アンチマテリアルライフルと対戦車ミサイル
ゴーレムを倒し終えた俺の後ろに立っていた蒼い髪の少女。騎士のような防具に身を包んだ、凛々しい雰囲気を放つ少女だった。きっとどこかの騎士団に所属してるんだろうな。目つきは鋭く、彼女がかなりの実力者だということを証明していた。
「私はエミリア。ナバウレアの駐屯地に所属する騎士だ。………君は? どこかのギルドの者か?」
「俺は速河力也。えっと………ギルドには所属してない。この通り、護身用の武器を持って一人旅さ」
簡単に名前以外嘘の説明をしながら、俺はレイジングブルの収まったホルスターを軽く手でたたいた。やはり俺の腰のホルスターを見つめるエミリアの表情は、珍しい武器を見ているような表情だった。馬車に乗せてくれたおじさんが珍しがっていたように、やはりこの世界には銃という武器が存在しないらしい。
左腕のパイルバンカーを珍しがらなかったのは、多分防具か何かと勘違いしたんだろう。杭で攻撃するこの近距離武器は、攻撃用の杭が収まった状態だと少し変わった形状のガントレットにしか見えないからな。
「その武器は? 剣ではないようだが………」
「ああ。これは………」
説明しようとホルスターに手を伸ばしかけて、俺はその手をぴたりと止めた。この世界に銃が存在しないのならば、これを説明したところで納得されるどころか間違いなく怪しまれるだろう。色々と面倒なことになるかもしれない。
俺が途中で言葉と腕を止めたことを不思議がるように、エミリアは腕を組みながら「どうしたんだ?」と聞いてくる。
「いや、何でもない」
「そうか? なら―――」
「―――エミリア。ここにいたのか」
途中で手を止めたことについて聞かれたら何と説明しようかと悩んでいると、エミリアの背後から聞こえた男の声が、俺たちの会話を途中で中断させてくれた。
声をかけてきたのは、彼女の後ろの方にある街の門からこっちへと駆け寄ってきた金髪の男だった。黄金の装飾がされた白銀の派手な防具に身を包み、腰には同じく黄金の装飾が付いた立派な剣を下げている。一目で騎士だと分かるような男だったが、ただの騎士じゃないな。貴族出身なんだろうか。
「ジョシュア………」
エミリアはその男をちらりと振り返ると、再び俺の方へと視線を戻した。再び俺の方を彼女が向いた時、どういうわけなのか彼女は嫌そうな表情を浮かべていたことに俺は驚く。まるで会いたくなかった奴と会ってしまったような顔で、俺の方を見てきたんだ。
おいおい、あのジョシュアとかいう男はお前に会いたがってたみたいなのに、何でそんな嫌そうな顔するんだよ。
「よかった、エミリア。無事だったんだね?」
「ああ」
「ゴーレムは? 君が全部倒したのかい?」
「いや、私が到着したころには彼が全部倒してしまっていた」
明らかに俺と話していた時よりも暗い声だ。どうやらエミリアは、かなりこのジョシュアという男を嫌っているらしい。
ジョシュアは彼女の言葉を聞くと、全く興味なさそうな表情で俺の方を少しだけ見てから「そうなんだ」と言った。
「まあ、君が無事でよかったよ」
「任務は終わったんだ。先に帰っていてもいいだろう?」
「そうはいかないよ。魔物や他の男から君を守るのも僕の役目だからね」
何だと?
魔物から女を守るっていうのは分かる。残念ながら俺に彼女はいなかったけど、もしいたら全力で守っていただろうからな。でも他の男っていうのはどういうことだ。こいつには俺とエミリアの会話が浮気してるようにでも見えたのか?
しかも俺の前で堂々と言いやがって。そしてさっきの俺を見た時の興味がなさそうな表情。腹の立つ野郎だ。エミリアがこいつを嫌っているのはこの性格もあるのかもしれない。
「さあ、ナバウレアに帰ろう」
「ああ。……では、一人旅を楽しんでくれ、力也」
「おう」
まるでジョシュアに連れていかれるかのように街の方へと戻っていくエミリア。最後に彼女は一度だけ、俺の方を振り返ってからジョシュアの後についていく。
その時の彼女の目は、まるで俺に助けを求めているかのようだった。
「さて、このポイントを何に使うかな」
今、俺には2000ポイントがある。初期装備を揃えろと言われた時のポイントの2倍だ。これだけあれば銃を生産して十分にカスタマイズが出来そうだし、ほかにも能力の方にも回すことが出来そうだ。
避難していた住民たちが街に戻り始め、露店の店主たちが商売を再開する準備をする中で、休憩用の椅子に腰掛けながら俺は端末で武器の一覧を見ていた。俺が今度開いた項目は、スナイパーライフルの下にあったアンチマテリアルライフルだ。
「バレットM82A3にOSV-96か。こっちにはヘカートⅡとダネルNTW-20もあるな。………すげえ、バレットM82A2もある」
ひとまず、俺はバレットM82A3を生産することにした。消費するポイントは700ポイントで、リボルバーやパイルバンカーを生産するのに使ったポイントよりも高い。それだけ強力な武器ってことなんだろうな。
生産したら、次はカスタマイズだ。スコープとバイボットとマズルブレーキは最初から装着されているみたいだからカスタマイズできるのは少ないんじゃないだろうか。そう思ってカスタマイズの画面を開いた俺は、そこに並んでいたカスタマイズ一覧の中に普通では絶対にありえない物が並んでいたのを見て、思わず動きを止めてしまった。
≪対戦車ミサイル≫
「――――はぁっ!?」
突然大声をあげるものだから、通りを歩く人々が俺の方へと次々に目を向けてくる。俺は「す、すみません………」と小声で謝りながら、そのありえないカスタマイズの説明文を確認する。
≪銃身の下にあるレールに小型の対戦車ミサイルを搭載。ランチャーとミサイルはワイヤーで繋がっており、スコープで照準を合わせた地点へとミサイルは向かう。破壊力は圧倒的。射程距離は約2㎞。なお、ワイヤーは発射中にもう一度ランチャーのトリガーを引けば切断可能≫
ただでさえ破壊力の大きいアンチマテリアルライフルに、強烈な対戦車ミサイルの組み合わせ。重量は凄い事になりそうだけど、遠距離での戦いならば圧倒的に有利になるかもしれない。ポイントも100ポイント程度だったので、俺は試しにそのランチャーを作って装着してみることにした。
もちろん、ランチャーの後ろから排出されるバックブラストから身を守るために、バックブラストの排出口の近くに耐熱性に優れるカバーを装着しておく。バックブラストで死にたくないからな。
他にも何かないかと見ていると―――下の方に、狙撃補助観測レーダーっていうのを見つけた。
≪装着した武器の射程距離内にいる敵を察知するレーダー。察知された敵は、銃身の脇に装着された小型モニターのマップに表示される。また、これを応用して標的との距離を確認することも可能≫
「何だよこれ………」
使うポイントは200ポイント。これを作ったら、残るポイントは900ポイントになる。それだけあれば能力の方も生産できるけど、作るべきなんだろうか。
でも、バレットM82A3の射程距離は約2㎞。つまり俺から半径2㎞以内の敵を察知できるっていうのはかなり大きい。
「作るか」
200ポイントを使って、俺は狙撃補助観測レーダーを生産することにした。さっそく生産したばかりのバレットM82A3に装着し、装備してみる。
突然背中が重くなったかと思うと、俺の背中には確かにたった今生産したばかりの対戦車ミサイル付きのバレットM82A3が背負われていた。座っている状態でも重く感じてしまうんだが、この状態でちゃんと歩いたり走ったりできるんだろうか。
今度は能力の方も見てみようかな。俺は『武器と能力の装備』の画面を閉じ、『武器と能力の生産』のメニューをタッチしようとした。
俺の指が画面に触れそうになったその時だった。数十分前に街中に響き渡った魔物の接近を知らせる警鐘が、またしても街の中に響き渡った。
「また魔物か?」
俺は端末の電源を切ると、椅子から立ち上がって住民たちの逃げる方向とは逆方向に走った。
バレットM82A3の重さに耐えながらも、俺はまたさっきゴーレムを倒した門の下へとやってきていた。ライフルのバイボットを展開して舗装された地面に伏せ、スコープを覗き込む前にライフル本体の左側に折り畳まれていたモニターを開き、接近中の魔物の数を確認する。
2㎞以内のマップに表示されたのは、やや大きめの赤い点が2つと小さめの赤い点が7つ。大きな点はゴーレムだと予想できるが、小さい点の方は何なんだろうか。敵の位置は分かるが、詳しい種類までは知ることが出来ないらしい。
俺はモニターから目を離してスコープで確認する。リボルバーに装着したスコープよりも遥か長距離を見透かせるスコープに映ったのは、草原を進んでくる2体のゴーレムと7対の小さな人影。大人の人間の背丈よりも小さいそれは、恐らくゴブリンだろう。ゴーレムが戦車でゴブリンが歩兵ってところか。
倒された3体のゴーレムの仇討ちでもするつもりなのか、まだ俺を発見していないにもかかわらずゴーレムの片方が咆哮を上げた。
「距離は………1400m!?」
こんな距離から狙撃して当たるんだろうか。とりあえず、俺はマップの赤い点の上に表示された距離を参考に、スコープの照準の調整を1400mに合わせてから再びスコープを覗き込む。
最初に狙うべきなのは間違いなくゴーレムだ。動きは遅いけど、接近されたら厄介なことになる。先ほどの戦いで応戦せずに前進を続けていたということは、狙撃されているということに気付かなかったのか、それとも遠距離を攻撃する手段がなかったかのどちらかということになる。どのみち距離は1400mも離れているんだから、今のうちに片付けておくべきだ。
リボルバーで狙撃した時は100m以内だった。今度はその14倍もの長距離からの狙撃。あの時みたいに上手くいくんだろうか?
不安を思い浮かべながらも、俺はカーソルを重ねたゴーレムをスコープ越しに睨み付けると、M82A3のトリガーを引き、12.7mm弾を放った。
「うおっ!?」
猛烈な銃声が轟いた。反動は気にならなかったけど、予想以上の大きな銃声には驚いてしまう。その大きな銃声の残響が消えていくよりも先に、俺が覗いていたスコープの向こうで、こっちへと向かっていたゴーレムの1体の胸から上が粉々に吹っ飛んだのが見えた。
それはそうだろうな。M16やM4に使用される弾丸は5.56mm弾なんだが、このバレットM82A3が射出するのは12.7mm弾。連射はアサルトライフルほどではないが、破壊力ならば圧倒的にこちらが上だ。
胸から上を消し飛ばされたゴーレムが、まるで突き飛ばされたかのように後ろへと倒れる。もう片方のゴーレムが咆哮を発し、周囲のゴブリンたちを自分の周りへと集め始めたのが見えた。どうやらこっちを警戒して密集したつもりらしい。
でも、そんなことをしても意味はない。仮にゴブリンを盾にしたとしても、ゴーレムの外殻ですらあっさり消し飛ばせるほどの破壊力と貫通力のあるアンチマテリアルライフルの銃弾を防ぎ切ることは不可能だ。もちろん、ゴーレムをゴブリンが盾にしたとしても同じことだ。
俺はもう一発お見舞いしてやろうかと思ったが、対戦車ミサイルのことを思い出して俺はトリガーから指を離した。その代わりに、左手をミサイルランチャー本体のトリガーへと伸ばし、スコープで狙いを定める。
ミサイルとランチャーがワイヤーで繋がってるんだっけか。つまり小型版のTOWってことだ。射程距離は2㎞だから、今の距離でも十分にこの対戦車ミサイルは届く。
密集したところにこいつをお見舞いしてやればどうなるか。小型とはいえこいつだって対戦車ミサイルなんだ。きっと一撃で勝負がつく。
俺はスコープのカーソルを魔物の群れの中心にいるゴーレムへと重ねた。左手の人差指をトリガーにかけ、少し呼吸を整える。
大丈夫だ。装備のおかげもあったけど、最初の一撃でゴーレムを仕留めることが出来た。しかも1400mという長距離からだ。
大丈夫だ。この一撃も命中させられる!
目を瞑ってから再び開いた俺は、ゴーレムを睨み付けながらランチャーのトリガーを引いた。
ミサイルの反動を肩で受け止め、ミサイルが残していった猛烈な白煙の中で俺はスコープの中を覗き続けた。照準はゴーレムに重なったままだ。あとはミサイルが着弾するまで、こうして見守っていればいい。
白煙の中に細いワイヤーが見える。そしてそのワイヤーの先頭を、ゴーレムへと真っ直ぐに対戦車ミサイルが飛行していく。
ゴーレムは接近してくる対戦車ミサイルの存在に気が付いたらしい。咆哮しながら右腕を振り上げたけど、そんな遅い動きでミサイルを叩き落とせるわけがない。仮に叩き落としたとしても、爆発で間違いなく自分も吹っ飛ばされるだろう。つまり、俺が対戦車ミサイルを発射して今もカーソルを重ね続けているっていう時点で、ミサイルの爆発が魔物の群れを吹っ飛ばすっていう結果は決まっていたようなものだった。
ミサイルを狙ったゴーレムのパンチは見事に空振り。そして俺が放ったミサイルは、豪腕を振り切った直後のゴーレムの顔面に見事に直撃した。
ミサイルの先端が岩石のような外角を突き破り、そこで大爆発を起こす。周囲のゴブリンたちを密集させていなければゴーレム1体だけの犠牲で済んだかもしれないのに、ゴブリンたちがゴーレムの周囲に集まっていたために対戦車ミサイルの爆風から逃れられたゴブリンは1体もいなかった。
爆風がゴーレムの巨体を引き千切り、近くにいたゴブリンを粉々に粉砕する。爆風だけではなく、ミサイルの破片もゴブリンたちを次々に叩き潰していった。
草原に一瞬だけ生まれた火柱。やがてそれは漆黒の煙の柱に代わり、戦いの終わりを告げた。残ったのはミサイルが空中に刻んだ白煙の残滓と爆音の残響だけだった。
「ふう…………。何とか倒したか」
レベルは上がってないみたいだな。さすがに簡単には上がらなくなったか。
3分程度の戦いで魔物の群れを全滅させたバレットM82A3を背中に背負って引き返そうと後ろを振り向くと、剣を抜いた状態で黒煙を見つめている蒼い髪の少女が俺の後ろに立っていたことに気が付いた。
エミリアだ。でも確か、彼女はジョシュアと一緒に戻ったんじゃなかったっけ?
「お前がまた倒したのか………?」
「ん? ああ。―――ところでジョシュアは?」
「ああ、彼なら先にナバウレアに戻ったよ。……それにしても、またお前に仕事を奪われるとはな」
どうやら魔物が再び接近しているという知らせを聞き、引き返して来たらしい。多分ジョシュアから離れたかったんだろうな。嫌そうな表情を浮かべていた彼女のことを思い出しながら、俺は考察した。
「ところで少し話がしたいのだが………いいか?」
「別に構わないぞ?」
「すまない。では、ついてきてくれ」
抜いていた剣を鞘に戻し、エミリアが踵を返して街の方へと歩いていく。話が聞きたいと言っていたんだが、何を聞かれるんだろうか。
もし銃の事を聞かれたら何とか誤魔化すつもりだ。断らなかった理由は、この世界が俺の住んでいた世界とは違う異世界だってことは理解したんだが、まだ知らないことが多過ぎるから、何か彼女から情報を得られないかと思ったからだ。こっちも怪しまれないように誤魔化しながら聞くつもりだった。
ジョシュアの前で嫌そうな顔をしていた彼女のことを思い出しながら、俺はエミリアの後についていった。