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力也の決意

何だかものすごく真っ黒な話になってきました(笑)


 ネイリンゲンに核ミサイルが撃ち込まれてから3日が経過した。相変わらずエイナ・ドルレアンの医療所では重傷を負って苦しんでいる人々がいて、彼らの手当てをする医者や治療魔術師ヒーラーも大忙しだ。


 エイナ・ドルレアンの防壁の中にある小さな草原には、無数の墓石が鎮座していた。中には墓前に花が置かれているものもあるし、その墓石の下で眠る人が大切にしていたものと思われる髪留めやペンダントが置かれているものもある。


 俺は目の前にある墓石の前にしゃがみ込み、そこに刻まれている2人分の名前をそっと右手でなぞった。片方はピエール。もう片方はサラ。ネイリンゲンで小さな喫茶店を経営していた青年と、ハーフエルフの女性だ。


 ギュンターから初めて依頼を引き受けた時に出会った優しい2人。2人がネイリンゲンにやって来てからは、ピエールにはよく転生者の調査をしてもらっていたし、紅茶もサービスしてもらっていた。それに、サラのアップルパイは仲間たちの中で好評で、いつも取り合いになっていた。


 あの2人には、もう会うことは出来ない。2人の喫茶店を訪れた時のことを思い出しながら、俺は2人が眠る墓石を静かに持ってきた水筒の水で濡らした。


 2人一緒に埋葬した方が、彼らも喜ぶだろう。


 俺にできるのはそれくらいしかなかった。


 俺の結婚式の時も、あの2人は出席してくれた。ギュンターたちが悪ふざけでMG42をぶっ放した時は、サラは耳を押さえながらずっとピエールの傍らで震えていたし、ピエールは昔からギュンターを知っていたから、呆れながら笑っていた。


 すまない、2人とも・・・・・・。


 俺があの時、ネイリンゲンに逃げろと言わなければ・・・・・・今頃もう結婚して、子供が生まれていたかもしれない。


「ここにおったのか」


「ガルちゃん・・・・・・」


 2人の墓の前で手を合わせていると、俺の後ろから幼い声が聞こえてきた。そっと踵を返すと、俺の後ろにはやっぱり俺にそっくりな顔立ちの幼い少女が、俺から借りパクした仕込み杖を持って立っている。


 相変わらず大きめのベレー帽をかぶっている彼女は、俺の隣へとやってくると、ピエールとサラが一緒に埋葬されている墓石を見下ろした。


「悔やんでおるのか?」


「・・・・・・悔やむことばかりだ」


「それは仕方のない事じゃ」


「・・・・・・ああ」


 何度も後悔してきた。


 転生する前からだ。そして、転生した後も何度も後悔した。でも、今の後悔は今までの後悔よりも大きく、どす黒い。


 何億年も生きてきた彼女には、俺の中のどす黒い後悔がお見通しだったのかもしれない。ガルちゃんは墓石の前でしゃがみ込むと、俺と同じように2人の名前を小さな指でなぞった。


「サラ・・・・・・。お主のアップルパイ、美味しかったぞ」


「・・・・・・」


「・・・・・・いつか、恩返しがしたかったのじゃがのう・・・・・・・・・・・・」


 俺の隣にいるガルちゃんの声が、少しずつ涙声になっていった。寿命が無いエンシェントドラゴンにとって一番辛いのは、おそらく仲間を失うことだろう。基本的に死ぬことが無いから、仲間が死ねば孤独になる。ガルちゃんはきっと太古からずっとその悲しみを経験して来た筈だ。人間との戦争で多くの同胞を失った時も、きっと悲しんでいたに違いない。


 もう、2人に恩返しは出来ない。2人を殺したあの勇者に復讐することくらいしか思いつかない。もし俺たちが勇者を倒したら、死んでしまったこの2人は喜ぶだろうか?


 勇者を殺しても、彼らは生き返らない。だが、この復讐は無意味ではない筈だ。奪い返すことは出来なくても―――――同じように、奪うことは出来る。


 同じ痛みを。同じ苦痛を。


 炎で焼かれる苦しみを。友人を失う哀しみを。


 全て、奴らに叩き付けてやることは出来る。


 奪い返す事ができないのならば、同じように奪い去ってやるまでだ。


 泣き始めてしまったガルちゃんの頭を優しく撫でながら、俺は空を見上げていた。







「――――海兵隊の編成が終わりました」


 相変わらず血と薬品の臭いが混じった医療所の部屋の中で、李風はそう言った。勇者の拠点であるファルリュー島を攻撃するための海兵隊の編成が終わったということは、あとは信也の作戦があれば攻撃を開始できるということだ。


 これで攻撃できる。これで復讐ができる。そう思った瞬間、部屋の中から薬品の臭いだけが消え、血の臭いだけが残ったような気がした。


 犠牲になったのはネイリンゲンの住民だけではない。李風の仲間も何人も殺されている。李風の部下たちも復讐したがっているんだ。


「・・・・・・戦力は?」


「用意できたのは、エセックス級空母1隻、アーレイ・バーク級駆逐艦2隻、タイコンデロガ級巡洋艦1隻、ワスプ級強襲揚陸艦3隻。すべて艦橋及びCIC以外は無人にカスタマイズしてあります。ですので、乗組員はかなり少ないですよ」


 よくそんなに船を用意できたな。俺は驚きながら、ちらりとベッドの上で横になっている信也の顔を見下ろした。彼ならばこの戦力でどんな作戦を考えるのだろうか?


「・・・・・・実際に上陸する海兵隊の人数は?」


「・・・・・・およそ260名です。無人機による偵察の結果、敵兵の人数は10000人以上かと」


「10000人・・・・・・!」


 敵の数が多過ぎる。たった260人の海兵隊で、10000人の守備隊を殲滅しろということなのか? しかも、相手は勇者の部下たちだ。転生者のレベルは俺たちよりも格上だと考えるべきだろう。


 今のまま攻撃を仕掛けるのは無謀かもしれない。でも、レベルの高い彼らに勝つために海兵隊の増強を続けていたら、勇者たちが世界を支配してしまうかもしれないし、また核ミサイルが落ちるかもしれない。


 予想以上に勇者の戦力が強大だったということだ。地道に戦力の増強と部下の育成を続けてきた李風は、悔しそうに拳を握りながら床を睨みつけた。


「それだけではありません。・・・・・・島の中央部にあるミサイルサイロに、また新たなミサイルが準備されている模様です」


「また核ミサイルか?」


「おそらく・・・・・・」


 何ということだ・・・・・・。


 奴らはまた核ミサイルを使うつもりだ。もう、海兵隊の増強をしている場合ではない。今の戦力でファルリュー島に攻撃を仕掛け、核ミサイルの発射を阻止しなければならない。


 こちらも戦力の増強を行うという選択肢がなくなってしまった以上、もうこの戦力で攻撃を仕掛けるしかない。


「信也、どうする・・・・・・?」


 こいつならば、勇者たちを倒す作戦を思いついてくれるだろうか。


「――――上陸は、LCUとヘリボーンの2種類で行いましょう」


 つまり、ファルリュー島への上陸は、ヘリからの降下と上陸用舟艇で行うということだろう。強襲揚陸艦が3隻もあるし、エセックス級空母もある。オスプレイやスーパーハインドならばヘリボーンに使えるだろう。


 だが、いきなり上陸しようとすれば、島に用意されているミサイルや砲台で狙い撃ちにされる。上陸前の状態でやられてしまえば、上陸する海兵隊の戦力が大きく減ってしまうことになるだろう。


「まず最初に、航空機で敵基地の砲台を破壊します。上陸はその後です。人数は少ないから・・・・・・複数の場所からの上陸ではなく、1ヵ所から上陸するようにしましょう。李風さん、写真はあります?」


「ええ、こちらに」


 持ってきたケースの中から、無人機が撮影したと思われる写真を取り出す李風。それを左手で受け取った信也は、ベッドの近くにある小さなテーブルの上にその写真を置き、身体を起こしてから写真に写っている島の浜辺を指差した。

 

「ここに上陸しましょう。全ての海兵隊をここに上陸させ、中央部のミサイルサイロを目指します」


「了解です。ではこの上陸地点はオレンジ・ビーチと呼称しましょう」


 そう言いながらオレンジ・ビーチにマークを付ける李風。何の変哲もない浜辺に付けられたマークを睨みつけた俺は、2本目の角が生えてしまった頭を右手で掻きながらため息をついた。


 あの浜辺に上陸し、全員で島の中央部へと向かって進撃する。そして核ミサイルの発射を阻止し、世界を支配しようとしている勇者をぶち殺す。


 信也が立案してくれた作戦は、そんな作戦だ。いつもの信也の作戦ならばその作戦を聞いた瞬間に安心するんだが、今回は戦力差のせいなのか全く安心はできなかった。


「それで、作戦開始は?」


 奴らは既に核ミサイルをまた準備している。すぐにミサイルの発射を阻止しなければならない。


 いつ攻撃を開始するのかと尋ねてきた信也を見つめた俺は、頷いてから言った。


「――――2日後だ」








 引っ越したばかりの王都の我が家のドアは、いつもよりも重く感じた。装飾があまりついていないシンプルなドアを開け、かぶっていたシルクハットを壁に掛けた俺は、そのままリビングの方へと向かう。


 この世界では日本のように家の中で靴を脱ぐ必要はないらしい。転生してきたばかりの頃、靴を脱ごうとしてエミリアによく笑われていたことを思い出しながらリビングのドアを開けると、キッチンの向こうでエミリアがエプロン姿で夕食を作っているところだった。リビングではエリスが洗濯物を畳み、ガルちゃんがラウラとタクヤの遊び相手をしている。


 いつも通りの我が家の光景だ。だが、気のせいなのか、いつもならば感じる温もりが何かに奪われてしまっている気がする。


「あら、ダーリン。お帰りなさい」


「パパ、おかえりっ!」


「ああ、ただいま」


 俺の姿を見た瞬間、ガルちゃんの尻尾を引っ張って遊んでいたラウラが俺の方へと走ってきた。微笑みながら娘の小さな体を抱き締めた俺は、エリスの近くまで歩いてからラウラを下ろし、俺と同じく頭から小さな角が生えているラウラの頭を優しく撫でた。


 ラウラを床に下ろしてから「よし、ガルちゃんと遊んでいなさい」と言った俺は、元気に返事をしてから再びガルちゃんの尻尾を引っ張り始めた娘を見守ると、キッチンの方で料理をしているエミリアの方へと歩き始めた。


「エミリア」


「ああ、力也。お帰り。・・・・・・どうした?」


「その・・・・・・勇者の件なんだが」


 今夜のメニューはハンバーグだったらしい。ラウラとタクヤが大好きなメニューだ。フライパンの上でハンバーグを焼いていたエミリアは、俺が勇者という単語を言った瞬間、少しだけ目を見開いてから鋭い目つきになった。


 いつもの優しい母親の目つきではない。傭兵だった頃に、戦場へと向かう時の目つきだ。


「―――作戦開始は、2日後だ」


「そうか・・・・・・」


「ああ。だから・・・・・・俺が行ってくる。お前とエリスは、子供たちの面倒を――――」


 妻たちまで戦場に行かせるわけにはいかない。もし妻たちが死んでしまったら、子供たちが悲しんでしまう。


 だから、妻たちを連れて行くつもりはない。彼女たちには家に残って、子供たちの世話をしてもらおう。その代わりに俺が海兵隊の1人としてファルリュー島へと向かい、仲間たちと共に勇者を倒すのだ。


 俺はそう考えていたんだが、やっぱりエミリアは許してくれなかった。右手で持っていたフライパンから手を離したエミリアは、紫色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめながら「ダメだ」と小声で言い、フライパンを握っていた右手で俺の手を掴んだ。


 エリスもきっと同じように許してはくれないだろう。そんなことを考えながら、俺は妻の手を握り返す。


 無茶をするのは俺の悪い癖だ。だが、彼女たちまでファルリュー島に行かせるわけにはいかない。こちらの海兵隊の人数は260名。敵の守備隊は10000名。戦力差が大き過ぎるのだ。しかも敵の中には、レベルの高い転生者もいる。いくら転生者を瞬殺できる彼女たちでも危険な戦いだ。


 それに、核ミサイルをこの世界で作ったのは転生者だ。この戦いは復讐のための戦いでもあるが、転生者の戦いでもある。彼女たちは部外者なんだ。


「私たちも行く。・・・・・・1人では行かせない」


「頼む、エミリア。この戦いは危険なんだ。もしお前やエリスが死んでしまったら、子供たちが・・・・・・」


「それは・・・・・・父親も同じだ」


 そう言って、彼女は俺に抱き付いてきた。俺は戸惑ってしまったけど、俺も妻の背中に手を回して抱き締める。


「お前が死んでも、子供たちが悲しむ」


「だが・・・・・・放っておくわけにはいかない。それに、核兵器を使い始めたのは転生者だ。・・・・・・俺たちの戦争だ」


「ダメだ。私たちも連れて行け」


「エミリア、頼む。言うことを聞いてくれ」


 頼む・・・・・・。お前たちまで連れて来たくないんだ。


 彼女を抱き締めながら「頼む・・・・・・」ともう一度呟く。だが、エミリアは離れてはくれなかった。俺の胸に顔を押し付けながら、首を横に振るだけだ。


 彼女の蒼いポニーテールが、首を横に振った時に腕に当たる。昔と変わらないエミリアの甘い匂い。俺は家族が大好きだ。可愛らしい子供たちを生んでくれた妻たちが大好きだ。


 だから、危険な目には合わせたくない。


「ダーリン」


「エリス・・・・・・」


 いつの間にか洗濯物を畳み終えていたエリスが、キッチンの近くまでやってきていた。彼女の顔つきも、モリガンのメンバーたちで戦場に向かった時のように鋭くなっている。


「お願い。私たちも連れて行って」


「だが・・・・・・子供たちはどうする? 誰が面倒を見るんだよ?」


「ならば、私が面倒を見るのじゃ」


 エリスに問い掛けたつもりだったのだが、俺の問いに答えたのは、彼女の隣から顔を出したガルちゃんだった。先ほどまで元気のいいラウラに散々尻尾を引っ張られ、お気に入りのベレー帽を取られて困っていた彼女が、どうやら子供たちの面倒を見てくれるらしい。


 ガルちゃんならばきっと面倒を見てくれるだろう。それに、彼女は最古の竜だから、子供たちをちゃんと守ってくれるに違いない。


 妻たちは連れて行ってくれと言っている。俺はダメだと言っているんだが、おそらく言うことを聞いてくれることはないだろう。


 気の強い妻たちだ。


「・・・・・・分かった。ガルゴニス、頼むぞ」


「任せるのじゃ。立派なドラゴンに育ててやるわい」


「いや、頼むから人間として育ててくれ」


 まったく・・・・・・。俺の子供たちにはサラマンダーの尻尾が生えているし、頭から角も生えているけど、出来るならば人間として育ててほしいものだ。


 苦笑いしながらそう言うと、妻たちとガルちゃんが笑った。家族の笑顔を見て安心した俺も、頭を手で掻きながら笑う。


「・・・・・・ねえ、パパ」


「ん? どうした?」


 妻たちと笑っていると、ガルちゃんと遊んでいた筈のラウラとタクヤがキッチンの近くまでやってきていた。笑っている俺たちを、心配そうな顔で見上げている。


 もしかすると、今の話を聞いていたのか?


「パパたち、どこかに行っちゃうの・・・・・・?」


「あ・・・・・・」


 タクヤは心配そうにするだけだったが、ラウラは俺の顔を見上げながら涙を浮かべ始めた。やっぱり、今の話を聞いていたらしい。


 俺たちが戦いに行く事を知っているのだろうか? それとも、ただの仕事だと思っているのだろうか? 


「やだ・・・・・・行かないで・・・・・・。パパ、行かないでよ・・・・・・」


「ラウラ・・・・・・ごめんな。パパたちは、大事なお仕事があるんだ」


「やだやだ・・・・・・やだぁ・・・・・・!」


 頭を撫でながら優しい声で言ったんだが、ついにラウラは泣き出してしまった。涙を零しながら、しゃがみ込んでいた俺に抱き付いてくる。


 娘の頭を撫で続けたけど、泣き止んでくれる気配はなかった。


 どうすれば泣き止んでくれるだろうか? 俺はちらりと妻たちを見上げたんだけど、2人とも辛そうな顔をするだけだった。やっぱり、子供たちを家に置いていくのは辛いようだ。


「ラウラ、帰ってきたらまた狩りに連れて行ってあげる」


「ほんとう・・・・・・?」


「ああ。もちろん、タクヤも一緒だよ。また3人で森に行こう」


 でも、ネイリンゲンの近くの森は危険だ。もしかすると放射能が残っている可能性がある。だから狩りに連れて行くのは、あの時とは違う森になるだろう。


 いつもラウラを狩りに誘うと、タクヤと一緒にはしゃいでいた。狩りに行く約束をすればきっと泣き止んでくれるだろう。俺はラウラの小さな頭をまだ撫で続けながら、優しい声で言った。


「すぐに帰ってくるからさ。だから、明後日だけ我慢してくれるかな?」


「うう・・・・・・でも、さみしいよぉ・・・・・・」


「ガルちゃんとタクヤが一緒だ。・・・・・・タクヤ、おいで」


「うんっ」


 ラウラの頭を撫でていた手を離し、リビングの方で魔物の図鑑を開いたまま心配そうにこっちを見ていた息子を手招きする。エミリアにそっくりな顔つきのタクヤは、頷いてからこっちへとやってきた。


「必ず帰ってくる。・・・・・・だから、我慢してくれ」


「う、うん・・・・・・」


 でも、ラウラはまだ寂しそうだ。手を離したら、この子はまた泣き出してしまうかもしれない。


 俺はコートの内ポケットから、いつも持ち歩いている赤黒い懐中時計を取り出した。エミリアとこの王都にデートしに来た時に、彼女にプレゼントしてもらった大切な懐中時計。いつも身に着けているその懐中時計を、俺はそっとラウラの小さな手の上に置いた。


「これ・・・・・・パパのたいせつなとけい・・・・・・」


「それをお前たちに預けておく。2人が生まれる前に、ママから貰った大切な時計なんだ」


 小さな手で時計を受け取るラウラ。そっと蓋を開け、中で動き続ける銀色の針を眺めるラウラとタクヤの頭の上に手を置いた俺は、微笑みながら言った。


「パパたちが帰って来るまで、預かっててくれ。いいかな?」


「・・・・・・うんっ」


 ラウラは涙を小さな手で拭い去り、俺の目を真っ直ぐに見つめる。タクヤもラウラと手を繋ぎながら、俺の顔を見つめた。


 さすが俺たちの子供だ。


 俺はにやりと笑うと、もう一度子供たちの頭を撫でた。









 王都の家の前で、李風のまだ若い部下たちが装甲車で待っていた。おそらく年齢は17歳か18歳だろう。俺が転生してきた時と同じ年齢だ。


 迷彩服を身に纏って家から出て来た俺とエミリアとエリスの3人を敬礼で出迎えてくれた彼らに敬礼を返し、装甲車へと向かう。


 この装甲車に乗り、王都の防壁の外でヘリに乗り換える。そして、そのまま南ラトーニウス海へと向けて航行中の強襲揚陸艦『エンタープライズ』の甲板に着陸し、その後は俺が海兵隊の指揮を執ることになっていた。


「・・・・・・行くぞ」


「ええ」


「ああ」


 妻たちと共に装甲車に乗り込もうとしたその時だった。


「パパ!」


「ラウラ・・・・・・?」


 玄関のドアを開け、ラウラがいきなり飛び出して来たんだ。目を覚ましたばかりらしくて髪はぼさぼさだ。パジャマ姿のまま外にやってきた彼女は、1枚の紙を持っていた。


 あの髪は何だ? 近くまで駆け寄ってきたラウラの前でしゃがんだ俺は、まだ少し眠そうな顔をしている彼女の頭を撫でた。


「パパ、これ」


「ん? これは何?」


「きのう、がんばってかいたのっ」


「これは・・・・・・」


 にっこりと笑いながら持っていた紙を広げ、俺に渡すラウラ。


 その紙に描かれたのは、クレヨンで描かれた似顔絵だった。蒼い髪の女性が2人と、赤毛の男性が1人。その赤毛の男性の頭には、ちゃんと角が2本生えている。


 俺たちの似顔絵だった。その似顔絵の下には、黒いクレヨンで『みんなだいすき』って書いてある。


 思わず泣きそうになってしまった。もしかしたらこの戦いで戦死して、2度と子供たちを抱き締める事ができなくなってしまうかもしれない。


 だが、泣くわけにはいかない。俺は唇を噛み締めてから、無言でラウラを抱き締めた。


「ありがとな、ラウラ・・・・・・!」


「うんっ」


 これはお守りにしよう。時計は子供たちに預けてしまったからな。


 そうだ、死ぬわけにはいかない。必ず帰ってきて、子供たちを狩りに連れて行くんだ。


 ラウラから手を離し、そっと立ち上がる。ラウラはまだ3歳なのに、もう寂しそうな顔をしていなかった。きっと、俺たちが必ず帰ってきてくれると信じているんだ。


 必ず生きて帰ろう。そして、子供たちを抱き締めてあげよう。


 俺はラウラから貰った似顔絵をポケットにしまうと、踵を返し、妻たちと一緒に装甲車に乗り込んだ。


 

 

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