い
梅雨が明けたばかりの夏。日本特有のじめじめした暑さはまだ来ていなく、そこそこ涼しいある日のこと。
街の交番に一本の電話が入る。
昼休みで私──安塔 枝祈しかいなかったため、微睡んでいた頭を振って目を覚まし、受話器を取った。
それが悲しく恐ろしい一夏の物語の幕開けとも知らずに。
「はい、箕舟駅前交番です」
「……」
「もしもし?」
「……たす……」
「申し訳ございません、よく聞き取れませんので、もう少々大きな声でお願いします」
なんだろう? 掠れた小さな声が何やら喋っているようだが。
私の声を大きくしてほしいという要求は場合によっては不快かもしれないが、内容が聞こえないことにはこちらも対応できないし、と戸惑いつつ、ゆっくり言葉を待つ。
「……すけ……」
「戻ったぞ! 安塔」
電話の声に出先から戻った先輩──新田 亮二の声が被る。
「うるさいです、新田さん」
「おっと、電話か」
一旦受話器から顔を離して小声で注意すると、新田さんは申し訳なさそうに首を竦めた。
溜め息を吐きながら、受話器に耳を傾けたそのとき。
「助けてええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
耳をつんざくような少女の金切り声が電話口から溢れた。
ぞっ、と冷や汗が吹き出す。新田さんもただ事ではないと察し、表情が強張った。
「どうしたんですか? 事故ですか? 救急ですか? 今どちらにいらっしゃいますか?」
いささか冷静さを欠いていたが、少女の叫びが収まることはなく、私も情報を得るためだけに焦りを募らす。
新田さんが落ち着け、と私の肩をぽんと叩き、紙とペンを取り、素早く何かメモする。電話に表示されている番号だ。
「携帯電話からだな。なら、番号からGPSを追えないか調べる。お前は引き続き対応だ」
私は頷き、受話器の向こうに語りかける。
「大丈夫ですか? 誰か怪我をしているんですか?」
「あああっ、あああっ!!」
「助けに行きますから、どこにいるの? 教えて!?」
助けに行く、の一言に反応してだろうか。少女の叫びは止み、受話器の向こう側が不気味なまでにしん、と静まり返る。
そして。
「もう遅い。あの子は死んでしまった」
「えっ!?」
たどたどしい少女の言葉に私の思考が止まる。
「あの人たちのせいだから、行く」
「ちょっと、待って。どこに? 貴女は今、どこにいるの?」
少女の微かな呟きが聞こえ──
プツッ
電話は切れた。
「な、何、今の……」
私は身の毛のよだつ思いで立ち尽くしていた。
少女は私の最後の質問にこう答えたのだ。
し、た、い、の、ま、え。