93式対物刀
私たちがネイリンゲンで購入して住んでいる屋敷の地下室は、射撃訓練場になっている。剣術や格闘術の訓練は屋敷の裏庭でするのだが、基本的に銃などの射撃訓練などはこの地下室で行うようになっている。広い地下室の奥の方には力也が作った人型の木製の的が5つ並んでいて、その的たちの頭の部分にはもう既に風穴が開いていた。
ラガヴァンビウスでカレンを護衛する依頼を受けた際、力也に生産してもらったハンドガンのFive-seveNをホルスターに戻した私は、傍らに用意したタオルで汗を軽く拭き取ると、右肩を回しながら上へと続く階段へと向かって歩き出した。
今はまだ朝の6時ほどだろう。5時に目を覚まして外での剣の素振りを終わらせた時、確かフィオナも目を覚ましていた筈だ。そろそろ朝食が出来上がる頃だろう。力也はまだ寝ているかもしれないから、起こしてやらなければならないな。
階段を上り終え、1階の廊下へと出た私は、腰からペレット・サーベルとホルスターを取り外しながら自室のドアを開けた。
私たちが眠るのに使っている部屋は3階にある。2階にあるのは応接室や書斎だ。前にカレンを暗殺者から守った時、私は書斎の窓からアサルトライフルで射撃していた。
部屋の中には真っ赤なカーペットが敷かれていて、窓側の方には大きなベッドが置かれている。私が眠るのに使っているベッドだ。そのベッドの近くには本棚があり、私や力也が街の本屋で購入してくる小説やマンガが並んでいる。
部屋の真ん中にはテーブルが置かれていて、真っ白なテーブルクロスの上にはお菓子を乗せておくための皿とティーカップが3人分置いてあった。私は腰から外したサーベルとホルスターをドアの近くに立てかけておくと、テーブルの近くに置かれているベージュ色の大きなソファへと向かって歩き出した。
ソファの上には毛布が掛けられていて、毛布の隅の方とベージュ色のクッションの間からは私と同い年の少年の黒髪が見えている。変わった武器を使って私を許婚の所から連れ出し、共に傭兵ギルドを作って生活している少年だ。
「やれやれ・・・・・・」
私はソファの上に乗っている毛布をそっとめくると、ソファの背もたれの方に頭を向けて眠っている少年の肩を揺すり始めた。
「おい、力也。起きろ」
「ん・・・・・・・・・」
「そろそろ朝食だぞ」
力也は瞼をこすりながら背もたれの方へと転がり、あくびをしながらゆっくりと起き上がる。彼の黒髪は寝癖だらけになっていた。
「・・・・・・おはよう、エミリア」
「ああ、おはよう。下でフィオナが朝食を作ってるから、着替えておけよ」
「おう」
剣の素振りで汗をかいたから、私も朝食の前に早く風呂に入ってこないといけないな。踵を返してドアのほうへと向かった私は、壁に立てかけておいたサーベルとホルスターを拾い上げて自室を後にした。
前までは俺も朝食を作ってたんだけど、今はエミリアやフィオナが料理を作ってくれるから俺は裏庭でまき割りをしたり、馬小屋で馬の世話をするようになっている。薪は依頼を受けて森に魔物を倒しに行った時の帰りに拾ってくるようにしているけど、依頼で森に出かけることがない場合は武器とトマホークを持って薪を調達してこないといけない。
確か、そろそろ裏庭の物置の中に貯めておいた薪がなくなる筈だ。王都に出かける前に少なくなっていたし、今日は依頼をしに来る人もいない。とりあえず朝食を食べ終えたらアサルトライフルを担いで森に薪を取りに行くことにしよう。
俺はフィオナが作ってくれた朝食のハムエッグをたいらげると、バターの塗られた食べかけのトーストを口へと運んだ。
「フィオナも料理上手いんだな。俺より上手いぞ?」
『そ、そんなことないですよ』
3人の中で一番料理が上手いのはエミリアだけど、フィオナの料理も美味しい。フィオナは照れながらホットミルクのカップを持ち上げると、それを口へと運んだ。
「そういえば、前に裏庭に畑を作りたいって言ってたよな?」
「ああ」
「昨日貰った報酬で作ってみる?」
「そうだな・・・・・・日用品や必要なものを買ってもかなり余るだろうし」
それに、裏庭に畑を作ったとしても剣術や格闘術の訓練に使うスペースがなくなることもない筈だ。さすがに大きい畑は無理だけどな。
『農耕具も買っておきましょうよ』
「じゃあ、薪を取りに行く帰りに肥料でも買ってくるよ」
転生する前に一人暮らしをしていた時に洗濯や料理はやったことはあるけど、さすがに野菜の栽培はやったことがない。それにこの世界は俺が住んでいた世界ではないから、栽培の方法も違うかもしれないし、見たことのない野菜だって存在する。
畑を作って野菜を育て始める前に勉強しておかないといけないな。俺は皿の上に残っていたトーストを口へと運んで飲み込むと、コーヒーを飲み干してから食器を持って立ち上がり、流しのほうへと持っていく。
いつもは朝食を作った人が食器を洗っておくんだけど、まだエミリアとフィオナが食べ終えるには時間がかかりそうだから、自分の食器は自分で洗っておくことにしよう。
王都みたいに水道があったら便利なんだけどな。今度カレンに会ったら、ネイリンゲンにも水道を作ってくれるようにお願いしてみようかな。
俺は流しの脇に置かれている水の入った大きな桶から小さな桶を使って水を掬い取ると、ハムエッグとトーストの皿を洗い始めた。
腰に下げた水筒を取り出して水を少しだけ飲むと、俺は水筒を腰に戻してからオーバーコートのフードをかぶり、朝食の後に端末で生産したばかりの『93式対物刀』と小太刀のような刀身に変更した片刃のペレット・ダガーを引き抜いてからネイリンゲンの北にある森へと足を踏み入れた。
俺の腰の左側の鞘に収まっていた刀は、まるでライフルのような形状だった。刀身は真っ直ぐな日本刀のような形状なんだけど、グリップはスナイパーライフルのブレイザーR93のような銃床になっている。グリップには銃と同じトリガーがついていて、グリップの上の部分にはボルトアクション式のライフルのようなボルトハンドルが装着されている。ボルトハンドルの反対側にはキャリングハンドルと弾丸のホルダーが装備された奇妙な刀だった。
この93式対物刀は、今まで俺が使ったペレット・ブレードやペレット・トマホークのように1発だけ散弾を仕込んだ武器ではない。トリガーやボルトアクション式のライフルのようなボルトハンドルが装着されているけど、刀身やグリップの中から散弾を撃ち出す機能は全くないんだ。
ボルトアクション式のライフルのような形状の刀を鞘から引き抜いた俺は、以前にフランツさんを助けるために仲間たちと足を踏み入れた北の森へと再び入っていく。俺の目的は薪を調達しに来たんだけど、この森の木の幹は太過ぎる。太い枝をこの93式対物刀で切り落して持って帰ればいいだろう。
この刀を生産するのに使ったポイントは1000ポイント。今まで近距離武器を何回も生産したけど、1000ポイントも使った近距離武器はこの93式対物刀が初めてだった。
ワイヤー付きのペレット・ダガーを木の幹の上へと放り投げ、刀身が太い木の幹にしっかり突き刺さったのを確認した俺は、ダガーから鞘につながっているワイヤーを掴んで木を上り始めた。
魔物が襲い掛かってこないか警戒しながら小さな枝の突き出ている木の幹を上り終え、太い木の枝の上に着地した俺は、木の幹に突き刺さっていたペレット・ダガーを思い切り引き抜いてから鞘に戻すと、93式対物刀の試し斬りを始めることにした。
グリップをしっかり握り、俺はライフルのような形状の奇妙な刀のトリガーを引いた。
「―――わぁッ!?」
トリガーを引いた瞬間、アンチマテリアルライフルのような猛烈な銃声が森の中へと轟いた。トリガーを引くのと同時に刀を振り下ろそうとしてたんだけど、俺の腕は刀を振り下ろしたのではなく、木の枝を切り落すために刀に引っ張られたような感じだった。
もしペレット・トマホークを持ってきてそれで切り落そうとしていたら、この太い木の枝に何度もトマホークを叩き付けなければならなかったかもしれない。でも、轟音を発し、俺の右腕を引っ張って木の幹へと襲い掛かったこのせっかちな刀は、まるでアンチマテリアルライフルが簡単にアラクネの外殻を一撃で粉砕したように、太い木の枝を簡単に両断していた。
刀を振り切った俺の眼下へと落下していく巨大な木の枝。俺の右腕では、93式対物刀が峰の部分の細いスリットから真っ白な煙を吐き出していた。
「ヤバいだろ、この刀・・・・・・・・・」
簡単に太い木の枝を両断した刀に取り付けられたキャリングハンドルを左手で掴んだ俺は、右手をグリップから放してボルトハンドルを引き、中に装填されていた12.7mm弾の空の薬莢を排出した。
93式対物刀には、1発だけアンチマテリアルライフル用の12.7mm弾を装填することができる。それを薬室の中で爆発させ、その爆風を刀身の峰の部分にあるスリットから噴射させることによって、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーで敵を斬りつける事が出来るらしい。
生産した時に端末に表示された説明文には、腕に負荷がかかるため、攻撃力のステータスが800未満の場合は危険だって書いてあった。今の俺の攻撃力のステータスは870だから問題ないだろう。
もし800未満だったら、右腕が千切れ飛んでいたかもしれないな。
俺はホルダーの中から12.7mm弾を取り出して再装填すると、93式対物刀を鞘に戻し、木の上から飛び降りた。
地面から突き出た太い木の根の上に着地し、俺は切り落したばかりの太い枝を拾い上げる。多分、この枝だけで足りるかもしれない。
木の枝を肩に担ぎ、俺は馬を止めておいた森の出口の方へと向かって歩き出し始める。ネイリンゲンに戻ったら畑に使う肥料を2袋分購入してから屋敷に戻ろう。
前にアラクネの群れを殲滅したせいなのか、木の上や地上にあの黒と紫の気色悪い模様の外殻を持った魔物の姿はなかった。他の魔物はいるかもしれないけど、俺の近くにはいないようだ。
「・・・・・・?」
森の出口で待っている俺の馬の近くに、人影が見えた。髪型はツインテールのようで、背中には弓と矢筒を背負っているようだ。
まさか、俺の馬を盗むつもりじゃないだろうな? 俺は左手でホルスターからレイジングブルを引き抜くと、銃口をその人影に向けながら馬へと近づいていく。
「誰だ?」
「―――なんで領主の娘に武器を向けるの?」
俺の目の前で、そのツインテールの人影が腕を組みながら言った。領主の娘って、まさかカレンか?
俺はレイジングブルの銃口を下げると、すぐにホルスターに戻し、木の枝を担いだまま彼女の方へと向かった。
「・・・・・・こんにちは、力也」
「カレンじゃないか。なんでネイリンゲンに? 修行中か?」
森の出口のところで腕を組んで立っていたのは、昨日王都で会議に出席し、俺たちが暗殺者たちから守ったカレンだった。昨日は真っ赤なドレス姿で会議に出席してたんだけど、今の彼女はドレスではなく赤い防具を身に着け、金髪をツインテールにしている。
背中には前に一緒に魔物を倒しに行った時に持っていた弓を背負ってるんだけど、1人で魔物を倒しに来たんだろうか? それとも、また俺たちに依頼しに来たのか?
「いえ、実は・・・・・・・・・力也たちのギルドに入って、修行しようと思って」
「え? 俺たちのギルドで修行するのか?」
「うん。私も、力也たちみたいに強くなりたくて・・・・・・。自分の民を魔物たちから守るために」
俺は肩に担いでいた大きな木の枝を地面に下ろすと、かぶっていたオーバーコートのフードを取った。
彼女は俺と王都の下水を逃げていた時、俺の事を見捨てなかった。エミリアと共にラトーニウス王国から逃げて来た俺たちのことを、自分の領地に住む民だと言ってくれたんだ。
俺は微笑みながら彼女を見つめた。
「―――分かった。今から屋敷に戻るところだから、一緒に行こうぜ。エミリアとフィオナもいるし」
「いいの?」
「ああ。―――これからよろしくな、カレン」
「―――うん。よろしくっ!」
彼女が俺を見捨てないと言った時、俺もお前を守ると言ったしな。
地面に置いていた木の枝を拾い上げると、俺は太い枝を馬の背中に乗せ、馬を引いてカレンと共にネイリンゲンへと向かって歩き出した。
次回から第五章です。よろしくお願いします!




