カレンがマークスマンライフルを使うとこうなる
屋敷の塀の外に広がる丘に、ライフルの銃声が響き渡っていた。
俺とエミリアが無料で購入した屋敷の地下室は射撃訓練場に改装してあるから、ハンドガンやアサルトライフルの射撃訓練をする場合はその地下室を利用しているんだけど、射程距離の長い武器や焼夷弾などの屋内で使用できないような弾丸を使用した訓練を行う場合は、塀の外の丘や草原を使っている。
立膝の状態で双眼鏡を覗き込んでいる俺の隣で、伏せながらバイボットを展開したマークスマンライフルのスコープを覗き込んでいるカレンは、前に身に着けていた真っ赤な防具姿ではなく、俺たちのギルドの制服を身に着けていた。
俺とエミリアが着ている制服は黒一色なんだけど、カレンの制服は襟や袖の一部が紅くなっている。エミリアはズボンなんだけど、カレンは少し長いスカートを身に着けている。まるでお嬢様のドレスのような彼女の制服もフィオナが作ってくれたものだ。
「お、今度は命中だ」
「当たった?」
「ああ。胸だな。今度は頭を狙ってくれ」
「了解!」
カレンは今、屋敷の外の草原でマークスマンライフルの射撃訓練中だった。彼女が使用しているのは、アメリカ製のマークスマンライフルのM14EMR。スコープとバイボットを装備し、銃口にはマズルブレーキを装着している。
俺たちの目の前の400m先にある丘には、俺が地下の射撃訓練場から運んでいった木製の人型の的が5つ横に並んでいるのが見える。さっき彼女が7.62mm弾で胸に風穴を開けたのは、真ん中に立っている的だった。他の的たちにはもう既にいくつも風穴が開けられている。
俺の隣で、カレンがM14EMRのトリガーを引いた。銃声が草原に響き渡り、マズルフラッシュが煌めく。
おそらく彼女が狙ったのは、また真ん中に立っている的だろう。
「お・・・・・・?」
俺が覗き込んでいた双眼鏡の向こうで、丘の上に立っている真ん中の的の顔面に穴が開いたのが見えた。俺がさっき頭を狙えって言ったとおりに、カレンは400m先のターゲットにヘッドショットを命中させたんだ!
「―――命中だ!」
「や、やったっ!」
一旦スコープから目を離して俺の顔を見上げてきたカレンが、再びスコープを覗き込んで的の頭に風穴が開いていることを確認してから立ち上がる。
俺は双眼鏡を首に下げると、立ち上がった彼女に「やったな、カレン!」と言った。
彼女は笑顔を浮かべながらM14EMRを拾い上げると、バイボットを折り畳み、スコープのハッチを閉じてから背中に背負う。
カレンは選抜射手向きなのかもしれないな。この射撃訓練でも、外した弾丸は1発だけだし。
「よし、戻るか。的は俺が片付けておくよ」
「いいの?」
「おう」
「じゃあ、私は先に戻ってるわね」
俺はマークスマンライフルを背負って屋敷の方へと戻っていく彼女に「頑張れよ!」と大声で言うと、踵を返して丘の上へと向かって歩き出す。
丘へと向かいながら端末を取り出し、俺は武器と能力の装備のメニューをタッチすると、この世界に来た時に一番最初に生産したレイジングブルを装備する。屋敷の周囲にある草原や丘にはあまり魔物は出現しないらしいんだけど、装備しておいた方がいいだろう。
そういえば、王都の下水で暗殺者たちと戦った時にフィオナが使ったあの力はいったい何なんだろうか? 俺と同じ服装だったし、髪の色も変わっていた。それに、俺が召喚したはずのナパーム・モルフォたちを操りながら戦っていたような気がする。
王都から屋敷に戻ってくる途中に残りのポイントと生産済みの武器をチェックしたんだけど、いつの間にかゲパードM1が生産されていた。鎌の刃と弾丸のホルダーも装着されていたし、ポイントも減っていたんだ。
俺がアンチマテリアルライフルで生産したのは、俺が使ったOSV-96とバレットM82A3とエミリアが使っていたバレットM82A2の3つだけだ。でも、武器と能力の装備のメニューをタッチしてアンチマテリアルライフルを装備しようとすると、OSV-96の下にゲパードM1の名前も並んでいるんだ。
まさか、フィオナが勝手に俺の端末を使って生産したのか? でも、屋根の上を移動しながら暗殺者たちを追撃していた時にはまだゲパードM1は生産されていなかった筈だ。その後にフィオナたちと合流したけど、俺は彼女たちに端末を渡していない。
いつの間に生産したんだ?
俺はもう一度武器と能力の装備のメニューをタッチしてアンチマテリアルライフルの項目を開くと、一番下に並んでいるゲパードM1の名前をタッチして装備しようとした。
≪エラー。この武器は装備することができません≫
「―――え?」
装備できない? どういうことだ?
俺は何回もゲパードM1の名前をタッチしてみるけど、画面には青白い文字が浮かび上がっているだけだった。
「・・・・・・なんで装備できないんだ?」
まさか、これはフィオナが生産した武器だから装備できないのか? でも、俺がこの端末で生産した武器はエミリアやフィオナたちも使っていたし、さっきカレンが訓練で使っていたM14EMRも俺が端末で生産した武器だ。
カレンがさっき射撃していた400m先の丘の上までずっと疑問を浮かべながら歩いたせいなのか、すぐに丘の上に到着してしまったような感じがした。
丘の上に用意しておいた人型の的たちは、7.62mm弾に穴だらけにされたまま俺の事を待っていた。彼らの胴体には合計で18箇所も風穴が開いていて、真ん中の的の頭には1つだけ風穴が開いている。
端に並んでいる的を拾い上げると、その隣に立っている的も左手で抱え、俺は草原の向こうに見える屋敷へと向かって歩き出した。
俺が転生してきた頃は暖かい風が吹いてたんだけど、的を抱えて丘を下りている俺に吹いてきたのは冷たい風だった。まだ春の筈なんだけどな。
「・・・・・・ん?」
しばらく屋敷へと向かって草原を歩いていると、俺から見て左側の方に人影が見えた。カレンは屋敷に戻った筈だし、エミリアとフィオナは部屋の中にいる筈だ。
誰だろうか? もしかして、依頼をしに来たんだろうか?
その人影は、足を引きずりながら俺たちの屋敷へと向かっているようだった。身に着けている服はボロボロで、ところどころに真っ赤な返り血がついているのが見える。右手には真っ赤に汚れた刃物を持っているようだ。
その時、草原の向こうでその人影が崩れ落ちた。
「ヤバい!」
俺は訓練で使っていた的を抱えたまま、すぐにその倒れた人影の元へと向かって走り始めた。さっきカレンがM14EMRをぶっ放した際に排出した7.62mm弾の空の薬莢が転がる草原の上を突っ走り、倒れた人の傍らへと駆け寄る。
屋敷の近くで倒れていたその人の服は、やっぱり返り血で真っ赤に汚れていた。おそらく、ここに来る途中に魔物に襲撃されたんだろう。右手に持っている返り血まみれのでっかい包丁は、応戦するのに使ったに違いない。
俺よりも身長の大きい銀髪の少年だった。顔にも返り血がついていて、短い銀髪が紅く汚れている。腕や肩には魔物の爪で切り裂かれた傷や、噛みつかれた傷口が見えた。
「この人・・・・・・エルフか?」
銀髪の下にある人間よりも長い耳。俺は思わず、ラトーニウス王国からエミリアと逃げて来た際に襲撃してきたハーフエルフのフランシスカを思い出してしまう。
でも、彼は俺と同い年くらいの少年だ。彼女はあの森の戦いで、対戦車ミサイルの爆発で吹っ飛ばされて死んでいる。
「フィオナを呼ばないと・・・・・・!」
俺は魔術が使えない。フィオナならば彼の傷をすぐに治療してくれるだろう。
彼の傍らに穴だらけになった的を置いた俺は、彼女を呼ぶために屋敷へと向かって駆け出した。
ミラは、俺の妹だ。
彼女はエルフの母さんに似たらしく、俺と同じハーフエルフなのによくエルフと間違えられていた。少し気が弱かったけど優しい子で、俺が怪我をするとよく魔術で治療してくれた。
俺はミラがよく口ずさんでいた子守唄を聞くのが好きだった。俺たちが小さい頃に母さんが歌ってくれた子守唄を真似してよく歌っていたんだ。
彼女を人間の兵士たちにさらわれて離れ離れになってしまってからは、心地よかった彼女の子守唄を思い出して口ずさむ度にさらわれた妹のことが心配になってしまう。
でも―――おっさんが用意してくれたこの金で傭兵ギルドを雇う事が出来れば、きっと彼女と再開することができる。そうすれば、またミラの子守唄が聞けるようになるんだ。
歌い出す度に心配する歌ではなく、心地良い子守唄に戻るんだ。
俺の傍らで微笑みながら歌ってくれる妹にまた会いたい。
『だ、大丈夫ですか・・・・・・?』
「え・・・・・・?」
いつの間にか、俺の目の前に真っ白な長髪の幼い少女がいた。俺に向かって両手をかざし、治療用の魔術を使って俺が負った傷を治療してくれているらしい。
どうやら俺は、ソファの上に寝かされているらしかった。確か俺は、襲い掛かってきた魔物たちを返り討ちにしながら湿地帯を越え、森の中で俺の金を狙って襲いかかってきた山賊共から逃げ切って、ネイリンゲンの外れにある屋敷の近くの草原で倒れてしまった筈なんだが、ここはどこだ?
『力也さん、治療は終わりましたよ』
「ありがとう、フィオナ」
フィオナと呼ばれた白いワンピース姿の幼い少女が、俺の寝ているソファの方へと歩いてきた少年に微笑む。ソファから宙に浮きながら離れて行った彼女の代わりに、黒髪の少年が俺の近くへとやってきた。
腰には何か武器を下げているようだが、見たことのない武器だ。まさか、こいつはモリガンのメンバーなのか?
「大丈夫か? 傷の治療は終わったみたいだけど、無理はするなよ?」
「・・・・・・なあ、ここはどこだ?」
「モリガンっていう傭兵ギルドの屋敷だ」
やっぱり、こいつはモリガンのメンバーなのか。
そういえば、おっさんからもらった金はちゃんと持ってるだろうか? もし落としてしまっていたなら、彼らを雇って仲間たちと妹を助けてやる事が出来なくなってしまう!
俺は慌てて上半身を起こすと、腰に下げていた筈のボロボロの袋を探した。でも、俺が着ている服は仕事をしていた時に来ていたボロボロの服ではなく、真っ黒なフードのついた変わった服だった。
「お、おい、俺の持ってた袋は―――」
「ああ、大丈夫だ。ここにあるぞ」
ソファの近くにあるテーブルの上に、俺が返り討ちにした魔物の返り血で真っ赤に汚れているボロボロの袋が置かれているのが見えた。その隣には、返り血が拭き取られた包丁も置かれている。
「大事な金なんだろ?」
「ああ。―――そいつは、全額あんたたちを雇うための金だからな・・・・・・・・・」
「全部か?」
「ああ」
おっさんが用意してくれた金だ。俺は真っ赤になったそのボロボロの袋を拾い上げると、黒髪の少年へとその袋を差し出した。
第五章はシリアスになるかもしれません。




