ペレット・トマホーク
「き、君たち………何なんだ、その武器は……!?」
洞窟の入り口でフィオナの手当てを受けていたフランツさんは、アラクネの群れを殲滅して戻ってきた俺たちにそう言った。以前にナバウレアで初めて銃を見たジョシュアもフランツさんのように驚いていたけど、2人の驚き方は違う。
フランツさんは自分のギルドの仲間を惨殺していったアラクネたちを簡単に倒した俺たちとその武器に驚いている。でも、あの時のジョシュアは、その見たこともない武器を持った男が自分を狙っているという恐怖を含んだ驚愕だった。
「これでもう、アラクネは全部倒したはずです。今のうちに戻りましょう」
「ああ………」
「フィオナ、そろそろ戻るぞ」
『は、はい』
真っ白な模様の浮き出た両腕をフランツさんの傷口へと向けていたフィオナは頷くと、治療を止めてエミリアの傍らへと移動する。俺は1人で歩けるようになったフランツさんに手を貸すと、AN-94を腰の後ろから取り出し、馬を止めておいた場所へと向かって歩き出した。
確かにアラクネの群れは殲滅したけど、もしかしたらそれ以外の魔物が襲い掛かって来るかもしれない。俺はアサルトライフルを構えながら先頭を歩き、木の根の突き出た地面を進んでいった。
「……君たちは何者だ? そんな武器、見たことないぞ?」
「まだ名前も決まっていない傭兵ギルドの者です。武器については言えません」
最後尾で銃床を折り畳んだAN-94を装備して警戒するエミリアが、俺の代わりに答えてくれた。彼女には銃について教えているから問題ないんだけど、銃という武器が存在しないこの世界で銃の事を説明しても、フランツさんは絶対に理解してくれないだろう。ややこしいことになるだけだ。
銃剣で邪魔な枝を断ち切った向こうに、風穴を開けられたアラクネたちの死体が6つ横たわっているのが見えた。どうやら最初にアラクネたちに襲撃された地点に差し掛かったらしい。
俺は横たわっているアラクネたちが全て死んでいるのを確認すると、後をついてくるフランツさんに向かって頷き、馬を止めておいた場所へと向かって再び歩き出す。
「ところで、君のその制服はラトーニウス王国の騎士団の制服じゃないか?」
「えっ?」
そういえば、エミリアはまだラトーニウス王国の騎士団の制服のままだった。最初に受けた依頼の報酬で俺とエミリアは自分たちの私服を購入してたんだけど、訓練の時はいつも騎士団の制服姿だ。騎士団に入団してから訓練を受けたり魔物と戦いに行く時はいつも制服と防具を身に着けていたから、私服で戦うのは慣れないって言ってたな。
俺が今着ているのは転生してきた時に身に着けていたジーンズとフードのついたパーカーだ。他にも私服は購入したんだけど、俺も今これを身に着けている理由はエミリアと同じだった。
「今はもう辞めました。彼と共に、傭兵ギルドをネイリンゲンで作ったばかりなんです」
「そうなのか? 確かに、彼はラトーニウスの騎士には見えないし………」
俺の後ろを歩くフランツさんに説明するエミリア。さすがに俺がナバウレアから彼女を連れ去り、ここまで一緒に旅をしてきた事までは言っていない。
アラクネの生き残りや他の魔物に枝の上から襲撃されないように銃口を上へと向けた俺は、枝の上に何もいないことを確認すると、目の前の草むらを踏み越えた。
木々の根のせいででこぼこした地面の向こうに2頭の馬が止まっているのが見えた。魔物に襲われた様子はなく、借りてきたその馬たちは俺たちと同じく無傷だった。
「よし、馬は無事だ。フランツさん、後ろに乗ってください」
「ああ」
AN-94から銃剣を取り外し、馬の上に乗る俺。俺はフランツさんに手を貸して馬の後ろへと乗せると、腰のホルスターからレイジングブルを引き抜き、エミリアが馬に乗り終えるまで警戒する。12インチの銃身にカスタマイズしたこのレイジングブルのマグナム弾ならば、もしまたアラクネが襲い掛かってきたとしてもヘッドショットですぐに仕留めることができるだろう。
「いいか?」
「ああ。戻るぞ」
借りてきた自分の馬に乗り、手綱を握るエミリア。北の森からネイリンゲンの街の方へと馬を走らせた彼女の後ろを、フィオナが浮かびながら追いかけていく。
俺もレイジングブルをホルスターに戻すと、ここまで馬できた時と同じように、再び見様見真似で馬を走らせた。
『凄かったですよ、エミリアさんたち』
「そ、そうか?」
『はい。だって、アラクネたちを次々に倒したんですよ?』
自室のソファに腰を下ろし、私はランタンの明かりで読書をしていた。報酬で買ったものではなく、初めてこの屋敷に来た時からあった小説だ。私は読んでいたページを開いたまま顔を上げると、私のすぐ隣に腰を下ろし、服を編んでいるフィオナを見た。
彼女は編み物が得意らしい。この屋敷の中には私たちが来る前から服が置いてあったんだが、その服はどうやらフィオナが編んだものらしい。
『―――そういえば、エミリアさんはラトーニウスのナバウレアから力也さんと2人でここまで旅をしてきたんですよね?』
「ああ、そうだ」
以前に力也が風呂に入っている間に、力也が私の許婚との勝負に勝利し、私を連れ去ってここまで旅をしてきたという話をフィオナにしていた。もし力也にそのことを話したと言ったら、きっとあいつは顔を赤くするだろうな。
確かあいつは今、庭で薪割りをしているはずだ。窓の外から聞こえてくるトマホークが薪を真っ二つにする音を聞きながら、私は小説にしおりを挟んだ。
『力也さんって、優しいですよね』
「そうだな。あいつは――――優しいやつだよ」
それに、一緒にいると楽しいんだ。ネイリンゲンの街に食料を買いに行く時も、地下室で射撃訓練をする時も私は彼と一緒だ。ここに来るまでの旅も、2人とも金を持っていなかったせいで宿に泊まることはできなかったが楽しかったな。
そういえば、あいつがナバウレアにやってきた理由は行く当てがなかったからだったな。騎士団の宿舎の空き部屋にあいつを案内した時のことを思い出しながら、私はしおりを挟んだ小説をテーブルの上へと置いた。
「そういえば、フィオナはさっきから何を編んでいるのだ?」
『はい。力也さんに頼まれたギルドの制服です』
「ギルドの制服?」
フィオナが編んでいるのは黒い服だ。まだギルドの名前も決まっていないのに、制服を彼女に作ってくれと頼んだのか。私は笑いながらテーブルの上のランタンをフィオナに近付けると、黒い制服を編んでいくフィオナの小さな手を見つめた。
『はい。黒い制服がいいって言ってました』
「はははっ。まだギルドの名前も決まっていないというのに」
『ギルドの名前だったら思いついたってさっき言ってましたよ?』
「え?」
なに? 名前を思いついたのか?
『―――モリガンっていう名前にするそうです』
「モリガンか………。ふふっ。いい名前だな」
庭の方からは、私たちのギルドにモリガンという名前をつけた男がトマホークで薪を割る音がまだ聞こえていた。
「ふんっ!!」
振り下ろした漆黒のトマホークが薪を叩き割る。俺は台の上に次の薪を置くと、トマホークを握った右手に力を込め、再び本気で薪へと振り下ろした。
俺が持っているこのトマホークは、端末で生産したトマホークだった。銃ばっかり作ってるから剣とか斧も作ってみようと思って生産したものなんだけど、このトマホークは俺が初めて生産した剣のペレット・ブレードのようにただの近距離武器ではなかった。
ペレット・ブレードと同じように散弾やドラゴンブレス弾を発射することができる機能を持つペレット・トマホークだ。しかもライフルグレネードまでぶっ放すことができるらしい。ペレット・ブレードを装着型に変更した時も思ったんだが、もう近距離武器じゃないぞ。
まるで漆黒のパンツァー・ファウストに斧の刃を装着し、トリガーと散弾の発射機能を搭載したようなトマホーク。俺はそれを振り下ろし、また薪を真っ二つにする。
「………ふんっ!」
薪を叩き割ったトマホークの刃が、薪を乗せていた台に突き刺さる。俺は散弾のトリガーを押さないように気を付けながら引っこ抜くと、新しい薪を準備した。
俺はこの傭兵ギルドにモリガンという名前を付けるつもりだ。今、フィオナにギルドの制服を編んでもらっている。
ナバウレアで傭兵ギルドを作るって目標を立てた頃を思い出すな。その後にエミリアを連れてナバウレアから逃げ出して、金がない状態で野宿をしながらクガルプール要塞を越えて、このネイリンゲンまでやってきたんだ。
今の俺のレベルは9。武器の生産ばかりやっているから未だに装備している能力は剣士のままだけど、まだ問題ないだろう。
「エミリアはモリガンって名前を気に入ってくれるかな………?」
フィオナはいい名前だって言ってくれたんだけどな。
もしその名前が気に入ってもらえたら、明日からはポスターとか看板を作って宣伝を始めよう。
俺は額の汗を拭うと、台の上に最後の薪を乗せ、漆黒の刃を持つペレット・トマホークを思い切り薪へと振り下ろした。
大規模な魔物の群れが出現したのならば、大規模な部隊を編成して迎撃する。私は何度も教科書でその戦法を習ったわ。遠距離攻撃ができる魔物を先に弓矢を装備した騎士が攻撃して、後は突撃する騎士たちを援護する。魔術師や弓矢を使う騎士たちは、必ず教官からそう習う。
だから50体以上の魔物を、遠距離からたった2人で殲滅した傭兵ギルドがあるっていう話は信じられなかったわ。使った武器は弓矢じゃなくて変わった武器だったって聞いたけど。
窓の外の街並みを眺めながら、私はネイリンゲンの街がある方角を見つめた。たった2人だけで魔物の群れを殲滅したっていう名前のない傭兵ギルドは、ラトーニウス王国との国境の近くにあるネイリンゲンにあるらしいわね。
私と同い年の少年と少女がたった2人で作ったギルドらしいけど。
「………本当なのかしら」
ゴーレムとゴブリンの群れで騎士団は苦戦するというのに。
私は窓から離れると、部屋の壁に立て掛けられている愛用の弓矢を手に取った。今まで的に何本も矢を命中させ、実戦でも多くの魔物を射抜いてきた私の愛用の弓矢。私は手に取った弓矢を壁に戻すと、再び窓の前に戻る。
「―――傭兵ギルドに負けてられないわ」
私だって、領主の娘として何度も街を魔物から守ってきたんだから。
愛用の弓矢をもう一度見つめてから、私は踵を返してベッドへと向かった。
次回から第四章です。




