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ペレット・サーベル


「どう?」


「いい剣だな。扱いやすいぞ」


 漆黒のサーベルを何度か素振りし、鞘へと戻してからエミリアはそれを腰へと下げた。少しだけ曲がった片刃のサーベルは、俺のペレット・ブレードのようにグリップや刀身も漆黒で、普通の騎士団が使っている剣のような装飾は全くされていない。


 彼女が持っているその剣は、俺がエミリアに端末を使って生産した剣だった。生産に使用したポイントは200ポイント。まだまだポイントはあるから問題はない。


 エミリアが生産したのはペレット・サーベルだ。俺のペレット・ブレードと同じく、グリップの中に1発だけ散弾を仕込んでいる特殊なサーベルで、グリップには散弾発射用のトリガーが装着されている。刀身の後ろ側の付け根には散弾の発射の際に使用する撃鉄ハンマーがあった。散弾発射用の銃口にライフルグレネードを装着すれば、そのライフルグレネードでも攻撃が可能という特殊なサーベルだ。


『エミリアさん、かっこいいです!』


「ふふっ。ありがとう」


 部屋の中に浮かんだ状態で姿を現したフィオナ。エミリアはどうやら、完全に彼女を怖がらなくなったようだった。それに、昨日の夜は、俺が風呂から上がった時も部屋で楽しそうに2人で話をしてたな。


 サーベルを腰から外してソファに腰を下ろすエミリア。その隣に甘えるようにフィオナが座ると、エミリアは彼女の頭を優しく撫で始めた。


 すっかり仲良くなったな。それに、よく怖がらなくなったよ。これでもう部屋の中でアサルトライフルを乱射されなくなるな。俺は部屋のベッドの枕元に置きっ放しになっている聖水入りの瓶を眺めながらそう思った。


 今朝からエミリアはあの聖水入りの瓶を部屋に置いたままにしておくようになった。すっかりフィオナを怖がらなくなったってことだな。


 俺は未だに決まらないギルドの名前を考えながら、腰のホルスターのレイジングブルを手入れしておこうと思ったその時、玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。もしかすると、また依頼だろうか? メンバーがたった2人で名前もまだ決まってないギルドに2日連続で依頼が来るってことは、昨日の戦いでかなり有名になったってことなのかもしれないな。


 俺とエミリアは椅子から立ち上がると、部屋のドアを開けて階段を降り始めた。フィオナもエミリアの傍らを宙に浮きながらついてくる。


 階段を降りる最中にもドアがノックされている音が聞こえてくる。俺たちは転ばないように気を付けながら階段を駆け下りると、玄関のドアを開けた。


 ドアの向こうに立っていたのは不安そうな表情を浮かべた1人の女性だった。目の下には涙の流れた跡がある。


「どうしたんですか?」


「魔物の群れをたった2人で倒したっていう傭兵ギルドはこちらですよね……?」


「はい、そうですけど……」


「お願いしたいことがあるんです」


「依頼ですね? 分かりました。どうぞ」


 俺は女性を屋敷に招き入れると、2階にある応接室へと向かって階段を上り始めた。後ろで女性が恐らく幽霊であるフィオナの存在に驚いたようだったけど、エミリアが「怖がらないでください。この子はいい子ですよ」と説明しているようだった。


 応接室のドアを開けて女性を部屋の中に招き入れる俺。部屋のドアを閉めてからソファに腰を下ろした俺は、早速女性から話を聞くことにした。


「それで、何があったんですか?」


「………私の主人も傭兵ギルドをやってるんです。昨日の夜に魔物を退治する依頼を受けてギルドの人たちと森に行ったんですが……まだ帰って来ないんです」


「森ですか? どこの森です?」


「北の方にある森です………。お願いです。主人を探してきてもらえないでしょうか?」


 ハンカチで浮かんだ涙を拭きながら女性は言った。今は魔物が狂暴化しているらしく、報酬を払うだけですぐに派遣できる戦力として傭兵ギルドが世界中で活躍している。この女性の夫も依頼を受けて夜中に森へと向かったらしい。


 俺もこの世界に転生してから何回も魔物と戦ったけど、殆どが群れで襲い掛かってきた。一番最初に戦った3体のゴーレムや国境を越える時に襲い掛かってきた狼の群れを思い出した俺は、もしかしたら女性の夫も魔物の群れに襲われたのではないかと考えた。


「分かりました。すぐに探しに行ってきます」


「本当ですか!? ありがとうございます………!!」


 ハンカチを目に当てて涙をこぼし始める女性。エミリアが女性に「安心してください。必ず助け出します」と言ったのを聞きながら、俺は今回の依頼に持って行く装備を考え始めた。


 今回の依頼はクライアントの女性の夫を森から連れ戻すことだ。魔物とも戦いにはなるかもしれないけど、森にはどんな魔物がいるのか分からない。エミリアが隣で森にはどんな魔物がいるのか女性に聞いたのが聞こえたけど、女性は「ごめんなさい、分からないです………」と答えた。


 昨日はクライアントの人にどんな魔物がいたのか聞くことができたけど、今回は分からない状態で森へと向かわなければならないようだった。







 ネイリンゲンの北の方には森が広がっている。その森を越えると山岳地帯が広がっていて、その山岳地帯の向こう側からは雪山になっているらしい。北の森はラトーニウス王国付近の森のように深くはなかったけど、俺たちが通ってきた森のように薄暗い。


 俺とエミリアは乗ってきた馬から降りると、森へと入る前に持ってきた装備を確認する。俺はアンチマテリアルライフルのOSV-96とアサルトライフルのAN-94を装備していて、腰の右側のホルスターにはスコープを装備した12インチのレイジングブルを装備している。あとは右腕のペレット・ブレードと左腕のパイルバンカーだ。


 エミリアはアサルトライフルのAN-94を装備していて、腰にはPDWパーソナル・ディフェンス・ウェポンのMP7を装備している。このMP7もエミリアに端末を貸した時に使ってみたいと彼女が言っていた銃で、銃の上にはホロサイトが装着されている。後は生産したばかりのペレット・サーベルを装備しているようだ。


「エミリア、これを。AN-94に装着しといた方が良いぞ」


「分かった」


 俺は彼女の分の銃剣をエミリアに手渡してから、自分のAN-94の銃口の脇に銃剣を装着した。エミリアが銃剣を装着したのを確認すると、俺は彼女に向かって頷いてから静かに森の中へと足を踏み入れる。


「フィオナ、私たちから離れるなよ?」


『わかりました』


 傍らで浮いているフィオナにそう言うと、エミリアも俺の後ろをついてきた。幽霊のフィオナまで連れて来たのは、彼女がこの森の事を知っているからだった。それに、彼女は生前に治療用の魔術を勉強していたらしい。致命傷を負ってもすぐに治療してもらえるのはありがたかった。


 木の根を踏み越えて森の奥へと進んでいく。足元の土を確認してみるけど、人の足跡は見当たらない。雑草に覆い尽くされ、木の根が突き出た地面が広がっているだけだった。


「そういえば、クライアントの夫の名前ってなんだっけ?」


「フランツさんじゃなかったか?」


「フランツさんか」


 フランツさんがギルドの仲間と森に入っていったのは昨日の夜9時頃らしい。今は午前10時頃だから、もう12時間以上も森から帰っていないことになる。


 AN-94の銃剣で目の前の邪魔な枝を叩き斬り、俺は警戒しながら前へと進んでいく。緊張して流れた汗が、頭にかぶったフードの中を流れ落ちた。


「………なあ、力也」


「ん?」


「………魔物の死体が見当たらないぞ」


「確かに………」


 この森はそれほど深くはない。俺はフランツさんたちがもっと奥で魔物たちを倒したんじゃないかと反論しようとしたけど、そろそろ森の中心に辿り着く頃だ。なのに周囲には魔物の死体なんて転がっていないし、血の臭いもしない。


 どういうことなんだ? 俺はAN-94を腰の後ろに下げると、背中に背負っていたOSV-96を展開し、狙撃補助観測レーダーのモニターを開いた。この狙撃補助観測レーダーは装着した武器の射程距離内の敵を察知してくれるというもので、アンチマテリアルライフルに装着されたこのレーダーは半径2km以内の敵をモニターに表示してくれる。このレーダーならば魔物やフランツさんたちを察知してくれるかもしれない。


 だが、モニターを覗き込んだ俺は、昨日のエミリアみたいに絶叫しそうになった。さっきまでフードの中を流れ落ちていた汗が一瞬で冷や汗に変わり、俺はすぐにモニターから目を離して叫ぶ。


「―――囲まれてるッ!!」


「!?」


『え!?』


 レーダーの反応では確かに囲まれていた。レーダーの中心の俺たちの周りに、赤い点が6つも表示されている。でも、周囲を見渡しても魔物は見当たらない。表示されている赤い点はやや大きめで、ゴーレムと同じ反応だ。


 だが、その魔物はどこにもいない。俺はOSV-96を折り畳んで背中に背負い、腰の後ろから銃剣を装着したサムホールストックのAN-94を手に取って警戒を続けた。


 前にはいない。左右にも見当たらない。背後はエミリアが警戒してくれているけど、彼女も無言のまま銃剣を装着したライフルで警戒を続けているという事は、エミリアも魔物を発見できていないという事だ。


 まさか、上か? ここは森の中だし、周りに生えている木も太い。重装備の俺が枝の上に乗っても折れる心配はないだろう。国境を越える前に襲ってきたフランシスカが、枝の上を飛び回っていたのを思い出しながら銃口を上へと向けた俺は―――エミリアたちへと叫ぶ代わりに、2点バースト射撃になっていたAN-94のトリガーを引いた。


 銃声が森の中に響き渡る。エミリアは俺の銃声と俺が銃口を上に向けていることから敵の居場所を知ったらしい。彼女も銃口を木の枝へと向けてトリガーを引こうとしたけど、俺に隠れていたのを見破られたその魔物は、エミリアに撃たれる前に木の枝から地面へと飛び降り、姿を現した。


「何だこいつは………!?」


「魔物なのか?」


 俺の2点バースト射撃でやられた1体を除く5体の魔物が、一斉に地面へと降り立って俺たちを取り囲んだ。堅そうな外殻に覆われた胴体と6本の脚を持つ蜘蛛のような姿で、体中には黒と紫の気色悪い模様が浮かんでいる。その胴体の部分だけで俺の慎重くらいの高さがあり、その胴体の前の方には外殻に覆われた人間の女性の上半身があった。気色悪い模様の外殻に覆われていないのは頭くらいだ。口の中には無数の牙が並んでいる。


 最初に2点バーストを喰らったやつは、どうやら2発ともヘッドショットだったらしい。木の枝の上から落ちてきた死体には、頭に2つの風穴があった。


『あ、アラクネです!』


「アラクネだと!?」


 この魔物はアラクネっていうのか。でも、確かフィオナはこの森にいる魔物は狼くらいだって言ってたような気がする。


「いくぞ、エミリア!」


「ああ!」


 俺はトリガーを引き、最初の1体と同じように2点バーストを目の前のアラクネの胴体へと叩き込む。だが、胴体に命中した2発の弾丸は、アラクネの胴体を覆っている外殻を貫通せずに弾かれてしまった。


 こいつ、防御力が高い!!


「エミリア、頭を狙え! 胴体は堅いぞ!!」


「分かった!!」


 俺はアラクネの胴体ではなく、銃口を頭へと向けてもう一度トリガーを引いた。アラクネの左目の下と額に風穴が空き、紫色の体液が木の幹へと降りかかる。そのままアラクネが崩れ落ちたのを確認した俺は、その左にいたアラクネへと向けてまたトリガーを引いた。1発目の弾丸が首を覆っていた外殻に弾かれたけど、2発目の弾丸が顎に命中。下顎を撃ち抜かれたアラクネが唸り声を発しながら俺の方へと突進してくる!


「!」


「力也っ!!」


 外殻に覆われた手で俺に掴みかかってくるアラクネ。俺はアラクネに掴まる前にAN-94の銃口の脇に装着した銃剣をそのアラクネの顔面に突き込んで止めを刺すと、銃から手を離し、右手のペレット・ブレードの刀身を展開した。カバーの中から真っ直ぐな片刃の刀身が出現し、その刀身が収まっていた部分の少し内側からグリップが展開する。


 俺はそのグリップをしっかりと握ると、ジャンプしながら刀身を振りあげる。背後から俺に襲い掛かってこようとしていたアラクネの頭へと振り下ろした。


 漆黒の刃がアラクネの頭を一刀両断する。頭を真っ二つにされたアラクネが崩れ落ち、噴き出した紫色の体液がペレット・ブレードの漆黒の刀身を紫色に染め上げた。


「エミリア、そっちは?」


「2体倒したぞ」


 アラクネの顔面に突き刺したペレット・サーベルの刀身を引き抜きながら答えるエミリア。どうやら彼女の方を狙った2体のアラクネはもう倒したらしい。エミリアの周りには顔面に何度も2点バースト射撃を喰らったアラクネと、顔面をサーベルで貫かれたアラクネの死体があった。


「フィオナ、大丈夫か?」


『は、はい………!』


 震えながら俺にしがみついてくるフィオナ。俺はペレット・ブレードの刀身をカバーの中に戻してから、彼女の頭を優しく撫で始めた。


「こんな魔物が森の中に………」


 俺たちの周りに転がるアラクネたちの死体を見つめながら呟くエミリア。もしこんな魔物がフランツさんたちに襲い掛かっていたのだとしたら、もうフランツさんたちのギルドは全滅しているかもしれない。


 俺はアラクネの死体に突き刺した銃剣付きのAN-94を引き抜くと、ライフルを構えながら、エミリアとフィオナと共に森の奥へと向かった。





 

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― 新着の感想 ―
[一言] 騙して武器奪う展開かと…。 違いましたね。
[良い点] 各話のボリュームが多くて読み応えがあります^^ [気になる点] 初めて読んだ時は気にしてなかったけど 憲兵が報酬の話全くしないでわかりました!って飛び出してくってなかなかだよなぁ...
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