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「やっぱり安塔……安塔だったのか」
風成くんは名前を呼んだ私ににこりと微笑みかけた。
私は七瀬を抱きしめ、睨み付ける。
「そう怖い顔をするなよ」
「生憎、あなたのために愛想笑いできる顔は持ってないの。七瀬に何をしたの?」
そっと触れた七瀬の体は熱い。背中や脇腹に手を回したとき、彼女が小さく苦しげに呻いたのも聞き逃さなかった。
七瀬は、そう、伊織さんと同じ。
体に、心に傷を刻まれて生きてきた。クラスメイトたちの無視に、風成くんの暴力に、笑っていたけれど、傷ついていたのだ。
「あなたは、まだこんなことを続けているの?」
この男はまた、七瀬を傷つけたのだ。状況証拠のみだが、そうに違いない。私は確信していた。
何故なら、彼はうっすらと笑みを浮かべていたから。
「相変わらずだなぁ、安塔。そんなやつ、どうだっていいだろう?」
「七瀬は私の親友よ。それに、伊織さんの件もあるわ」
「えっ?」
私の一言に声を上げたのはつぐみさんだ。私の言った意味がわからないのだろう。
「伊織さんの体には服で見えないところに無数の痣があったそうよ。私は資料で見ただけだけれど、鈍器など、道具を使ったものの他、蹴り跡らしきものもあったわ。とても女子高生では残せない」
「それが、俺だと?」
「違う?」
私は敵愾心を隠すことなく、視線を浴びせる。しかし、風成くんの顔には余裕のある笑みが浮かんだままだ。
「もしそうだとして、それをどうやって証明するんだ? 俺を捕まえるにしても、証拠なんてないだろう?」
「あるわ」
私は心の中で七瀬にそっとごめんね、と言いつつ、彼女のシャツをめくった。
脇腹に痛々しい黒痣。先程触れたとき、七瀬が痛がった箇所だ。
「証拠なら、ここに」
七瀬の痣から風成くんへと目を戻す。風成くんの顔からは笑みが消えていた。
「く、そ──ったれ!」
ばんっ!!
風成くんは教卓を叩いた。つぐみさんがびくん、と反応し、固まる。
「先、生?」
嘘ですよね? と彼女は問いかけた。
「本当だよ。チッ、まさかばれるなんてな。坂垣たちが死んだから大丈夫だと思ってたのに」
こいつ、また真実を隠すつもりだったのか!
「いじめの隠蔽なんて、誰が許しても私が許さないわ」
「はっ、お前が許さなくてもな、世の中いくらでも隠蔽されていることはある。中学のときの件なんかいい例だ」
負け惜しみのように放たれた言葉は私の胸を痛くついた。
「そうね」
そのとき、そう答えたのは、私ではなかった。つぐみさんでもなかった。七瀬も、目覚めていないから違う。
けれど、私はその声を知っていた。
「あなたは、そうやってお姉ちゃんたちを苦しめた。そして、伊織を苦しめた」
幼い女の子の声。
「いち?」
私は声の主を探して辺りを見回す。
市松人形の姿はない。けれども、たんっ、す、たんっ、す──という、草履の音がそこかしこから聞こえる。なんだ? と風成くんは戸惑ったような声を上げる。
「いち? いち?」
私は名前を呼びながら、その姿を探す。見渡せば、教室中に小さな草履の足跡があった。
たんっ、す、たんっ、す、たんっ。
唐突に、音が止む。
そこで、私は彼女を見つけた。




