激昂と怪物
「航空隊は善戦しているようですね」
レーダーを見つめていると、隣に立っていた副長がそう言った。この空母から飛び立った直掩部隊はたった20機。現時点では直掩機が2機撃墜されており、現在は味方のPAK-FAと共にドッグファイトへと突入している。
敵の航空機の数は約600機。攻撃機を護衛する戦闘機だけでも500機以上はいるだろう。航空部隊が空対空ミサイルで何機も撃墜し、艦隊に接近してきた奴らをシースパローで海の藻屑にしても、まだまだ敵の方が数が多い。
「大丈夫だよ。こっちにはエースパイロットがいる」
兵器を操る才能のある女性が、今も敵の無数の編隊の中を駆け回っている。F-22に乗ったばかりだというのに、模擬戦で李風さんの部下たちを何度も撃墜している天才。37mm機関砲を搭載したシュトゥーカで、飛竜の撃墜に成功したエースパイロットがいる。そして彼女が操るのは、アメリカが生んだ傑作ステルス戦闘機だ。
レーダーには、奮戦する直掩部隊の反応と無数の敵の反応が写しだされている。その中で1機だけ、凄まじい勢いで敵を撃ち落し続けている反応があった。
コールサインはヴェールヌイ1。やっぱり、ミラの機体だった。
もう既にドッグファイトで敵機を7機ほど撃墜しているようだ。彼女の前を飛んでいる敵機の反応が恐ろしい速さで消滅し、ミラの獰猛なF-22が次の目標へと喰らい付いていく。
敵の数が多過ぎるから、きっとみんな帰ってきたらエースパイロットになっているだろうね。
「――――艦長、敵攻撃機が直掩部隊を突破!」
やはり、少数の直掩機と味方の航空部隊で600機もの大軍を押し戻すのは不可能だったか・・・・・・。エセックス級空母アヴェンジャーのCICの中で、移植したばかりの義手を痙攣させながら握りしめた僕は、目の前のレーダーを睨みつけた。
奮戦する直掩部隊の頭上をどさくさに紛れて突破してきたのは、F-35Bの編隊。数は5機ほどだ。
「トラックナンバー01から05より、ミサイルが発射された模様! これは・・・・・・・・・ハープーンです! 目標は本艦です!」
空母にハープーンミサイルの集中砲火か。なんということを。
このエセックス級空母は近代化改修がされているとはいえ、設計されたのは第二次世界大戦中。旧式の空母だ。ハープーンミサイルが1発でも直撃すれば致命傷になるし、格納庫の中で火災が発生すれば、艦載機用のミサイルや燃料に引火して大爆発することになる。
だから何としてもあのミサイルは迎撃しなければならない。それにここで撃沈されてしまったら、直掩部隊が着艦できない!
「ECMを展開しつつ回避運動! 全艦、対空戦闘! シースパローミサイル、発射用意!」
「目標、トラックナンバー06から15! シースパロー、斉射!!」
空母の巨体が少しずつ右へと回り始める。アヴェンジャーの動きに合わせて、並走する駆逐艦と巡洋艦も同じように回避運動を取りつつ、シースパローミサイルでハープーンの迎撃を開始する。
ミラたちが頑張っているんだ。僕たちが真っ先に沈むわけにはいかない。
接近してくるミサイルの反応へと向かっていくシースパローの反応を睨みつけながら、僕はそう思った。
オレンジ・ビーチに転がっているのは、敵兵の死体ばかりだった。
ギュンターの援護のおかげで犠牲者を出さずに海岸のトーチカを突破する事ができた俺たちは、ファルリュー島の中央へと向かってジャングルの中を進んでいた。
ジャングルと言っても、殆ど木は残っていない。味方の爆撃のせいで焼き払われてしまったため、俺たちの目の前に広がっているのはジャングルの残骸と、真っ黒に焦げた敵兵の死体だけだった。中には彼らがせっかく用意した対空機関砲の砲台もあったんだけど、MOABの衝撃波のせいで機銃の銃身はひしゃげている。
これならば、このままミサイルサイロまでたどり着けるんじゃないか? 俺はそう思ったんだが、俺たちの目の前から聞こえてきた銃声と叫び声が、容赦なくその考えを木端微塵に粉砕してくれた。
「敵襲! 12時方向ッ!!」
さっきの爆撃の生き残りだろうか? それとも、中心部からの増援か?
とにかく、こいつらを無視して行くことは出来ない。ここで殲滅してからミサイルサイロへと向かう必要がある!
「コンタクトッ!」
セレクターレバーをフルオート射撃からグレネードランチャーへと切り替えた俺は、焼け野原と化したジャングルの向こうから現れた敵兵の群れへと43mmグレネード弾をお見舞いし、ハンドグリップを引きながら素早く3点バースト射撃へと切り替えた。
どうやら敵兵にはさっきの爆撃の生き残りも混じっているらしく、顔中に何かの破片が突き刺さり、火傷の痕もある兵士が何人かいるのが見えた。
それがどうした。
そんなに傷だらけだからって容赦するつもりはない。お前たちはネイリンゲンで何もしていない民間人をあんなに虐殺したんだ。
「ネイリンゲンの仇討ちだ! 皆殺しにしろッ!!」
味方の銃撃が始まる。ネイリンゲンで仲間を焼き殺された恨み。あの街に住んでいた恋人を殺された悲しみ。そして今まで奴らに利用されていたという怒りが、俺たちの力を増幅しているようだった。もしかしたら銃弾に貫かれ、死んでしまうかもしれないという恐怖を、次々に噴き出てくる怒りがたちまち喰い尽してしまう。
この戦いは復讐でもある。失ったものを取り戻すことは出来ないが、奴らから同じように奪い取ることは出来る。
だから理不尽に。そして徹底的に。
俺たちも、奴らから奪い尽してやる。
3点バースト射撃を敵兵の腹に叩き込み、その後ろにいた奴の顔面にも7.62mm弾の3点バーストをお見舞いする。原形を留めないほど頭をぐちゃぐちゃにされて崩れ落ちる敵兵の死体を蹴飛ばし、義足のブレードを展開してから足元で呻き声を上げている敵兵の頭を踏みつける。鮮血と敵兵の肉片で迷彩服を真っ赤に染めながら雄叫びを上げ、前へと進んでいく。
海兵隊員たちも容赦がなかった。銃弾を腹に撃ち込まれて倒れていた敵兵にも止めを刺し、武器を捨てて降参しようとしている兵士の頭を躊躇せずに撃ち抜いている。
大切なものを奪われた怒りが、躊躇をかき消していた。
「力也!」
「!」
大剣で銃剣突撃をしてきた敵兵の胴体を真っ二つにしていたエミリアが、前方を指差しながら叫んだ。また敵の増援かと思ってそちらの方を見てみると、焼け焦げた巨木が倒れている向こうに、2mほどの深さの通路のような溝が掘ってあるのが見えた。爆風で何ヵ所かは埋まっているが、その溝に隠れた敵兵たちが機関銃を構え、こっちに向かって連射を始めている。
塹壕か。おそらく上陸してきた俺たちをあの塹壕で迎え撃つつもりだったんだろう。
後方で敵兵を蹂躙し続けている海兵隊員たちに伏せろと指示を出そうとしたんだが、塹壕から飛び出てきた敵兵たちの攻撃が予想外だったため、俺は指示を発する事ができなくなってしまった。
「勇者様、バンザァァァァァァァァァァイッ!!」
「バンザァァァァァァァァイッ!!」
「は・・・・・・!?」
塹壕の中から、銃剣を装着したアサルトライフルを構えながら、無数の敵兵が一斉に突っ込んできたんだ。
まるで日本軍の突撃だ。あまりにも無謀過ぎる。しかも、よく見ると銃を持って突っ込んで来ている兵士たちは転生者たちばかりではないらしい。中には長い耳のあるエルフやハーフエルフも混じっていたし、背の低いドワーフの兵士もいた。
こいつらも勇者に味方をしているのか? それとも、転生者たちに脅されてこんな無謀な突撃をやらされているのか?
「バンザイアタックだッ!!」
AK-47に銃剣を装着して突っ込んできたエルフの兵士の頭を撃ち抜きながら、俺は先ほど指示を出そうとした代わりにそう叫んだ。
こいつらは、敵だ。躊躇している場合ではない。
そうだ、容赦をするな。こいつらがネイリンゲンに核を落としたんだ。ここで躊躇すれば子供たちに会えなくなる。
殲滅しろ。蹂躙して生き延びろ。
「力也、なんだこれは!?」
「落ち着け! 撃ちまくるんだ!!」
敵の数がこっちよりも多い。おそらく、この馬鹿げた突撃をやっている敵兵の数は700人前後だろう。260人の海兵隊に向かって、倍以上の兵士たちがバンザイアタックを仕掛けてきているんだ。
くそ、何だこいつらは? 日本軍の亡霊か!?
「ぐあっ・・・・・・!!」
「西田ぁッ!!」
「!!」
突っ込んで来る敵兵を迎え撃っていると、俺の左側から若い呻き声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。空になったマガジンを取り外しながらちらりとそちらを見てみると、M249パラトルーパーを装備していた海兵隊員が胸を押さえながら崩れ落ちているところだった。
確か、あの兵士はさっき浜辺でトーチカに向かってLMGを撃ち返していた勇敢な射手だ。バンザイアタックを仕掛けてきた敵兵を迎え撃っている間に、後方の塹壕の敵兵から狙撃されてしまったらしい。
フルオート射撃で銃剣を装着したM4を持って突っ込んできたドワーフを木端微塵にしてやった俺は、その倒れた隊員の元へと全力で突っ走った。Saritch308ARを腰に下げ、彼が持っていたLMGを拝借すると、片手でフルオート射撃をしながら彼を助け起こした。そのまま近くの倒木の陰に隠れさせ、弾切れになるまでフルオート射撃をしてから彼の身体を揺する。
「おい、しっかりしろ!」
「ど、どう・・・・・・し・・・・・・」
「フィオナはいるか!? 急いで手当てを――――」
フィオナならば、彼の傷を治療できるかもしれない。そう思って彼の傷口を確認したんだが、どうやらこの射手は7.62mm弾で撃たれていたらしく、風穴は5.56mm弾よりも大きかった。胸の肉は抉れていて、迷彩服が真っ赤に染まっている。
「おかあ・・・さん・・・・・・に・・・・・・よろしく・・・おねがい・・・・・・しま・・・す・・・・・・」
「おい・・・・・・おい、頼む・・・・・・死ぬな・・・・・・!」
ここは異世界だぜ? お母さんがいるわけないじゃないか・・・・・・。
どうやってお前の母親に伝えればいいんだよ・・・・・・?
「ちくしょう・・・・・・!」
徐々に迫ってくる敵兵の雄叫び。敵のバンザイアタックと塹壕からの射撃で、次々に海兵隊の隊員たちが倒れていく。
その時、ネイリンゲンで死んでいった幼い少年の姿がフラッシュバックした。勇者が発射した核ミサイルで倒れていった幼い少年。今度は敵兵の銃弾が、俺よりも年下のこの転生者の命を奪った。
「――――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
雄叫びを上げながら、かぶっていた迷彩模様のフードを取った。もう既に俺の頭に生えている角はダガーのように伸びていて、先端部の方は溶鉱炉に放り込まれた金属のように真っ赤に染まっている。
尻尾にアサルトライフルを持たせ、腰に下げていた仕込み杖を引き抜く。その仕込み杖を2つに分離させ、柄の中に格納されていた漆黒の細身の刀身を展開した俺は、続々と突っ込んで来る敵兵の群れの中へと向かって突っ走り始めた。
角を生やし、尻尾でアサルトライフルを持っている俺の姿を見た敵兵が怯え始める。敵兵の中から聞こえてくる「か、怪物だ・・・・・・!」という声を聞きながら、アサルトライフルのフルオート射撃で怯えている敵兵を薙ぎ払い、仕込み杖の刀身を近くにいた敵兵の眼球に突き刺した。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
「う、撃て! 何をしている!? 早くあの怪物を仕留めろ!!」
強引に眼球に突き刺さっていた刀身を引き抜き、情けない声を上げながら片目を押さえる敵兵のうなじにもう一度剣を突き立てた俺は、その兵士の返り血を浴びて真っ赤になりながら敵兵の群れを睨みつけた。
もう、先ほどのようにバンザイと叫びながら突っ込んで来る敵兵はいなかった。銃を俺に向けながら怯えているだけだ。
相手が怯えていても容赦をするつもりはない。血まみれになった刀身を敵兵の死体から引き抜いた俺は、姿勢を低くしながら怯える敵兵の隊列の中へと斬り込んだ。
慌てて引き金を引く敵兵。だが銃弾が銃口から飛び出すよりも先に義足からブレードを展開してローキックを放ち、その敵兵の足を太腿の辺りから切断して転倒させた俺は、尻尾のアサルトライフルでそいつに止めを刺しつつ、左右にいた敵兵の側頭部に仕込み杖の刀身を突き立てた。刀身は引き抜かずにそのまま手を離し、叫びながらショットガンで殴りかかってきたエルフの兵士の顔面に、変異したせいで外殻に覆われている左手でストレートを叩き込む。
人の顔面を殴りつけたというよりは、まるで障子に向かって思い切りパンチを叩き込んだような感覚だった。殆ど手応えを感じなかったんだが、俺の左のストレートはしっかりと敵兵の顔面を粉砕していたらしい。
顔面から血を吹き出しながら後ろに倒れる敵兵。塹壕からの射撃を外殻を生成して弾き飛ばしながら敵を睨みつけた俺は、左右に倒れている敵兵の頭からやっと仕込み杖を引き抜き、後方で応戦している仲間たちに向かって叫んだ。
「続けぇッ!!」
「おおおおおおおおおおおっ!!」
仲間をやられた海兵隊員たちが雄叫びを上げながら立ち上がる。
この焼けたジャングルの中も血の臭いで支配され始めていた。
『ヴェールヌイ8、ダウン! 緊急脱出ッ!!』
またF-22が撃墜されてしまったらしい。ちらりとキャノピーの外を見渡してみると、1機のF-22がエンジンと主翼から火を噴きながら、海面へと向かって墜落していくところだった。
キャノピーから射出されるパイロット。艦隊まで泳いで辿り着く事ができれば、再び端末で生産した戦闘機で再出撃が出来る。彼が艦隊までたどり着けますようにと祈りながら、私はフットペダルを踏み込んで機体を加速させ、味方のPAK-FAの背後に回り込んでいたF-35の背後をとった。
(落ちろッ!!)
カーソルを敵機に合わせ、操縦桿に歩き中の発射スイッチを押す。
キャノピーの脇から放たれた機銃の群れが、目の前でPAK-FAを撃ち落そうとしていたF-35のエンジンを食い破る。炎の代わりに黒煙を噴き上げながら高度を落としていくF-35。その黒煙を突き破りながら更に加速し、今度は目の前を通過していったF-15の背後についた。
あのF-15のパイロットは私に気付いたらしく、慌てて振り切ろうとしたみたいだけど、F-15よりもF-22のほうが機動性は上。振り切れるわけがない。
カーソルの向こうにいたそのF-15も、先ほどのF-35と同じように猛禽の機銃に後部を食い破られ、穴だらけにされてから黒煙を噴き上げて墜落していく。
次の攻撃目標を探していると、物騒な電子音がコクピットの中で騒ぎ出し始めた。敵機にロックオンされているみたい。
フットペダルから足を離して操縦桿を思い切り横に倒し、急旋回する。すると、キャノピーの外に私を狙っていると思われるF-35の姿が見えた。
私の後ろに付こうとするF-35を複雑な急旋回で振り回す。そろそろ上昇して後ろに回り込もうと思っていたその時、キャノピーの正面から1発のミサイルが接近してきたのが見えた。おそらく、敵か味方の流れ弾だと思う。
流れ弾に当たらないようにもう少し高度を上げようと思って操縦桿を倒そうとしていると、キャノピーの外でそのミサイルが膨れ上がったように見えた。
膨れ上がったミサイルの中から突き出る無数の閃光。猛烈な衝撃波に押し出された破片が、爆風と一緒に私のF-22に襲い掛かってきた!
(!!)
その瞬間、私の機体が揺れた。