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魔王たちの反撃

 剣の切っ先が勇者を斬りつける直前に、奴は再び瞬間移動で一気に距離を取った。おかげで俺とエミリアが同時に振り下ろした剣は空振りし、刀身の長いエミリアの剣は床に叩き付けられてしまう。


 剣戟を躱されたエミリアが舌打ちをする。どうやら彼女も本気で剣を振り下ろしていたらしい。あと少しで命中するところで回避された事と、天城のあの嘲笑にイライラしているんだろう。


 奴の目的は核ミサイルの発射だ。このまま核ミサイルの発射まで逃げ回るつもりなのかもしれない。


 そう思ってまた距離を詰めようとしていると、天城はまたしてもあの弾数が無限になっているマテバ6ウニカをホルスターから引き抜いた。拙い、また.454カスール弾のフルオート射撃が襲いかかってくる!


 俺は咄嗟にエミリアの肩を突き飛ばし、反対側へとジャンプしていた。そのまま壁に向かって猛ダッシュしつつ、エミリアも回避していることを確認すると、両手に持っている杖を連結させて元の状態へと戻し、左手でプファイファー・ツェリスカを引き抜いた。


 壁に激突する寸前でジャンプし、空中で勇者に照準を合わせる。あいつは俺たちを弾丸で撃ち抜くことに夢中なのか、まるで対空機関砲のように両手のリボルバーを突っ立ったまま連射している。命中させるのは容易いだろう。


 あいつはチートという最低の能力を持っている。ステータスは全てカンストしているし、弾薬も減ることはない。もちろん銃の弾数は無視だ。だから6発しか装填できない筈のリボルバーでも、マシンガンのように連射できる。


 だが、さすがに射撃の技術まではチートで誤魔化せはしない。それに、スタミナもだ。スタミナは端末で強化されるステータスの項目の中には含まれていないから、自分で鍛えるしかない。レベルが高い転生者でも息切れをすることはあるんだ。


 だから、ステータスでは勝負はしない。この異世界に転生し、戦い抜いてきた傭兵としての技術で勝負するしかない。


 逃げ回るだけだと思っていたのか、いきなり反撃されたことに驚いた天城は、射撃を中止してまた瞬間移動で弾丸を回避。俺がせっかくぶっ放した.600ニトロエクスプレス弾は奴の肉を抉り取らずに、そのまま硬い床の表面を抉り取ってしまう。


 撃鉄ハンマーを元の位置に戻して次の弾丸の発射体勢を整えつつ、瞬間移動を終えたばかりの勇者を探す。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 勇者の位置は、俺ではなく治療を終えて攻撃を再開したエリスの雄叫びが教えてくれた。


 今の俺が向いている方向から見て9時の方向。この広間の入口の反対側だ。どうやら瞬間移動で逃れた地点が丁度エリスの近くだったらしい。


 愛用のハルバードを構え、パイルバンカーが内蔵されている特異な得物を突き出すエリス。彼女が突き出したハルバードの切っ先から銃声が轟き、杭になっている切っ先が更に前へと突き出される。


 ハルバードからパイルバンカーが突き出てくると予測できなかった勇者は、後ろに少しジャンプしている最中に、腹をエリスのパイルバンカーで貫かれる羽目になった。勇者のステータスはカンストしているらしいが、彼女のパイルバンカーは弾かれることなく勇者に腹にめり込むと、そのまま内臓をズタズタにしながら奴の身体を貫通。勇者の足元の床を血で真っ赤に染めた。


「油断するからよ、お馬鹿さん」


「ちっ・・・・・・! 転生者でもないくせに、調子に乗りやがって・・・・・・」


 エリスに向かってそう言う勇者。不機嫌そうな表情で呻き声を上げながら強引に腹からパイルバンカーを引き抜いた天城は、再び瞬間移動でエリスの目の前から消滅する。


 どうやらチートを使っていても、痛みは残っているらしい。


 安心したぜ。


「エリス、大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ。・・・・・・それにしても、あの能力は?」


「瞬間移動だ。しかも弾丸の数まで減らねえ」


「何よ、それ」


「最低な能力だ」


 だが、俺たちはチートを使っているあの野郎をぶち殺さなければならない。つまり、あのチートに打ち勝たなければならない。


 ブラックリストに登録して隔離してやりたいところなんだが、残念ながらこの端末にはブラックリストという機能はない。だからチートを使われても、実力で反撃するしかない。


 プファイファー・ツェリスカのシリンダーの中から今のうちに空になっている薬莢を取り出し、新しい.600ニトロエクスプレス弾を装填しておく。大型のリボルバーの銃身をくるりと回してから握り直した俺は、エリスから距離を取ったクソ野郎を睨みつけた。


 早速弾丸をぶち込んでやろうと思って照準器を覗き込んだ瞬間、俺はいつの間にか天城の腹に開いていた筈の大穴が塞がっていることに気が付いた。確か、みぞおちの下の辺りに今しがたエリスにパイルバンカーで貫かれた大穴が開いている筈だ。だが、天城の腹には全く傷がついていない。傷だけではなく、貫かれた際に付着した筈の血痕もない。真っ白な制服のままだ。


 まさか、再生能力まで持っているのか? 


「くそったれ・・・・・・!」


 レリエルも再生能力を持っていた厄介な相手だったが、こいつの場合はレリエルと違って弱点が無い。レリエルならば様々な弱点で同時に攻撃すれば再生能力を奪い去る事ができるんだが、こいつの場合は奪い去る事ができない。人間だから銀の弾丸を撃ち込んでも意味はないし、光属性の魔術で攻撃しても再生能力が鈍るわけではない。


 勇者は左手で風穴が開いていた筈の自分の腹に触れると、不機嫌そうな表情でこっちを睨みつけてきた。最強の転生者である自分にあんな傷をつけたエリスの事が許せないんだろうか。


 沸点は低いみたいだな。


 エリスもそれを察したらしい。一瞬だけにやりと笑って俺の方を見ると、頷いてからハルバードをくるりと回した。


「あらあら、最強の転生者ってこんなものなの? 転生者ですらない女に風穴を開けられるなんて・・・・・・。あなた、本当に魔王を倒した勇者なの?」


「何だと・・・・・・!?」


 やっぱり、沸点が低い。ガキと同じだ。


「どうするの? まだかかってくるの? だったら、お姉さんがもっと風穴を増やしてあげるわよ?」


「黙れッ!」


 リボルバーをホルスターの中に戻し、剣の柄に手をかける天城。おそらくまた瞬間移動でエリスの目の前に現れる筈だ。あんなに挑発したエリスに攻撃を集中させるに違いない。


 やれやれ。俺は無茶をする悪い癖のある夫だが、俺の2人目の妻も無茶をする悪い癖があるみたいだ。


 エリスに向かって叫んだ天城の姿が消える。彼の姿が見えなくなった直後、エリスの目の前にいきなり白いマントを纏った勇者が、バスタードソードを引き抜いた状態で現れた。


 散々挑発された怒りをエリスに叩き付けるつもりでやってきたらしい。だが、俺たちの怒りはお前の怒りほど小さくはない。お前は自分を馬鹿にされた程度だが、こっちはそんな沸点の低いガキに多くの仲間を殺されているんだ。


 そんなちっぽけな怒りじゃねえんだよ。


「ガッ!?」


 瞬間移動で姿を現した天城の方を振り向かず、正面を睨みつけたまま左手のリボルバーの銃口だけを天城の側頭部に押し付ける。誘い出されたのだと天城が察するよりも先にトリガーを引き、至近距離で奴の頭に.600ニトロエクスプレス弾を叩き込んだ俺は、素早く撃鉄ハンマーを元の位置に戻してもう一度トリガーを引く。


 もしかしたらステータスに差があるせいで、この大口径の弾丸が通用しないのではないかと思ったんだが、奴の返り血を浴びた瞬間にその不安は消滅することになった。


 砕け散る頭の破片。肉片が降りかかり、俺の迷彩服が真っ赤に染まる。


 頭が消滅した天城の手からバスタードソードが床に落下し、銃声の残響の中に金属音を加える。


「エミリアちゃん!」


「ああ、姉さん!」


 おそらく、頭をぶっ飛ばされても再生するに違いない。エリスもそう判断したらしく、すぐにハルバードを構えてエミリアと共に追撃を始めた。


 得物を落として丸腰になった天城の身体を、エリスのハルバードが容赦なく貫き、エミリアの素早い剣戟があっさりと両断していく。切り落された片腕が地面に落下し、肉片と共に砕け散った肋骨の破片が床を真っ赤に汚していく。


 連続で攻撃を加えているうちに、エリスのハルバードが段々と氷を纏い始めた。漆黒の柄や斧の部分が蒼白く美しい氷に包まれ始め、ついにパイルバンカーを内蔵している先端部まで蒼白く染め上げられてしまう。


 柄の長い武器であんな素早い連続攻撃を繰り出している最中だというのに、エリスの魔力の調節はかなり正確だった。武器に炎や氷などを纏わせる場合、魔力を流し込み続ける必要があるんだが、その量を間違えると全く武器に変化が現れなかったり、武器が破損する恐れがある。だが騎士団の頃から氷を纏わせて戦うのが得意だったエリスからすれば、きっと朝飯前なんだろう。


 その隣で大剣を振るい続けるエミリアの得物も、徐々に蒼白い電撃を纏い始める。大剣を握る彼女の手から大剣へと流れ込んだそれは、少しずつ刀身を侵食しながら切っ先へと伸びていき、ついに切っ先を呑み込んで輝き始める。


 エミリアはエリスの遺伝子を元に生み出されているため、遺伝子的には全く同じ人間だ。だから心臓の一部を移植することになった時、彼女の身体はエリスの心臓をまるで自分の心臓だったかのようにあっさりと受け入れてしまった。


 遺伝子的には、あの2人は全く同じなんだ。普通の姉妹というよりは双子に近い。


電皇でんこう―――――」


「―――――雪花せっかッ!!」


 2人がそう叫んだ直後、もうボロボロになっていた天城の肉体に、氷と冷気を纏ったハルバードの切っ先と、高圧電流を纏った大剣の切っ先が同時に突き刺さった。吹っ飛ばされた頭や腕を再生している最中だった天城は姉妹が同時に放った大技で吹き飛ばされ、先ほどエリスが壁に叩き付けられた時のように、壁に埋め込まれているモニターに叩き付けられてしまう。


『2人とも、離れてくださいッ!』


 フィオナの声を聞き、技を繰り出したばかりのエリスとエミリアがそれぞれ左右にジャンプした。フィオナが離れろと2人に言ったのは、天城が再び再生して反撃してくるからではなく、自分がこれから放つ大技に2人を巻き込まないためのようだ。


 杖を構えるフィオナの目の前には、いつの間にか巨大な白銀の魔法陣が出現していた。中心には太陽のような記号が描かれていて、その周囲には複雑な文字がまるで太陽から吹き上がるフレアのようにいくつも描かれている。


『――――ライト・プロミネンス!!』


 彼女が詠唱を終えた瞬間、その巨大な魔法陣の中心から、全ての光を呑み込んでしまうほどの凄まじい白銀の輝きが、残光をフレアのように周囲に纏いながら飛び出し、モニターの画面に叩き付けられて身体を再生させている最中だった天城を呑み込んだ。


 モニターを融解させ、コンクリートの壁をあっさりと突き破ったその光は、そのまま壁の外に広がっていた土と岩石の壁を次々に融解させて消滅していく。


 白銀の光がやっと残光へと変わり始めた中でゆっくりと目を開けた俺は、指令室の壁に開いた荒々しい大穴を見てぎょっとしながら、天城がいないか探した。少しだけ、今の一撃であのクソ野郎が消滅してしまったのではないかと思ったんだが、あいつは瞬間移動ができる。おそらく今の一撃も、瞬間移動で躱せるはずだ。


「――――すごい魔術だねぇ」


 その声を聞いた俺は、舌打ちをしながら声の聞こえた方向を振り返った。


 今の一撃を喰らって消滅したと思っていた忌々しい勇者は、先ほどエリスとエミリアに散々攻撃を叩き込まれてズタズタにされた体の再生をもう終わらせて、まるで最初にここで遭遇した時のような状態で広間の中心に立っていた。


 やはり、今の一撃を何とか瞬間移動で回避したらしい。先ほどのような嘲笑はしていないが、まだ追い詰められたわけではなさそうだ。


 もう一度ズタズタにしてやろうと、リボルバーの銃口を天城へと向けたその時だった。


『ミサイル発射まで、あと4分』


「なっ・・・・・・!?」


『ミサイルが・・・・・・!?』


 何だと? ミサイルの発射準備が始まっている!?


 李風たちは、まだ制御室に到着していないのか!?


 今のアナウンスに動揺した俺は、片手のリボルバーを動揺する俺を見て再び嘲笑する天城へと向けながら、耳元の無線機に向かって叫ぶ。


「おい、李風! ミサイルが―――――」


『ええ、分かっています!』


 無線機から聞こえてきたのは、李風の返事だけではなかった。必死に指がキーボードをタッチする小さな音と、弾丸が壁に当たって跳弾する音。敵の増援だと叫ぶ海兵隊員の怒声に、無数の銃声。


 おそらく彼らはもう制御室に辿り着き、ミサイルを阻止するために制御装置の操作を始めているんだろう。銃声が聞こえてきたのは、制御室を奪還しようとしている敵兵に応戦しているからにちがいない。


『ですが、ミサイルの発射準備が止まらないんです!』


「どういうことだ!?」


『分かりません! 制御装置のハッキングを試みているのですが・・・・・・!!』


 ミサイルの発射が阻止できないということか!?


『でも、ミサイルの攻撃目標を変更する事ならばなんとかできるかもしれません!』


 ミサイルの攻撃目標を変更するだと? だが、ミサイルがどこかで爆発すれば、今度はその着弾した周囲が放射能まみれになるんだぞ? ネイリンゲンのようになってしまう!


「何を考えている!? ミサイルが地上に着弾したら―――――」


『ええ。ですから、そのまま宇宙に打ち上げてしまうんです!』


「宇宙に・・・・・・!?」


 なるほど。宇宙空間まで打ち上げてしまえば、当然ながら地上に落下することはない。ミサイルの発射を阻止することは出来ないが、その核ミサイルでどこかを攻撃するという勇者の計画を滅茶苦茶にしてやる事ができるぞ!


 せっかく部下に用意させた核兵器を、台無しにしてやろう!


「よし、今すぐそうしてくれ! こっちはとっとと勇者を片付ける!」


『了解ッ!!』


 頼むぞ。あと4分以内に攻撃目標を書き換える事ができれば、核ミサイルは宇宙へと飛び去って行く。勇者の計画は台無しになる。


「なるほど、あの時の雑魚共が味方なのか」


「何だと?」


「今の声は副司令官の中国人かな? 司令官はお前が殺したんだろ?」


「・・・・・・」


「確か、如月だっけ? 弱いくせに雑魚を庇っててさぁ・・・・・・みっともない転生者だったよ。でも、彼が存在価値のない雑魚を引き受けてくれたおかげで、強い奴を探すのは簡単だったけどな。アッハッハッハッハッ!!」


 ――――俺の友達を馬鹿にするんじゃねえ。


 リョウが雑魚だと? みっともない転生者だと? 


 確かにあいつは高校で虐められていた。だが、あいつは立派な奴だ。自分みたいに虐められている他の生徒を助けたり、よく相談に乗っていたから、同じように虐めを受けていた生徒や後輩からはかなり慕われていた。


 みっともないわけがないだろう。一番みっともないのはあいつじゃない。チートという最低な能力を使って最強の転生者を気取っているてめえだ。


「あれ? 魔王様、怒ってるの? あ、もしかしてお友達だった? アハハハハハッ。あんなみっともないのがお友達だったのかぁ。道理であんたもみっともないわけだ」


「―――――やかましいッ!!」


 プファイファー・ツェリスカをホルスターの中に戻した俺は、そのまま姿勢を低くすると、天城に向かって全力で走り始めた。


「あっ、力也ッ!」


「ダーリン、無茶よ!」


『力也さん、ダメですッ!!』


 確かに無茶だろう。無茶をするのは俺の悪い癖だ。妻を心配させてしまうからな。


 だが、俺はこいつが絶対に許せない。ネイリンゲンであんなに人を殺した上に、俺の大切な友人を利用した上に馬鹿にしやがった。


 こいつのせいだ。こいつのせいで、リョウは核兵器を手にする羽目になった!


「お友達を馬鹿にされてキレたか」


 相変わらず俺を嘲笑する天城は、突っ走ってくる俺を見下したまま、右手をそっとかざした。その右手には何も持っていない筈なんだが、あいつは何をするつもりなんだろうか?


 警戒しながら傷だらけの床の上を突っ走っていると、いきなり目の前の天城の頭上に、屈強なキャタピラと巨大な砲塔を装備した迷彩模様の戦車が姿を現した。


 奴が頭上に出現させたのは、ドイツ製重戦車のティーガーⅡ。かつて第二次世界大戦中にドイツ軍が使用していた最強の重戦車で、アメリカ軍とソ連軍の戦車を蹂躙し続けた獰猛な兵器だ。


 そのティーガーⅡが、天城の頭上に浮遊している。奴は端末を取り出したわけではないようだから、おそらくこの戦車を出現させたのもチートなんだろう。


 すると、天城の頭上のティーガーⅡがいきなり回転を始めた。どうやらあの重戦車は自分が乗り込むために出現させたわけではないらしい。


 何のためのあの戦車を呼び出したのか理解した俺は、走り続けながら体内のサラマンダーの血液の比率を90%まで引き上げた。俺の身体中の欠陥を流れる血液がほぼサラマンダーの血液に変貌し、勝手に俺の身体が赤黒い外殻に呑み込まれていく。


 筋肉が少しだけ盛り上がり、指の爪が長くなる。


「ほら、ミリオタ野郎! プレゼントだッ!!」


 ありがたいね。第二次世界大戦中の戦車の中で、俺が一番好きな戦車じゃないか。しかも砲塔は丸いポルシェ砲塔型。


 天城の頭上で回転していたティーガーⅡ(キングタイガー)が、更に速く回転しながら、まるで放り投げられたボールのように俺に向かって突っ込んできた!


 ティーガーⅡの重量は約70t。そんな重戦車に踏み潰されれば、転生者でも容易く叩き潰されてしまうだろう。


 だが、俺はそのまま飛来してくる戦車に向かって走り続けた。目の前にポルシェ砲塔を搭載したティーガーⅡのがっちりした巨大な車体が接近してくる。


 咄嗟に空中で首を左に倒し、顔面を直撃しそうだった8.8cm砲の巨大な砲身を躱した俺は――――外殻で覆われた右手の拳で、思い切り重戦車の正面装甲を殴りつけた。


 アメリカのM4シャーマンやソ連のT-34の主砲を容易く弾き続けてきた分厚い正面装甲。いくら転生者でも、素手で粉砕できるわけがない。だが、今の俺は普通の転生者ではなくなっている。人間の血とサラマンダーの血を併せ持つ怪物へと変貌しているんだ。


 赤黒い外殻で覆われた拳が正面装甲に触れた直後、まるで砲弾が装甲にぶつかるような重々しい轟音が広間の中に響き渡った。


 俺の拳が弾かれた音ではない。――――俺の拳が、ティーガーⅡの正面装甲にめり込んだ音だった。


 そのまま右手を正面装甲から引き抜き、今度は左手の拳を叩き込む。砲弾を何発も弾き飛ばして来た正面装甲に瞬時に2つ目の大穴が開き、またしても広間の中に砲弾が正面装甲に激突するような轟音が響き渡る。


「УРааааааа(ウラァァァァァァ)!!」


 何度も両手の拳を正面装甲に叩き付け、引き戻す。瞬く間に俺に向かって飛来してきた重戦車の正面装甲が穴だらけになり、装甲に亀裂が走り始める。


 やがて、戦車の装甲が砕け散った。


 無数の迷彩模様の破片が飛び散る中で戦車の砲塔の上を飛び越えた俺は、戦車に向かって悪あがきをしていると思い込んでいた天城を見下ろしながら、足元の砲身から伸びている8.8cm砲の砲身を掴む。


 きっと天城が目にしている俺の姿は、頭から2本の角を生やし、全身を赤黒い外殻で覆われた、人間とサラマンダーが融合したような姿の怪物だろう。


 7年前のガルゴニスとの戦いで、ガルゴニスを圧倒した姿。仲間たちやガルゴニスはこの姿を『ヤークト・サラマンドル』と呼んでいた。


 あの時は理性を失って暴走してしまったが、今ではもうサラマンダーの血液と共生する事ができているため、暴走することはない。この力を制御できるように進化している!


 戦車の上に乗っている俺の姿を見てぎょっとする天城。俺はお返しにあいつを嘲笑しながら見下すと、掴んでいた戦車砲の砲身を、砲塔の中の発射装置ごと思い切り引っこ抜いた。装甲が千切れ飛ぶ金属音が轟く中で、砲弾が装填されている状態の砲身をハンマーの用に担いだ俺は、そのまま崩壊していくティーガーⅡの砲塔の上からジャンプし、こちらを見上げている天城に向かって、その砲身をハンマーのように振り下ろす!


「УУУУУУУУУУУУУУУУУУРаааааааааааааааааааааааааааа(ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥラァァァァァァァァァァァァァァァァッ)!!」


「くっ!」


 またしても瞬間移動。天城が俺の真下から姿を消し、広間の反対側へと一瞬で移動する。


 だが、俺はそのままティーガーⅡの砲身をコンクリートの床に叩き付けた。その瞬間、発射装置の中に装填されていた砲弾が弾け飛び、亀裂の入っていた砲身から爆風が火柱のように飛び出し始める。


 床の上で生じた砲弾の爆発。その爆発は、砲身を振り下ろした俺を容赦なく呑み込むと、外殻で覆われた俺の身体を衝撃波で壁の方へと吹き飛ばす。


 いつもならば義足のブレードを地面に突き立てて踏ん張るんだが、今日は全く踏ん張らなかった。むしろジャンプして爆風にわざと吹き飛ばされ、凄まじい速度で壁へと向かって破片と共に飛んでいく。


 俺が吹っ飛ばされていく方向に、瞬間移動して逃げたばかりの天城がいるのだから、わざわざ爆風を耐えてから追いかける必要はなかったんだ。


「ばっ、馬鹿な!? 爆風で―――――」


「ガァァァァァァァァァッ!!」


 無数の破片と共に爆風で吹き飛ばされた俺は、右手の拳を握りしめると、再び瞬間移動で別の場所へと逃げられる前に、慌てふためいているクソ野郎の顔面に向かって外殻で覆われた右手の拳を突き出していた。


 顔面の骨が砕け散る音が聞こえる。天城の頬にめり込んだ俺の拳は容赦なく天城の頭の骨を木端微塵に粉砕すると、再び天城の身体を壁へと叩き付けてしまう。コンクリートの壁に叩き付けられた天城は、戦闘の影響でボロボロになっていた壁を突き破ると、その壁の向こうにあった別の空間へと吹き飛ばされていった。


 どうやらこの壁の向こうには核ミサイルが鎮座するミサイルサイロが広がっているらしい。天城が開けた大穴の向こうには、巨大な縦穴の中心に鎮座する金属の巨大な柱のような核ミサイルの巨体が見えた。


「――――хорошо(ハラショー)」


 壁の向こうにあったミサイルサイロへと吹っ飛ばされていった天城を見下ろし、俺はそう呟いた。


   


 



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