表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/226

憤怒の怪物


 屋敷の玄関のドアを開けた俺を出迎えてくれたのは、核爆発に生み出された熱風と、ネイリンゲンの草原を覆い尽くす火の粉の群れだった。開放的だったあの緑色の草原は燃え上がり始めていて、蒼空も巨大なキノコ雲に呑み込まれてしまっている。


 燃え上がる草原と漆黒の空。そして街を蹂躙する巨大な火柱が組み合わさった景色は、まるで地獄のようだった。


 勇者が生み出した地獄。その地獄で俺を待っていたのは、迷彩模様の防護服に身を包み、アサルトライフルのHK416を装備した兵士たちだった。どうやら転生者の部隊らしい。中には銃身の下にグレネードランチャーを装備している奴もいるようだ。


 ネイリンゲンに核を落としたのは、こいつらか。


 隊列の中央に立つ兵士が、俺を睨みつけながら片手を振り上げる。あいつが指揮官か。やはり複数の敵を相手にする場合は指揮官から叩き潰すべきだが、勇者の部下だった場合、あの指揮官も優秀な転生者である筈だ。


 武装はほぼ全員がHK416とベレッタM92Fのようだ。バランスの取れた装備だな。中にはグレネードランチャーを装着していたり、アサルトライフルの代わりにマークスマンライフルを装備している奴もいるようだ。


「――――撃てぇッ!!」


 振り下ろされる指揮官の右腕。彼の絶叫を聞いた部下たちが、一斉に俺に向かってアサルトライフルのフルオート射撃をぶっ放してくる。


 火の粉を纏う熱風の中で、無数のマズルフラッシュが煌めいた。街を呑み込んでいる炎を削り出したような光の中から飛び出してくるのは、アサルトライフルの一斉射撃によって放たれた無数の5.56mm弾。


 それがどうした。


 右手で腰の後ろに下げていたSaritch308ARのグリップを握り、ナイフ形銃剣を展開しつつ、まるで西部劇のガンマンの早撃ちのような速度で銃口を敵兵へと向ける。チューブタイプのドットサイトを覗き込まずにそのままトリガーを引き、無数の5.56mm弾が俺に突っ込んで来るよりも先に7.62mm弾をぶっ放す。


 無数の5.56mm弾の群れの中を、たった1発の7.62mm弾が突き抜けていく。まるで今の俺と同じ状況だった。たった1人で無数の敵を相手にしなければならないという不利な戦いをやる羽目になったのは、どうやらこのブルパップ式アサルトライフルの射手である俺だけではなく、弾丸も同じらしい。


 ならば、付き合ってくれ。


 そう思いながら体内の血液の比率を変更。俺の血液を40%ほどに薄め、サラマンダーの血液を60%に変更する。俺の体内をいつも流れている自分の血液がサラマンダーの血液によって希釈されたことにより、俺の皮膚の表面が赤黒いサラマンダーの外殻に覆われていく。


 俺が生成したサラマンダーの外殻は、飛来してきた無数の5.56mm弾を次々に弾き飛ばしてしまった。装甲車並みの防御力を誇る外殻に着弾した弾丸たちは、次々に火花を散らして弾かれ、倒壊しかけの屋敷や庭の地面に風穴を付けていく。


 そして俺がぶっ放した7発の7.62mm弾は、ちょうど俺に向かって銃口を向けていた敵兵が装備していた、HK416の銃身の下のグレネードランチャーの砲口の中へと飛び込んでいった。


 当然ながら、あの中には1発だけだが40mmグレネード弾が装填されている。そのグレネード弾が発射される砲口から7.62mm弾が飛び込めば、その7.62mm弾はグレネード弾の先端部に風穴を開け、発射される前のグレネード弾と一緒に吹き飛ぶしかない。


 その転生者は俺が反撃していたことに気が付いていなかったらしい。自分のアサルトライフルに装着されているグレネードランチャーの砲身が膨れ上がり、グレネード弾の爆発によって持っていた武器が吹き飛ぶ。その破片と衝撃波は装備していた転生者の防護服を突き抜け、破片と共に彼の顔面や胸の肉を抉り取った。


 彼の隣にいた数名も巻き込まれ、血飛沫を噴き上げながら絶叫する。


「な、何だ!?」


 奴らが驚愕している間に、俺は素早くセレクターレバーをセミオート射撃からグレネードランチャーへと切り替えた。指揮官が立っている辺りに1発目の43mmグレネード弾を放り込み、兵士たちを数名吹き飛ばす。奴らの断末魔と爆音を聞きながらハンドグリップを引き、でかい薬莢を排出してからもう一度トリガーを引く。次の狙いは、隊列の後方でマークスマンライフルを構えていた3名の選抜射手マークスマンだ。


 奴らの得物はアメリカ製マークスマンライフルのM14EMR。7.62mm弾を使用するライフルで、カレンも使っていたことがある。外殻でその弾丸は防げるだろうが、不意打ちをされるわけにはいかない。先に潰しておくべきだ。


 グレネード弾の爆風で吹っ飛ばされる選抜射手マークスマンたち。俺はセレクターレバーをフルオート射撃に切り替えてアサルトライフルを腰の後ろに戻しつつ、左手をグレネードランチャーの砲身から離し、腰の左側のホルスターに収まっているプファイファー・ツェリスカへとその左手を伸ばす。


 そして、ホルスターの中から巨大なリボルバーを素早く引き、爆風の向こうで反撃しろと叫んでいる指揮官に向かって、.600ニトロエクスプレス弾をお見舞いした。俺はヘッドショットするつもりだったんだが、あの指揮官は俺の早撃ちに気付いていたらしい。猛烈なマズルフラッシュの中から飛び出していった弾丸は、俺の銃撃に気付いて回避しようとしていた指揮官の左側の頬を抉り取り、奥歯を数本木端微塵に粉砕し、左側の耳を引き千切っていった。


 俺は少しだけ驚愕しながら、アサルトライフルを腰の後ろに戻し終えた右手でシリンダーの方へと潜り込んでいるでっかい撃鉄ハンマーを元の位置に戻すと、再びトリガーを引く。そしてまた撃鉄ハンマーを元の位置に戻し、また弾丸をぶっ放す。


 .600ニトロエクスプレス弾のファニング・ショットだ。


 シングルアクションアーミーよりも1発だけ装填できる弾丸の数が少ないため、敵に襲い掛かった弾丸は指揮官にぶっ放したのも含めてたったの5発だけだが、凄まじい威力の弾丸を連射するのはまさに理不尽だ。


 防具服もろとも.600ニトロエクスプレス弾に貫かれ、次々に敵兵たちが崩れ落ちていく。先ほどは辛うじて俺の早撃ちを回避した指揮官も、目の前にいた兵士の胴体を貫通した弾丸によって喉元に大穴を開けられ、奇妙な声を出しながら崩れ落ちていった。


「う、撃て! 撃てぇっ!」


「ダメだ、全然効いてないッ! おい、誰か! アンチマテリアルライフルか対戦車ミサイルを持って来い!」


 外殻で硬化して弾丸を弾きながら、もう片方のホルスターの中に残っているプファイファー・ツェリスカで応戦。再び.600ニトロエクスプレス弾のファニング・ショットで敵兵の隊列を薙ぎ倒し、今度は背中に背負っていた迫撃砲付きのアンチマテリアルライフルを取り出した。


 折り畳まれていた銃身を展開し、60kg以上の重さのライフルを右肩に担ぐ。その間に左手を腰のククリ刀の鞘へと伸ばし、ククリ刀を引き抜く。


 そして、俺は銃声が屋敷の前で轟き始めてから、やっと敵に向かって1歩動き出した。


「ひぃっ! く、来るぞッ!」


 兵士たちが怯えながらフルオート射撃を続ける。だが、彼らがHK416から放つ5.56mm弾や、その隊列の後方にいる選抜射手マークスマンたちが放つ7.62mm弾では俺の外殻を貫通することは出来ない。


 彼らはきっと、かつて俺たちがガルゴニスと戦った時のような感覚を味わっていることだろう。相手はたった1人だけなのに、こちらの攻撃は全く効かない。恐ろしい防御力と攻撃力を持つ敵に蹂躙されていく恐怖。


「これならどうだ、化け物ッ!」


「!」


 だが、ある兵士が持ち出した巨大なライフルが、彼らの味わっていた恐怖の群れを切り裂いた。


 その兵士が俺へと向けてきたのは、アサルトライフルよりも長い銃身を持つアンチマテリアルライフルだった。バイポットと大型のスコープが搭載されていて、銃口にはマズルブレーキも装備されている。


 フランス製ボルトアクション式アンチマテリアルライフルのヘカートⅡだ。7.62mm弾では貫通できないため、命中精度が高い上に12.7mm弾をぶっ放す事ができるヘカートⅡを持ち出したというわけか。


 俺も使った事のあるライフルだ。


 森の中で必死にレベル上げをしていた頃のことを思い出しながらも、俺は敵へと接近を続ける。


「くたばれぇッ!」


 俺に向かって怒鳴りながらトリガーを引く兵士。他の兵士たちのアサルトライフルの銃声を呑み込んでしまうほどの轟音が響き渡り、5.56mm弾の群れの中を、1発だけ巨大な弾丸が突き抜けてくる。


 弾けるか? 


 ククリ刀で弾こうかと思ったが、間に合わないだろう。回避しても体勢が崩れてしまうかもしれない。


 俺はアンチマテリアルライフルを肩に担いだまま走り続けた。回避もしていない。だから、敵のぶっ放したその弾丸は、突進を続ける俺の胸の辺りへと猛烈な運動エネルギーを纏って飛び込んできた。


 迷彩服に大穴が開く。だが、その大穴の下から見えたのは、風穴を開けられた証である鮮血や肉片ではなく、外殻に弾かれた12.7mm弾が発した火花だった。


 先端部が潰れた12.7mm弾が、そのまま突進を続ける俺の胸元から零れ落ちる。もしかしたら俺を仕留めたかもしれないと思っていた敵兵たちは、一瞬だけ怯んだだけで突進を継続する俺を凝視し、再び絶叫しながらアサルトライフルの乱射を始める。


 恐怖のせいなのか、戦い始めた時よりも命中精度が落ちていた。先ほど俺に命中させた狙撃手も、2発目の狙撃を外し、大慌てでボルトハンドルを引いている。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 その時、1人の兵士がHK416にナイフ形銃剣を装着し、叫びながら突撃してきた。仲間たちと集中砲火を叩き込んでも弾かれるから、攻撃力のステータスを生かして接近戦を挑むつもりなんだろう。


 だが、彼の仲間たちはまだ射撃を続けているというのに、銃剣を装備して突撃してくるのは愚の骨頂でしかない。仲間たちが味方もろとも蜂の巣にしてしまうような冷血漢ばかりの部隊でもない限り、彼の仲間たちは彼を撃たないように集中砲火を中断せざるを得ない。


 たった1人で雄叫びを上げながら突っ込んで来る防護服姿の敵兵。どうやら彼の仲間たちは冷血漢ではなかったらしく、射撃を中断し、彼を援護するべきか、自分たちも銃剣突撃をするべきか悩んでいるようだ。


 彼らが悩んでいる間に、俺はこの愚か者を始末することにした。


 腹の辺りを外殻で硬化させて敵兵の銃剣を弾き、防護服姿の敵兵が体勢を崩している間に、ククリ刀で仕留めた鹿を解体する時のように左手を振り上げ、彼の肩へと向かって思い切り振り下ろす。


 相手も転生者だからこの剣戟は弾かれてしまうかもしれないと思っていたんだが、俺が振り下ろしたククリ刀の刀身は、容易くその転生者の鎖骨を両断し、心臓の辺りまでめり込んでしまった。鮮血を火柱のように吹き上げながらアサルトライフルを落とす敵兵。俺は彼の返り血を浴びながら、無表情で彼を蹴飛ばした。


 そしてすぐにそのククリ刀をアンチマテリアルライフルの銃口の辺りに装着し、防護服姿の敵兵の隊列へと向かって突進を始めた。


「УРааааааааааа(ウラァァァァァァァァ)!!」


「く、来るぞッ! 近接戦闘!!」


 副司令官らしき転生者が叫ぶが、俺は彼らが接近戦を開始する前にもう接近していた。接近された敵兵が慌ててライフルからハンドガンに装備を切り替えるけど、俺に攻撃するのは間に合わないだろう。攻撃を断念して逃げるべきだったなと思いながら、俺は逃げ遅れたその敵兵の脳天へと、思い切り鎌となったアンチマテリアルライフルを振り下ろした。


 重量は約60kg。その得物を転生者の攻撃力で叩き込まれた敵兵は、容易く頭を粉砕され、肉片と鮮血をばら撒きながら崩れ落ちた。俺は地面に倒れるのを催促するかのように更に鎌を下へと押し込むと、その犠牲になった兵士の後ろでマークスマンライフルを構えていた兵士に向かって、ライフルのトリガーを引いた。


 T字型のマズルブレーキから飛び出した轟音が敵の断末魔を呑み込み、衝撃波が火の粉たちを吹き飛ばす。12.7mm弾は熱風と火の粉の中を駆け抜け、大慌てで逃げ出そうとしていた敵兵と、その後ろにいた兵士を食い破った。


 舞い散る肉片をちらりと見てから、俺はやっと頭を叩き割られた哀れな転生者から鎌を引き抜いた。さっきまでは手足が痙攣していたんだが、もう頭を叩き割られた肉体は動いていなかった。


 接近戦は挑むべきではないと判断した敵兵たちは、俺から距離を取り始めると、再びHK416を装備し直して射撃を再開する。何人も倒した筈だが、まだまだ敵は残っているようだ。


 しかも、おそらく街にも敵兵が残っているだろう。燃え上がる街の方からも銃声は聞こえてくるし、火柱の周囲を旋回する戦闘ヘリの機影も見える。きっと住民たちを蹂躙しているんだろう。


 生き残っている住民を助けなければ。


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 外殻で敵の銃弾を弾き飛ばしながら絶叫した俺は、敵の隊列ではなく、足元にある地面を睨みつけた。全身を外殻で覆って弾丸を弾き飛ばし、数多の火花を纏いながら、俺は左手を掲げる。


 元々俺の体内には魔力は存在しなかった。そのため、魔術を使うには端末の能力で魔術師という能力を生産して装備するしかなかったんだ。でも、サラマンダーの義足を移植して変異した影響で、俺の左腕の内部には、既に炎属性に変換済みの魔力が充填されている。


「焔の濁流よ、我が怨敵を蹂躙せよ! レイジング・プロミネンスッ!!」


「なっ、魔術だと!?」


 あまり魔術は使わないんだが、攻撃力が高い魔術は身に着けてるんだよ!


 振り上げながら握りしめた俺の左腕が燃え上がる。しかも外殻に覆われた腕が纏う炎の表面では、まるで太陽の表面のように無数の小さなフレアが荒れ狂っていた。


 左腕が炎を纏った瞬間、周囲の気温が上がり始めた。俺の足元に転がっていた敵兵の死体も、少しずつ俺が発する熱で黒く焦げていく。


「たっ、退避ぃぃぃぃぃッ!」


「УРааааааа(ウラァァァァァァ)!!」


 敵の絶叫を自分の雄叫びでかき消しながら、俺は炎を纏った左腕で、思い切り地面を殴りつけた。


 足元に転がっている黒焦げの死体を叩き潰した拳が地面にめり込んだ瞬間、左腕の中に充填されていた炎属性の魔力が、一気に地面の中へと流れ込んだ。その魔力たちは火をつけられたオイルのように一瞬で発火すると、地面から無数の火の粉たちが吹き上がり、足元の死体を吹き飛ばしてしまう。


 その直後、火の粉の群れが吹き上がってきた地面の穴の中から、まるでフレアのような勢いで巨大な火柱が吹き上がった。その火柱は魔術を使った俺まで呑み込み、地面の穴を押し広げながらキノコ雲を貫く。


 魔術を使った俺にはダメージはない。だから、この火柱に焼き尽くされるのは、必死に逃げ惑う転生者たちだけだった。


 火柱になることもなく一瞬で燃え尽きていく転生者たち。俺は灼熱の炎の中から、冷たい目つきで消えていく彼らをじっと見つめていた。


 核ミサイルを落とすからこうなるんだ。


 やがて火柱が細くなっていき、どの火の粉があの火柱を形成していた物なのか判別できなくなるほど小さな火の粉になって消えていく。先ほどまで俺に向かって銃をぶっ放していた敵兵たちは、全員燃え尽きて消滅してしまっていた。


「・・・・・・」


 外殻の硬化を解除し、俺は街の方を睨みつける。


 炎に包まれている街の上空では、敵の戦闘ヘリが旋回していた。それにまだ銃声も聞こえてくる。


 俺は拳を握りしめると、今度は街の方へと向かって全力で走り始めた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ