絶望の閃光
静かになった3階の部屋のドアを眺めてから、僕は階段を下り始める。数年前までは一番風呂場に近い部屋では兄さんやエミリアさんが生活していて、いつも部屋のドアを開けた瞬間にエリスさんに抱き付かれて顔を真っ赤にしていたんだけど、今ではフィオナちゃんの寝室になっているし、その隣にあるカレンさんとギュンターさんの部屋は、今ではもう空き部屋になっている。
カレンさんはエイナ・ドルレアンで領主として働いているし、ギュンターさんはカレンさんの側近として彼女の護衛をやっているらしい。だからこの屋敷ではもう生活していない。稀にギュンターさんがネイリンゲンの様子を見に来る時に立ち寄る程度だ。
兄さんたちも、今では街の外れにある森の中で生活している。エミリアさんとエリスさんは生まれた子供たちの世話をしなければならないから、基本的に仕事のために屋敷までやってくるのは、兄さんとガルちゃんだけだ。
だから、今ではこの屋敷で常に生活しているのは僕とミラとフィオナちゃんの3人だけになっている。寂しくなってしまった屋敷の中を見渡しながら、僕は1階へと下り、裏口へと向かう。
裏庭に通じるドアの向こうからは、既に剣と鉤爪がぶつかり合うような音が聞こえてきている。どうやらミラは、もう既に訓練を始めていたらしい。李風さんたちから送られてくる書類を確認する作業で疲れたからと紅茶を啜っていたことを後悔した僕は、苦笑いを浮かべながら裏庭へとつながるドアを開けた。
塀に囲まれた少し広めの裏庭は、あまり変わっていない。物置の近くには薪割り用の台とトマホークが置かれていて、馬小屋が合った場所の近くには、戦車の格納庫へと続くドアが設置されている。端末で生み出した兵器は基本的に勝手に整備されるため、持ち主がメンテナンスをする必要はないんだけど、ミラがあの格納庫を作って欲しいと兄さんにお願いしたため、塀の外側に作ることになったんだ。
そのドアの近くで、黒いチャイナドレスのような制服に身を包んだ銀髪の女性が、迷彩模様の制服に身を包んだ長い黒髪の男性へと向けて鉤爪を振るい続けていた。ミラの素早い連撃を1本の柳葉刀で受け止めながら、彼女の隙の大きな一撃を受け流してから反撃を試みているのは、あの雪山の戦いで兄さんが知り合った中国出身の転生者の張李風さん。今年で二十歳になるらしい。工作員たちを指揮し、僕たちに情報を送ってくれているのはあの人だ。
李風さんの剣戟はミラの攻撃を受け流してから放たれているんだけど、ミラには命中せず、掠めているだけだ。そしてその一撃が外れた後に、再びミラの素早い連続攻撃が始まる。両手の鉤爪を上下左右から複雑に叩き付けつつ、さらに両足の足技で敵を攪乱する。李風さんはたった1本の柳葉刀で辛うじて受け流しているけど、おそらくあと2分程度でミラの攻撃を喰らう羽目になるだろう。
スピードの速い攻撃を連続で受け流し続けるには、当然ながらすぐにガードするための反射速度と、相手の攻撃を見切るための集中力が必要になる。そろそろ李風さんの集中力もなくなる頃だ。
その2人の速すぎる接近戦を眺めて感嘆しているのは、李風さんが各地からスカウトしてきた転生者たちだった。格闘訓練の最中だったらしく、彼らは迷彩模様のズボンに黒いTシャツやタンクトップ姿で、ずっと2人の接近戦を見守っている。中には鉤爪を振り下ろす度に揺れるミラの大きな胸を凝視している人もいるみたいだ。
確かにミラのおっぱいはかなり大きくなっている。今まで押し付けられてもあまり気にならなかったんだけど、最近は抱き付かれる度に彼女の大きくなった胸が僕の胸や腕に押し付けられるから、いつも顔を真っ赤にしてしまうんだよね。
訓練中の彼らに声をかけようと思ってドアから離れた直後、李風さんが振り下ろした柳葉刀がミラの鍵爪に弾かれ、突き出していた刀身が上へと逸れた。切っ先はミラの頬の右側を掠めて空振りし、ミラの右手の鍵爪は、李風さんの喉元へと突き付けられていた。
「さ、さすがです・・・・・・!」
(ふふっ。―――あ、シン!)
「2人とも、お疲れ様」
喉元に突き付けていたサバイバルナイフのような鉤爪をカバーに収納したミラが、僕の顔を見てにっこりと笑った。李風さんは柳葉刀を腰の鞘に戻すと、額の汗を拭ってから、部下から受け取った水筒の中に入っている水を飲み始める。
「お久しぶりです、李風さん」
「こちらこそ、お久しぶりです。・・・・・・それにしても、モリガンの皆さんは手強いですね・・・・・・!」
李風さんももうレベル200を超えている転生者だ。転生者を自分たちのギルドにスカウトしつつ、様々な魔物を撃破し、攻撃を仕掛けてきた転生者を返り討ちにしているらしい。
端末を取り出して得物を装備から解除した李風さんは、ため息をついてから戦闘訓練に付き合ってくれていたミラに頭を下げた。
「ところで、同志ハヤカワはどちらに?」
「ああ、兄さんですか? 兄さんはまだ出勤していないみたいですが・・・・・・」
寝坊してるのかな? そう思いながら懐から懐中時計を出して時刻を確認してみるけど、もう午前10時を過ぎている。いつもならば出勤して射撃訓練をしているか、裏庭で1人で筋トレをしたり、僕やミラの相手をしてくれている筈だ。
遅れているということは、きっと寝坊しているんだろう。昨日は夜遅くまで自分たちが使っていた部屋に残り、ずっと勇者についての情報が書かれた書類に目を通し、仮説を立てながら作戦を考えていたからね。
普通の寝坊ならばしっかりしてくれと言うところだけど、今日は仕方がない。兄さんは傭兵としての仕事をしながら子育てもしているし、きっとモリガンのメンバーの中で辛い思いをしているのは兄さんだから・・・・・・。
「そうですか。差し入れに烏龍茶を持ってきたのですが・・・・・・」
「ああ、いつもありがとうございます。この前の餃子も美味しかったですよ。なんだか久しぶりに中華料理を食べたような気がして・・・・・・」
「あはははははっ。そうですよね、我々も最近は洋食ばかり食べていますから・・・・・・」
東の方にある島国では、日本のように刺身や寿司を食べているらしい。一度行ってみたいんだけど、なんとその島国の周辺の海域には凶暴な魔物が何種類も生息しているせいで、その海域が丸ごとダンジョンになっているため、実質的にその島国は孤立してしまっているらしい。
日本も大昔に鎖国していたことがあったけど、こっちの世界の島国はどうやらダンジョンのせいで孤立してしまっているようだね。空にもドラゴンがいるらしいから、冒険者がその海域の魔物を何とかしない限り、この世界で本格的に祖国の料理を味わうことは出来なそうだ。
日本食はある程度なら自分でも作れるし、兄さんも出勤してきた時の昼食や夕食にに作ってくれることがある。最近はエミリアさんやフィオナちゃんにも作り方を教えているらしい。
「・・・・・・ところで、部下が新しい情報を入手しました」
李風さんがそう言ってから後ろで並んでいる部下の方をちらりと見た。彼と目が合った部下の1人が真面目な表情で頷き、足元に置いていた黒いケースを拾い上げる。そのケースの中に、おそらく彼の部下が手に入れた情報が入っているんだろう。
部下からケースを受け取った李風さんは黒いケースの蓋を開けると、中に入っていた書類を何枚か取り出した。いつもならば送られてくる情報は書類に書かれているんだけど、今回は書類だけではないようだ。ケースの中に小型のモニターが入っているのを見た僕は、頷いてから後ろにある裏口のドアをちらりと見た。
出来るならば、屋敷の中で話したい。もしかすると勇者の部下が見張っているかもしれないからね。
李風さんは頷くと、部下たちの方を見てからもう一度僕の方を見て頷いた。
「では、中にどうぞ」
「訓練は止めだ。五藤と菅原はついて来い。それ以外は見張りを頼む」
「了解」
「はっ!」
李風さんに命令された部下たちは、すぐに迷彩服の上着を着てから端末を取り出し、M16A4を装備して屋敷の周囲の警戒を始める。僕はミラと李風さんたちを連れて裏口のドアから再び屋敷の中へと戻り、階段を上がり始めた。
彼らは勇者について新しい情報を手に入れたらしい。まだどんな情報なのかは聞いていないから分からないけど、モニターもあったということは何か映像を録画してきたんだろう。今までのように書類だけではないから、大きな手掛かりに違いない。
もしかしたら、この情報で勇者たちの居場所が分かるかもしれない。もう僕たちは十分に戦力を増強したし、外で警備をしている李風さんの部下たちも優秀な転生者ばかりだ。
『あ、みなさん。おはようございます』
「おはよう、フィオナちゃん」
会議室に李風さんたちを案内するために階段を上っていると、階段の踊り場の所で研究室のドアをすり抜けてやってきたフィオナちゃんとすれ違った。相変わらず彼女はいつもの白いワンピース姿だったんだけど、今からどこかにエリクサーを持って行くらしく、彼女の持っている小さな籠の中には、桃色の液体が入った瓶が3本くらい入っているのが見えた。
「どこにいくの?」
『力也さんのところに、エリクサーを届けに行くんです。ついでに力也さんを起こして来ようかと』
「あはははっ。優しく起こしてあげてね? 兄さんは疲れてるみたいだし」
『分かってますよ。うふふっ』
籠を抱えながら微笑み、僕たちの後ろにいる李風さんたちに挨拶をしたフィオナちゃんは、そのままふわふわと階段の上を浮かびながら、玄関の扉をすり抜けて屋敷の外へと出て行った。
彼女は7年前と全く変わっていない。稀にあのワンピース以外の服を身に纏う事があるけど、基本的にいつも着ているのはあの白いワンピースだ。フィオナちゃんは大昔に死んでしまった幽霊であるため、もうこれ以上歳を取ることはないらしい。
李風さんの後をついて来ていた部下の転生者の2人は、フィオナちゃんを見るのが初めてだったんだろう。ドアをすり抜けて出て行った彼女を見つめながら「お、俺、霊感ない筈なのに・・・・・・」と呟いている。
実体化している時はちゃんと肉体もあるから、霊感のない人でも見る事ができるんだ。ちなみに実体化を解除した場合、彼女の姿を見る事ができるのはガルちゃんだけになる。
階段を上って2階にある会議室へと案内した僕は、李風さんたちと一緒に椅子に腰を下ろした。ミラは椅子に腰を下ろさずに、全員分の紅茶の準備を始める。
紅茶がテーブルの上に置かれるにはもう少し時間がかかりそうだと判断したんだろう。目を細めた李風さんは、ケースの中に入っていた書類を取り出して僕の目の前に置くと、早速書類に手を伸ばして書いてある情報を確認し始めた僕を眺めはじめる。
書いてあるのは、どうやら南方の海に配置されている潜水艦からの報告書のようだった。
李風さんたちのギルドの規模はモリガンよりも大きく、このオルトバルカ王国の隣国にも工作員や偵察部隊を展開している。この報告書を送ってきたのは、ラトーニウス王国の南に広がる南ラトーニウス海を航行しているボレイ級潜水艦のようだ。
ボレイ級潜水艦はロシアの原子力潜水艦なんだけど、核燃料が手に入らないため、原子力ではなく普通の動力で航行するように改造されているらしい。
この報告書には、偵察範囲拡大のために近代化改修を済ませた特殊潜航艇のゼーフントを4隻を搭載し、そのゼーフントたちと連携して南ラトーニウス海を偵察していたところ、その海域を南下する駆逐艦らしき艦影を偵察中のゼーフントが発見したという。潜望鏡で確認したところ、その艦影はこの世界で一般的な帆船ではなく、第二次世界大戦の際に日本海軍が使用していた吹雪型駆逐艦だったらしい。
この世界の船は帆船ばかりだし、船に搭載されているのも大型のバリスタばかりだ。火薬が存在しないため、海軍では帆船に大型のバリスタを搭載し、さらに強力な魔術が使える魔術師を乗り込ませて、魔術で敵国の船を撃沈する戦法で戦っている。だから、主砲や魚雷発射管を持つ鋼鉄の船が存在するわけがない。転生者が端末で生産した船としか思えない。
これが勇者の保有する兵器の1つなんだろうか。そう思いながら報告書を読み進めていると、李風さんと部下たちが小型のモニターの準備を始めた。モニターを僕の目の前に置き、電源をつける。
真っ暗だった画面がいきなり明るくなり、その駆逐艦を捕捉したゼーフントの潜望鏡から見た映像が映し出される。音声もついているらしく、駆逐艦を発見したことを母艦であるボレイ級潜水艦に報告する通信担当の乗組員の声や、追跡するように指示を出す艇長の声も聞こえてきた。
『あれは・・・・・・吹雪型だな。中野、今の速度を維持しろ』
『了解』
『ゼーフント04よりレヴィアタンへ。所属不明の駆逐艦を発見したため、これより追跡を開始する。ただちに合流されたし』
レヴィアタンというのは、おそらく母艦であるボレイ級の艦名なんだろう。
報告書から目を離し、僕はしばらく小型のモニターを眺めながら彼らの声を聞いていた。艇長はどうやら船に詳しいらしく、他の駆逐艦の見間違いではないかと言う操舵手に吹雪型の説明を始めている。
潜望鏡の向こうに映る艦影は、どうやらゼーフントに追跡されていることに気が付いていないらしい。
すると、その吹雪型の駆逐艦は直進を続け、その先にあった大きな島の陰に隠れてしまった。モニターからは艇長の舌打ちが聞こえ、モニターの画面が暗くなる。
「――――そこで、彼らは駆逐艦を見失ってしまったのですよ」
「見失った? つまり、あの吹雪型はあの島に停泊したと?」
「おそらく、艦艇用のドッグがあるのでしょう。彼らはその後に島の反対側に回り込もうとしますが、機雷が敷設されていたようで・・・・・・」
「ふむ・・・・・・。なるほど」
メガネをかけ直しながら、僕は真っ暗になった画面を凝視した。もう李風さんの持って来てくれたモニターには潜望鏡から駆逐艦を見ていた映像は映っていない。画面に映るのは、暗い画面を凝視しながら腕を組む自分の姿だけだ。
もしかしたらあの駆逐艦は、勇者の所有する兵器ではなく、他の転生者のものかもしれない。でも、艦艇を端末で生産して使うためには、その船を動かすための知識が必要だし、軍港などの設備も必要になってくる。端末で生産できるのはあくまで兵器だけであるため、艦艇のような大型の兵器を運用できる転生者は一握りだろう。
つまり、大規模な武装集団やギルドを結成している転生者でない限り、艦艇を運用するのは不可能だということだ。
(どうぞ、紅茶です)
「どうも、ミラさん」
「あ、すいません」
「は、ハーフエルフのお姉さんだ・・・・・・」
李風さんと部下たちの席に前に紅茶を置いたミラは、僕の前にも紅茶のカップを静かに置くと、隣の席に腰を下ろし、僕の前に置いてあった報告書を手に取った。
「駆逐艦を見失った島は『ファルリュー島』という島のようです」
「ファルリュー島ですか・・・・・・」
「ええ」
僕は壁に掛けられている世界地図に目を向けた。ファルリュー島は南ラトーニウス海の南端にある島で、大昔に海賊が拠点を作っていた場所だと言われている島だ。
「もしここが勇者の拠点だったとしたら、攻め落とすために海兵隊を編成する必要がありますね」
「でしたら、海兵隊の指揮官はぜひ同志ハヤカワにお任せしたいところです」
「はっはっはっはっ。同感です」
冗談を言ってからティーカップへと角砂糖を放り込んだその時だった。湯気を上げる紅い液体の中へと崩れながら沈んでいく角砂糖が奏でる小さな音を、窓の外から入り込んできたエンジン音のような音が飲み込んだんだ。
エンジン音? 兄さんがバイクに乗ってきたのかな?
そう思ったけど、このエンジン音はバイクの音ではない。まるでジェット機が空を飛んでいるような轟音だ。地上にいる兵士が戦闘機に勝てるわけがないと豪語するかのような大きな音を聞いた僕は、思わず窓の外を見つめた。
隣に座っていたミラも、耳をぴくぴくと動かしながら席から立ち上がり、窓の外を凝視する。
(ねえ、シン。あれは何?)
「え?」
ミラが指差しているのは、蒼空に刻まれた純白の線だった。どうやら轟音を発しているのはその白い線の先端部を飛翔している物体らしく、段々とネイリンゲンの上空へと接近してきているようだ。
ジェット機かな? この街の上空を通過するつもりかもしれない。そう思いながらその飛行物体を凝視していたんだけど、戦闘機にしては主翼があまりにも小さすぎるし、キャノピーらしき部分も見当たらない。胴体も細いし、まるでミサイルのようだ。
そう思った瞬間、僕は轟音の後ろに隠れていた絶望に気が付いた。
ネイリンゲンの上空へと接近しているミサイルらしき飛行物体は1発のみ。どこから発射されたのかは分からないけど、確かあのミサイルが飛来してきた方向にはラトーニウス王国がある。その隣国を越えた先には南ラトーニウス海があって、その南端にファルリュー島があった筈だ。
勇者の拠点である可能性があるファルリュー島とは方角が合う。大陸間弾道ミサイルならば、ファルリュー島からでもネイリンゲンまで届くだろう。
もしあのミサイルを放ったのが勇者だった場合、更に絶望は肥大化する。勇者たちは如月先輩や李風さんたちに命令して、核実験をさせていた。李風さんたちはもうイエローケーキを手放しているけど、勇者たちならば手に入れることは出来るだろうし、李風さんや如月先輩が実験で手に入れたデータを応用すれば核弾頭を作ることは可能な筈だ。
もちろん、その核弾頭を大陸間弾道ミサイルに搭載することだってできる筈――――。
まさか、あのミサイルは・・・・・・!
「――――ミラ、危ないッ!!」
(えっ?)
その瞬間、僕は席から立ち上がった。大慌てで窓際でミサイルを眺めているミラの肩を掴むと、そのまま彼女を引き寄せ、床に向かって突き飛ばす。いきなり床に突き飛ばされて彼女が驚いている間に、僕も壁の陰に隠れようとする。
でも、僕の身体が壁の陰に隠れ終るよりも先に、窓の外で猛烈な光が膨れ上がった。蒼空が一瞬で閃光に蹴散らされ、激流のように窓から流れ込んできた黄金の閃光が、まだ窓の前に取り残されていた僕の右腕を包み込む。
まるで、業火の中に紙切れを放り込んだように僕の右腕が燃え上がった。真っ赤な炎を纏いながら、すぐに皮膚が真っ黒に変色していく。
燃え上がる右腕を引き連れたまま、僕はミラを庇うために彼女の身体の上に覆い被さった。左腕で必死に彼女を抱き締めながら、僕は目を思い切り瞑った。
俺はまた悪夢を見ているのだろうか?
フィオナからエリクサーを受け取っている最中にいきなり我が家を襲った猛烈な振動。俺はすぐに妻と子供たちを家の中に隠れさせ、壁に掛けてあった迷彩模様のコートを羽織り、何とか振動と衝撃波に耐えた家の玄関のドアを開けた。
巨木の群れの隙間から緋色の輝きが見える。あの輝きが見える方向には、確かネイリンゲンがあった筈だ。いったい何があったんだ・・・・・・!?
「力也っ!」
「エミリア! エリス! 子供たちを頼む!」
「リキヤ、私も行くぞ!」
『わ、私も行きますっ!』
家の中に立てかけてあったサラマンダーの仕込み杖を拾い上げ、ガルゴニスが片手でベレー帽を押さえながら俺の後をついてくる。フィオナも持ってきた焔刻の杖を持ちながら、俺と同じくらいの速さで俺の隣を飛びながらついてきた。
ネイリンゲンへと向かって全力で突っ走りながら端末を取り出し、念のためにSaritch308ARとククリ刀を装備しておく。
さっきの衝撃波と振動はなんだ!? 爆発か!? 信也たちは無事なのか!?
滲み出した不安を何とか押し戻そうと足掻きながら森の中を走り続ける。でも、森を抜けてその緋色の光の正体を目の当たりにした瞬間、俺は足掻くのを止めてしまう羽目になった。
「そんな・・・・・・」
『あれって・・・・・・!』
草原の向こうに、巨大な緋色の火柱とキノコ雲が出現していた。
あのキノコ雲の根元には、いつもならば防壁のない開放的な雰囲気の田舎の街があった筈だ。でも、7年前からあまり変わらない街並みは見当たらない。
嘘だろ・・・・・・?
「ネイリンゲンが・・・・・・」
――――ネイリンゲンに、核が落ちた。