そ
アナウンサーが淡々と告げた事実に絶句する。
伊織さんのご両親が、遺体で?
どういうことだ?
「続報については情報が届き次第、随時お知らせ致します」
この様子から察するに、遺体はまだ発見されたばかり。
もう、遅い──いちの言葉が頭の中で谺する。あの知らせのときにはもう、新たな犠牲者が出ていたというのか? あの子が私に連絡してきたのは、もう遅いのだと、お前は何もできないのだと、嘲笑うため?
いや、違う。冷静になって、私。
ガタッ、とベッドから降り、立ち上がる。唖然としていたつぐみさんが私の名を呼ぶ。
「安塔さん? 駄目ですよ? 安静にしていなきゃ。落ち着いてください」
「ええ、そうね。でも、まずは同僚と連絡が取りたいの。あなたもそろそろ帰った方がいいわ。一階まで、見送るから」
電話をかけに行くだけ、と念押しし、つぐみさんは渋々といった感じで頷いた。
思ったよりもふらふらする体を手すりとつぐみさんに支えられながら、私は病院に来てから初めて部屋を出た。
泥のように重い体を引きずって、私は公衆電話に辿り着いた。見張りのつもりか、つぐみさんは帰らず、私を側で見守っている。
私は百円硬貨を投入し、七瀬の番号をプッシュした。
ルルルルルルル……
コール音が三回続く。ぷっ、とそれが途切れ、電話の向こうに人の気配を感じ、私はまず名乗った。
「もしもし七瀬? 枝祈よ。聞こえる?」
七瀬は相手が名乗るのを待つタイプだ。慣れた私や家族などでなければ、電話に出ても無言の彼女に最初は戸惑うだろう。
そんなことを考えながら、いつものように名乗ったのだが、すぐ、おかしいと思った。
七瀬からの返事がない。
名乗れば、七瀬だって返事をする。その返事が、返ってこないのだ。
嫌な汗が、首筋を伝う。それを振り払いたい衝動に駆られながらも、必死で振りかけた頭を押さえる。代わりに焦りが口から零れた。
「七瀬? 聞こえている? 事件のことで聞きたいの。忙しいのはわかるけど、返事をして!!」
駄目だ、混乱している。まくし立てるように言葉を紡いでしまう。不安が募るのだ。七瀬の電話なのに、七瀬が出ない。これはまるで、あのときの──新田さんのときのよう。
嫌、やめて。お願い、返事をして。それは悪い夢なんだ、と、いつものあの明るい声で、笑い飛ばしてよ!
ぐらぐらと途絶えそうになる意識を繋ぎ止めるように公衆電話に爪を立てる。ぎりっ、と耳障りな音がした。
そのとき、電話の向こうで小さく息を吸う音がした。
「助けて、お姉ちゃん」
幼い、女の子の、何度も聞いた声。
公衆電話に立てた爪はがりっ、と不快な音を立て、指先が紅く滲む。
隣でつぐみさんが不安げに私を呼ぶが、私の声は、電話向こうの相手の名を紡ぐことしかできなかった。
「いち、どうしてあなたがそこにいるの?」
辛うじて、問いを乗せることができた。
しかし彼女は──いちは答えない。私には身を焼くような焦燥感が募るばかりで、言葉も紡げぬ息苦しい時間が終わるのを、ただ祈った。
けれど、いちは問いには答えず、別な言葉を口にした。
小さな小さな呟きは、けれど確かに私の耳に届いた。
「助けて」




