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決戦の序章

 レリエル・クロフォードはかつて一度この世界を蹂躙し、支配した伝説の吸血鬼だ。大昔に大天使と戦って敗北したのだが、大天使でもレリエルを殺すことは出来ず、妥協して封印する羽目になった。しかもその際に彼の心臓を貫いたとされる大天使の剣はレリエルの血と魔力によって汚染され、忌々しい魔剣へと変貌してしまった。


 今ではレリエルは大天使に殺されたという説もあるし、真実通りに封印され、今でもどこかで眠り続けているという説もある。それ以外の様々な説と共に、この世界では演劇の題材にされたりすることが多い。


 仕事の帰りに立ち寄った書店で、その伝説をモチーフにしたマンガを見つけた俺は、苦笑いしながらそのマンガを手に取った。表紙に描かれているのは剣を構えた大天使と、槍を構えたレリエルの姿。大天使とレリエルの戦いを描いたマンガらしい。


 あと3日後、俺は1人でその伝説の吸血鬼と決闘することになる。


 10年前に帝都で戦った時は、仲間たちと7人がかりで戦いを挑んだというのに、全員殺されかけた上に引き分けという結果だった。あれから俺たちもかなり強くなっている筈だが、今度は仲間たちと一緒ではない。俺1人だけで戦わなければならない。


 レリエルは非常に手強い相手だが、一番厄介なのはあの再生能力だ。吸血鬼の弱点である銀や聖水を使った攻撃でも死ぬことはなく、心臓に銀の弾丸を撃ち込まれてもあの男は起き上がってきた。教会の鐘が鳴り響く帝都で、奴に朝日を浴びせながら銀の弾丸で攻撃して、やっと再生能力を封じる事ができたんだが、奴と次に戦う場所は魔界だ。どんな場所なのかは分からないが、その魔界が朝日に照らされている可能性はかなり低いだろう。もちろん、自分の弱点である教会の鐘まで用意している可能性もかなり低いに違いない。


 だから、奴の弱点を用意し、魔界に持ち込まなければならない。


 既にレリエル用に銀の弾丸を大量に用意しているし、グレネード弾や迫撃砲の砲弾は全て聖水入りかニンニクのガス入りのガーリックガス弾に変更している。もちろん、ナイフや仕込み杖の刀身も銀に変更している。


 銀は吸血鬼にとって弱点だし、聖水は彼らにとってみれば濃硫酸のようなものだ。


 レリエルと決闘に行くと妻たちに言えば彼女たちは心配してしまうだろうし、もしかしたらついて来てしまうかもしれない。だから、レリエル用の装備は妻たちにバレないようにこっそりと整えてきた。


 しかし、あの戦いから10年も経過している。俺たちが強くなったようにレリエルもパワーアップしていることだろう。あの時は奴は封印から目覚めたばかりの状態。寝起きの状態でウォーミングアップもせずに戦ったようなものだ。つまり7人がかりで挑んで引き分けだったというのに、奴は本気の状態ではなかったということだ。


 10年間もあれば、奴はウォーミングアップを終えていることだろう。眷族を集めながら人間の血を吸い続け、かつて世界を支配した時のような力を手にしているに違いない。


 そんな怪物に勝てるのだろうか?


 もし俺が負ければ、レリエル・クロフォードを倒せる者はいなくなる。そうなれば俺の家族や仲間たちは、奴らに蹂躙されるだけだ。


 必ず勝たなければならない。最悪の場合でも相討ちだ。奴に敗北し、俺だけ死ぬのは許されない。


 手に取っていたマンガを本棚に戻した俺は、そのまま書店を後にした。


 







「はぁっ、はぁっ・・・・・・!!」


「そこまで。・・・・・・腕を上げたな、2人とも」


 俺にトレンチナイフを振り下ろそうとしているタクヤと、俺に投げ飛ばされてから起き上がろうとしているラウラの喉元にボウイナイフの切っ先を突き付けながら言った俺は、にやりと笑ってからナイフを鞘の中へと戻し、ラウラを助け起こす。


 子供たちはもう俺たちとの訓練で秒殺されることはなくなり、2分以上逃げ切る事ができるようになってきている。それに2人の剣戟も、エミリアの指導のおかげで素早い上に鋭くなってきているため、たまに予想以上の速度で繰り出されてひやりとする事もある。


 服についている土を払いながら立ち上がったラウラは、地面に落ちているサバイバルナイフを拾い上げると、鞘に戻してから訓練用の武器が入っている木箱の中に戻した。


 タクヤもトレンチナイフを鞘の中に戻し、得物を木箱の中に戻してからラウラと一緒に並ぶと、俺に向かってぺこりと頭を下げる。


「お父さん、訓練ありがとう」


「ありがとね、パパ!」


「おう。・・・・・・お前たちも強くなってきたからなぁ・・・・・・」


 そろそろ、子供たちに俺の正体を教えてもいいかもしれないな。かつて、俺が傭兵として戦いながら何を狩っていたのか。そして彼らから俺が何と呼ばれていたのかを、この子たちに明かしてもいいかもしれない。


 今のところ転生者の数は減っている。だが、まだ残っている転生者の中には、相変わらず人々を虐げているような輩もいる。もし子供たちが大きくなって冒険者として旅立つことになったら、奴らと戦う事になるかもしれない。


「2人とも、ついてきなさい」


「え?」


「どこに行くの?」


「―――――パパの正体を教えてやる」


 タクヤも俺に正体を教えてくれたのだから、俺も正体を明かした方が良いだろう。


 裏口のドアを開けた俺は、子供たちを連れてリビングを通過すると、2階へと上がる階段を上がり始めた。エミリアはキッチンで夕飯を作っているし、フィオナはまだ倉庫から戻ってきていない。それにエリスとガルちゃんはリビングで洗濯物を畳んでいたから、2階の部屋には誰もいない。


 子供たちを妻たちと一緒に寝ている寝室へと連れてきた俺は、壁に掛けてある時計の近くに鎮座するクローゼットを開けると、中にある私服の中から、真っ黒なコートを取り出した。


 黒い革のコートで、胸や腕にはベルトのような装飾がいくつもついている。その装飾のせいで拘束具のようにも見えてしまう不気味なコートだ。フードもついていて、そのフードにはハーピーの真紅の羽根が2枚取り付けられている。


「―――――2人とも、転生者ハンターは知ってるかな?」


「うん、知ってるよ。ハーピーの羽根がついた真っ黒なコートを着て、悪い転生者をやっつけるヒーローでしょ?」


「ヒーローか・・・・・・。いや、あれはヒーローじゃないんだよ」


 そう言いながら上着を脱いだ俺は、クローゼットから取り出した俺のモリガンの制服の上着を着てから、静かにフードをかぶった。


 久しぶりにこの制服を身に着けたような気がする。あの屋敷に住んでいた時はいつも身に着けていたこの制服は、俺が転生者を何人も狩り続けるせいで、転生者ハンターの象徴になっていた。


 転生者ハンターの服装を知っていたラウラとタクヤは、モリガンの制服を身に纏った俺の姿を見上げながら目を見開いている。


「え・・・・・・? まさか、お父さんが・・・・・・!」


「パパが・・・・・・転生者ハンターだったの・・・・・・?」


「・・・・・・そうだ。これが俺の正体だよ」


 このコートを身に纏い、転生者を何人も殺し続けてきた。フードについている真紅の羽根は、10年前に湿地帯で必死にレベル上げをしていた時に戦利品としてハーピーの死体から取った羽根のままだ。


「転生者は昔に比べれば激減した。だが・・・・・・まだ人々を虐げる輩は残っている。もしお前たちが大きくなったら、そういう奴らに出会う事があるだろう」


 もしそんな奴らを目にしたら、この子たちはどうするんだろうか? 俺と同じようにそのような転生者を憎み、狩り始めるんだろうか。


 奴らを狩るならば、タクヤかラウラがこのコートを受け継ぐことになるだろう。


「ねえ、パパ」


「ん?」


「どうしてパパは・・・・・・転生者ハンターになったの?」


「―――――悪い転生者が許せなかったんだ」


 この世界では奴隷が売られているということは知っていた。手枷と首輪をされた奴隷が、商人たちに虐げられながら貴族に売られていく姿を何度も見たことがある。


 それも許せなかったが、一番許せなかったのは、俺と同じく奴隷がもう存在しなくなった世界からやってきた奴が、調子に乗って人々を虐げて奴隷にしていた事だ。強力な力を手に入れて調子に乗った人間はそんな事ができるのかと、人間を憎んだこともある。


 だから俺は彼らを狩り始めた。剣や刀で両断し、遠距離から狙撃して暗殺した。彼らが虐げていた人々を逃がし続けているうちに俺のレベルも上がり、転生者たちからは転生者ハンターと呼ばれるようになっていた。


 彼らからすれば、俺は同類を殺す異端者のような存在だったことだろう。


「最初に転生者と出会ったのは、ギュンターおじさんから故郷の仲間と妹を助けてくれって依頼された時だ。彼の街を占領していたのは転生者で、人々を奴隷にしていたんだ。その転生者はとても強くてな。パパとママたちは殺されかけたんだ」


 子供たちが話を聞きながらまた目を見開く。俺たちが殺されかけたという話が信じられないんだろう。


「俺はそんな転生者が許せなかった。人々を苦しめて楽しんでいるようなクソ野郎がな。・・・・・・だから、俺はそういう転生者を殺し続けた。何人も狩っているうちに、転生者ハンターと呼ばれるようになったんだよ」


「お父さん・・・・・・」


「お前たちの将来の夢は、冒険者になる事だったな」


「うん」


 魔物たちに襲撃される件数は減っている。これからは冒険者が大活躍するような時代になることだろう。新しい技術で作られる道具を駆使してあらゆるダンジョンを調査する冒険者が、これから主役になるに違いない。


 俺たちのように傭兵にはならなくていい。この子供たちには、世界を旅してきてほしい。


「いつか、お前たちも転生者と出会うことになるだろう。もしその転生者が悪い奴だったら―――――お前たちはどうする? 説得するのか? 見て見ぬふりをして素通りするのか?」


 この子たちは、まだ転生者が人々を虐げているところを見たことが無い。それに、俺と信也と李風以外の転生者にも会ったことはない。


「―――――クソ野郎なら、狩る」


「・・・・・・ほう」


 そう言ったのは、黙ってモリガンの制服姿の俺を見上げていたタクヤだった。ラウラは大人しいタクヤがそう言ったことに驚いているようだったけど、真っ直ぐに俺を見上げているタクヤの顔を見てから驚くのを止めた彼女も、俺の顔を見上げながら頷く。


 人々を虐げているような転生者は当然ながら説得は出来ない。だから彼らをぶち殺し、この世界から取り除くしかない。


 ならば、このコートはこの子供たちに託そう。


 子供たちの真っ赤な瞳を見つめながらそう思った俺は、黒いフードをかぶったまま頷いた。








 ポケットからフォールティングナイフを取り出し、髪留めで結んである後ろ髪を切り落す。かつては黒かった自分の髪を見つめた俺は、切り落した後ろ髪を左手から出した炎で燃やすと、短くなった赤い髪を触りながら寝室の枕元にそっと手紙を置いた。


 アリアに決闘状を渡されてから、ついに一週間が経過した。今から俺は魔界へと向かい、レリエル・クロフォードと決闘するのだ。


 手紙には、早朝から仕事が入ったから出かけてくると書いてある。本当のことを話せば妻たちを心配させてしまうだろうし、彼女たちもついてくるかもしれない。


 だが、これは一対一の決闘だ。


 それに、彼女たちは母親だ。もし俺が帰ってくることが無くても、子供たちを育てなければならない。


 ベッドの上で寝息を立てる妻たちの寝顔を微笑みながら見下ろした俺は、2人の頬をそっと撫でた。


「・・・・・・じゃあな、2人とも」


 妻たちが起きないか少しだけ心配だったが、頬を撫でても妻たちは眠ったままだった。寝相が悪いエリスは毛布を蹴飛ばしてエミリアの腕にしがみついているし、エミリアはたまに寝言を言っている。


 眠っている愛おしい妻たちにそう言った俺は、壁に掛けてある仕事用のスーツを身に纏うと、シルクハットをかぶってから部屋を後にした。手紙には仕事に行ってくると書いてしまったから、モリガンの制服で出かければ嘘だとバレてしまう。それにモリガンの制服はもう既に子供たちに託してある。


 部屋のドアをそっと閉めた俺は、隣にある子供部屋に立ち寄った。寝室と同じデザインのドアの向こうにあるベッドの上では、ラウラとタクヤが毛布をかぶったまま寝息を立てている。2人とも母親に似ているせいなのか、子供たちの寝顔はエリスとエミリアにそっくりだった。ラウラはエリスの寝相が悪いところまで受け継いでいるのか、同じベッドで眠っているタクヤにしがみつきながら幸せそうに笑って眠っている。


 2人の頭を静かに撫でた俺は、シルクハットをかぶり直してから子供部屋を後にした。


 決闘状には、既に魔界への地図が浮かび上がっていた。レリエルが書いてくれたのだろうか?


 魔界がある場所は、オルトバルカ王国の北東部に広がるザウンバルク平原らしい。かつてはダンジョンだった平原で、レリエルに世界が支配されていた時代には、生き残った騎士団たちがレリエルの眷族たちに最後の戦いを挑んだ古戦場でもある。


 人類が最後に戦った場所を魔界への入口に選んだのか・・・・・・。


 階段を下りながら端末を取り出し、レリエル用に用意した武器を次々に装備していく。背中にはロシア製セミオートマチック式アンチマテリアルライフルのOSV-96を背負い、腰の後ろには7.62mm弾を使用するアサルトライフルのSaritch308ARを装備。腰の左右にはプファイファー・ツェリスカをホルスターに収めた状態で装備し、近距離用武器の仕込み杖はそのホルスターの脇に下げておく。


 中に聖水の入った手榴弾を内ポケットにしまっておいた俺は、刀身を銀に変更したナイフをいくつか胸や肩に装備した。もちろん、スーツの袖の中には3年前の転生者戦争で勇者を異次元空間に叩き落としたブリティッシュ・ブルドッグを2丁隠してある。


 様々な種類の武器を身に着けた俺は、もう一度シルクハットをかぶり直しながら玄関のドアを開けた。


 ドアの外には人気のない真っ暗な通りが広がっているだろうと想像していたんだが、ドアの向こうに広がっていた想像通りの真っ暗な通りの前には、かつて俺が身に着けていたモリガンの制服に似たデザインの制服と真っ黒なベレー帽を身に着けた赤毛の幼女が居座り、腕を組みながら俺の顔を見上げていた。


「リキヤ、どこへ行くつもりじゃ?」


「・・・・・・仕事だ」


 そう言いながら端末の画面をタッチしてバイクを装備した俺は、右肩を回してからバイクに乗ろうとする。だが、回し終えたばかりの右腕をガルちゃんの小さな手に掴まれてしまった。


 振り払おうと思ったんだが、ガルちゃんの力は予想以上に強かった。幼女の姿になってもエンシェントドラゴンとしてのパワーは健在らしい。


「嘘をつくな。そんな重装備で仕事に行く紳士がいるわけが無かろう」


「・・・・・・」


「どこに行くのじゃ?」


 こいつには本当のことを話した方が良いかもしれない。


「・・・・・・レリエルに決闘を申し込まれた。今から決闘に行く」


「レリエル・クロフォードか・・・・・・。あの吸血鬼の小僧め」


 最古の竜であるガルゴニスからすれば、自分よりも遥かに後に生まれたレリエルは子供のようなものなんだろう。重装備の俺を見つめながら目を細めたガルゴニスは、腰の後ろから生えている尻尾を何度か揺らすと、俺の傍らに出現したバイクの後ろに腰を下ろした。


「ならば、私も連れて行くがいい」


「馬鹿を言うな。1人で来いと言われたんだぞ」


「私は最古の竜じゃぞ? ・・・・・・最古の竜として、吸血鬼の王と魔王の決闘を見届けさせてもらう」


 決闘には参加せずに、エンシェントドラゴンとして俺とレリエルの戦いを見届けるつもりなんだろう。


 ガルゴニスは頑固な奴だ。連れて行かないと言ってもついて来るだろう。それにこいつは俺が決闘に行くということを知ってしまった。妻たちに言われたら彼女たちに心配をかけることになってしまう。


 連れて行った方が都合がいいかもしれない。


「・・・・・・分かった。ついて来い」


「うむ、それでいい」


 にやりと笑うガルゴニス。俺は苦笑いしながらバイクに乗ると、エンジンを付けてから、暗い通りをライトで照らし出しながら北東へと向かって走り出した。


 ―――――レリエル、決着を付けよう。




 

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