死闘
『アヴェンジャーCICより直掩部隊へ。敵航空部隊が接近中』
敵航空部隊と思われる反応は、既に目の前のレーダーにもある。20機の直掩部隊と30機の攻撃隊に50機のPAK-FAが加わり、やっと100機になったというのに、その安心感を打ち消してしまうほどの圧倒的な数の反応。今から私たちは、このあまりにも反応が多過ぎてレーダーの半分が変色してしまったのではないかと思ってしまうほどの数の敵に飛び込んでいかなければならなかった。
レーダーは敵の赤い反応で埋め尽くされている。おそらく、敵は海兵隊のヘリとLCUが出撃する前に艦隊を片付けてしまうつもりなんだわ。
海兵隊は今回の戦いの主役。航空機だけではミサイルサイロの制圧は不可能。つまり、ここで艦隊が全滅するのは私たちにとって敗北を意味する。何としても、艦隊を死守しないと。
(ヴェールヌイ1より全航空部隊へ。これより敵航空部隊との交戦に入るわ。・・・・・・いい? 必ず艦隊を死守するわよ。でも死んじゃダメだからね!?)
無線機に向かってそう言うと、無線機から航空隊のコールサインと共に返事が返ってくる。中には敵の数に驚愕している隊員もいたけど、みんな私について来てくれるみたいだった。
今回の作戦での私のコールサインはヴェールヌイ1。シンがつけてくれたコールサインだった。
片腕を失っても、彼は戦場へとやってきた。作戦を立てるだけならば国内で待機していてもいいのに、まだリハビリも終わっていない状態で彼は空母のCICにいる。
あの時、シンは私を守ってくれた。恐ろしい核兵器の爆発から私を庇い、片腕を失ってしまった。
だから今度は、私がシンを守る。
シンの事が、大好きだから。
(――――ヴェールヌイ1、エンゲイジ)
直掩部隊のF-22のパイロットたちが、次々に戦闘状態に入っていく。私たちの後方を飛ぶPAK-FA部隊も戦闘状態に入ったらしく、コールサインとエンゲイジという単語が無線機の向こうから次々に聞こえてきた。
私たちのF-22は、こちらよりも数の多い敵との戦闘を想定しているため、主翼の下にも空対空ミサイルを4発搭載している。
レーダーに映っている敵の数は数えきれないけど、おそらく攻撃隊を護衛する戦闘機だけでも500機はいるでしょう。攻撃機を加えれば、間違いなく600機を超える。
コクピットの中で、ロックオンが完了したことを継げる電子音が物騒な歌声を奏でる。ここでミサイルを一斉に発射し、正面から突っ込んでくる敵機を叩き落としたとしても、敵の数はあまり変わらない。
このミサイルを発射したら、無数の敵機の編隊の中でドッグファイトをする必要がある。私はそう思いながら、操縦桿にある対空ミサイルの発射スイッチを押した。
(ヴェールヌイ1、フォックス3!)
『ヴェールヌイ2、フォックス3!』
『ヴェールヌイ3、フォックス3!』
次々と聞こえてくる味方のコールサイン。F-22のウェポン・ベイの中から飛び出していく無数の対空ミサイル。私が放ったミサイルは他の機体が放ったミサイルの群れと合流し、まるで純白の槍のように蒼空の向こうへと伸びていく。
そして、暖かい風が流れる南ラトーニウス海の蒼空が、真っ赤に染まった。
それは、無数のミサイルの群れが、ロックオンした敵機に喰らい付いた結果だった。空対空ミサイルという獰猛な獣に喰らい付かれた哀れな敵機は、まだ私たちに1発もミサイルを撃つ前に粉々に砕かれ、海へと落ちていくしかない。
無線機の向こうから仲間たちの歓声が上がる。まず、先手で敵の数をほんの少しは減らす事ができた。でも、これで私たちが勝利したわけではない。まだ敵には、こちらの5倍以上の数が残っている。
敵機を何機も撃墜したという喜びを消し去ってしまおうとしているかのように、今度はコクピットの中で別の電子音が物騒な音を奏で始める。確かこの電子音は、敵機にロックオンされているという電子音。李風さんたちとの空戦で何度も聞いた電子音を耳にした私は、無線機に向かって「散開!」と叫びながら操縦桿を横へと倒していた。
頭上の蒼空と真下の海原がキャノピーの外で暴れ回る。蒼空がキャノピーの左側に広がり、右側には海原の蒼い壁が鎮座する。異世界の戦闘機という兵器の機動性に驚きながら、私は操縦桿を倒しつつキャノピーの外を睨みつける。
敵機の群れから放たれる純白の槍の群れ。きっと、さっき私たちにミサイルを撃たれた時も、敵はこうして回避しようとしたのね。
これを回避した後はドッグファイトに移り、敵機を撃ち落し続けるだけ。そして海兵隊が戦っている間、私たちは艦隊を守り続ける。
お兄ちゃん。エミリアさん。力也さん。
空は私たちに任せて――――。
「始まったようだな」
蒼空が一瞬だけ爆炎で真っ赤に染まる。その爆炎を生み出したのは、ミラが率いる直掩部隊と、この攻略作戦に飛び入り参加してくれたPAK-FAの群れだ。
彼らが放った先制攻撃は次々に敵機に命中し、あの爆炎を生み出した。
ミサイルに喰らい付かれた敵機が火の玉になりながら墜落していくのを見ていた海兵隊員たちが歓声を上げる。俺の隣でM26MASSが装着されたM16A4を肩にかけていたエミリアも、次々に爆発して墜落していく敵機を見上げながら「よし・・・・・・!」と呟き、拳を握りしめていた。
だが、敵の数はこっちの航空隊よりも多い。艦隊が早くもシースパローミサイルで迎撃を開始し、更に蒼空を爆炎で埋め尽くそうと足掻き始めるが、敵の航空機の数はこっちの5倍から6倍ほどだ。やがてあらわになってきた敵の数を見た途端、先ほどまで歓声を上げていた海兵隊員たちが段々と黙り始めていった。
「あの機体は何だ? F-15か?」
「おい、F-35も混じってやがるぞ」
俺たちの頭上で、無数の敵機に向かって直掩部隊が突っ込んでいく。ミサイルで何機か撃ち落とされてしまったらしく、彼らの後方には爆発の残滓が残っていた。
F-22がF-35の背後を取ろうと旋回を繰り返し、PAK-FAの機銃がF-15の主翼を穴だらけにする。頭上で始まった死闘を観戦していた俺は、その空域を何とか突破したC-130とAC-130の群れに気付いた。何機か爆弾を搭載したPAK-FAも護衛についているようだ。
ヘリボーンはやると李風から聞いているが、エアボーンをやると聞いた覚えはないぞ? 重火器を搭載しているAC-130ならば護衛されながらファルリュー島へと突っ込んでいく理由が分かるが、あのC-130は何をするつもりだ? 武装のない輸送機が敵の拠点の頭上へと突っ込んでいくのは自殺行為だぞ?
すると、その輸送機を護衛していたPAK-FAの編隊が、一斉に基地に向かって胴体の下や翼の下に搭載していた爆弾を投下し始めた。
基地に用意されている対空兵器や迫撃砲を破壊するための爆撃だろう。投下された爆弾が次々にファルリュー島の海岸に叩き付けられ、いくつも火柱が吹き上がる。何人かの海兵隊員が再び歓声を上げたが、凄まじい数の敵機を目の当たりにした後だからか、上がった歓声は先ほどよりも少ない。
その時、C-130の胴体の後部にあるハッチがゆっくりと開き始めた。そしてその格納庫から、巨大なミサイルのような物体が、ファルリュー島に向かって放り出されたんだ。
他のC-130の格納庫からも、同様にその巨大な物体が投下され始める。
「まさか、あれは・・・・・・!」
あんな方法で投下する爆弾の正体を思いついたその直後、PAK-FAが投下していた爆弾が生み出していた火柱よりも遥かに巨大な火柱が、ファルリュー島から4つも吹き上がった。その火柱は瞬く間に海原と天空の蒼を真っ赤に塗り替え、島に用意されていた対空ミサイルランチャーや対空砲を一瞬で蹂躙する。
間違いない。彼らが投下したのはMOABだ。
アメリカが開発した巨大な爆弾。核兵器ではないが凄まじい破壊力を持つ最強の爆弾だ。吹き上がった巨人のような火柱が少しずつ黒煙に変わっていくのを見ていた海兵隊員たちは、歓声を上げることなく、その巨大過ぎる火柱の残滓を見つめていた。
「おいおい・・・・・・核弾頭まで吹っ飛ばさないでくれよ・・・・・・?」
ミサイルサイロは島の中央部にあるから、今の一撃で吹っ飛ぶことはないだろう。だが、あのMOABは敵の守備隊をかなり蹴散らしてくれた筈だ。上陸前に砲撃でやられるかもしれないと心配していたんだが、今の爆弾投下のおかげで、今のところ島からの砲撃は全くない。このままオレンジ・ビーチに直行できそうだ。
「凄い火力だな・・・・・・! 力也、あれもお前の世界の兵器なのか!?」
「ああ! 物騒な代物を持ち出してくれたもんだ!」
MOABの破壊力に驚いているエミリアにそう言った俺は、近づいてきているオレンジ・ビーチを睨みつけた。そろそろこっちも戦闘準備をするべきだろう。
俺のメインアームは、今まで何度も使ってきたロシア製のSaritch308AR。カスタマイズも今までと変わらない。ポンプアクション式グレネードランチャーのGM-94を装着し、銃身の脇にはナイフ形銃剣が収納されたカバーを装備している。
俺たちの乗ったLCUがファルリュー島のオレンジ・ビーチに乗り上げる。他のLCUも続々とオレンジビーチに乗り上げ、船首のハッチから海兵隊員たちが浜辺へと上陸を始めている。
頭上では、オスプレイとスーパーハインドの群れが兵士たちを浜辺へと下ろし始めていた。あれほどの凄まじい爆撃でもまだ生き残りがいたらしく、俺たちよりも先に下りた海兵隊のメンバーたちの方からは銃声が聞こえてくる。
「よし、行けッ!」
LCUのハッチが開き、乗っていた海兵隊の兵士たちが浜辺へと上陸していく。エミリアとエリスが上陸したのを確認した俺も、彼女たちの後にオレンジ・ビーチへと上陸した。
今のところ、航空部隊の活躍のおかげで海兵隊の損害はゼロだ。
浜辺からは、転生する前に海に行った時と全く同じ匂いがした。だが、アサルトライフルを浜辺の向こうにぶっ放しながら絶叫する海兵隊員たちの姿が、その潮風の懐かしい匂いをかき消してしまう。
アサルトライフルを構えながら妻たちと共に浜辺に伏せる。熱くなった浜辺の上を匍匐前進しながら、最前線でM249パラトルーパーを撃ち続けている兵士の隣へと向かう。
どうやら、敵のトーチカがまだ健在だったらしい。トーチカからの銃撃が浜辺を抉っている中で、怯えずに反撃している兵士に尋ねる。
「トーチカの数は!?」
「分かりません! 5ヵ所ほど健在なのが残ってるみたいです!」
「火力をどこか1ヵ所に集中させろ! 突破してから背後に回り込めッ!!」
「了解! 誰か、ロケットランチャーは持ってるか!?」
何名かが返事をし、背負っていたロケットランチャーや無反動砲を取り出し始める。他の奴らがトーチカの機銃を引きつけている間に何とかロケットランチャーで片付けてくれれば、すぐに突破できる筈だ。
M249パラトルーパーのフルオート射撃で重機関銃の掃射に挑んでいる勇敢な射手の隣で、俺もアサルトライフルで銃撃を始めた。エリスとエミリアも、俺の隣まで匍匐前進でやってくると、装備しているM16A4をセミオート射撃に切り替え、トーチカで重機関銃をぶっ放している射手を狙撃し始める。
すると、俺たちの後方で歩兵を下ろしていたスーパーハインドの群れの中から、1機だけ兵士を機体の下に吊るしたスーパーハインドが、編隊から離れて俺たちの頭上を通過していったんだ。もしかするとターレットとロケットランチャーで援護してくれるのかと思ったんだが、そのスーパーハインドは何も攻撃せずに、そのままトーチカの近くを旋回しながら吊るしていた兵士を投下して飛び去って行った。
あの兵士を殺す気かと思ったんだが、その兵士の装備は、俺たちに重機関銃を掃射しているトーチカを黙らせられるほど頼もしい重火器だった。しかも、あの迷彩服に身を包んだ体格の良いハーフエルフの男性には見覚えがある。
そのうち、俺の義理の弟になる男だ。
「ハッハッハッハァッ! 旦那ぁ、俺に任せてくれぇッ!!」
トーチカの前に投下されたのは、巨大な弾薬タンクを背負い、2mほどの長い銃身を持つガトリング砲を抱えたギュンターだった。すぐ足元に重機関銃の銃弾が命中しているというのに、あいつはいつものように大笑いしながらそう言うと、左手でGSh‐6‐30のキャリングハンドルを握りながら、30mm弾を凄まじい速度で連射できる恐ろしいガトリング機関砲の発射スイッチを押した。
巨大な6つの銃身が回転を始め、響き始めたモーターの音をすぐに轟音がかき消す。猛烈なマズルフラッシュが浜辺を橙色に染め上げ、ガトリング砲から排出される巨大な薬莢が、彼の足元を埋め尽くしていく。
俺たちの目の前で、先ほどまで必死に12.7mm弾を掃射し続けていたトーチカの外壁が、ギュンターのガトリング砲によって放たれた無数の30mm弾の群れに食い破られていく。5.56mm弾の集中砲火でも少し剥がれ落ちる程度だったトーチカの外壁に次々に大穴が開いていき、凄まじいマズルフラッシュの向こうで重機関銃の射手の肉片が飛び散ったのが見えた。
ギュンターのガトリング砲の餌食になったのは、トーチカの射手たちだけではなかった。トーチカの周囲でLMGを構え、上陸した俺たちを5.56mm弾のフルオート射撃で牽制していた奴らにも、ギュンターはガトリング砲の砲口を向けたんだ。
浜辺の向こうで鮮血が吹き上がる。次々にマズルフラッシュの輝きが消えていき、オレンジ・ビーチの銃声をギュンターが支配する。
「よし、トーチカ沈黙ぅッ!」
「よくやったわ、ギュンターくん!
「総員、銃剣を装着しろ! 突撃するぞ!」
銃身の脇に装着されているカバーの中から両刃のナイフ形銃剣を展開しつつ、隊員たちに命令する。エミリアやエリスも銃剣を展開すると、俺の方を見てから頷いた。
他の海兵隊員たちも、俺たちと同じタイプの銃剣を装備するか、胸の鞘の中に納まっていたナイフを銃身の下に装着し、突撃の準備をしている。
「LMGを持ってる奴らは残っている敵を牽制しろ! 俺たちが突撃する! ――――お前ら、掛け声は覚えてるな!?」
「はい!」
李風たちのギルドでも、全員で突撃する時はこうやって叫べと訓練している筈だ。
突撃する準備をしながら、俺は伏せている兵士たちを見渡した。海兵隊の隊員たちは銃剣を装着した銃を構えながら俺の方を見て、俺と目が合う度ににやりと笑っている。
もう、出撃する前の恐怖はなくなっているようだった。
「そろそろ行くぞ。―――――突撃ぃッ!!」
「УРааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааааа(ウラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ)!!」
俺が号令を発した直後、260人の海兵隊の咆哮がオレンジビーチを支配した。ギュンターのおかげで薄くなった敵の弾幕の中で一斉に立ち上がった転生者の兵士たちが、銃剣を装着したアサルトライフルを構え、まだLMGで攻撃してくる敵兵へと向かって突撃していく。
突撃する海兵隊の先頭を突っ走るのは、俺とエミリアとエリスの3人だ。俺は走りながらSaritch308ARの3点バースト射撃でLMGの射手の頭を撃ち抜き、隣でアサルトライフルを必死に連射していた奴の肩と頭にも7.62mm弾をお見舞いした。
「おい、敵が突っ込んで来る!」
「先頭の奴、頭に真紅の羽根をつけてるぞ! 転生者ハンターか!?」
慌てふためく敵兵たちの声が聞こえる。どうやら迷彩服を身に纏っていても、この真紅の羽根は有名らしい。
そいつらも7.62mm弾で始末しようと思ったんだが、俺がトリガーを引くよりも先に、左手で背中に背負っていた鞘から大剣を背負ったエミリアがそいつらに急接近し、片手で振り払った大剣で2人の転生者の首を同時に両断した。片手でクレイモアを振るっていたというのに、そのスピードは転生者でも見切れないほどの速さだった。
そして、首を刎ねられて鮮血を吹き出す死体の脇を通り過ぎながら背中のハルバードを取り出したのは、俺のもう1人の妻のエリス。先端部がパイルバンカーになっているパイル・ハルバードを突き出し、杭の先端部で転生者の腹を貫くと、そのまま右手に持っていたM16A4を片手でぶっ放し、ハルバードで貫かれた仲間の仇を取ろうとしていた敵兵の頭を撃ち抜いた。
他の海兵隊員たちも次々に敵兵に接近し、まだ反撃しようとしていた奴らの腹や胸を銃剣で突き刺していく。どうやらあの健在だったトーチカたちは先ほどの爆撃で孤立してしまっていたらしく、敵の救援が来る様子はなかった。
オレンジビーチの潮風は、敵兵の血の臭いで支配されつつあった。