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潜入


 左手でキャリングハンドルを掴みながら、グリップの脇に装着された弾丸のホルダーから12.7mm弾を装填すると、俺は刀を鞘に戻しながら倒木の上から下りた。倒木の傍らには、先ほどこの刀で頭部を一刀両断された苔だらけのゴーレムの死体が転がっている。


 おそらく、この93式対物刀ならばアサルトライフルの5.45mm弾を防いだアラクネの外殻も両断できるかもしれない。アンチマテリアルライフル用の12.7mm弾を用いて放たれる斬撃の切れ味は、間違いなく今まで生産してきた近距離武器の中で最強だろう。


 倒されたゴーレムの向こう側では、さっきまでこいつから逃げていた人間の兵士とハーフエルフの少女が立ち止り、倒木の上から飛び降りたギリースーツ姿の俺を見つめているのが見えた。


 防具を身に着け、腰に剣を下げている人間の兵士の方は、気の弱そうな顔つきの少年だった。身に着けている防具は騎士団のように立派なんだけど、気の弱そうな顔つきのせいで甲冑姿が全く似合っていない。


 彼と一緒に逃げていた少女の方は、少し浅黒い肌を持つハーフエルフのようだった。耳はギュンターと同じように尖っている。彼女もギュンターと同じく奴隷だったらしく、屋敷まで逃げて来た彼のようにボロボロの服を身に着けていた。


「お、お前っ! な、何者だッ!?」


 湿地帯を逃げていたせいで泥で薄汚れた防具に身を包みながら、人間の兵士が腰の鞘から剣を引き抜く。


 俺は「落ち着け」と言いながら、かぶっていたギリースーツのフードを下ろしながら2人へと近づいていく。でも、彼はまだ俺を警戒していて、剣を片手で構えながら少女の手を引いて後ずさりを続けていた。


「あいつらの追手か!? お、俺たちはもう町には戻らないからなっ!」


「別に俺たちはお前らを追ってきたわけじゃない。今からその町に向かうところなんだ」


 この2人は、ギュンターの町から逃げて来たんだろうか? 俺に向かって剣を向け、少女を守ろうとする気の弱そうな少年を見つめながら俺は考えた。


 木の枝の上にいた仲間たちが、俺と合流するために下へと降りてくる。その時、巨大な木の幹に絡みついた太いツタに掴まりながら下りてきたギュンターが、俺に剣を向けていた兵士の顔を見て驚きながら言った。


「―――お前、ピエールじゃないか?」


「え? ―――ぎゅ、ギュンター!? なんでここに・・・・・・!?」


 兵士がゆっくりと剣を下ろし、今上から下りてきたギュンターの方を見つめる。彼は俺がギュンターの仲間だと分かってくれたのか、後ずさりをやめて静かに剣を鞘へと戻してくれた。


「みんな、武器を下ろしてくれ。こいつは知り合いだ」


「知り合い? お前の町を占領してる兵士の1人なんじゃないのか?」


「確かにこいつはそうだが、他の兵士とは違う。大丈夫だ。こいつは気が弱いからな」


 ギュンターに言われ、エミリアたちがゆっくりと銃を下ろし始める。彼はギュンターの町にいる兵士たちの仲間らしいが、他の兵士とは違うとはどういう事なんだろうか? 


「こいつは気が弱いから、他の兵士みたいに俺たちを痛めつけるようなことはなかった。痛めつけられた俺たちをこっそり手当てしてくれたり、自分の食糧を子供たちに分けたりしてるような奴だからな」


 ピエールが苦笑いしながら下を向き始めた。


 さっき彼はもう町に戻らないって言っていたが、どういうことだ? ハーフエルフの少女を連れて町から逃げて来たのか? 


 一体何があったんだろうか? 


「なあ、ピエール。なんで町から逃げて来たんだ?」


「・・・・・・もう、嫌なんだ。あいつの仲間になれば何でも手に入るって言われて仲間になったんだけど、彼らは・・・・・・親切なハーフエルフ達やオーク達に暴力を振るってるだけだ。俺じゃあいつらを止められない・・・・・・!」


「・・・・・・なるほど」


 つまり、ピエールは町に住んでいるハーフエルフ達を奴隷扱いしている仲間たちと生活するのが嫌になったのか。


「ピエール、今から俺たちはその町に向かって、奴隷たちを助けに行く。できれば敵の情報を教えてくれないか?」


「え?」


 町を占領していた兵士の一員だったピエールならば、町を警備している兵士の人数などの情報を知っているだろう。それに、彼を仲間に誘った奴のことも聞き出せるかもしれない。


 俺はギリースーツ姿のまま、彼に歩み寄る。彼の連れていたハーフエルフの少女は俺に怯えて彼の背中に隠れてしまったけど、ピエールは後ずさりをせず、俺の目を見つめ返していた。


「・・・・・・多分、俺と彼女を追うために湿地帯の方に兵士が何人か来ている筈だから、町を警備しているのは20人くらいだ。でも、町の真ん中にある館を警備している兵士はかなりの人数だよ。50人以上いる筈だ」


 館? 兵士たちのリーダーはそこにいるんだろうか。


 でも、ピエールを追うために町を警備していた兵士が何人か湿地帯にまで来ているという事は、急いで町に向かえば警備が手薄なまま潜入する事が出来るかもしれないな。


「問題ないな。みんな、急いで町に―――」


「―――いや、俺たちのリーダーはかなり手強いぞ」


 俺は警備している兵士たちがまだ湿地帯にいるうちに町へと向かおうとしたんだけど、ピエールが踵を返そうとした俺を呼び止めた。


「多分、君たちじゃ倒せない・・・・・・!」


「何言ってるんだピエール。彼らはモリガンっていう傭兵ギルドなんだぜ?」


「も、モリガンだって!?」


 ニヤリと笑いながらピエールに言うギュンター。どうやら彼も俺たちのギルドの名前を知っていたらしい。


「彼らでも倒せないくらい手強いのか? お前らのリーダーは」


「わ、わからない。でも・・・・・・あいつはかなり強い。町を襲撃してきた魔物を何度も返り討ちにしている。・・・・・・気を付けてくれよ」


「ありがとう、ピエール。―――ところで、ここから逃げたらどうするつもりだ? 行く当てはあるのか?」


「行く当ては・・・・・・ないな」


 まだ俺たちに怯えているハーフエルフの少女の頭を撫でながら、ピエールは言った。


 行く当てがないのか・・・・・・。エミリアと出会ったばかりの頃の俺も、転生してきたばかりでこの世界の事を全く知らなかったせいで、行く当てがなかったからな。


「だったら、少し遠いけどネイリンゲンに行くといい。あそこなら魔物に街が襲撃されることは少ないし、傭兵ギルドも多い。自分たちでギルドを作るか、他のギルドに入れてもらえれば問題ないだろう」


「ネイリンゲンか・・・・・・。分かった。でも、俺は戦うのが苦手だから、ネイリンゲンに着いたら喫茶店でもやってみるよ」


「いいね。じゃあ毎日行くぜ」


「はははっ。うん、待ってるよ。――――行こう、サラ」


「う、うん・・・・・・・・・」


 ピエールは彼の背中に隠れていたハーフエルフの少女の手を引くと、俺たちにもう一度「ありがとう」と言ってから湿地帯の外へと向かって歩き始めた。


「・・・・・・行くぞ。今なら町を警備している兵士は少ない筈だ」


「ああ」


 俺はギリースーツのフードをかぶると、背中に背負っていたSV-98を取り出し、再び仲間たちと共に湿地帯の中心へと向かって進み始めた。








 泥と沼だらけの大地の上に転がっているのは、相変わらず倒木や他の魔物に食い殺された魔物たちの骨ばかりだった。ゴーレムの骨と思われる巨大な骨の塊は泥の中から伸びたツタのような植物に絡みつかれ、所々から巨大な葉を生やしながら泥の上に横たわっている。


 俺はそのツタだらけのゴーレムの骨の陰に隠れると、SV-98のスコープを覗き込みながら周囲を確認した。魔物が襲撃してくるかもしれないし、さっき逃げて行ったピエールを追撃するために湿地帯に足を踏み入れた兵士たちと鉢合わせになってしまうかもしれない。もし兵士たちと出会ってしまったらすぐに黙らせて町へと向かうつもりだったけど、出来るならば町を警備している兵士の人数が少ないうちに街へと潜入しておきたかった。


 戦闘は、タイムロスにしかならないんだ。


 俺の隣で、カレンがマークスマンライフルのスコープを覗き込んで他の方角を確認してくれている。彼女のM14EMRにもサプレッサーが装着されているため、銃声を響かせずに敵を狙撃することが可能だった。


「敵はいないわ」


「よし、進むぞ」


 ギリースーツと同じように草で覆われたスナイパーライフルを持ち上げ、湿地帯の中心にあるギュンターの町へと向かって進んでいく。


 今のところ、さっき俺が両断したゴーレムを除いて、まだ魔物たちとは遭遇していない。今のように遮蔽物を見つけたら隠れながら周囲を確認して進んでいるんだけど、ここに生息している凶暴な魔物たちは見当たらなかった。


「あいつら、無事にここを出られるかな・・・・・・?」


 俺の後ろをついてきているギュンターが、苔の生えた倒木の上を飛び越えながら呟いた。さっきのピエールたちの事だろう。


「大丈夫だ。俺たちが来た時、湿地帯の外側には魔物がいなかったんだ。それに、そろそろ湿地帯からは出てるだろ」


「・・・・・・そうだな」


「ああ」


 もしあの2人が無事に喫茶店を始める事が出来たら、ギルドのみんなで彼らの店に行ってみようかな。


 その時、霧と冷たい風の中から、人間の絶叫と魔物の咆哮が聞こえてきた。おそらく、さっき俺が倒したゴーレムの亜種が人間に襲い掛かっているんだろう。そのゴーレムに襲われているのは、もしかしたらピエールを追撃するためにやってきた人間の兵士たちかもしれない。


 俺はすぐに近くに生えていた巨木の陰に隠れた。巨木の幹の表面は苔やツタで覆われているから、ギリースーツでそこに隠れていれば見つからないだろう。それに、スナイパーライフルもしっかりとギリースーツと同じように草で覆ってある。


 やっぱり、いつもの黒い制服ではなく迷彩模様の制服で来て良かった。


「――――ゴーレムだ。人間の兵士が何名か襲われているな」


『ピエールさんを追いかけてきた兵士でしょうか?』


「多分な。・・・・・・今のうちに行こうぜ」


 俺はこの幹からスコープを覗き込みながら言った。スコープのカーソルの向こう側には、6mくらいの巨大な影に襲われている人影が見えている。彼らは剣や槍で必死に反撃しているけど、ゴーレムには全く傷がついていない。苔だらけの剛腕が薙ぎ払われる度に甲冑を身に着けた兵士が吹っ飛ばされ、沼の中へと沈んでいく。


 さっきはピエールを助けたけど、今ゴーレムと戦っている奴らを助ける必要はないだろう。彼らはピエールと違って敵なんだ。


 霧の中からは、まだ兵士たちの絶叫とゴーレムの咆哮が聞こえてくる。俺はスコープから目を離すと、ゴーレムに襲われている兵士たちに「いい気味だ」と呟いてから巨木の陰を離れた。


 

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