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 捲ったページには。


「今日の朝ごはんは唐揚げ わかめの味噌汁 かぼちゃの煮付け」


「……はい?」

 全く関係ないことが書かれていた。

「つぐみさん、これは?」

「え? あー」

 私が示したページを見て、つぐみさんは気まずそうに笑った。

「伊織さんとのお正月の会話、途中で伊織さんが、"恥ずかしいからメモなんて取らないで"と、一ページ破ってしまったんです。ちょっとページが勿体なかったですけど」

 掴みかけたと思った手掛かりは、掌をすり抜けてしまった。拍子抜けした。

 いや、でもまだ諦めるわけにはいかない。

「でもつぐみさん、あなたは伊織さんの夢が何か、聞いたのよね? それが何だったか、覚えていない?」

 そう、まだ彼女の記憶に残っている可能性がある。

 藁にもすがる思いでつぐみさんを見ると、申し訳なさそうに彼女は眉をひそめた。

「ごめんなさい。私、メモしたこと以外はほとんど覚えられなくて。メモが残っていないと、思い出すこともできないんです」

 見えかけた一筋の光はそこで儚く消えた。

 残念ではあるが、覚えていないものは仕方がない。私はメモ帳を彼女に返した。

「なんだか期待に添えなくてごめんなさい」

「いえ、気にしないで。私もちょっと焦っているからいけないのね」

 癖で頭を振って落ち着こうとし──ぐらり、とまた視界が揺れた。

「わ、安塔さん、大丈夫ですか!?」

 慌ててまたつぐみさんが支えてくれた。今日二度目だ。

「ごめんなさい。ありがとう」

「安塔さん、確か、頭打ったんですよね? その、頭振るのやめた方がいいんじゃないですか?」

 そうかもしれない。

 やはり、打ち所が悪かったらしい。

 そこで、あれ? と思う。

「私が頭を打ったこと、よく知っているわね? さっきのメモにもなかったような」

「あれだけインパクトのある出来事はそう簡単には忘れられませんよ。──坂垣さんの件は、忘れたいですけど」

 彼女の返答に納得した。あの凄惨な現場や人形が走って人を追いかけるなんて現実離れした出来事は、誰であっても忘れられないだろう。

「それに今日はそのお見舞いで来たんですから」

 大したものではないですが、と彼女は学生鞄から小さな包みを取り出し、私にくれた。

「本当は先生も来たかったそうですが、伊織さんの件もあって、抜けられないって。だから、私が代理で来ました」

 あの担任教師は今回のことでてんてこ舞いだろう。担当クラスの生徒の死、その陰にはいじめがあったのだ。どうしても責任を問われてしまう立場だ。

 坂垣さんや前園さんの死は怪奇現象といっても差し支えはないが、伊織さんは違う。遺書こそ見つかっていないが、現状、自殺としか判断できない状態なのだ。その上、いじめがあったという事実も浮上している。殺人事件も絡んでいるため、警察の介入もある。下手な言い逃れはできないだろう。

 いじめはあってはならないものだ。けれども、担任教師の立場を考えると、そちらにも同情してしまう。

 わざわざ通りすがりで介入して怪我をした私などに見舞いを寄越すほど律儀な人だ。さぞかし辛いだろうに。

「安塔さんって、いい人ですね」

 そんなことを考えていると、不意につぐみさんが言った。虚をつかれて、え? と訊き返すと、彼女はこう続けた。

「先生が忙しくて来られない、と言ったら、嫌な顔をするどころか、先生のことを慮ってくれているように見えました。普通はいじめを放置した教師として、軽蔑するのに」

 その一言に違和感を覚えた。それまで穏やかだったつぐみさんの口調に僅かながら刺々しさが感じられたから。

「あなたは、先生を軽蔑しているの?」

 思わずそんな問いが口をついた。するとつぐみさんは即座に、まさか! と答えた。

「先生を軽蔑するなんてとんでもない。そもそも私たちに、先生を責める資格なんてないんです。同罪ですから」

 つぐみさんは自嘲気味に言った。

「私たちだって、気づいていたんです。本当は細川さん、いじめに傷ついているって。いつも無理して、楽しそうに笑っていたから、見ていないふりをして。彼女は大丈夫なんだってごまかして。だから、細川さんのいちがいじめの復讐のために来ていたのなら、クラス全員が殺されていたって、おかしくなかった。もしかしたら、もしかしたらですけど──安塔さんが来ていなかったら、坂垣さんや前園さんだけでは、済まなかったかもしれません」

 だから、ありがとうございます──そう言って微笑む彼女の顔があまりにも痛々しくて、私は直視できなかった。

 この事件がつぐみさんを始め、クラス全員に与えた傷を垣間見た気がした。

「そういえば、いちはまだ見つかっていないんですか? 私、あの子にも謝らなきゃって思うんです」

「残念だけど、まだなの。皆さんの証言があるから、署とも連携して捜索中よ」

 そうですか、とつぐみさんは残念そうに俯く。真面目な子なんだな、と私は少しほっとした。

 ここまで伊織さんのことと向き合ってくれる人もいるのだ。だから、いちにはこれ以上、罪を重ねてほしくない。

 先刻、大地さんと聞いた犯行予告めいたいちの言葉を思い返す。


「もう、遅い」


 ──まだよ。

 まだ、遅くなんかない。

 だから、思い止まって。


 つぐみさんが俯き、私が物思いに耽ったことで、室内に沈黙が訪れる。点けたままのテレビの音だけが喋り続けていた。

「突然ですが、連続不審死事件について、たった今、速報が届きました」

 その声が私を現実に引き戻す。つぐみさんも気になるようで、画面に目を向けた。

「いじめを受け、自殺したとされる細川 伊織さんの両親が遺体となって発見されました」



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