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奴隷と幽霊


 湿地帯を抜けた俺たちは、湿地帯の外に止めておいた馬に荷物を乗せると、ネイリンゲンへと続く道を馬に乗って走り始めた。ここに来るのには1回野宿したから、帰りもまた1回野宿することになるかもしれない。


 俺の姿は、あの白いコート姿から迷彩模様の制服姿に戻っていた。でも、髪の長さまでは戻っていないらしく、黒い長髪のままだった。あの姿は消えてしまったフィオナが俺に力を貸してくれていた姿。でも、元の姿に戻ってしまったということは――――今度こそフィオナは消えてしまったということだ。


 俺は馬の手綱を握りながら、周りを馬に乗って走る仲間たちを見た。ギュンターの乗る馬の後ろにはミラが乗り、その2人の馬の後はエミリアとカレンの乗った馬が走っている。そして、最後尾を走るのは俺の馬だ。


 来た時は、俺の傍らにフィオナがいてくれた。でも、あの子はもういない。ネイリンゲンの屋敷で出会った、真っ白で可愛らしい少女の幽霊は、俺をあのブタ野郎の攻撃から庇い、消えてしまったんだ。


「フィオナ・・・・・・・・・」


 仲間が1人いなくなってしまった。


 彼女はもう100年も前に病死してしまっているけど、それでもフィオナは、俺たちのモリガンというギルドの大切な仲間なんだ。


 俺は左手を手綱から放すと、左手の甲を見つめた。あのブタ野郎の攻撃で宇宙空間まで吹っ飛ばされた時、フィオナが握ってくれた俺の左手だ。


 あの転生者に勝利する事が出来たのは、フィオナが俺たちに力を貸してくれたからだ。レベルが22も上の敵を倒す事が出来たのは、彼女が俺にあの白い炎の力を貸してくれたからなんだ。


「・・・・・・ありがとな、フィオナ・・・・・・・・・」


 もう、彼女の頭を撫でてあげることもできない。撫でてあげると、彼女はうれしそうに笑って喜んでくれてた。


 俺に撫でられて喜んでいたフィオナの笑顔を思い出しながら、俺は左手を思い切り握りしめた。


「なあ、エミリア」


「何だ?」


「―――あいつ以外にも、転生者はいるんだよな?」


 馬の速度を一旦落として俺の隣へとやってきたエミリアは、あのオタクに踏みつけられまくった軍帽をかぶり直しながら首を縦に振った。


「おそらく、他にもいるだろうな」


「そうだよな・・・・・・」


 この世界にいる転生者は、俺だけじゃない。俺以外にもあの世界で死んで、この世界に転生した奴らは何人もいる筈だ。間違いなく、その転生者たちのほとんどが俺よりも格上だろう。


 おそらく、これからもそいつらと戦うことになるかもしれない。もしまた転生者と戦うことになれば、また仲間を失うことになるかもしれない。


 今のままでは駄目だ。転生者たちには勝てない。それに、力を貸してくれたフィオナもいないんだ。


 だから、もっと強くならないといけない。もっとレベルを上げて、強力な武器と能力を生産しなければ、奴らに勝つことは出来ない。


「もっと――――強くならないと」


「力也・・・・・・」


 もう一度、俺はフィオナが最後に握ってくれた左手を握りしめた。








「なあ、ギュンター」


「あ?」


 馬を馬小屋に戻し、乗せていた荷物を下ろし終えた俺は、自分の乗っていた馬から荷物を下ろしているギュンターに声をかけた。


 他の仲間たちは屋敷の中へと戻っている。激戦が終わってそのまま1日だけ野宿してここまで戻ってきたんだからかなり疲れてたんだろう。それに、エミリアは右腕の骨折がまだ治っていない。フィオナがいなくなってしまったから、骨折の治療もできなくなっている。だから、彼女の腕の治療はカレンに任せていた。


「お前とミラは、これからどうするんだ?」


「あ、決めてなかった。ミラ、どうする?」


「・・・・・・」


 ため息をついてから苦笑いをするミラ。ギュンターはあのオタクに奴隷扱いされていた仲間たちと妹を助けるために、今回だけ一緒に戦ってくれたんだ。だから彼がいなくなったら、モリガンのメンバーはまたたった3人だけになってしまう。


 でも、ギュンターとミラはもう奴隷じゃない。ネイリンゲンは傭兵ギルドが多い街だし、それ以外にも仕事はたくさんある。住むには最高の場所だ。


「―――なあ、力也」


「ん?」


「俺は奴隷にされてた時、ずっと肉を捌く仕事ばっかりやってたんだよ。切れ味の悪い包丁ででっかい肉を斬らされてたんだ。なかなか切れなくてよくストレスが溜まってたよ」


 なら、精肉の仕事でも紹介しようかな? さすがにここの精肉の仕事ならば、そんな切れ味の悪い包丁を使わされないし、問題ない筈だ。


 彼に生肉の仕事を紹介しようとしたその時、ニヤリと笑いながらギュンターが「けどよ」と言った。


「傭兵の仕事はいいな。大暴れできる」


「なら、他のギルドでも紹介するか?」


 ネイリンゲンは傭兵ギルドの数が多い。町の中は傭兵ギルドのポスターや看板だらけだ。俺たちは最初に受けた依頼でかなり有名になってしまったからポスターや看板は全く用意してない。


「いや、俺はここがいい」


「ここが?」


「おう。待遇は最高だし、支給される武器も強力だ。それに美少女もいる。ハハハッ」


「おいおい・・・・・・・・・」


 ミラはギュンターのズボンの裾を掴んで、苦笑いしながら笑う兄の顔を見上げている。


「だからさ、俺も仲間に入れてくれよ」


「ミラはどうするんだ?」


 ギュンターが仲間に入ってくれるのはありがたい。2丁の機関銃を操るという戦い方は破壊力があるし、彼は屈強なハーフエルフだ。でも、ミラはどうするつもりだ? 彼女までモリガンに入れるつもりなのか?


 ネイリンゲンには傭兵ギルド以外にも仕事はある。そういえば、あのオタクの所から逃げて来たピエールとサラも、ここで喫茶店をやるって言ってたな。そこで働かせるつもりなんだろうか?


「ミラ、どうする?」


「・・・・・・・・・」


 ブタ野郎に喉を潰されたせいで声が出せないミラは、問い掛けてきた兄の顔を見上げてから、俺の顔を見つめて頷いた。


「・・・・・・お前もここに入るか?」


「・・・・・・・・・」


 もう一度ギュンターの顔を見上げ、頷くミラ。


「大丈夫なのか?」


「訓練すれば大丈夫だろう。それにこの子は、あの戦いに最中に廃れちまったはずの魔術を使ってたみたいだし」


「廃れたはずの魔術?」


「聞こえなかったのか? あの子守唄」


 館に向かって突っ込んでいった時、聞こえて来たあの歌声の事なのか? まさか、あれを歌っていたのはミラなのか? でも、彼女の喉は潰れていて、二度と声は出せない筈だ。そんな状態であの子守唄を歌っていたのか?


「カレンが言ってたんだが、魔力を放出して空気を振動させて音を出す魔術があったらしい。多分、ミラが使ってたのはそれだ」


「なるほど・・・・・・。いいのか? ミラ」


「・・・・・・・・・」


 俺は彼女の目の前まで歩くと、ミラの紅い瞳を見つめた。彼女はギュンターと同じハーフエルフなんだけど、彼よりも肌が白いせいでエルフのように見える。


「・・・・・・」


 俺の顔を見つめながら、ミラは首を縦に振った。


「・・・・・・そうか」


 彼女は、最愛の兄と一緒に傭兵になるつもりなんだな。きっと、長い間離れ離れにされていたから、もう肉親から離れたくないんだろう。


「よし、よろしくな。2人とも」


「おう、旦那!」


「ん? 旦那?」


 何で旦那なんだよ。戦ってる最中は俺を名前で呼んでたのに、なんでいきなり俺を旦那って呼ぶんだよ?


「今日から旦那って呼ばせてもらうぜ。よろしくな、旦那!」


「あ、ああ。でもなんで旦那って―――」


「気にすんなよ。なあ、旦那!」


 確かギュンターは俺と同い年の17歳の筈だぞ。


 俺は苦笑いしながら、新しく仲間になった2人に「モリガンへようこそ」と言うと、苦笑いを微小に変えてから右手を差し出した。








 屋敷の地下にある射撃訓練場の中で、銃声が轟いていた。何度も反響を繰り返す轟音の残響が消え去る前に次の轟音が響き渡るため、マガジンを交換している最中も轟音の残響は消えることはない。


 俺は轟音の中でマガジンを交換して再装填リロードを済ませると、作り直しておいた木製の的に向かってトリガーを引いた。前に使っていた的はギュンターがPKPの連射で木端微塵にしてしまったから、俺は荷物を屋敷に戻してからすぐに作り直しておいたんだ。つまり、俺が今撃っているのは作ったばかりの新品ということだ。


 俺が使っている武器は、前まで使っていたAN-94ではない。さっき端末で生産したばかりの最新のアサルトライフルのSaritch308だ。このSaritch308はブルパップ式のロシア製アサルトライフルで、AN-94が使用する5.45mm弾ではなく、それよりも強烈な7.62mm弾を使用する強力なライフルだ。AN-94よりも反動が大きいけど、こっちのライフルの方が破壊力がある。


 この武器を生産した理由は、仲間たちの火力を上げるためだった。


 俺やエミリアが使用していたアサルトライフルの5.45mm弾では、アラクネなどの硬い外殻を持つ魔物に弾かれてしまう。頭を狙えばアラクネは倒す事が出来るんだが、胴体などの外殻を貫通して倒すことのできる弾丸を放つ銃ならば、その厄介な魔物たちや防御力の高い敵を簡単に倒す事が出来るだろうと思った。そこで俺は、今まで使用していた5.45mm弾よりも強力な7.62mm弾を使用する武器を生産し、仲間たちに支給することにしたんだ。


 このSaritch308以外にもドイツ製のG3やベルギー製のFALを候補に挙げてたんだけど、俺はこのロシア製のアサルトライフルを採用することにした。


 7.62mm弾ならば、アラクネやゴーレムの外殻を貫通する事が出来る。このライフルならば、硬い外殻を持つ魔物と戦っても問題ないだろう。それに、レベルが上の転生者と戦っても通用する筈だ。


 俺はこのSaritch308をアサルトライフルとして使っているけど、銃身を伸ばしてバイポッドとスコープを取り付ければこのライフルはアサルトライフルからマークスマンライフルになるし、銃身を伸ばしてバレルジャケットとドラムマガジンを装着すればLMGライトマシンガンにもなる。つまり、非常に汎用性が高いんだ。


 だから、俺の使っているSaritch308は、端末では『Saritch308AR』と表示されている。


「こいつなら問題ないな・・・・・・」


 7.62mm弾の破壊力ならば大丈夫だろう。俺はアイアンサイトから目を離すと、生産したばかりのSaritch308ARを背中に背負い、踵を返して1階へと続く階段へと向かう。


 その時、その階段の陰で―――白い何かが揺れたような気がした。


「?」


 確か、初めてここで射撃訓練をしていた時にも見たような気がする。俺はあの時と同じようにSaritch308ARを構えると、銃口を階段の方に向けながらゆっくり歩き、階段の陰を覗き込んだ。


 でも、そこにはランタンの光を階段が遮ったせいで生まれた薄暗い闇があるだけだ。さっき見えた白い何かは全く見えない。


 まさか、フィオナが見守ってくれているのだろうか?


「・・・・・・・・・」


 俺は今度こそアサルトライフルを背中に背負うと、あの時の事を思い出しながら1階へと階段を上り始めた。








 俺の部屋では、もうエミリアがベッドで眠っていた。ベッドから包帯の巻かれた右腕を出し、パジャマ姿で先に眠っている。


 俺もあくびをしてからソファの上に寝転がると、近くに畳んであった毛布を持ち上げてからかぶる。近くにあるテーブルの上に置かれているのは、ポットとティーカップと聖水の入った瓶だ。ここにやってきた時に、おじさんからもらった聖水の瓶。エミリアがフィオナと仲良くなるまで手放さなかった代物だった。


 明日からはミラとギュンターの訓練もしないといけないし、依頼がなかったら俺もレベル上げに行かないといけない。もしかすると、また転生者と戦うことになるかもしれないからな。


「・・・・・・?」


 段々と眠くなり始めた時だった。寝返りをうとうとしても、体が全く動かなくなっている。


 これはあの時と同じだ。フィオナが初めて俺の目の前に姿を現した時、彼女は俺を金縛りにしてから姿を現した。


 まさか、フィオナがいるのか? 俺は瞼を開き、ソファの周囲を見渡した。


「・・・・・・!」

 

 テーブルの上に、白い何かが浮かんでいるのが見えた。月明かりの中で揺れる長い白髪と綺麗な純白のワンピース。その白髪の持ち主は、蒼い瞳で俺を見下ろしながら微笑んでいる。


 幻覚なのか? 俺を見下ろしているこの幼い少女は、間違いなく俺を庇って消えてしまったフィオナだ。俺の事をまだ見守ってくれているのか? でも、どうして俺をまた金縛りにする?


『ただいま、力也さん』


「・・・・・・・・・?」


 彼女は囁くと、浮き上がってからゆっくりと毛布をかぶって眠っている俺の上に舞い降りてきた。そして俺に顔を近づけ、蒼い瞳で俺の顔を近くから見つめる。


『帰ってきましたよ』


 幻覚じゃないのか? じゃあ、君は本物のフィオナなのか? 消えた筈なのに、帰ってきてくれたのか?


『私が消えそうになった時、力也さんは私を抱き締めてくれましたよね? その時に、力也さんの腕に私の残骸の一部が残ってたみたいなんです』


 微笑みながら言うフィオナ。確かに俺はあの時、消えていく彼女を必死に抱きしめている。その時に腕に彼女の残骸の一部が残ったということなんだろうか?


『何とかその残った残骸を修復して、元通りになる事が出来ました。・・・・・・ごめんなさい、私もエミリアさんを泣かせちゃいましたね・・・・・・』


 俺の上に乗ったまま笑うと、フィオナはそのまま俺の金縛りを解除してくれたらしい。体が動くようになったのを確認した俺は、毛布の中から左手を持ち上げると、彼女の頭を撫で始めた。


 また、俺に撫でられて嬉しそうに笑うフィオナの笑顔を見る事が出来た。俺は彼女が笑っている間に右手で涙を拭い去ると、彼女の頭を撫でるのをやめ、両手で彼女を思い切り抱き締めた。


『きゃっ・・・・・・!? りっ、力也さん・・・・・・!?』


「帰ってきてくれてありがとう・・・・・・フィオナ・・・・・・」


『力也さん・・・・・・・・・』


 俺の声は涙声だった。


 俺を庇って消えてしまった筈の少女が、帰ってきてくれたんだ。俺の涙声を彼女に聞かれてしまったのは少し恥ずかしいけどな。


『えへへっ。力也さんまで泣かせちゃいましたね』


「悪い子だな、フィオナは」


 俺まで泣かせやがって。本当に悪い子だな。


「お帰り、フィオナ・・・・・・!」


『はい。ただいま、力也さん・・・・・・・・・!』


 俺に抱き締められているフィオナの声も、涙声になっていた。

 


 

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― 新着の感想 ―
右に、いや、下に同じく。 良かった、良かった。
[良い点] なろうだからこそできる、救いのある話は好きです。
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