教室にいたのかはわかんない。でもボク、昔から章也が苦手でさ。章也はボクのこと、嫌いみたいで。ボク、こんな男の子と間違われるような格好してるから、女の子たちにもてはやされてるって、気に食わなかったんだって。好きで、こんな顔に生まれたわけじゃないのに」

 七瀬は額に手を当てて俯いた。

「哉とはね、全然似てないって言われたんだ。同じ親から生まれたとは思えないくらい、似てないって。すごく、傷ついた」

 大好きな妹のことをそんな風に言われるのは嫌だっただろう。

 私は胸が苦しくて、ぎゅ、と膝の上で手を握りしめた。

「哉は、母さん似だったから。ボクは母さん似でも、父さん似でもなかったから、ボクだけ爪弾きにされた家族、みたいで。別に、女の子たちにもてはやされてる、なんてこと、なかった。むしろ、女の子たちの方が質が悪かったよ」

 いじめは得てしてそういうものだ。段々、段々、味方がいなくなっていく。拠り所がなくなっていく。

「だから、枝祈が友達だって言ってくれたとき、すごく嬉しかった。でも」

「風成くんのいじめは、それでエスカレートしたのね?」

 なんとなく、彼と対峙したときにわかった。顔がいいから、多くの女子にちやほやされていた彼に私はちっとも靡かなかったから。顔で人気を二分していた七瀬に嫉妬したのだろう。

 実にくだらない。

 私は思いをそのまま吐き出しかけて、止めた。

「風成くんは、死んだのよね」

 事実をこぼす。

 いちが身の丈に合わない鉈を振り下ろしたあの瞬間が蘇る。

 私はあれを止めなかった。

「枝祈」

 七瀬の声に私は俯けていた顔を上げた。

「ごめん。ありがとう」

 泣きそうな顔で、彼女は笑った。

 少し、落ち込んだ気分が浮上した。

 だって、七瀬が笑っているのだ。一番辛いはずの七瀬が笑っているのだ。

「枝祈のおかげで、ボクはもう章也のことや中学時代の記憶に振り回されなくてよくなったんだ。ありがとう。ごめんね。ごめん、ごめん……」

 七瀬が頭を垂れる。ごめん、と謝り続ける。

 やめて、七瀬。痛い、痛いから。私は汚い人間なんだ。あなたのためにと言い訳をして、風成くんを見捨てた。復讐の心が私の奥底にもあったんだ。私は、偽善者なのよ。

 だから、私が悪いのだから、あなたが私に謝る必要なんてない。

「違うよ、枝祈」

 私の吐露に七瀬が返す。

「枝祈は、悪いんじゃない。偽善者でもない。だって、ボクのためっていうのは、全部が嘘じゃないでしょ? 違う?」

「嘘じゃ、ないわ」

「なら、いいんだよ」

 ただ、と七瀬は私の肩をぽん、と叩く。

「まだ、"繰り返させたくない"って気持ちがあるんなら、いちを見つけてあげて。それが偽善だろうが、何だろうが、止めてあげて。あの子は誰よりもまず、キミに助けを求めた。だから、彼女を止めるのは、キミにしかできないことなんだ」

「七瀬……」

 私はこれまでのことを思い出す。

 最初に交番で電話を受けたとき。伊織さんの携帯で受けたとき。坂垣さんの携帯からかかってきたとき。公衆電話で七瀬にかけたとき。

 最初は偶然だったかもしれない。けれど、いちは確かに私に何らかの信号を送っている。

 だから。

「……そうね。うん、私、いちを必ず見つけるわ。あの子を止める」

 受け止めてあげなくちゃいけない。

 私は決意を新たに、顔を上げた。


「いちを止めるわ。必ず」



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