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暖かい絶対零度


 バイポットを展開し、伏せたままスコープを覗き込む。右手の人差指をトリガーに近づけ、カーソルをスコープの向こうのターゲットに合わせた俺は、しっかり照準を合わせながら標的を睨みつけた。


 標的の武装はモシン・ナガンM1891/30のみ。カスタムされているようで、銃口の下にはスパイク型銃剣が装着され、バイポットも装備されているようだ。


 敵もこちらに気付き、銃口を向けている。


「・・・・・・!」


 標的の頭にカーソルを合わせた瞬間、俺はぞっとした。


 その標的の顔は、確かにあの雪山で俺が殺した親友だったんだ。


「リョウ・・・・・・!?」


 駄目だ。撃ちたくない。


 今すぐ装備を解除して撤退しよう。もう親友を撃ちたくない。また彼を殺したくはない。俺はそう思いながら端末を取り出そうとするが、俺の左手は銃床から離れなかった。必死に左腕を引っ張っても、まるで銃床と左手が一体化してしまったかのように、俺の左手がスナイパーライフルから離れない!


 それだけではない。俺の右手の人差指も、俺の手を離せという命令を無視するかのように、少しずつトリガーを引き始めている。もちろん、スコープのカーソルの向こうには、まだリョウがいる。俺に向かってモシン・ナガンを構えているんだけど、撃ってくる気配はない。逃げる気配もなかった。


 このままトリガーを引いてしまえば、リョウの頭に弾丸が命中する。彼を3回も死なせてしまう事になる。


 嫌だ。頼む、やめてくれ。


 嫌だ。もう親友を殺したくない。お願いだ、撃たないでくれ。


 絶叫したいけど、口が開かない。表情も変える事ができない。まるでいつものように人々を虐げるクソ野郎を始末する瞬間のように無表情のまま、俺は再び親友に向かってトリガーを引こうとしている。


 やめろ。今すぐ手を離せ。


 だが、俺の右手は言う事を聞かない。再び彼の命を奪おうとしているかのように、少しずつトリガーを引こうとしている。


 そして、ついに俺の右手が、いつものようにトリガーを引いた。


 マズルフラッシュが一瞬で消え去り、轟音が俺の心を容赦なく叩き潰す。


 カーソルの向こうでリョウの頭が砕け散ったのを目の当たりにした瞬間、俺は絶叫していた。








「うわぁぁぁぁッ!!」


 必死に構えていた筈のライフルを投げ捨てようとして両腕を振り回したけど、俺の両手が投げ捨てたのはスナイパーライフルではなく、ベッドの毛布だった。


 ランタンの明かりの中で起き上がった俺は、右手で額の汗を拭い去りながら深呼吸をする。どうやら俺は、またリョウを殺す悪夢を見ていたらしい。


 あの雪山での戦いから1週間が経過している。あの戦いでフィオナは無事に核兵器を封印し、李風ももう核兵器は使わないと誓ってくれた。立派な書類にサインしたわけではないけど、モリガンと李風が率いる部隊は今のところ同盟関係にある。


「う・・・・・・」


「んっ・・・・・・」


「にゃ・・・・・・」


 おっと、妻たちとガルちゃんが風邪をひいちまう。


 俺は慌ててベッドの上から叩き落とした毛布を拾い上げて再びベッドの上にかけると、背伸びをしながらソファの上に腰を下ろした。部屋にある時計をちらりと見上げた俺は、頭をかいてからため息をつく。


 最近は、あの悪夢ばかり見ている。眠る度に俺はスナイパーライフルを構え、リョウを撃ち殺そうとしているんだ。


 トラウマになってしまったんだろうか? 射撃訓練でも、スコープを覗き込むと、リョウを狙撃したあの時の事がフラッシュバックする時がある。


『あれ・・・・・・? 力也さん、もう起きちゃったんですかぁ・・・・・・?』


「ん? フィオナか?」


 ソファの上で考え事をしていると、いつの間にか実体化したパジャマ姿のフィオナが、瞼をこすりながら眠そうな声で俺に問い掛けてきた。どうやら今からトイレに行くらしい。


 彼女は瞼をこすってあくびをすると、宙に浮かんでドアをすり抜け、廊下の奥にあるトイレへと向かう。部屋のドアをすり抜けていった彼女を見送った俺は、再びため息をついてから頭を抱えた。


 あの時、俺は躊躇していなかった。涙を流しながらスコープを覗き込み、親友に3発も7.62mm弾を撃ち込んで射殺した。


 友人を殺したくはないと思っていた。彼に向かって銃弾を放つという事は、彼との思い出にも銃弾を放ち、彼と共に殺してしまうという事なのだから。


 悲しいとは思っていても、俺の身体は躊躇しなかった。彼を殺さなければ仲間たちが殺されてしまう上に、核兵器を使われてしまうと考えた瞬間、躊躇する事ができなくなってしまった。


 親友に核兵器を使わせなかったから、俺は彼を救ったんだとは思えない。それ以前に、俺は彼を殺してしまった。高校で出会った大切な親友を・・・・・・。


 あいつはレベルが低い転生者たちを何人も救っていた。あの核兵器を作ったのも、勇者に脅されてしまったからだと李風は言っていた。勇者の要求を断れば、自分たちも魔王たちと同じく勇者たちに消されてしまう。だからリョウは、仲間たちのために核兵器を作り上げ、あの雪山で核実験を行った。


 あの転生者たちにとって、リョウが勇者だったんだ。


 俺はその勇者を、殺した。


「・・・・・・」


 もう一度時計を見上げた俺は、再び頭を抱えた。


 まだ深夜1時だった。









「おはよう、力也」


「おう、エミリア。おはよう」


 夫はどうやら私よりも早起きして、裏庭で素振りでもやってきたらしい。タオルで汗を拭きながら階段を上っていった力也とすれ違った私は、あくびをしながら階段を下り、裏庭へと続く裏口へと向かった。


 ドアを開けた瞬間、暖かくなった風が流れ込んできた。国道の4分の1が雪山になっている北国でも、そろそろ夏になるから、流れてくる風は温かくなっている。


 裏庭に出た私は、背負っていたクレイモアを鞘から引き抜いた。いつもは私が力也よりも先に目を覚まして素振りをしているのだが、最近は力也の方が私よりも先に目を覚まし、裏庭で素振りをしているようだ。


 あの雪山での戦いが終わってから、毎朝私と力也は階段ですれ違うようになっている。


 クレイモアを構えて素振りを開始する。最初はこのサラマンダーの素材で作られた大剣を重いと思っていたが、今ではもう慣れてしまった。まるでサーベルを片手で振り回しているかのように振るうことも出来る。


「・・・・・・」


 雪山での戦いで、力也は自分の親友を撃ち殺す羽目になった。あの雪山で核実験を行っていた転生者の正体は、力也の親友だったのだ。


 核兵器を使わせるわけにはいかない。だが、親友を撃ち殺す事になる。力也はかなり苦しんだことだろう。あの時、彼はスナイパーライフルのトリガーを引きながら泣いていたのを思い出した私は、思わず振り下ろそうとしていた大剣をゆっくりと地面に下ろしてしまった。


 毎晩、彼はうなされている。きっと、親友を殺した時の夢を見ているのだろう。だからなかなか眠れず、いつも私よりも先に素振りをしているに違いない。


 辛い思いをしたのに、力也はまるで戦いに行く前のように私たちと話をしたり、依頼を引き受けている。私たちに辛い思いをしていると知られないようにしているのだろう。


 何とか妻として励ましてやりたいのだが・・・・・・どうすればいいか分からない。


 普通に励ましたとしても意味はないだろう。もしかすると逆効果になるかもしれない。かといってこのまま放っておけば、力也が壊れてしまうかもしれない。


 どうやって励ましてあげればいいのだろうか。全く分からない・・・・・・。


 いつも力也は辛い思いをしている。最初に転生者と戦った時にフィオナが消滅しかけてからは、同じように仲間たちが傷つかないようにと必死に戦い続けている。だから、激戦が終わった後の彼はボロボロなのだ。


「・・・・・・そろそろ戻るか」


 力也が気になってしまって、全く素振りが出来ない。私は地面に置いた大剣を拾い上げると、背負っていた鞘に戻してから踵を返した。


 いつもならば汗を拭きながら階段を上がるのだが、全く素振りができなかったため汗はかいていない。用意しておいたタオルも乾燥したままだ。


「あら、エミリア。おはよう」


「ああ、カレン。おはよう。・・・・・・今から訓練か?」


 階段を下りて行こうとしていたカレンの腰には、ベレッタM93Rが収まったホルスターが下げられていた。どうやら今から射撃訓練に行くところだったらしい。彼女は微笑みながら頷くと、いつもならば汗をかいている筈の私の顔を覗き込んだ。


 やはり、汗をかいていないことに気が付いたのだろう。カレンは「・・・・・・どうしたの?」と心配そうな顔で私に問い掛けてきた。


「いや・・・・・・力也が心配でな」


「・・・・・・確かにね。私も心配だわ」


 力也が親友を撃ち殺したという事はみんな知っている。カレンも彼のことを心配してくれていたらしい。


 彼女は長い金髪を手で払うと、ため息をつきながら俯いた。


「・・・・・・辛かったでしょうね・・・・・・。大切な親友を殺したんだもの・・・・・・」


「ああ・・・・・・すまない、カレン」


「いいのよ。私こそ、力になれなくてごめんなさい」


 彼女はそう言うと、ハンドガンのホルスターを下げたまま階段を下りて行った。


 階段を上って自室のドアを開ける。力也はどうやらシャワーを浴びているらしく、部屋の中にはいなかった。彼のベルトのような装飾がいくつも付いた拘束具のようなコートが壁に掛けてあるだけだ。


 私はため息をついてから大剣を壁に立て掛けた。


 ベッドの上では、姉さんとガルちゃんが寝息を立てている。いつもは力也に抱き付いて眠っている姉さんは、抱き着く相手がいなくなったせいなのか、ガルちゃんの小さな体を抱き締めながら気持ち良さそうに眠っている。


 そろそろ朝食が出来上がる頃だ。2人を起こした方が良いだろう。


「ほら、2人とも。そろそろ起きろ」


「やだぁ・・・・・・」


「にゃ・・・・・・もう少し寝ていたいのじゃ・・・・・・」


「何を言っている。もう朝食の時間だぞ。・・・・・・まったく」


 ガルちゃんから起こそうと思ったが、ガルちゃんは姉さんに抱き付かれているため最初に起こすのは難易度が高い。まずは何とか姉さんを起こした方が良いかもしれない。


 私は苦笑いをしながら、姉さんの肩に手を置いて身体を揺すり始めた。


「ん・・・・・・」


「ほら、姉さん」


「わ、分かったわよぉ・・・・・・」


 姉さんは少しずつ目を開けると、瞼をこすりながらゆっくりと起き上がった。彼女が背伸びをしている間にガルちゃんの方に手を伸ばした私は、まだ眠ろうとするガルちゃんの小さな体を揺すり始める。だが、ガルちゃんはベッドの顔を擦り付けながら首を横に振ると、毛布に手を伸ばして毛布の中に潜り込んでしまった。


 やれやれ。最古の竜はまだ眠るつもりか。


「ほら、起きろ」


「い、いやじゃ・・・・・・」


 毛布を掴んで引き剥がした私は、再びガルちゃんの身体を揺すり始める。この2人はなかなか目を覚まさないため、いつも私がこの2人を起こしているのだが、おかげでこの2人を起こすのには慣れてしまった。


 最初の頃は逆に姉さんに抱き締められてしまう事もあったが、最近は姉さんに捕まらずに起こす事ができるようになっている。


 何度も体を揺すっていると、ガルちゃんはやっと目を開けてくれた。炎のように真っ赤な目を眠そうに擦りながら起き上がった彼女は、頬を膨らませながら「もう少し寝ていたかったのう・・・・・・」と呟く。


 ガルちゃんを起こしている間に、姉さんは着替えを終えていた。パジャマ姿から黒いメイド服のような制服に着替えた彼女の目は、起きたばかりの眠そうな目ではなく、いつも通りの目つきに変わっている。毎朝はだらしないが、さすがラトーニウス王国騎士団で絶対零度と呼ばれた最強の騎士だ。


「あら? エミリアちゃん、シャワーは?」


「あ、いや・・・・・・今日は汗をかかなかったのだ」


 笑顔を苦笑いに変えて俯きながら答えると、姉さんは微笑みながら私の頭の上に右手をそっと置いた。


「・・・・・・ダーリンの事が心配なのね?」


「ああ・・・・・・。どうやって励ませばいいのか、分からないのだ・・・・・・」


 ずっと一緒にいた大切な仲間なのに、どうやって彼を励ませばいいのか分からない。私が悩んでいたのはもう姉さんにバレてしまっていたらしい。


 姉さんは昔のようにそのまま私の頭を撫でると、俯くのを止めた私を抱き締めてくれた。


「じゃあ、お姉ちゃんに任せなさい」


「え?」


「ふふっ。お姉ちゃんがダーリンを励ましてあげる」


 姉さんはそう言うと、私の顔を見つめながら微笑んだ。









 コップの中に残っている酒を飲み干した俺は、空になった酒瓶を退けてラム酒の酒瓶を拾い開けると、尻尾の先端部で栓を開け、空になったコップの中にラム酒を注いだ。


 どうせ、今夜もあの悪夢を見る羽目になるんだ。そして夜中に目を覚まし、眠れなくなってしまう。


 コップの中に継いだばかりのラム酒を一気に飲み干してため息をついた俺は、右手で頭を押さえながらキッチンの中を見渡した。既に夕食の時間は終わり、仲間たちは部屋に戻って就寝するか、寝る前に射撃訓練場で訓練をしている頃だ。


 キッチンの中を照らすのは、目の前のテーブルの上に置かれた小さなランタンの明かりだけだ。また親友を撃ち殺す悪夢に誘おうとしているかのような暗闇を睨みつけた俺は、椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。


「・・・・・・くそったれ」


 今日の昼間も魔物退治の依頼があった。小規模な群れだったから数秒で殲滅できたんだが、遠距離からゴブリンを狙撃しようとスコープを覗き込んだ時、またリョウを撃ち殺したあの時の事がフラッシュバックした。


 このままでは、仲間たちの足を引っ張ってしまうだろう。あのレリエル・クロフォードと戦えるわけがない。


「あら、1人でお酒飲んでたの?」


「ああ、エリスか」


 天井を見上げながら考え事をしていると、メイド服のような制服姿のエリスがキッチンに入って来た。彼女はいつものようににこにこと笑いながら俺の傍らへとやってくると、俺の隣に腰を下ろす。


「私も飲んでいい?」


「おう」


 彼女の前にも新しいコップを置き、酒瓶の中に残っているラム酒を注ぐ。俺のコップにもラム酒を注いでから、エリスと一緒にコップを口元へと運んだ。


 エリスも眠れなかったんだろうか? いつもならば彼女は夕食の後に訓練をして、風呂に入ってから部屋で本を読むか眠っている筈だ。


「あら、ラム酒も美味しいわね」


「気に入った?」


「まあね」


 そう言いながらコップの中のラム酒を飲み干すエリス。俺は彼女がテーブルの上に置いたコップの中に再び酒を注ぐと、俺も自分のコップの中のラム酒を飲み干した。


 少し飲み過ぎたのかもしれない。頭を少し振った俺は、空になったコップに酒瓶の中の酒を少しだけ注いでから酒瓶を置く。


「・・・・・・ねえ、力也くん」


「ん?」


 何だか、彼女にダーリンではなく力也くんと呼ばれるのは久しぶりだ。エリスは俺が結婚指輪を渡した日から、ずっと俺の事をダーリンと呼んでいた。久しぶりに力也くんと呼ばれた俺は、左隣に座る妻を微笑みながら見つめる。


「その・・・・・・眠れないんでしょう?」


「・・・・・・ああ」


 眠れば、また夢の中で俺はリョウを殺す。だからできるならば眠りたくはない。きっとエリスは、俺がうなされているのを知っていたんだろう。


 酒を少しだけ飲んでから俺の手を握るエリス。普段はあまり酒を飲まない彼女の顔は、少しだけ赤くなっていた。


 冷たくなっていた俺の手が、エリスの温かい手の平に包まれる。彼女の手を握り返すと、彼女は嬉しそうに笑ってから俺の方を向き、そのまま俺を抱き締めてくれた。


 いつも部屋のドアを開けた瞬間に抱き付いて来るような抱き締め方ではない。いつもよりも優しく、暖かい抱き締め方だった。


 俺も彼女の背中に両手を回し、彼女を抱き締める。


 エリスの身体は暖かかった。酒を飲んだせいなのだろうかと思ったけど、俺が冷えていただけなのかもしれない。


「暖かい・・・・・・」


 思わず呟いた瞬間、リョウを狙撃したあの時のように、俺の両目に涙が浮かんできた。でもその涙は、あの時のような涙ではない。


 何で俺は泣いているんだろうか? 涙が浮かんできた理由を考えながら、妻に泣いていることがバレないようにしようと足掻いてみたけど、俺の頬を流れ落ちた涙はエリスの肩に既に零れ落ちてしまっていた。


「いいのよ。力也くんは、いっぱい辛い思いをしてきたんだもの・・・・・・」


「エリス・・・・・・」


「だから、今夜はいっぱい泣きなさい。お姉さんが全部受け止めてあげるから・・・・・・・・・」


 次々に涙が零れ落ちていく。最強の傭兵ギルドのリーダーが泣くのはみっともないと思ったけど、俺が流している涙はそんな考えも押し流してしまったらしい。


 妻に抱き締められて泣きながら、俺は安心していた。


 不安が次々に溶け、涙になって流れ落ちていく。


 絶対零度と呼ばれた騎士だった彼女は、とても暖かかった。









 最近は魔物退治の仕事が増えた。ネイリンゲンの周囲に魔物が増えているという事だ。もしかしたら、ネイリンゲンの街も他の街のように防壁を建設する羽目になるのかもしれない。


 あの開放的な景色は気に入っていたんだが、残念だ。こうやって魔物退治の依頼を何件も引き受け、片っ端から魔物を殲滅していれば、防壁は建設せずに済むだろうか?


 そんなことを考えながら迫撃砲を搭載したOSV-96の折り畳まれていた銃身を展開した俺は、バイポットを展開して草原に伏せた。銃身の左側に搭載されていた狙撃補助観測レーダーは取り外し、代わりに迫撃砲専用の照準器を搭載している。狙撃補助観測レーダーは便利だけど、デリケートだし重いんだ。


 俺の右隣では、エミリアが双眼鏡を覗いて敵の数を確認している。そして俺の左隣では、エリスがアサルトライフルの点検をしているところだった。


 彼女のおかげで、もう悪夢を見ることはなくなった。スコープを覗き込んでもフラッシュバックすることはない。まるで俺の中に残っていた不安が、彼女の優しさで溶けて、涙になって流れ出してしまったかのようだった。


 ありがとう、エリス。


 ちらりと彼女の方を見て微笑もうとした瞬間、アサルトライフルのチェックを終えたエリスと目が合った。彼女はにこにこと笑うと、M16A4の安全装置セーフティを解除する。


 もう悪夢を見ることはない。だが、リョウの事を忘れたというわけではない。


 あいつのことは、絶対に忘れない。


 あいつこそが本当の勇者だ。だからもし俺に子供ができたら、その勇者の事を教えるつもりだ。


「目標、距離900m。ゴーレムがいるぞ」


「了解、ゴーレムから片付ける」


 俺は空を見上げてからスコープを覗き込み、トリガーを引いた。


 蒼空の下で、アンチマテリアルライフルの轟音が響き渡った。




 

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