力也とエミリアが狙撃手に挑むとこうなる
燃え上がる格納庫の隣の格納庫の周辺では、常にマズルフラッシュが輝き続けていた。吹雪の中で輝くマズルフラッシュを見下ろしながらモニターをタッチし、ターレットの照準を格納庫へと押し寄せている敵兵の群れに合わせた僕は、メガネをかけ直した。
ミラが操るスーパーハインドが少しずつ高度を下げ始める。どうやら僕の出番がやって来たようだ。眼鏡を直し終えたばかりの両手をターレットの発射スイッチに近づけ、モニターに投影されているカーソルに敵兵の群れが映った瞬間に、僕は発射スイッチを押した。
その直後、スーパーハインドの機種にセンサーと共に搭載されているターレットの機関砲が火を噴いた。砲口をマズルフラッシュで煌めかせ続けながら、敵兵の群れの中に次々に砲弾を放り込んでいく。モニターの向こうで被弾した敵兵の身体が弾け飛び、地面を覆っている雪が赤くなった。
転生したばかりの頃ならば、取り乱していたことだろう。でも、僕はもう何人も敵を殺してきた。だから全く取り乱していない。
冷静にターレットを旋回させ、そのまま発射スイッチを押し続ける。機関砲の砲弾で格納庫を襲撃している敵兵を蹂躙し終えた僕は、再びターレットを旋回させて砲口を正面へと向けた。僕の後ろに座るミラは、掃射が終わった瞬間に操縦桿を倒し、スーパーハインドを吹雪の中で旋回させる。
敵兵が何人かこっちに向かって銃を撃ってきていたようだけど、全く命中しなかった。吹雪の中を飛び回るこの戦闘ヘリは未だに無傷だ。
格納庫の中では、まだフィオナちゃんが核兵器の封印を続けている。彼女の手伝いをしたいところだけど、封印するための魔術を知っているのは彼女だけだ。僕たちには手伝う事ができない。
だからこうやって敵を撃破し続け、時間を稼ぐことしかできない。
格納庫の前で戦闘を続けているギュンターさんとカレンさんに、ガルちゃんとエリスさんが合流したらしい。敵はその4人に向かってアサルトライフルやLMGを撃ちまくっているみたいだけど、彼女たちは物陰に隠れて反撃し、奮戦を続けている。
「ミラ、ロケットランチャーを!」
(了解!)
今度はターレットの砲弾ではなく、ロケットランチャーを放り込んでやる。
旋回を終えたスーパーハインドが、再び格納庫を襲撃している敵兵たちの方へと向かって突進していく。僕はモニターで照準を合わせてから発射スイッチを押し、先ほどと同じように敵兵の隊列をターレットの掃射で薙ぎ払い続ける。
(発射!)
僕の後ろの座席に座るミラが、スーパーハインドに搭載されているロケットランチャーの発射スイッチを押した。
ポッドから4発のロケット弾が放たれ、核兵器が格納されている格納庫を奪還しようとしていた敵兵たちを吹き飛ばした。橙色の火柱と黒煙が吹き上がり、爆風が敵兵に襲い掛かる。
スーパーハインドが再び旋回する間、僕はまるでこの戦いから置き去りにされたかのように散発的に煌めくマズルフラッシュを見つめた。その2つの煌めきは離れていて、こちらの戦いに比べればはるかに地味だ。
でも、繰り広げられている戦いは間違いなく激闘だ。近距離や中距離で撃ちまくるような派手な戦いではなく、遠距離から狙撃し合う精密な戦い。決して狙いを外すわけにはいかないデリケートな激闘だ。
2つのマズルフラッシュが、旋回していくスーパーハインドのキャノピーの隅へと消えていく。兄さんは敵の狙撃手を倒すために、エミリアさんと2人であそこに残ったんだ。僕の役割は兄さんの戦いを見守ることではなく、ミラと一緒にこの戦闘ヘリで味方を援護する事だ。
敵は核兵器を爆発物で誘爆させないために爆発物を装備していない。スティンガーミサイルやRPG-7は装備していない筈だ。
旋回を終えたスーパーハインドがホバリングを始める。敵兵たちはターレットやロケットランチャーにやられる前にこっちを撃ち落とそうと必死にアサルトライフルを撃ってくるけど、彼らの5.56mm弾や5.45mm弾はスーパーハインドの装甲に弾かれてしまっている。
僕は先ほどと同じように照準をマズルフラッシュへと合わせ、機関砲の発射スイッチを押した。アサルトライフルたちのマズルフラッシュを、機関砲の巨大なマズルフラッシュが次々に押し潰していく。
そして、機関砲の走者から生き残った敵兵たちに、ミラが容赦なくロケットランチャーをお見舞いする。敵は核兵器を爆発させないために爆発物を装備していないけど、こちらは爆発物を使いたい放題だ。ただし、間違って流れ弾が格納庫に命中する危険性もあるため、狙いを外すわけにはいかない。
モニターの向こうの兵士たちが次々に木端微塵になっていく。敵のマズルフラッシュの光も減っていき、雪原が火の海になる。
これで殲滅できただろうか? 生き残った敵をターレットで粉砕しながら考えていると、照準用のモニターの脇にあるレーダーに、赤い点がいくつも表示されているのが見えた。
まだ増援が来るのか・・・・・・!?
「ミラ、敵の増援だ・・・・・・!」
(くっ・・・・・・!)
敵の数が多過ぎる。
ターレットで敵兵を攻撃しながら、僕は冷や汗を拭った。
コンテナの陰から走り出した俺の頭の上を、1発の7.62mm弾が掠めた。今ので5発目だ。おそらく敵のスナイパーは再装填に移ったことだろう。数秒程度の隙でしかないが、再装填の最中ならば狙撃される心配はない。
エミリアを連れて格納庫の陰に隠れ、端末を取り出した。敵は何度も移動しながら狙撃してくるため、先ほど狙撃してきた場所からはもう移動している筈だ。奴を狙うには、再び奴の狙撃地点を探さなければならない。
さすがに移動しながら狙撃してくる敵とアンチマテリアルライフルは相性が悪いため、俺はOSV-96を解除した。端末を素早くタッチして操作し、イギリス製ボルトアクション式スナイパーライフルのL42A1を装備した。ボルトアクション式のライフルの中でも連射がし易く、弾数も多いこのライフルならば、何度も移動して狙撃してくるあのスナイパーの動きについて行けるはずだ。格納庫の中にまだ敵兵が残っている可能性があるので、サイドアームには3点バースト射撃が可能なベレッタM93Rを装備しておく。
俺はエミリアの手を引いて、格納庫の中へと入った。薄暗い格納庫の中には戦車が格納してあったようだが、既に出撃してしまったらしく、格納庫の中は冷気とオイルの臭いが存在するだけだった。
格納庫の中を通り抜け、外に出る前に遮蔽物を探す。12時方向にコンテナがあるが、少々距離がある。移動している最中に狙撃されてしまうかもしれない。10時方向には木箱の山があるが、木箱の防御力はたかが知れている。強烈な7.62mm弾を防げるわけがない。
近くにある遮蔽物はその2つだけだ。近くにある木箱の陰に隠れるべきか、それとも多少離れているが弾丸が貫通する心配のないコンテナの影を目指すべきか。装備したばかりのスナイパーライフルを抱えながら、俺は悩んだ。
敵は俺たちが格納庫を通り抜け、別の遮蔽物を探しているのを読んでいるかもしれない。あのスナイパーは、今まで戦ってきた転生者の中でも一番戦い方が巧い。
ならば、格納庫の中を通ってまた引き返すか? 向こうにもコンテナがあったが、12時方向に見えるコンテナよりも離れていた。俺たちがこちら側から飛び出すだろうと敵が予測していた場合は裏をかく事ができるが、敵はもう狙撃地点を変えているだろうし、走っている最中に狙撃される可能性もある。
その時、格納庫の壁の淵に7.62mm弾が着弾した!
「!!」
ぞっとしながら格納庫の中に隠れ、敵が狙撃してきた場所を予測する。
やはりあのスナイパーは移動していた。再装填を終えた上に、俺たちがここから飛び出して遮蔽物の陰に隠れようといていた事まで読んでいたらしい。
なんて奴だ・・・・・・!
「力也、引き返そう!」
「いや、ダメだ。コンテナに向かって走っている最中にやられちまう!」
やはり、ここから飛び出すしかないのか。もう一度遮蔽物の位置を確認した俺は、冷や汗を拭い去ってからエミリアの方を振り向いた。
「エミリア、俺が合図したらあのコンテナの陰まで走るぞ。あそこで応戦する」
「了解だ!」
壁の陰から外を睨みつけ、もう一度冷や汗を拭う。その直後、再び7.62mm弾が壁の淵を掠め、薄暗い格納庫の中に火花と破片をまき散らした。
モシン・ナガンはボルトアクション式のライフルだ。1発ぶっ放したらボルトハンドルを引かなければならない。
つまり、1発撃った後は数秒間だけ撃たれる心配がないって事だ。敵がセミオートマチック式のスナイパーライフルを使っていなかったことに感謝しつつ、俺は「行くぞ!」と彼女に合図しながら格納庫の中から飛び出した。
エミリアと共に全力で突っ走り、コンテナの影を目指す。ボルトハンドルを操作し終えた敵兵が再び7.62mm弾をぶっ放してくるが、弾丸は俺の目の前を掠めて雪に風穴を開けただけだった。これで2発目か。奴のライフルにはあと3発の弾丸が残っている筈だ。
コンテナの陰に辿り着いた俺は、呼吸を整えながらスコープを覗き込み、敵兵が狙撃していたと思われる辺りを見渡した。他の敵兵たちは格納庫の奪還のために出撃しているため、俺たちの周囲には何もない。静まり返った格納庫の群れがあるだけだ。
どこだ? どこで狙撃してやがる? もう移動したのか?
先ほど格納庫の壁を掠めた弾丸は斜め上から飛来していたようだった。だから敵のスナイパーは、少なくとも俺たちよりも高い場所にいる筈だ。
スコープを覗き込んでいると、司令塔の根元の辺りに鎮座しているコンテナの上から、スパイク型銃剣が装着された長い銃身が突き出ているのが見えた。そのライフルの上にはスコープが装着されていて、銃身の下にはバイポットも装備されている。
見つけたぞ・・・・・・!
奴はコンテナの上で俺たちを狙っていたようだった。先ほど移動中だった俺たちを仕留め損ねた敵のスナイパーは、移動せずにあそこで俺たちを狙い撃つつもりだったらしい。
すぐに反撃しようとそのスナイパーの頭に照準を合わせる。カーソルの向こうにスナイパーの顔が見えた瞬間、燃え上がる倉庫の方から聞こえていた銃声や絶叫が全く聞こえなくなった。空を舞うスーパーハインドのローターの音も何も聞こえない。
先ほど拭い去ったばかりだというのに、またしても冷や汗が流れ落ちる。
トリガーを引こうとしている指が、全く動かない。
奴の顔を見た瞬間、あのスナイパーに対する殺意が一瞬で消えてしまった。
俺に向かってモシン・ナガンの銃口を向けているスナイパーの顔は、見覚えのある顔だったんだ。
「ば、馬鹿な・・・・・・! 何でお前が・・・・・・・・・!?」
見間違えかと思った。そうだ、あいつがこの世界にいる筈がない。あいつは今頃向こうの世界にいる筈なんだ。この異世界で銃を構えているわけがない。
必死にそう考えていると、スコープの向こうのスナイパーも、同じように目を見開きながらこっちを見ていた。向こうも俺の顔に見覚えがあったらしい。
そのスナイパーはスコープから目を離すと、耳に装着している無線機のボタンを押し始めた。狙撃してくる様子はない。俺もライフルを下げてコンテナの陰に隠れると、冷や汗を拭いながら呼吸を整えた。
「力也、どうした?」
「いや・・・・・・」
『――――おい』
エミリアにライフルを撃たなかった理由をこたえようとしていると、耳に装着している無線機から少し低めの男の声が聞こえてきた。おそらく、あのスナイパーだ。無線機を調整して、俺たちに通信してきているんだろう。
やっぱり、その声にも聞き覚えがあった。
『お前、まさか・・・・・・・・・リッキーか・・・・・・?』
「・・・・・・!」
そのニックネームで俺を呼ぶのは、あいつだけだ。
やっぱりあのスナイパーは、お前なのか。
何でお前まで、こっちの世界にいるんだ・・・・・・!?
「――――まさか、リョウか・・・・・・・・・!?」
無線機に向かって恐る恐る聞き返す。
肯定するな。頼む。そう祈りながら、あのスナイパーが返答するのを待つ。見間違いならば、俺はいつも通りにお前を蹂躙できる。だから、肯定するな。肯定しないでくれ・・・・・・!
だが、奴は俺の高校生の頃のニックネームを知っていた。俺をそのニックネームで呼んでくれたのは、高校の時に仲の良かったあいつしかいない。あのニックネームを知っていたということは、あのスナイパーの正体はあいつだということだ。
『―――ああ』
「・・・・・・そんな」
返事が聞こえてきた瞬間、俺は左手を頭に当てた。
「力也、知り合いなのか!?」
「ああ。あいつは・・・・・・俺の親友だ」
「なっ・・・・・・!?」
確かにあいつは、俺の高校の時の親友だった。
彼の名前は如月嶺一。内向的な性格で、高校1年生の時はよく虐められていた。俺が彼を虐めていた奴らをボコボコにしてから彼と仲良くなり、よく一緒に遊ぶようになった。
リョウはミリオタで、俺と信也が銃や兵器に詳しくなったのはあいつの影響だった。俺と一緒に行動するようになってから虐められることもなくなり、あいつも少しずつ気が強い奴に変わっていった。
俺と信也をミリオタにしたその友人が、なんとこの異世界で銃を俺に向けていたんだ。
『久しぶりだな、リッキー』
「おい、リョウ・・・・・・嘘だろ・・・・・・!? お前も・・・・・・死んだのか・・・・・・!?」
『・・・・・・ああ、死んじまったよ。2年前にな』
2年前ということは、俺が死んだ1年後ということだ。つまり、リョウは2年間もこの異世界にいたということになる。
『まさか、転生者ハンターがリッキーだったとは・・・・・・。信じられないよ』
「リョウ・・・・・・やめようぜ。銃を下ろしてくれ。お前は殺したくない」
『俺だってリッキーを殺したくない。・・・・・・だが、あの核砲弾を渡すわけにはいかない!』
リョウの声が聞こえた直後、隠れていたコンテナにモシン・ナガンの7.62mm弾が着弾した。リョウはこのまま俺と戦うつもりなんだ!
俺は歯を食いしばりながら、コンテナの陰からスナイパーライフルを構えた。素早くスコープを覗き込み、親友に向かってトリガーを引く。
だが、俺がぶっ放した7.62mm弾は、移動を始めたリョウの防寒用のコートを掠めただけだった。リョウがコンテナの上から下りたのを確認した俺は、再びコンテナの陰に隠れながらボルトハンドルを引き、7.62mm弾の薬莢を排出する。
「力也・・・・・・」
「エミリア、索敵を頼む」
出来るならばあいつは殺したくない。だが、躊躇するわけにはいかない。躊躇すれば、またエミリアを失うことになるかもしれない。
だから、リョウを撃たなければならなかった。
「――――あいつを・・・排除する・・・・・・・・・!!」
プロローグ2でも触れていますが、力也の友人のミリオタとは彼の事です。