エミリアとの旅
突き出た状態のパイルバンカーのボルトハンドルを引き、杭を元の位置まで戻す。煙を出しながら排出された薬莢は、アンチマテリアルライフルの薬莢並みに大型だ。ジョシュアの剣を見事に圧し折った杭の表面には傷一つない。
静かにジョシュアから左腕を離し、俺は数歩後ろへと下がった。奴はもう剣を折られ、これ以上は続けられないだろう。もし仮にジョシュアが、ほかの騎士から剣を借りて再び襲い掛かってきたとしても、パイルバンカーは再装填なしであと4回も使える。それに、パイルバンカーを使わなかったとしても、先ほどまでの戦いで実力差ははっきりと出ている。まあ、俺のは実力じゃなくて能力なんだけどな。
とりあえず、ジョシュアがまた攻撃してきたとしてもすぐに撃退することが出来るってことだ。俺は油断しないように、ペレット・ブレードの切っ先をジョシュアへと向けていた。
上半分が折れた剣から両手を離し、ジョシュアが両手を震わせながら俺の方へと手のひらを向けてくる。何をするつもりなのかと奴を睨み付けながら見張っていた俺は、その両手に紫色の光が集まっていくのを見た。
「力也、魔術が来るッ!」
「終わりだ、余所者ぉッ!!」
エミリアが俺に警告し、ジョシュアが光を纏った両手を俺に向けながら叫ぶ。
この戦いでは確か、近距離武器以外は使用禁止だったよな、ジョシュア? なのにどうしてお前は自分でルールを破ってんだ?
戦う前に散々あんなことを言っておいて、追い詰められたら自分でルールを破るか。俺は呆れながら、紫色の光を放とうとしていたジョシュアにペレット・ブレードのグリップを向け、散弾の発射スイッチを押し込んだ。
鍔のようなパーツがグリップの中へと潜り込み、グリップの中から銃声が響き渡る。やっぱりジョシュアはこういう手を使ってくる奴だったな。一応この散弾発射機能がある剣を用意しておいて正解だった。
剣で斬り合うような距離から何歩か離れた距離だったから、命中精度の悪いこの剣の散弾は、拡散した散弾のうち何発かがジョシュアに襲い掛かっただけだった。当然ながら致命傷などは全く与えられない。足や腕に2発か3発くらいが命中したらしく、両腕に集めていた光を四散させながらジョシュアが叫んだ。
「ぎゃああああああああっ!! お、お前っ! 何だその剣は!?」
「先にルールを破ったのはお前だ。…………約束通り、エミリアは貰う」
「ふ、ふざけるなッ! エミリアは渡さないッ!!」
「いや、お前は俺に負けたんだ」
俺は右手の親指でペレット・ブレードのグリップを押した。刀身の付け根とグリップの部分が折れたのを確認すると、そこから空の状態の散弾の薬莢を取り出し、ポケットの中に入っていた予備の小型散弾を装填。刀身を元の状態に戻すと、グリップの中に潜り込んでいた撃鉄を元の位置まで戻す。
ペレット・ブレードの再装填を終えた俺は、再びグリップをジョシュアへと向けると、左手でパーカーのポケットの中から端末を取り出し、レイジングブルとバレットM82A3を装備した。
突然俺の背中にアンチマテリアルライフルが出現したことにジョシュアや周りの騎士たちが驚く中、俺はペレット・ブレードを鞘に戻し、騎士たちの中でこの戦いを見守っていたエミリアの方へと走った。
「えっ? り、力也ッ!?」
「待て! ………お前ら、そいつを止めろッ!!」
ジョシュアの声に、一部の騎士たちがすぐに俺の方へと走り出す。他の騎士たちはどうすればいいのか分からず混乱しているようだ。恐らく、すぐに動き出した奴らはジョシュアが予め用意しておいた奴らだろうな。もし自分がピンチになったら今みたいに命令して、俺を襲わせるつもりだったんだろう。
俺は騎士たちの列の中にいたエミリアの手を引くと、そのまま彼女を連れて逃げ出すことにした。
「おい、力也! わっ、私を貰うってどういうことだ!?」
「エミリアを貰うってことだ!」
「だからどういう意味だと………!!」
俺の後ろでエミリアが聞いてくるけど、ジョシュアに連れて行かれた時みたいに嫌そうにはしていなかった。まるで今から旅行に行く子供のようにはしゃいでいるようにも見えてしまう。
いくら剣士の能力のおかげでスピードが大きく上がっているとはいえ、このまま走って逃げているわけにはいかない。背後から騎士たちが何人も追ってきている上、前方からも他の騎士たちが迫ってくるのが見える。それに、俺のスタミナもずっと続くわけじゃない。
ならば反撃しようかと思ったけど、1日だけとはいえお世話になった騎士たちだ。できるならば傷つけたくなかった。
「力也、どうするつもりだ!?」
「大丈夫だ、ちゃんと考えてる!」
考えてるとは言ったけど、これはかなり荒業になるだろう。俺は背後の騎士たちと十分に距離を取ったところで立ち止まると、背中に背負っていた対戦車ミサイルランチャー付きのバレットM82A3を取り出し、右手でミサイルランチャーの方のトリガーを掴んだ。
そのまま砲身を斜め上へと向け、トリガーを引く。ワイヤーと白煙を空中に刻みつけながらミサイルがロケットのように撃ち上がり、段々と青空の中へ舞い上がっていった。
俺が武器を取り出したことで、騎士たちは攻撃されると思ったに違いない。全力で走ってきた彼らの速度が一瞬だけ落ちたのが見えた。
「ふん。上に向かって攻撃して、何のつもりだ?」
散弾のうち何発かを食らって血を流しながらもここまで追ってきたジョシュア。右手には、他の騎士から借りたと思われる剣が握られている。俺たちの前から迫っていた騎士たちも合流し、俺とエミリアは見事に取り囲まれていた。
あと数秒、このまま睨み合いが続いてくれればいい。そうすれば、無事に俺とエミリアはここから逃げることが出来る。
俺は左手でエミリアを引き寄せると、顔を赤くしている彼女に「しっかり掴まってろよ」と囁いた。
「力也、何をするつもりだ…………?」
彼女の問いに、俺はにやりと笑って返した。
じりじりと距離を詰めてくる騎士たち。さすがにエミリアがこんなに俺の近くにいたのでは、迂闊に魔術や弓矢で俺だけ狙うわけにはいかないんだろう。
恐らく、あと4秒ほど。
俺は左手に掴まっていたエミリアを、更に近くへと引き寄せた。
「りっ、力也ッ!? こんな時に…………!」
「――――そろそろだな」
「えっ?」
「いくぞ、エミリア!」
ジョシュアから視線を外し、俺はちらりと頭上の白煙の残滓の中に伸びるワイヤーを見た。先ほどまではするすると天空へ伸びていたそのワイヤーが、突然伸びるのをやめて張り詰める。
ワイヤーが伸び切ったんだ。しかもまだ、対戦車ミサイルの推力は衰えていない。
「―――きゃあッ!?」
「うぐっ…………!!」
突然、ミサイルランチャーのグリップを握っていた俺の右腕が天空へと引っ張られる。更にそのまま俺の身体が空へと引っ張られ始め、俺に掴まっていたエミリアも一緒に天空へと舞い上がり始めた。
このミサイルランチャーのワイヤーは、ミサイルが爆発するか、ランチャーのトリガーをもう一度引かなければ意図的に切れないと説明文には書いてあった。さすがに重量で切れないわけではないんだろうけど、かなり強度があるワイヤーらしく、俺とエミリアがぶら下がった状態でも全く切れる様子はない。そのまま俺とエミリアの2人は、ついさっき発射した対戦車ミサイルに引っ張られながら空へと舞い上がった。
「じゃあな、ジョシュア! エミリアは貰っていくぜッ!!」
今の声は聞こえたのかな? もし聞こえてたら最高なんだけど。
それにしても、いきなり右腕を引っ張られたものだから右肩が非常に痛い。脱臼したんじゃないかと思ったくらいだ。でも、確かに激痛はするけど力は入るし、大丈夫だろう。
ナバウレアの防壁は既に飛び越えている。まるで離陸したばかりの飛行機のコクピットから外を眺めているような気分を味わいながら、俺とエミリアは防壁の外に広がる草原へと飛び去っていった。
僕は空に残った白い煙の残滓を睨み付けながら、両手の拳を握りしめていた。いきなり空に向けて何か発射したかと思うと、数秒遅れて空へとエミリアを連れて行ったあの余所者。最初に街の外で見た時はどうでもいい奴と思っていたけど、まさか僕の許嫁を連れ去っていくなんて。
しかも、剣術で僕を圧倒して。魔術で吹っ飛ばしてやろうと思ったけど、攻撃する前に反撃されて逆にこっちがダメージを受けてしまった。
僕はあいつを許さない。
エミリアは僕と結ばれる予定だったんだ。なのにあいつは、彼女を横取りしていった。
「ジョシュア様、大丈夫ですか?」
「当たり前だッ! いいから早く奴を追え! 必要ならば飛竜も手配する!!」
「し、しかし、あの速度に追いつける飛竜なんて………。それに、あいつは恐ろしい武器を持っています。迂闊に追撃すれば、逆に騎士団に被害が………!」
焦ったように言う傍らの騎士に苛立った僕は、話している途中だったその騎士を思い切り殴りつけていた。八つ当たりだけど、そんなのは関係ない。
あいつが飛び上がる前にこいつらが押さえつけてしまえばよかったんだ。そうすればあの余所者を取り押さえることが出来たし、エミリアだってさらわれずに済んだ。こいつらがあいつの持っていた武器に怯えてたから、エミリアは連れ去られたんじゃないか!
「うるさい! いいから早く追跡しろ! …………それと、遠征中のあいつを呼び戻せ!」
「奴をですか………!?」
「そうだ。居場所を発見したら、あいつを放り込んでやれ」
確かあいつは今、北の方の山脈に遠征している最中だったな。数ヵ月前に壊滅させた山賊たちの残党を殲滅している頃だろう。
戦いと虐殺が大好きな危険な奴で、時には味方の騎士すら惨殺するような奴だが、この僕の言うことは絶対に聞く。もしあの余所者が逃げ込んだ先が大きな街だったら、間違いなく血の海が出来上がるだろうな。
でも、そうなっても関係ない。あの余所者を倒し、僕の許嫁を連れ戻してくれればそれでいいんだ。
ミサイルに引っ張られて空を飛ぶなんて体験は初めてだった。それに、もう二度とやりたくない。左手で端末を操作して、バレットM82A3の装備を解除した俺は、端末の電源を切ってポケットに戻した。
空を飛んでいる途中、突然ワイヤーが俺たちの重さに耐えられなくなって切れた。エミリアは着地に成功したみたいだけど、俺はそのまま落下して地面に叩きつけられる羽目に。よく骨折も打撲もしなかったな。防御力のステータスのおかげ?
「エミリア………すまん、急に連れ出しちゃって」
「どうして謝るのだ?」
「だって、エミリアをさらったんだぜ?」
今頃、ジョシュアは騎士団に命令して俺たちを追撃してくるだろうな。いくらジョシュアが嫌いだったとはいえ、勝手に連れ去ってエミリアには迷惑をかけてしまった。
エミリアは土を払いながら俺の方へと歩いてくると、俺の肩に手を置きながら言った。
「そんなことは気にしていない。………それに、奴から逃げ出したいとは何度も思っていたさ」
「でも、実家は? 家族は?」
「私のことを自分の地位のために利用する父親など、家族などではない。母親もだ」
彼女の父は、自分の地位のためにジョシュアとエミリアを結婚させる事を勝手に決めた。そんな父は家族ではないというエミリアの気持ちは分かるが、やっぱり彼女に迷惑をかけてしまったんじゃないだろうか。俺みたいな出会ったばかりの男に連れ去られて、彼女は嫌だと思っているんじゃないだろうか。
そう思っていると、エミリアは微笑みながら俺の肩に置いた手を頬まで持ってきて、静かに言った。
「――――私を連れ去ってくれてありがとう、力也」
「えっ…………?」
「もちろん本心だ。嘘ではないぞ。お前のことは面白い奴だと思っているし、それに…………私を連れ去ってくれて、嬉しかったぞ?」
エミリアの紫色の瞳が、すぐ近くで俺を見つめていた。
俺も彼女を見つめ返すと、エミリアは頷いてから俺の頬から手を離した。彼女はくるりと後ろを振り向くと、目の前に広がる草原を見つめる。
「行くぞ、力也」
「えっ?」
「お前の旅に私もついていく。私はお前に貰われたのだからな」
微笑みながら言うエミリア。俺はここで、騎士たちやジョシュアの目の前でエミリアを貰うと言ったことを思い出し、少し恥ずかしくなった。
「ああ。よろしくな、エミリア」
「よろしく、力也」
顔が赤くなってないか心配しながら、俺は歩き出した彼女の隣を歩き始める。
いきなり車上荒らしに殺され、奇妙な端末を渡された状態でやってきた異世界。俺はその異世界の旅を、エミリアと共に楽しむことにした。
次回より第二章です。