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私は時々この姉妹の家に遊びに行った。
学校では、放課後以外でも七瀬と話すようになった。七瀬は躊躇いながらも、応じてくれた。
うっすらと、気づいていた。
七瀬と話すようになってから、少し、女子との距離が開いたことに。
別に、よかった。
今、七瀬は一人じゃない。私も七瀬がいるから一人じゃない。
だから、怖くはなかったのだ。
逆に、男子との距離は近くなった。
いや、男子の方からよく私に話しかけてくるようになったのだ。主に、私が以前名前を口にした風成くんが。
「安塔、湊と仲いいんだな」
「ええ。友達になったの」
「ふーん」
私があっさり答えると、風成くんは一瞬、目元を険しく細めたような気がしました。
しかし、そんな表情はほんの一刹那で消え、こんな問いが零れた。
「安塔、湊のこと、好きなのか?」
私はその問いにこてん、と首を傾げた。
何を訊いているんだろう?
「好きよ。友達として、ね」
「百合かよ」
ぼそっと聞こえた声に頭の中でかちん、と火花が散ったが、努めて冷静に返す。
「それは他の子たちでしょう? 私は友達としてって言ったわよね?」
「ふーん、口答えすんだ」
「いや、口答えって何よ」
苛々が募るけれど、それはどうやら相手も同じようだ。何故苛つかれるのかわからないけれど。
「別に」
そっぽを向かれた。
「枝祈、──っ!!」
「あ、七瀬」
そこへ七瀬がやってきた。私は風成くんを見て固まる七瀬の手を引いて教室を出た。
風成くんは頻繁に私に声をかけてきた。
彼はなんだか七瀬を毛嫌いしているようで、私が七瀬に声をかけるたび、顔をしかめていた。
七瀬は風成くんと鉢合わせるたび、辛そうに眉をひそめていた。
そんな日々が過ぎていく。
ある日、その関係が動いた。
その日の放課後、私は先生からの呼び出しがあり、いつも七瀬と一緒に行く図書室に七瀬に先に行ってもらった。「あとでね」と言葉を交わして。
先生の用はわりとすぐ済み、私は図書室へと向かった。
「失礼します。七瀬ー、ごめん、遅くなっ」
室内に七瀬はいなかった。
けれど、私はすぐに七瀬を見つけた。
ベランダに風成くんと二人でいる七瀬を。
七瀬と風成くんは何か揉めているようだった。会話は離れているので聞こえないが──陰で見づらいところで、風成くんは七瀬を蹴りつけていた。
「ちょっと、何してんのよ!?」
私はベランダに駆け込み、七瀬と風成くんの間に割り込んだ。
「な、安塔……」
「枝祈?」
私はきっ、と風成くんを睨み付け、七瀬の方に振り向く。七瀬の制服には見づらいけれども確かに靴跡がある。しかも数ヶ所。
「風成くん、あなた、女の子に手を上げるなんて! 見下げ果てたわ!!」
「はっ、安塔? そいつが女だと? その顔でか? 憎たらしいくらい女子どもに好かれるその顔がか?」
顔の話ばかりで、私は呆れた。溜め息を吐く。
そもそも、七瀬が女子に好かれているという認識から間違っている。こいつは湊 七瀬という人間の表面しか見ていないのだ。
「それじゃ、好きな人に振り向いてもらえない理由をまるで顔のせいと言っているようね。馬鹿じゃないの。顔だけで言えばあなたはいい線行ってるわよ」
女子が作る派閥の一方になるくらいだ。間違いはないだろう。
私の言葉に緩む風成くんの口元。私はそれに視線を鋭くして睨む。
「でもね! 顔がよくても中身がこれじゃあ──女の子を蹴りつけて虐めるようなやつなんか、誰も好きにはならないわよ!」
私は高らかに告げた。
「何?」
風成くんは一度、目を見開き、それからすっと細めた。
「とりあえず、先生に報告するわ。七瀬、行きましょう」
私は七瀬を立ち上がらせ、すたすたとベランダの出口へ向かう。
怯える七瀬を先に行かせ、出る直前にもう一度睨んでおこうと振り向いたとき──
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃっ」
風成くんが真後ろまで迫っていて、私は彼に突き飛ばされ、手すりの外側へ、落ちていく。
「枝祈!?」
図書室内へ入っていた七瀬が気づき、落ちる私へ手を伸ばすが──届かない。
私はそのまま落ちて、意識を失った。
目覚めたのは、全てが終わった後だった。
私が落ちたことで半狂乱となった七瀬は私が運ばれた後、家に帰り、手首を切って自殺をはかった。発見が早かったため、一命はとりとめたものの、未だに目覚めない。
そしてもう一人──七瀬の妹の哉ちゃんも首を切り、自殺。こちらは、助からなかった。
当事者の他に目撃者のなかった図書室での事件は風成くんの都合のいい事情聴取により、既に事故と片付けられていた。
七瀬の自殺未遂は友人を失いそうになったショックから、その妹であった哉ちゃんの死は姉が一命をとりとめたという情報との悲しいすれ違い──ということで処理された。
風成くんの暴行については何一つ、触れられていなかった。
目覚めたときにはもう、何もかもが遅すぎたのだ。




