ね
「安塔さん、安塔さん! 駄目です、駄目ですってば! 止まってください」
「いいえ、つぐみさん。私は行くわ! 行かなきゃならないの!!」
箕舟高校へと走りながら、必死に立ちはだかるつぐみさんを押し退け、私は進んだ。
いちが私にはっきりと助けを求めた。私の親友の危機を伝えてくれた。私は黙ってなどいられない。待っているなんてできない。
私はもう、あのときのような思いはしたくないのだ。
"あのとき"。
病院では上手く思い出せなかった思い出。
今ははっきりわかる。
それは、私が中学だった頃、七瀬と出会ったばかりの頃の話だ。
私は幼い頃からずっと、箕舟に住んでいたわけではない。
父の仕事の都合でここに来たのだ。
ちょうど私が中学に入学する時期だったから、転校生、ということにはならなかった。そんな風に不自然に目立つことはなかった。
おそらくは。
私は名前で呼び合う生徒たちの中で「安塔さん」と苗字で呼ばれ、どこか一線を引かれたような気がするのが、少し寂しかったくらいで。
けれど皆、普通に話しかけてくれたし、グループにもすんなり入れてくれた。学校生活において、私に不自由なことは何一つなかった。
しかし。
そのせいだろうか──いや、以前からだったのかもしれない。
どうしても、一人だけ、あぶれてしまう人がいた。
皆、わざと、その子を一人にしているようだった。
私がその不自然さに気づいたのは、皆がその子を呼ぶ呼び名に気づいてからだ。
その子は「湊くん」と呼ばれていた。"湊くん"は短く刈り上げた髪、汗とスポーツドリンクの似合う爽やか系でスポーツマンタイプのイケメンに属する顔をしていた。
ただ、"湊くん"は女子生徒だった。
本当の名は湊 七瀬。見た目がボーイッシュで、一人称が"ボク"、見た目を裏切らない爽やかな喋り方をする彼女は、"くん付け"で呼ばれていた。
彼女自身、それを気にすることはなかった。生徒はほとんど小学校時代からの長い付き合いだ。慣れているのだろう。
彼女はいつも笑顔だった。
だから、私が気にしすぎなのだと思った。
彼女は一人で何でもできてしまうし、グループからあぶれても涼しい顔をしていた。
だから、私は勘違いしていたんだ。
「安塔さんって、好きな男子いる~? 例えば、うちのクラスでさ」
他愛のない女子トーク。私は放課後、そんな輪の中で苦笑いをしながら会話に参加していた。"恋ばな"とか、その手の類は苦手なのだ。
「うーん、恋愛対象って年ではないでしょう? 私たち。だから、考えたことないかな」
「ええ~? そうなの~? 安塔さん美人だから、男の子にモテモテで告白とかされまくってそうなのに~」
この辺りの小中学生はそんなにませているのか、と心底で思った。
「まあいいや。でさでさ、クラス一のイケメンって言ったら、誰にする?」
「ええ? ……そう、ね……」
男子、男子、と必死で顔を思い浮かべる。あまりよく覚えていないが、一人だけ、名前と顔が一致したので口にする。
「風成 章也くん?」
「わおっ!?」
取り囲む女子一同が驚く。
「安塔さんは湊くん派じゃなくて、章也くん派なんだね」
「え? そんな驚くこと? っていうか"湊くん派"って」
湊さんはぱっと見イケメンだけれど、女子でしょうに。
「ええ~? 湊くん知らないの? 超イケメンで何でもできて、ヤバくない? 完璧すぎるでしょう」
「いや、知ってるけど……」
女の子じゃない、と言おうとして、やめた。全員から、鋭い目線が注ぐ。
「まあ、色んな考え方があるわよね」
私はそう言って、自分を納得させた。
そうしないといけないような緊迫感を周囲から感じたから。
なんでだろう? と不思議だった。
けれど、私はせっかく入れた輪から弾かれるのが嫌で、その疑問を口にしなかった。
何故、湊さんを入れてあげないの?
何故、同じ女の子として扱ってあげないの?
疑問はふわふわと私の中でだけ漂って、なんだかとても気持ち悪かった。
けれど、他愛のない会話のために、私はその違和感を無視した。
湊さんと──七瀬と、話すまでは。




