転生者がゴーレムに挑むとこうなる
「湿地帯に到着するのは、多分明日の午前中になるだろうな」
焚火の炎の橙色の明かりで手に持ったでっかい弾丸を照らしながら力也が言った。あいつが指で持っているのは、あいつの腰の鞘に収まっている奇妙な刀に装着されていた弾丸だ。
力也の腰に下げられている刀は銃のような外見をしてるんだが、鞘から引き抜いてみるとちゃんと真っ黒な刀身がついている。
俺はちらりと焚火の向こう側で弾丸をチェックしている力也の顔を見てから、馬から降ろした荷物の中に入っていた砥石でマチェーテの刀身を研ぎ続けた。このマチェーテと砥石は彼らから借りたものだ。俺が街で仕事の時に使っていたボロボロの砥石とは違うな。
山賊の襲撃を力也がたった1人で撃退した後、俺たちは無事に森を越えていた。魔物に襲撃されることはなく、未だに1発も弾丸をぶっ放してはいない。
明日街に到着したら、まず奴隷にされている仲間たちと妹を助けて、その後に人間共に仕返しをしてやる。
俺が仕事で捌いていた鰐や魔物の肉は、俺の仲間たちが倒してきた獲物のものだ。でも、仲間たちが支給されるのは兵士たちが身に着けている立派な剣や防具ではなく、錆びついた使い物にならないような装備ばかりだった。何度も、人間の兵士に脅されてそんなボロボロの装備で湿地へと向かっていく仲間たちを仕事場の窓から見たことがある。何度もそいつらを嘲笑う人間の兵士を包丁で斬り殺してやろうかと思ったんだが、その度におっさんとエドワードに止められてた。
あいつらの圧政で、何人も仲間が死んだんだ。しかも俺たちに払われる給料は銅貨1枚だけだ。
「・・・・・・ギュンター、暴れるのは仲間を助けてからだからな?」
「分かってる」
研ぎ終えたマチェーテの刃を見つめながら返事すると、俺はマチェーテを背中の鞘に戻した。
焚火の周りで起きているのは俺と力也だけだ。他の美少女たちは、持ってきた寝袋で眠っている。
俺の住んでいた町は湿地帯の中心にあるため、明日はまず中央部まで湿地帯を突破しなければならない。待ち受けているのは間違いなく凶暴化した魔物たちと、俺たちを奴隷扱いしている人間の兵士共だ。
力也が今俺に言ったのは、もしかしたら俺が人間の兵士たちを見た瞬間に攻撃を仕掛けるんじゃないかと心配したからなのかもしれない。確かに、我を忘れてあいつらに襲い掛かる可能性もあるが、そんなことをすれば俺の大切な妹や仲間たちを人質に取られる危険性があるという事は分かっている。
俺たちの襲撃が奴らにバレて妹と仲間たちを人質に取られれば厄介な事になってしまうからな。
「そろそろ寝とけ。見張りは俺がやっておくから」
「悪いな」
弾丸を刀の脇にあるホルダーに戻し、今度はあの奇妙な端末をいじり始めた力也に言うと、俺はそのまま横になった。
「・・・・・・なあ、力也」
「ん?」
「お前らはどうしてこの依頼を受けてくれたんだ? 袋の中身は銅貨だけだったんだぞ?」
ラトーニウス王国やオルトバルカ王国では、野菜を買うためには銀貨が必要だ。いくらあのボロボロの袋の中にどっさりと銅貨が入っていたとしても、傭兵ギルドを雇えるような額ではなかったかもしれない。
なのに、こいつらはどうして俺の依頼を引き受けてくれたのか? 眠気を妨げていた疑問を消し去るために、俺は力也に問い掛けてみた。
「―――こんなに遠くから傷だらけになってきた奴の依頼だぞ? 断れるわけねえだろ」
「え?」
「それに、大事な妹と仲間のためなんだろ? ―――そろそろ寝ておけ、ギュンター」
「・・・・・・すまねえ」
俺は湿地帯を出発した時、もしかしたらこの依頼をモリガンの奴らは断るんじゃないかと思っていた。俺が持っている額は傭兵ギルドを雇える額ではないかもしれないし、それに俺は世界中で奴隷にされている種族の1つであるハーフエルフだ。そんな身分の奴が少ない金を持って行っても、依頼を引き受けてもらえないかもしれない。そうしたら他のギルドにも頼んでみるつもりだった。
でも、彼らは俺の依頼を引き受けてくれた。俺がハーフエルフであることと報酬の額の事は気にせずに、俺の妹と仲間を助けるために、ここまで来てくれたんだ。
俺は力也に「ありがとう・・・・・・」と言うと、瞼を閉じた。
森の中や草原で吹いていた風は少し冷たい風だったんだけど、今吹いている風は湿った風に変貌していた。
もう、俺たちの周囲から草原は消え失せていた。常に湿った幹を持つ木々が茶色い川の中から伸びていて、沼の周囲は黄土色の長い草たちに覆われている。泥の中に転がる岩石の表面には苔が生えていた。
「到着したぜ」
ギュンターが馬から下りながら言う。間違いなく、ここからギュンターの町まで馬で向かうのは不可能だろう。このまま馬で進めば馬もろとも魔物や鰐の餌食になってしまうかもしれない。
俺は馬を近くに止めると、馬から下りて武器と能力の装備の画面をタッチし、ギリースーツを装備する。フィオナが作ってくれたモスグリーンとブラウンの迷彩模様の制服が突然草のようなスーツに覆われ、俺の傍らで馬に乗せていた荷物の中からマークスマンライフルを取り出していたカレンが「きゃあっ!?」と驚いた。
「な、何よそれッ!?」
「ギリースーツだ。俺はこれを着て潜入するよ」
これを生産したのはいいんだけど、まだ1回も着たことはなかったし、仲間たちの目の前でこの格好になるのはこれが初めてだ。
カレンだけでなくフィオナも驚いてエミリアの背中に『ひっ・・・・・・!』と小さく震えながら隠れていて、エミリアは少し驚きながらサーベルの柄を右手で掴んでいる。頼む、落ち着いてくれエミリア。
俺が町に潜入する際に使う装備は、ペレット・ダガーとMP443と昨日生産したばかりのロシア製スナイパーライフルのSV-98だ。ペレット・ダガーのワイヤーは木の上や防壁を上る時に使えるし、接近されたらMP443と併用して敵を迎え撃つこともできるだろう。
ギリースーツと同じように草に覆われたSV-98を背中に背負うと、俺は自分が装備した武器を確認しながら、仲間たちが準備を終えるのを待つことにした。
エミリアの装備はいつものペレット・サーベルで、銃はMP443とロシア製アサルトライフルのOTs-14だ。OTs-14にはドットサイトとサプレッサーとフォアグリップが装着されている。フィオナの装備も、サーベル以外はエミリアと同じ装備だ。彼女たちには前に出て魔物や敵兵の位置を教えてもらうつもりだ。
カレンの装備はM14EMRとマシンピストルのベレッタM93R。接近された場合はレイピアとダガーの二刀流か、3点バースト射撃が可能なベレッタM93Rで対応するつもりなのだろう。彼女の銃にも、やっぱりサプレッサーが装着されている。
「ほら、ギュンター」
「おう」
俺は端末を操作すると、馬から荷物を下ろし終えたギュンターにもOTs-14を渡しておいた。彼に渡したOTs-14にもサプレッサーが装着されているけど、エミリアのライフルとは違ってフォアグリップの代わりに40mmグレネードランチャーが搭載されている。でも、ランチャーに装填されているのは通常のグレネード弾ではなくスモークグレネード弾だ。潜入中に普通のグレネード弾をぶっ放すわけにはいかないからな。
「言っておくけど、汎用機関銃で撃ちまくるのは殲滅する時だからな」
「分かってるって。任せてくれよ!」
「よし、行くぞ」
俺は草で覆われたギリースーツのフードをかぶると、背中からSV-98を取り出しながら湿地帯の広がる方向へと向かった。
私たちが立っている太い木の枝の下には、泥まみれになった魔物の骨がいくつも転がっているのが見えた。おそらくゴブリンの骨だろう。
私は力也から渡されたアサルトライフルを背中に背負い、苔だらけの枝の上から下に落ちないように気をつけながら枝の上を移動していた。もし下に落ちれば、あのゴブリンたちを食い殺した鰐たちが襲いかかってくるかもしれない。こんなところで食い殺されるわけにはいかなかった。
私の近くをフィオナが浮かびながらついて来る。その後ろにはマークスマンライフルを背負ったカレンがいて、彼女の後ろにはギュンターと力也がいた。
力也はギュンターが我を忘れて敵兵に襲い掛からないように監視しておくと言っていた。確かに、今まで散々虐げてきた兵士たちに、銃という強力な武器を手にしたギュンターが襲いかかる可能性はある。もし彼が敵兵に襲い掛かり、兵士たちに私たちが襲撃してきたことがバレてしまえば、彼らは奴隷にしているギュンターの仲間たちや妹を人質に取り始めるだろう。もしそうなってしまったら厄介だ。
「む・・・・・・?」
『どうしたんですか?』
「兵士だ・・・・・・。人間の兵士がいるぞ」
「なに?」
私は枝の上で立ち止まると、静かに背中からOTs-14を取り出した。確か、ギュンターの町を占領している人間の兵士たちは町を警備している筈だ。どうしてこんな魔物だらけの湿地帯の外側にいるんだろうか?
どうやらその兵士は誰かを連れて2人で逃げているようだった。身に着けている防具は騎士団のように立派な代物で、剣は鞘に収まって腰に下げられている。彼が連れているのは―――少し浅黒い肌を持つ、ハーフエルフの少女のようだった。
いつでもその兵士を射殺できるように私はドットサイトを覗き込んでいた私は、後ろにいる仲間たちに「敵兵が女を連れて逃げている」と報告すると、アサルトライフルのドットサイトから目を離した。
無理矢理連れて行っているようには思えない。まるで2人で何かから逃げているように見えた。
「!」
その時、逃げている2人の後方にあった倒木が、突然上から振り下ろされた苔だらけの岩石の塊のような物体によって叩き潰され、湿った破片を泥の上にまき散らした。
「ゴーレムよ!」
カレンが叫びながらM14EMRのスコープを覗き込んだ。ギュンターと力也も、たった今倒木を粉砕し、湿った地面の上を必死に逃げている2人を追うゴーレムへと銃を向ける。
ツタの生えた巨木の陰から出現したのは、5mくらいの身長を持つゴーレムだった。湿地帯に生息する亜種なのか、岩石のような外殻の表面には苔や木の枝が生えている。
紅い双眼を逃げ惑う2人へと向け、邪魔な木や倒木を薙ぎ倒しながら2人へと突進するゴーレム。私は再びドットサイトを覗き込み、照準を人間の兵士ではなくゴーレムへと向けた。
だが、まだトリガーは引かなかった。ここで撃つべきなのかという問いの答えが、私の頭の中ではまだ組み上がっていなかったのだ。確かにあの人間の兵士はハーフエルフの少女を連れながら必死にゴーレムから逃げている。ここからあのゴーレムに向かって発砲すれば、彼らは助かるだろう。だが、発砲すればその分の弾丸を消費する羽目になるし、私たちの存在も彼らに見つかってしまう。
ならば、ここで彼らを見殺しにするか?
結局答えを組み上げる事が出来なかった私は、最後尾でボルトアクション式のスナイパーライフルをゴーレムへと向けているギリースーツ姿の少年へと目を向けた。
「・・・・・・任せろ」
「力也?」
彼はゴーレムへと向けていたスナイパーライフルを背中に背負うと、腰の左側の鞘の中からワイヤー付きのペレット・ダガーを引き抜き、漆黒のダガーを他の木の枝へと向かって放り投げた。
漆黒の刃が苔まみれの太い枝に突き刺さったのを確認すると、力也は鞘からダガーにつながっているワイヤーを掴み、そのまま立っていた枝の上から飛び降りた。
「!」
「おい、力也ッ!」
ワイヤーを利用して別の木の枝の上まで飛んだ彼は、枝の上に着地してからダガーを枝から引き抜き、そのまま別の木の枝へと飛び移りながら2人を追うゴーレムの亜種の方へと向かっていく。
あの2人を助けるつもりなんだろうか? その時、力也が邪魔な細い枝を飛び越えながら、腰の鞘からライフルのような形状を持つ93式対物刀のグリップを掴んだのが見えた。
まさか、あれでゴーレムの亜種を片付けるつもりか!?
あのボルトアクション式の刀の切れ味を目の当たりにしたことはまだない。だが、ゴーレムは非常に硬い外殻を持つ魔物だ。アラクネの外殻ほど固くはないが、剣で外殻を切断するのは不可能だと騎士団の教官から教わったことがある。
そのゴーレムの亜種に、刀一本で挑むつもりなのか。
木々や倒木を薙ぎ倒しながら逃げ回る兵士と少女へ向かっていくゴーレム。その頭上の木の枝を飛び移りながら、力也は以前に戦ったフランシスカのようにゴーレムへと追いついていく。
そして――――刀に装着されたキャリングハンドルを握りながら、ついに力也がゴーレムの頭へと向かって飛び降りた。
ギリースーツ姿の少年が、漆黒の刀をゴーレムの頭へと落下しながら振りかざす。ライフルの銃床のようなグリップから伸びた漆黒の刀身が湿った空気を蹂躙しながら、苔の生えた岩石のような外殻へと向けて振り下ろされていく。
刃がゴーレムの脳天に叩き付けられた瞬間、一瞬だけ霧の中で火花が煌めいた。
力也の振り下ろした刃を頭に叩き付けられたゴーレムが、咆哮を発しながら暴れまわり始めた。苔とツタの生えた剛腕を振り回し、周囲に生えていた巨木を次々に薙ぎ倒していくゴーレム。
だが―――ゴーレムの脳天へと刀を振り下ろした張本人は、まだゴーレムの頭上で刀のグリップを握っていた。
彼の持つ93式対物刀は、ペレット・サーベルやペレット・レイピアのように通常の近距離武器ではない。だが、あの刀には散弾を発射する機能はないのだ。その代わり、薬室の内部に1発だけアンチマテリアルライフル用の弾丸を装填することが可能になっている。
それを内部で爆発させ、爆風を刃の峰の部分にあるスリットから噴射させることにより、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーで標的を斬りつけることが可能なのだ。
ゴーレムはまだ力尽きていない。脳天から首元まで外殻に亀裂が入り、割れ目から鮮血が流れ出ているが、まだ絶叫を上げながら暴れまわっている。
「――――うるせえんだよ、くたばりやがれッ!」
力也がゴーレムの頭上で叫び――――グリップにあるトリガーを引いた。
まるでゴーレムの絶叫を黙らせるかのような轟音が、ゴーレムの頭上で轟いた。アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーに引っ張られ、漆黒の刃がゴーレムの脳天へと食い込んでいく。
霧と銃声の残響の中でゴーレムの脳天から鮮血が吹き上がった。頭部を両断されたゴーレムが、ゆっくりと倒木が転がる地面へと崩れ落ちていく。
力也は倒れるゴーレムの上から倒木の上へと着地すると、キャリングハンドルを掴みながら右手でボルトハンドルを引き、刀の内部から空になった薬莢を排出した。
「ご、ゴーレムを刀で倒した・・・・・・!?」
マークスマンライフルで援護しようとしていたカレンが、私の隣で呟いた。彼女はスコープから目を離すと、ちらりと私とフィオナの方を見てくる。
私は倒木の上で私たちを見上げてくる力也へと微笑むと、後ろにいる仲間たちに「合流するぞ」と言ってから再び木の枝の上を走り出すのだった。




