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オルトバルカの王都


 俺たちの屋敷は、ネイリンゲンの街から少し離れたところにある。屋敷の周りの塀の外側には草原が広がっていて、遠くには森の木々が並んでいるのが見える。なんだか初めてこの世界に転生した時にいた草原を思い出すな。あの草原からおじさんに荷馬車に乗せてもらって、到着した街でゴーレムに向かってレイジングブルをぶっ放したんだ。


 その後にエミリアに声をかけられたんだよな。あの時は色々と誤魔化しながら話をしてたけど、今では彼女も銃を使いこなしている。


 やっぱりエミリアは、ジョシュアと一緒に騎士団にいた頃より、傭兵ギルドを始めた最近の方が楽しそうだ。今の方が彼女の笑顔を多く見ることができるし、それにフィオナという可愛らしい仲間もできたからな。


「………」


 俺はOSV-96のモニターでターゲットとの距離を確認すると、伏せた状態でスコープを調整する。スコープのカーソルの向こう側に見えるのは、屋敷の地下にある射撃訓練場で使用している木製の人型の的だ。


 アンチマテリアルライフルで射撃訓練をする場合も俺は地下の射撃訓練場を利用している。でも俺がわざわざ屋敷の外の草原までターゲットを運んできたのは、俺が今からテストしようとしている弾丸が地下室ではぶっ放せない代物だからだ。


 端末のカスタマイズで、俺が装備しているOSV-96の銃床はAN-94と同じようにサムホールストックへと改造されていた。サイズが少し大きくなってしまったけど、これに変更すると銃床の部分に特殊な弾丸を用意しておくためのホルダーが作れるようになるらしい。


 伏せた状態でアンチマテリアルライフルを構える俺から見て銃床の右側に追加されたホルダーには、今は1つだけマガジンが用意されている。本当ならそこに2つ用意されてるんだけど、その片方は既にライフルに装着して装填を済ませていた。


「距離は600m………」


 初めてバレットM82A3をぶっ放した時は1400mだったんだ。600mくらいだったら簡単に命中させられるだろう。それに、今から放とうとしている弾丸なら命中しないのはありえないからな。


 左手で漆黒のオーバーコートに付けられたフードをかぶり直した俺は、その左手をサムホールストックへと戻してから、特殊な弾丸を装填したOSV-96のトリガーを引いた。


 今まで魔物たちを粉砕してきた猛烈な銃声が草原に響き渡り、マズルフラッシュが煌めいた瞬間に大型の薬莢がライフルから排出される。


 スコープを覗くと、排出された薬莢を残してターゲットへと放たれた12.7mm弾が、着弾する前にまるで空中分解したかのようにバラバラになり始めた。弾丸の表面が剥がれ始め、無数の散弾がそのまま小さな金属の群れとなってターゲットへと向かって突っ込んでいく。


 その金属の群れに全身を食い破られ、俺が地下室から屋敷の外まで運んできた木製の的が穴だらけになる。


 俺が今的に向かってぶっ放したのは、OSV-96用の12.7mmキャニスター弾だ。今までの12.7mm弾だと貫通して複数の魔物を倒すことがあったけど、この12.7mmキャニスター弾ならば魔物たちの群れを遠距離から殲滅できるようになるだろう。


 俺はライフルからキャニスター弾のマガジンを取り外すと、そのマガジンをサムホールストックのホルダーに戻し、代わりにもう1つの特殊な弾丸が入ったマガジンを取り出す。


 俺が今装填したこのマガジンの中の弾丸が、屋敷の地下室でテストできない代物だった。


 ホルダーから取り出したマガジンをライフルに装着した俺は、再び照準をキャニスター弾に食い破られて穴だらけになった的へと向け、トリガーを引く。


 2回目の凄まじい銃声が轟いたけど、今ぶっ放した弾丸はさっきのキャニスター弾のようにバラバラになるようなことはなく、真っ直ぐにターゲットへと向かっていった。


 キャニスター弾に食い破られた穴だらけのターゲットにその弾丸が襲い掛かったかと思うと、スコープの向こうで穴だらけになっていた的が突然燃え上がり始めたのが見えた。弾丸が着弾した場所から出現した炎が、穴だらけの木製の的を包み込んでいく。


 今の弾丸は12.7mm焼夷弾。複数の魔物や人間の兵士を相手にする場合に使おうと思って作った特殊な弾丸だ。


 これを地下室でぶっ放すわけにはいかないからな。俺はスコープから目を放すと、バイボットと狙撃補助観測レーダーのモニターを折りたたんで立ち上がる。


 まだ午前8時頃だろうか。銃声で眠っているエミリアとフィオナを起こさないように、朝食を済ませてからテストをすることにしてたんだ。屋敷と街は離れているから、銃声が街に届くことはないだろう。


 ライフルを2つに折りたたみ終えた俺は、600m先で燃え上がる木製のターゲットを見つめた。







 手にした籠の中には、見覚えのある野菜が大量に入っている。この世界に転生した時に初めて訪れた街で売られていた、棘だらけの紅い大根のような禍々しい野菜だ。確かナバウレアでエミリアが作ってくれたサラダの中にもこの禍々しい野菜は入ってたな。タマネギみたいにさっぱりした味だったような気がする。


「あとはジャガイモを買っていくか」


『エミリアさん、チーズも買っていきましょうよ』


 籠の中の禍々しい野菜をじっと見つめていた俺は、指先で野菜から生えている真っ赤な棘をつつきながらエミリアの後についていく。あの屋敷に住んでから何度かこの野菜がエミリアの手料理の食材として俺の目の前に登場してるんだけど、まだこの野菜を食うのには慣れていない。ナバウレアで初めて食べた時も思ったけど、慣れるのに時間がかかりそうだ。


 籠の中にはキャベツとニンジンとリンゴとこの紅い棘だらけの大根みたいな禍々しい野菜が入ってる。この禍々しい奴は夕飯の時に作るサラダに使うつもりらしい。


「おじさん、チーズを3つ欲しいんだけど……」


「おお、力也君。西の廃墟の魔物を全滅させたらしいじゃないか」


「本当なら領主の娘を護衛する依頼だったんだけどな」


 ギルドの宣伝すらしていなかった時に最初に受けた依頼で俺たちのギルドは有名になっていたらしい。そしてその後に受けたフランツさんの救出の依頼で、救出されたフランツさんが他の傭兵ギルドの人たちに俺たちのことを話したらしいんだ。


 そのおかげで、俺たちのギルドはネイリンゲンの中では最強の傭兵ギルドと言われているらしい。まだたった3人の小さい傭兵ギルドなのにな。


「ほら、チーズ3つな。銀貨2枚だ」


「はい」


 ギルドの制服ではなく、ネイリンゲンの服屋で購入した私服に身を包んだエミリアがポケットから銀貨を2枚取り出し、露店のおじさんに手渡す。指揮官のようなギルドの制服ではない私服姿のエミリアに見とれていた俺は、おじさんからチーズの入った箱を受け取ると、再び籠の中の禍々しい奴の棘を突き始めた。


 そういえば、エミリアが屋敷の裏庭に畑を作ってみたいって言ってたな。どんな野菜を作るんだろうか? まさか、この紅い棘だらけの野菜も作るんだろうか? 


 この禍々しい奴はサラダ以外にも、カレーライスなどの具に使われることがあるらしい。確かにタマネギみたいな味がするし、調理する時にこの棘は全部切り取るらしいから問題なさそうだ。


『おじさん、ありがとうございました!』


「おう、また来てくれよ!」


 私服姿のエミリアの傍らに、真っ白なワンピース姿のフィオナが浮かびながら露店のおじさんに頭を下げる。俺も籠の中の禍々しい奴を突くのをやめると、おじさんに「また来るよ」と言ってから露店を後にした。


 フィオナは幽霊なんだけど、ネイリンゲンの人たちは怖がらずに彼女に話しかけてくれる。あの屋敷を無料で購入できたのは彼女を恐れて買い手がいなかったせいなんだけど、どうやら街の人たちは屋敷に出る幽霊がこんなに可愛らしいとは思っていなかったらしい。数日前にエミリアとフィオナが2人で買い物に行った時、フィオナが街でおばさんからお菓子を貰って帰ってきたこともあったな。


「フィオナ、何か欲しいものとかある?」


『欲しいものですか?』


 エミリアの隣から俺の隣へとやってきたフィオナが、お菓子を売っている露店を見つめながら考え始める。どうやらお菓子が食べたいらしいな。何が欲しいんだろうか?


『………チョコレートが食べたいです』


「チョコ?」


 前におばさんからお菓子を貰ってきた時はチョコレートを美味しそうに食べていたフィオナ。彼女はチョコレートが好きなのか?


「よし、買ってくる。エミリアはどうする?」


「チョコか………。私も食べたいな」


「分かった。じゃあ3つ買ってくる」


 俺も食べたかったところだ。俺は野菜の入った籠を持ったまま、財布の中から銀貨を何枚か取り出しながらお菓子を売っている露店へと向かう。


「すいません、チョコレートを3つ下さい」


「はいはい、銀貨5枚ね」


 露店の男性に銀貨を5枚手渡した俺は、チョコレートを3人分受け取ると、2つをエミリアとフィオナに渡し、屋敷へと向かって歩き出した。


 






 カレンの護衛の男には、王都で開催される会議の前日には王都へと向かって出発するように指示されている。王都に到着したら彼らが用意してくれた宿屋に宿泊し、カレンを護衛する予定だ。


 漆黒のオーバーコートを羽織った俺は、ポケットの中に端末があるかチェックすると、ペレット・トマホークとレイジングブルだけを装備して馬の上に乗る。俺の隣で馬に乗るギルドの制服姿のエミリアも、装備しているのはペレット・サーベルとスチェッキンだけだ。


 俺は馬の手綱を握り、ゆっくりと馬を屋敷の門の前へと歩かせる。まだ午前6時くらいで、街の方からはランタンの灯りが見えていた。でも、ネイリンゲンはラトーニウス王国との国境に近い街で、ここから馬で王都に向かうと6時間もかかるらしい。それに、途中で魔物に襲撃されるかもしれないから、今のうちに出発することにしたんだ。


「フィオナ、頼むぞ」


『任せてください』


 開いた門の前で馬を止めた俺たちの目の前に浮かびながら、フィオナが胸を張る。俺はこの世界の人間ではないし、エミリアもラトーニウス王国出身だから王都への道が分からない。だから、王都までフィオナに案内してもらうことになったんだ。


 また、カレンを守るために暗殺者たちと戦わなければならない。俺は草原を睨みつけると、エミリアと共に馬を走らせ始めた。



 

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