ギュンターの怒り
「よう、大丈夫か?」
「ああ。見つかってはいないぞ」
防壁の上からの狙撃を終え、エミリアたちの近くにいる警備の兵士を片付けてから防壁から飛び降りた俺とカレンは、エミリアたちが通ったルートを通って玄関の前で彼女たちと合流していた。
庭を警備していた兵士たちは20人で、俺たちが片付けた兵士は8人。残った12人の兵士は庭の真ん中や、エミリアたちが通ったルートとは反対側の場所を警備している。
「よし、早く中に入ろうぜ。ミラを助けないと」
「分かってるさ。鍵は開いてるか?」
「おう」
ギュンターが黄金で装飾された派手なドアノブを掴み、館の玄関のドアを開ける。その間に俺とカレンは、ホルスターからサプレッサー付きのハンドガンを引き抜いていた。
俺の持つハンドガンは、ギュンターが俺たちの屋敷で射撃訓練をした際に使っていたものと同じMP443だ。カレンのハンドガンは、3点バースト射撃が可能なベレッタM93R。どちらにも潜入用にサプレッサーが装着されている。
俺は端末でギリースーツの装備を解除してから、館の玄関の中へと足を踏み入れ、ハンドガンを周囲に向けながら敵兵がいないか確認した。
壁に掛けられた蝋燭や天井に吊り下げられたシャンデリアの明かりで、真っ白な館の床は橙色に染まっている。床には真っ赤なカーペットが敷かれ、壁には剣を持った人物の肖像画が掛けられていた。
玄関の近くには敵兵はいないようだ。ハンドガンを下げた俺は、シャンデリアをちらりと見上げてから玄関の奥へと進み、壁の近くに飾られていた彫刻の陰に隠れた。
まず、ギュンターの妹と奴隷たちを救出しなければならない。彼女たちを救出する事が出来れば、俺たちにとっての弱みは消えることになる。
彫刻の近くに敵はいないようだな。じゃあ、次はどこに向かう? 2階を探してみるか?
隠れていた彫刻の陰から出ようとしたその時、彫刻の向こうにある階段の上から足音が聞こえてきた。俺は慌てて再び彫刻の陰に隠れ、MP443を構える。
び、びっくりした・・・・・・。もし階段に向かっていたら、あの兵士に見つかっていたかもしれない。俺は冷や汗をかきながら、彫刻の陰からその下りてきた兵士を監視していた。
階段から下りてきた兵士は、やっぱり銀色の防具に身を包み、腰にはロングソードを下げていた。外で警備していた兵士たちと全く同じ格好だ。
「ん・・・・・・?」
その兵士は、どうやら右手に鍵を持っているようだ。
鍵を何に使うんだ? あの兵士が向っている方向は玄関ではないから、玄関の鍵を閉めに行くわけではないだろう。まさか、奴隷たちの檻の鍵か?
俺は鍵を持った兵士が俺から見て右側の廊下へと向かったのを確認してから、玄関の近くで隠れている仲間たちを手招きし、彫刻の陰から今度こそ出た。
廊下にはまだ踏み込まず、壁に隠れながらちらりと先ほどの兵士の様子を確認する。玄関の近くには彫刻があって何とか隠れる事が出来たけど、兵士が歩いて行った廊下は壁に絵画が掛けてあるだけで、隠れられそうな場所が全くない。つまり、あの兵士に振り向かれたらすぐに見つかってしまう。
もし見つかってしまったらすぐにハンドガンを頭にぶち込んで黙らせ、あの鍵だけでも奪っておくべきだろうけど、今は見つからずに尾行するべきだ。
「―――なあ、どこに行くんだ?」
廊下の奥で、鍵を持った兵士に他の見張りの兵士が声をかけたのが聞こえた。
「地下室だ。リーダーが少女を連れて来いってさ」
どうやら奴隷たちは地下室に監禁されているらしいな。という事は、ギュンターの妹もそこにいるんだろうか?
廊下の向こうで話をしていた2人の兵士が離れていく。鍵を持った兵士が廊下の角を曲がり、もう1人の兵士だけが赤いカーペットの敷かれた廊下に取り残された。
「力也、どうだ?」
「地下室だ。奴隷はそこに監禁されているらしい」
「ということは、ミラもそこにいるかもしれないってことか?」
「ああ」
俺に合流した仲間たちに説明すると、俺は背中からスナイパーライフルを取り出し、廊下に取り残された見張りの兵士へと銃口を向けた。
カーソルを敵兵の頭に合わせ―――トリガーを引く。
7.62mm弾に兜ごと頭を食い破られ、敵兵が崩れ落ちたのを確認すると、俺はすぐにボルトハンドルを引いてからスナイパーライフルを背中に背負い、さっき廊下の角を曲がった兵士を尾行するために廊下に足を踏み入れた。
「落ち着けよ、ギュンター」
「分かってるって」
ギュンターにそう言いながら、俺はさっき鍵を持った兵士が曲がった角を曲がり、地下室へと向かう階段を降り始めた。
階段の左右の壁には蝋燭が掛けられていて、地下室への階段はまるで沈みかけの夕陽のような赤黒い炎で照らされている。もちろん、この地下への階段には隠れる場所なんてない。俺たちよりも先に下りて行ったあの兵士が俺たちに気づいてしまったら――――すぐに始末するしかないんだ。
俺はハンドガンを構えながら、仲間たちの先頭を歩いた。
階段の一番下では、さっき鍵を持った兵士が、蝋燭の赤黒い炎に照らされながら鍵のかかった扉の鍵穴に鍵を差し込んでいるところだった。どうやら俺たちはまだ気づかれていないらしい。
その兵士が鍵を開けてドアノブを握ろうとしたところで、俺はハンドガンをホルスターに戻し、腰の鞘からペレット・ダガーを引き抜くと、兵士の背後へと接近してから左手でその兵士の首を押さえつけ、喉元にダガーを押し付けた。
「―――やあ、お疲れ様」
「なっ・・・・・・!?」
そのままダガーを兵士の首に突き立てる。兵士は断末魔を上げることもできず、目の前の扉を自分の血で真っ赤に汚しながら絶命した。
兵士の喉元からダガーを引き抜き、死体を壁の方へ退けると、俺は背後の仲間たちに頷いてからこの兵士が鍵を開けた地下室の扉を静かに開き、地下室の中へと足を踏み入れた。
その時―――部屋の奥にある鉄格子の向こう側から、怯えるような声が聞こえてきた。壁にはさっきと同じように蝋燭が掛けてあるけど、蝋燭の数が少ないせいで地下室の中は薄暗い。
俺はため息をつきながら端末を取り出すと、MP443にカスタマイズでライトを取り付け、ハンドガンのそのライトで鉄格子の向こうを照らし出した。
「これは・・・・・・!」
「奴隷たちだな。早く助けてやろう」
鉄格子の向こうにいたのは、エルフやハーフエルフの奴隷たちだった。俺たちの屋敷にたどり着いた時のギュンターのようなボロボロの服を着て、俺たちを拒むように奥にある壁の方へと後ずさりしている。中には顔や肩に痣がある奴隷もいるようだ。どうやら暴行を受けていたらしい。
男性や少年の奴隷もいるけど、檻の中には少女や女性の奴隷も何人もいるようだ。
「ギュンター、この中にお前の妹は?」
「ミラ・・・・・・いるか? 俺だ。兄ちゃんが助けに来たぞ・・・・・・!」
ハンドガンのライトに照らされた鉄格子の向こう側で怯える奴隷たちに、ギュンターが呼びかける。でも、奴隷たちは俺たちを人間の兵士たちの仲間だと思っているらしく、まだ怯えたままだ。ギュンターの声に返事を返す少女は誰もいない。
「ミラ・・・いないのか? ミラ・・・・・・」
「他の場所に監禁されているのかもしれないな」
エミリアが怯える奴隷たちを見つめ、腕を組みながら言った。もしかすると本当にここにはミラはいないのかもしれない。他の場所に監禁されているならば、また発見されないように気をつけながら彼女を探さなければならない。
潜入続行か・・・・・・。とりあえず、彼らは助け出さなければならない。俺はMP443のサプレッサーを鉄格子の錠前に押し付けてトリガーを引き、弾丸で黄金の錠前を引き千切ると、静かに鉄格子を開けた。
俺に連れ出されると思った奴隷の少女たちが、涙を浮かべながら俺を見つめてくる。
「・・・・・・安心しろ。お前たちを助けに来た」
「え・・・・・・?」
「さあ、早く逃げろ。町の方にいる奴隷たちと一緒に、ネイリンゲンという街に行くんだ」
「き、君たちは・・・・・・?」
頭に包帯を巻いていた奴隷の1人が、俺に訪ねてきた。
「モリガンっていう小さい傭兵ギルドさ。・・・・・・さあ、早く」
包帯を巻いている奴隷の男が、壁の方で震えている奴隷たちに「・・・・・・逃げよう」と呟くと、頭を押さえながらゆっくりと俺の方へと歩いてきた
さっき目に涙を浮かべて俺を見ていた少女の奴隷たちも、その頭に包帯を巻いたハーフエルフの奴隷の男の後を歩き始め、次々に牢屋から出ていく。ギュンターは檻から出てきた少女の奴隷を見渡して自分の妹がいないか確認しているようだけど、どうやら見当たらないらしい。
その時―――檻から逃げ出していく奴隷の中から、1人の銀髪の少女が目に涙を浮かべながらギュンターの方へと歩いていくのが見えた。やっぱり身に着けているのはボロボロの服で、手足や顔には痣がある。
「お前・・・・・・まさか、ミラか?」
「・・・・・・!」
無言でギュンターに歩み寄り、涙を流しながら彼に抱き付く銀髪の少女。俺は奴隷たちが全員檻の中から逃げたのを確認してから、再会した兄妹を見守った。
「ミラ・・・・・・! 良かった・・・。なんで返事してくれなかったんだよ? ここにいないかと思ったぞ、ミラ」
ギュンターに抱き付いたまま、ミラは涙を流し続けている。さらわれてからずっと会えなかった肉親に再会できて嬉しいんだろう。
でもその時、兄に抱き付き続けているミラに俺は少しだけ違和感を感じた。なんだか、兄が助けに来てくれたから抱き付いているのではなく、彼に気づいてほしくないから抱き付いて誤魔化そうとしているように見えたんだ。
「ミラ・・・・・・? なあ、なんで喋らないんだ?」
抱き着いている彼女を優しく引き剥がそうとするギュンター。でも、ミラは彼の胸に顔を押し付けたまま首を横に振り、抵抗している。
「おい、ミラ・・・・・・!」
「・・・・・・!」
ギュンターも違和感を感じたらしい。彼は少し力を出して抱き着いているミラを引き剥がすと、先ほどから声を全く出さないミラを見つめ―――目を見開いた。
ミラを引き剥がした時のまま彼女の両肩を掴んでいたギュンターの浅黒い大きな手が、ぶるぶると震えている。
「おい、ギュンター。どうした―――」
俺はハンドガンをホルスターに戻すと、ギュンターの方へと向かった。
「なっ・・・・・・・・・!?」
涙を浮かべながら、久しぶりに再会した自分の兄を見上げるミラ。でも、さっき感じた違和感のせいで、その涙が兄に会えたから流している涙ではないと思っていた。
どうやらそれが正解だったらしい。
ミラの喉元には――――切り裂かれたような大きな傷があったんだ。
「そんな・・・・・・!」
「あれじゃ声が・・・・・・!」
『ひ、酷いです・・・・・・っ!』
あの傷のせいで声が出なかったから、さっきミラは最愛の兄に呼ばれても返事をする事が出来なかったんだ。
「ミラ・・・・・・そんな・・・・・・。これじゃ、声が出ないじゃないか・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・」
再び両目に涙を浮かべ、ミラがギュンターに抱き付く。ギュンターは彼女を優しく抱きしめながら、目に涙を浮かべていた。
せっかく再会できた最愛の妹が、あの人間の兵士たちに傷つけられ、声が二度と出ないようにされてしまったんだ。
「―――ミラはな、歌う事が好きだったんだ・・・・・・。俺が怪我をするとすぐに魔術で治療してくれる優しい子で、よく母さんが歌ってくれた子守唄を真似して歌ってたんだよ・・・・・・」
「・・・・・・」
ギュンターがミラを抱きしめながら、涙声で言った。
「でも・・・・・・これじゃもうこの子の子守唄は聞けない・・・・・・」
俺は黙って俯いていた。慰められるわけがない。仲間と妹を助けるために死にかけながら俺たちを頼ってきた彼の妹が、喉元を引き裂かれて二度と喋れなくされてしまっていたんだ。
俺は何も言えなかった。俯きながら、薄暗い地下室の中で傷つけられた妹を抱きしめる兄の涙声を聞くことしかできない。
その時、ミラを抱きしめていたギュンターが彼女から両手を離した。
「おい、力也ぁッ! あいつらをぶち殺すッ! 強力な武器をくれッ!!」
俺を睨みつけながら言うギュンター。確かに、彼の妹を救出することはできたし、奴隷たちも助け出した。次は警備している兵士と彼らのリーダーを殲滅しなければならない。
「よくも俺の妹を・・・・・・ッ! 全員ズタズタに引き裂いてやるッ!!」
「ああ、任せろ。今全員の装備を切り替える」
俺は怒り狂っている彼の顔を見つめながら、端末を取り出した。




