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七瀬は驚きを隠せない私に説明する。
「これはあのご近所に住んでいる、写真が趣味のフリーターさんから提供してもらったもの。その人は伊織さんと仲がよくて、ある日宝物だって、この人形を紹介されたらしい。その人が写真好きなのを知っていたから、人形を撮ってもらいたかったんだろうね。こんなに綺麗な市松人形、なかなかないもの」
確かに、写真で見る分には綺麗かもしれない。
「かなり高価なものらしいんだけど、伊織さんが生まれたとき、大変な難産だったらしくて、母子ともに健康な状態で出産が終わったことを祝って、昔、人形師をやっていた伊織さんのおじいさんが作ったんだって」
あの不気味さに反して、お祝いの人形だったとは。
いや、この事件がなければ、綺麗で可愛らしいと思えたのかもしれない。
「伊織さん自身、その人形をとても気にいっていてね。ご近所さんや友達、みんなに紹介していたんだって」
なるほど。だから幼なじみの前園さんも知っていたわけだ。
「枝祈はもう知っているようだけれど、人形の名前は"いち"。伊織さん本人が物心ついたときに名付けたって」
由来は"市松人形"の"市"という単純なものだったが、名前をつけるほど、愛着を持っていたのだな、と私は微笑ましく思った。
けれど尚更、そんないちが人殺し人形となった理由がわからない。
すると、七瀬はボクの推論を話すよ、と言った。
「枝祈は付喪神って知ってる?」
付喪神──確か、百年使われた道具に魂が宿って妖怪になるって感じだったか。
「まあ、だいたいそんな感じ。いちはさ、そういう原理で動き出したんじゃないかな」
「伊織さんは高校生よ?」
いちが伊織さんが生まれたときに作られたものなら、彼女と同い年だ。百年なんて生きられる人自体少ないし。
「あ、いや、ね。大切に扱われていたから、魂が宿ったんじゃないかって話」
「付喪神とだいぶ違うじゃない」
「むぅ、枝祈は細かいなぁ」
むくれる七瀬を尻目に、でも一理ある、と私は思った。
「もう遅い。あの子は死んでしまった」
「あの人たちのせいだから、行く」
いちは大切な人の心を傷つけた人たちが許せなかったのだ。
だからこその復讐。
新田さんが殺された理由はよくわからないけれど、「夢を笑った」といちは言っていた。確かに、伊織さんの年頃で真剣に考えている夢を笑われたら、傷つくだろう。最も、事実かどうかは確認しようもないが。
「ところで、そのいちは?」
「それが、見つからなかったんだ」
七瀬の返答に心臓が跳ねる。見つかっていない?
「ボク、枝祈が階段から落ちたって聞いて急いで箕舟高校に行ったんだ。救急車より早く着いて、枝祈の応急手当をしながら辺りを見たけど、人形なんてなくて」
教師も確認したそうだが、やはりどこにもいなかったらしい。
ぞわり、と嫌な予感が背中を駆け巡る。
七瀬は言った。
「あったのは小さな草履の足跡だけ、だった」




