つ
「助けて」
いちの声が言う。
七瀬の電話で。
「助けて」
私に請い願う。もう遅い、と言ったあのときとは全く違う声で。
最初に交番にかけてきたときの切実な、真に迫った声。
だから私は、僅かながらの警戒を帯びつつも、ほだされてしまった。
「七瀬に、何があったの?」
ほだされたとはいえ、まだ残っている僅かな冷静さをかき集め、いちに訊ねる。
「死んで、しまう」
「怪我をしているの!?」
「とても深い、傷」
「意識は? 七瀬は電話に出られないの?」
「駄目。"枝祈には話さないで"って言ってた」
はっとする。
親友のいつもの優しい笑みが、私を心配して流した涙が蘇る。
馬鹿七瀬っ!!
「七瀬はそう言ったのね? でも、あなたは私に知らせてくれるのね」
ありがとう、と言う声が掠れる。いちへの疑念は完全に解けた。
「だって、この人は伊織と同じだから」
「……え?」
そのいちの一言に浮かびかけた笑みが凍りつく。七瀬が、伊織さんと、同じ? ということは、まさか!
「いち、七瀬はどこ!? あなたは今一緒にいるのよね? あなたは一体どこにいるの!?」
矢継ぎ早に問う。去りかけた焦燥が再び身を焦がし始めた。
いちは、なかなか答えない。
ギリッ、とまた公衆電話を引っ掻く。黄緑色の面に紅が広がるが、痛みなんて感じなかった。
早く、早く、早く答えて! もう遅いなんて言わせない。私は今度こそ間に合いたいんだ。
手遅れになりたくないの。あのときの、ように……
え?
あのとき?
脳裏によぎった言葉に疑問を抱いたところで、電話の向こうが口を開く。
「学校に、いる」
ツーツーツー……
電話が切れた。けれど、「わかったわ」と答え、かちゃりと電話を置いた。
指を引っ掻いた痛みのおかげだろうか。目眩が収まり、朦朧としていた頭が明瞭になる。
「安塔さん?」と、側で私の応対を聞いていたつぐみさんには答えず、走り出した。
七瀬を助ける。
私の頭にはそれ以外のことなんて浮かばなかった。
県立箕舟高等学校。
七瀬はそこにいる。




