追っ手
この世界に来てから見た景色は街の中か草原ばかりだったから、森が見えた時は何故か安心してしまった。エミリアが言うには、この辺りは草原が多いんだとか。でも、国境の方へと近づけば段々と草原は減り始め、今度は森ばかりの景色になるらしい。
俺は見たこともない花をちらりと見てから、傍らで銃を点検する蒼い髪の少女へと向けた。手足に金属製の防具をつけ、腰には剣の収まった鞘をしっかり下げていて、一目で騎士だと分かる恰好をしている美少女が、大型のライフルを点検しているという光景は違和感ばかり感じてしまう。
森の中で休憩している最中に彼女が点検しているのは、アンチマテリアルライフルのバレットM82A2。俺のバレットM82A3と形状が似ているけど、ブル・パップ式になっているからすぐに見分けはつく。
どうして彼女がそれを持っているのかというと、俺が端末でこのアンチマテリアルライフルを生産したからだ。
ナバウレアを脱出した俺たちは、このラトーニウス王国から脱出するために移動を続けていた。ラトーニウス国内にいれば間違いなくジョシュアはエミリアを連れ戻すために追撃してくるだろう。でも、国境を出てしまえばそう簡単に追っては来れない。
つまり、国境を越えれば安全なんだ。だから俺たちは、ラトーニウス王国の隣にあるオルトバルカ王国へと向かって旅をしていた。
この森に来る途中で何度も魔物と戦ったおかげで、今の俺のレベルは6まで上がっている。おかげでステータスはかなり上がり、手に入れたポイントで武器も作り放題というわけだ。ちなみに彼女のバレットM82A2の銃身の下には、俺のライフルの下に対戦車ミサイルランチャーが付いているように、小型の対空ミサイルランチャーが装備されていて、そのグリップがライフルでの射撃時にフォアグリップの代わりになるようになっている。カスタマイズはそれだけで、狙撃補助観測レーダーは装備されていない。
それと、ハンドガンのHK45を彼女に渡している。45口径の弾丸を発射するHK45には、ドットサイトとレーザーサイトが装着されている。
俺は端末で装備を切り替えるだけですぐに別の武器を使うことが出来るけど、端末を持っていないエミリアには直接武器と弾薬を渡さなければいけないらしい。それと、今までの戦いではマガジンを交換することなく決着がついていたから気にならなかったけど、武器を装備した時にポケットの中に用意されるマガジンの数は決まっているみたいだ。
今、俺が腰のホルスターに収めているレイジングブルの弾丸は、装填されている5発とポケットの中にある予備の弾丸を含めて15発。ここに来る前に魔物との戦いで5発撃ち切って再装填しているから、最初に用意されていた弾丸は合計で20発ということになる。
バレットM82A3はまだ1回も使ってないけど、左側のパーカーのポケットにマガジンが2つ入っていて、ジーンズのほうのポケットには1つ入っている。今装填されているマガジンも含めれば4つだ。
つまり、武器の予備の弾薬は再装填3回分ということになる。でもこれはライフルやハンドガンの話らしく、ロケットランチャーやミサイルは1発だけらしい。グレネードランチャーはまだ作ったことがないから分からない。
装備を解除すれば弾薬も元通りになるのかと思って、さっきレイジングブルでゴブリンを仕留めた時に試してみたけど、シリンダーの中は空のままで再び装備されていた。
でも、この世界に来たばかりの時にゴーレムを倒した時、使った弾薬は元通りになっていた。どうやら弾薬は、時間が経過すれば元の数に戻るようになっているみたいだ。
今はまだ問題ないとは思うけど、もしこれから大量の敵や強敵と戦うことになったら、弾切れも起こるかもしれない。予備の弾薬の数が決まっているんだったら、弾切れの対策にもっと他の銃を作るか、近距離用の武器を用意しておかなければならなかった。
「それにしても、便利なものを持っているのだな」
「まあな」
彼女には、この端末のことは話してある。さすがに俺が異世界からやってきたということまでは話してないけどな。
俺は端末をタッチし、作ってカスタマイズを済ませたばかりの新しい近距離武器を試しに装備してみる。腰に下げていたペレット・ブレードの鞘の上にもう一つ、ペレット・ブレードと比べるとかなり小さな鞘が出現したのを確認した俺は、鞘からその武器を引き抜いた。
漆黒の小さな刃と鍔に見せかけた撃鉄を持つペレット・ダガーだ。ペレット・ブレードと同様に、グリップの中に1発だけ小型の散弾を仕込んでいる。それ以外にもこのダガーには、カスタマイズでワイヤーを追加しておいた。
俺は右手でペレット・ブレードも引き抜いてみた。手に入れたポイントで刀身の形状をカスタマイズしたため、ダガーの方もこれに合わせて刀身の形状を変えてある。元々真っ直ぐな刀身を持つ片刃の剣だったペレット・ブレードの刀身は、ククリナイフのように曲がった形状の刀身へと変化していた。そのせいで、鞘に収まった時のこの剣はまるで漆黒のライフルのようだ。
「ところで、オルトバルカ王国の国境まであとどれくらいかかる?」
「そうだな………。馬車に乗せてもらうことが出来れば今日中に到着するが、このまま歩いていけば明日になるな」
点検を終え、バレットM82A2を背中に背負ったエミリアは空を見上げながらそう言った。今、俺たちの頭上にある空は青くなくなり始めている。そろそろ夕方だということだ。
こんな森の中を馬車が通るわけがない。つまり、しばらく歩かなくてはいけないから、国境を超えるのは明日になる。
できるならば宿に泊まりたいところなんだが、問題があった。
「――――宿泊費、どうしよう」
「それが一番の問題だよ………」
今の俺たちには、金がなかった。
俺はこの世界の金は一切持っていない。エミリアにはナバウレアから飛んで逃げる時に財布を落としたと言って誤魔化しておいたけどな。それでエミリアは、逃げた時に財布を持っていなかった。今、彼女の財布はナバウレアの彼女の部屋の中だ。
こんな森の中で金を稼ぐ手段などある筈がない。つまり今夜は野宿するしかないってことだ。
俺はバレットM82A3を手に取ると、狙撃補助観測レーダーを確認した。今のところ、俺たちから半径2km以内に魔物の反応はあるが、人間の反応は見当たらない。ジョシュアの追っ手はまだ俺たちを発見してはいないらしかった。
「とりあえず、国境に向かおう。今夜は野宿になるが問題ないな?」
「ああ。大丈夫だ」
国境さえ超えてしまえば追っ手が来ることはない。そのためならば野宿ぐらい我慢するさ。俺は端末をポケットに戻すと、アンチマテリアルライフルを背負って歩き出したエミリアの後を歩き出した。
あいつが到着したと部下から報告を受けた瞬間、僕は一瞬だけ恐怖を感じた。僕が戻って来いと命令した部下の一人の筈なのに、呼び戻せばいつも同じだ。奴が到着したという報告と共に訪れる恐怖。僕はいつも通りの恐怖を感じると、奴が僕の部屋にやってくるのを待った。
やがて部屋のドアがノックされる。僕が「入れ」と命令すると、ドアがゆっくりと開き始めた。
その向こうには、不気味な笑みを浮かべ、返り血だらけの防具に身を包んだ一人の少女が立っていた。もし彼女が返り血を浴びておらず、あんな気味の悪い笑みを浮かべていなければきっと可愛いんだろう。返り血のついた長い銀髪からは人間よりも長い耳が伸びている。
彼女は人間ではない。今から5年前に僕が買ったハーフエルフの奴隷だ。
「久しぶりですねぇ、ジョシュア様」
「ああ、フランシスカ………どうだった? 山賊との戦いは」
「弱過ぎますよ。しかもうるさいし」
フランシスカは今回の任務の文句を言い始めたが、笑みを浮かべたまま話すせいで不満だったのか楽しかったのか分からない。きっと腰に下げている剣も、引き抜いてみれば返り血で真っ赤に汚れたままなのだろう。彼女は血の匂いが大好きだとよく言うが、せめてここに来るときは返り血を拭いてきてほしい。
「それで、どうして私を呼び戻したんです?」
「実は、エミリアがある男にさらわれたんだ。…………男を始末し、エミリアを連れ戻してほしい」
「エミリアが? 確かエミリアって、ジョシュア様の許嫁ですよねぇ?」
「そうだ。あいつらは恐らく、オルトバルカ王国との国境に向かっている」
あの余所者が空を飛んで逃げて行った時、残った白い煙を辿った結果がオルトバルカ王国方面だった。あそこはこのラトーニウス王国の隣国だが、別に同盟を組んでいるわけではない。もしあの2人が国境を越えれば、追撃は難しくなってしまう。その前に何とかしなければならなかった。
だから僕は、このハーフエルフの奴隷を呼び戻したんだ。
「その男、見つけたら滅茶苦茶に切り刻んでいいですか?」
「構わない。首を切り落としても、腹を引き裂いても良い。その男を殺し、エミリアを連れ帰れ。いいな?」
「フフフフフ…………。了解しました」
「それと、その男は奇妙な武器を使う。気を付けろよ」
「はい。では、行ってきます」
彼女はくるりと踵を返すと、僕の部屋から出て行く。部屋のドアに返り血を残して彼女が去っていくと、僕はため息をつきながらあの余所者に刻まれた傷口を右手で押さえた。
フランシスカは強いが、性格があまりにも残酷過ぎる。刃物を渡して敵を殺せと命令すれば、彼女に襲撃された敵は必ず滅茶苦茶に切り刻まれた残骸へと姿を変えてしまう。素手で殺して来いと命令しても同じだ。犠牲者の死体の傷が、素手で引き千切られたような傷跡になっているくらいしか違いはない。
しかもその惨殺を楽しむような性格の女だ。僕に殺意を向けるようなことはないが、何度か味方の騎士が彼女の犠牲になっている。そして今度は、あの余所者が彼女の犠牲者になるんだ。
あの草原がいつまでも続いたように、今では森がいつまでも続いている。倒木と枯葉だらけの地面と無数の木々。最初は安心していたこの光景も段々と飽き始めていた。
エミリアは倒木の近くでもう眠っている。追っ手に見つからないように焚き火はしなかったため、辺りは真っ暗だ。俺は狙撃補助観測レーダーで魔物や追っ手が接近してこないかを確認しながら、端末でバレットM82A3のスコープを通常のスコープから暗視スコープへと変更した。暗闇の中で敵を迎撃するならこっちの方が良いからな。
小型モニターには何も反応がない。俺が再び暗視スコープを覗き込もうと視線をスコープの方に向けたその時、ライフル本体の脇に装着された小型モニターの端に赤い点が1つ表示された。
魔物だろうか? でも点のサイズが小さい。ゴブリンかなと思っていると、その点が凄まじいスピードで俺たちの方へと移動を始めた。
「なっ…………!?」
明らかにゴブリンのスピードじゃない。しかも、俺たちの居場所が分かっているのか!? 最初は1.8㎞も空いていた距離が、今ではもうたったの700mまで接近されていた。しかもその点は、まだ俺たちの方へとスピードを変えずに接近している。
「エミリア、起きろッ!!」
「力也………?」
眠ったばかりの彼女を大声で起こすと、俺は暗視スコープを覗き込んだ。
「敵襲だ!」
「何ッ!?」
恐らく、こいつはジョシュアの追っ手だ。俺の叫び声で目を覚ましたエミリアも、俺の隣に来てバレットM82A2を構える。
暗視スコープの向こうに一瞬だけ人影のような何かが映り込む。長い髪を揺らしながら、右手に剣を持った女の騎士だった。