狙撃手VS狙撃手
先ほどから、銃声や爆音が真っ暗な格納庫の中にまで響き渡っていた。爆音の中に断末魔が混じる度に、私は思わず仲間がやられてしまったのではないかと心配してしまう。
でも、外で戦っている仲間は、1人で騎士団の一個大隊並みの戦闘力を持つと言われるほどの猛者たちだから、あんな転生者たちに負けるわけがない。急いで仲間たちに合流したいと思ったけど、その前に私はこの核砲弾を封印しなければならない。だから封印を中断して参戦したいのを我慢しながら、真っ暗な格納庫の中でひたすら封印の魔術を進めて行った。
この封印の魔術の原理は、封印する対象を異次元空間に転送してしまうことで封印するというものだから、魔法陣を刻みながら儀式を行い、対象の内部にある魔力を停滞させて封印するタイプよりも時間がかかってしまうけど、封印する対象そのものが異次元空間に追放されてしまうから、よほど強力な魔術師でない限り異次元空間を漂う対象に手を出すことは出来ない。私が知っている封印の魔術の中で、一番強力な封印の方法だった。
だから、3年前にもしガルゴニスを封印することになっていたら、ガルゴニスを異次元空間に追放することになっていた。今ではもうガルちゃんは私たちの仲間だから、彼女を異次元空間に飛ばすことにならなくて良かったと思っている。
真っ暗な格納庫の中を照らし出しているのは、核砲弾を取り囲む蒼白い魔法陣が発する燐光だった。真っ白に塗装されている自走迫撃砲の巨体まで蒼白く染め上げる魔法陣の淡い煌めきの中で、私は手順通りに魔法陣に魔力を流し込み、シンプルだった魔法陣を少しずつ複雑な模様へと変えていく。
力也さんは、核兵器は王都のような巨大な街を消し飛ばしてしまう恐ろしい兵器だと言っていた。そんな恐ろしい兵器を、転生者に使わせるわけにはいかない!
『い、急がないと・・・・・・!』
仲間たちが持っているエリクサーの数は3本。一口飲めば銃で撃たれたとしても傷口は一瞬で塞がるようになっているけど、頭を撃たれれば即死してしまうし、当然ながらエリクサーがなくなってしまえば回復する手段がなくなってしまう。
だから私は速くこの作業を終え、仲間たちに合流しなければならなかった。
この世界に核兵器は存在しない。だから私やエミリアさんたちは、核兵器の恐ろしさを知らない。でも、力也さんの世界で様々な惨劇を生み出してきたこの恐ろしい兵器を、この世界で使わせるわけにはいかない。
いつか、力也さんたちにも子供が生まれるでしょう。だからその子供たちのためにも、この恐ろしい兵器は封印しなければならない。
あと少し・・・・・・! お願い、みなさん。もう少しで終わりますから・・・・・!
死なないで・・・・・・!
司令塔の上は吹雪で雪がこびりつき、更に真っ白になっていた。ついさっきここにやってきたばかりだというのに、防寒用のコートには早くも雪がこびりつき、灰色のコートが真っ白に染まりつつある。
端末を取り出し、久しぶりに俺の相棒を装備する。俺が装備したのは、ソ連で生産されたボルトアクション式ライフルのモシン・ナガンM1891/30だ。ソ連軍が第二次世界大戦中に採用していたライフルで、俺のモシン・ナガンには狙撃用にスコープとバイポットが装着されている。敵に接近された場合に備えて、銃口の下にはスパイク型の銃剣も装備している。
旧式のスナイパーライフルだが、一番使いやすいライフルは間違いなくこいつだ。この異世界に転生した時からアップグレードを繰り返し、性能を底上げしながらずっと使い続けている。
転生者ハンターよ。お前も何人も転生者を狩ってきたみたいだが、俺だってこいつで何人も転生者を暗殺してきたんだぜ。
次の獲物はてめえだ。
司令塔の上で伏せ、バイボットを展開してからスコープを覗き込む。装着されているスコープはVPスコープだ。
カーソルの向こうに映るのは、戦車の残骸の近くで暴れ回る幼女を援護する転生者ハンターの姿だ。構えている得物はロシア製アンチマテリアルライフルのOSV-96みたいだが、かなりカスタマイズされているようだ。マズルブレーキはT字型に変更されてるし、グリップはサムホールストックに変更されている。マガジンも伸びてるし、銃身の下にはなんと迫撃砲を搭載しているようだ。普通ではありえないカスタムだな。
まだ俺には気付いていないらしい。
モリガンの最高戦力は間違いなくあの男だ。あいつさえ倒せば、こっちの残存兵力で何とか核兵器を奪還できるかもしれない。
最悪の場合は、核兵器を奪還してこの基地を放棄する。かなり痛手だが、核兵器がある限り計画は頓挫することはない。それに、また奴隷たちに基地を作らせればいいだろう。
「こちら如月。各員へ通達する。あの転生者ハンターは俺が引きつけるから、お前らはその間に部隊を再編成しろ。――――何としても、核兵器を奪還するんだ!」
『了解!』
戦車部隊は壊滅状態で、歩兵部隊も大損害を受けている。だが、まだ核兵器を奪還できるほどの戦力は残っている筈だ。もしこの反撃が失敗すれば、基地だけではなく核兵器まで手放す羽目になるだろう。もしそうなったら、計画は確実に頓挫する。再びイエローケーキを奴隷たちに用意させ、核砲弾を再び製造しなければならない。
スコープのカーソルをコンテナの陰に隠れている転生者ハンターの頭に合わせる。いくら転生者ハンターでも、頭に7.62mm弾を叩き込まれればくたばる筈だ。
「・・・・・・あばよ」
吹雪の中でつぶやいた俺は、モシン・ナガンM1891/30のトリガーを引いた。
久しぶりに相棒の反動を味わいながら、スコープの向こうを睨み続ける。7.62mm弾は吹雪の中を直進しながら、転生者ハンターの頭に向かって飛び込んでいく。
そして、スコープの向こうで転生者ハンターの頭がぐらりと揺れた。頭にかぶっていたフードには風穴が開いている。俺の放った弾丸は、狙った通りにあの忌々しい転生者ハンターの頭に命中したらしい。
だが、俺はまだ照準を転生者ハンターから離さなかった。いつもならば頭から血飛沫が吹き上がるというのに、あの転生者ハンターのフードの風穴からは鮮血は全く吹き上がらない。ただフードに風穴が開いただけだ。
弾かれた?
「くそったれ」
ボルトハンドルを引き、薬莢を排出する。すぐにバイポットを折り畳んで立ち上がった俺は、司令塔の屋根の上にワイヤーをひっかけ、急いで司令塔の上から格納庫に向かって降下を開始した。
あのまま第二射をぶっ放していたら、確実に転生者ハンターに逆に狙撃されていただろう。出来るならば奴を狩りたいところだが、部下たちが格納庫から核砲弾を奪還するまで時間を稼げればいい。
最近は指揮ばかり執っていたものだから、前線で狙撃をするのは久しぶりだ。
格納庫の屋根の上に降り立った俺は、にやりと笑いながら再びスコープを覗き込んだ。
転生者ハンターの奴は司令塔の上に銃口を向けていたが、そこに向かって狙撃はせず、すぐにこっちに銃口を向けてきやがった。まさか、司令塔から下りていたのがバレたのか?
いや、違う。おそらくあれは狙撃補助観測レーダーだ。装着した武器の射程距離内にいる敵を感知し、搭載されている小型モニターに表示するため、射程距離の長いスナイパーライフルを使用する転生者たちはよくあれを装備している。
なるほど。確かOSV-96の射程距離は2kmだったから、俺が司令塔から下りたのも感知されているというわけか。
――――ならば、それから潰させてもらうッ!
照準を転生者ハンターの頭ではなく、ライフル本体に装着されている狙撃補助観測レーダーに変更。奴が12.7mm弾をぶっ放す前に、俺はモシン・ナガンのトリガーを引いた。
雪の中で、2度目のマズルフラッシュが煌めく。転生者ハンターは俺の狙撃を回避しようとしたらしいが、俺の狙いは奴の身体ではない。長距離の敵を索敵するための手段だ。
モシン・ナガンの7.62mm弾は、奴がライフルを動かす前に狙撃補助観測レーダーのセンサー部分に飛び込んだ。脆いセンサーを貫通した弾丸はその後ろに装着されている小型モニターの内部をズタズタに破壊してショートさせてしまう。
いいぞ。これで奴はレーダーを使って索敵できない!
レーダーを破壊された奴は慌てて反撃してきたが、奴の12.7mm弾が撃ち抜いたのは格納庫の屋根だ。俺は狙撃される前に立ち上がって走り出し、格納庫から飛び降りた。
「くそったれ、レーダーをやられた!」
頭を狙撃される直前に咄嗟に外殻を生成して頭を硬化させて防いだんだが、どうやら敵は俺を仕留める前にレーダーを破壊してからいたぶる戦法に変更したらしい。
今まで狩ってきた転生者はどいつもこいつも敵を見下すような馬鹿野郎ばかりだったが、あのスナイパーは違う。戦い方が巧い・・・・・・!
しかも、俺の狙撃している位置がバレる前に移動してやがる・・・・・・。狙撃補助観測レーダーがあればすぐに位置を知る事ができるんだが、たった今の狙撃で便利なレーダーは破壊されちまった。こうなったら自力で奴を探し出し、狙撃で始末するしかない!
なるほど、狙撃手同士の対決か。面白い・・・・・・!
「力也、大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ。だが・・・・・・レーダーをやられた。敵に巧いスナイパーがいる」
しかも、得物はおそらくモシン・ナガン。第一次世界大戦や第二次世界大戦でロシア軍やソ連軍が採用していたボルトアクション式のライフルだ。旧式のライフルだが、その旧式の得物を奴は使いこなしていた。
つまり、今までその得物で戦い抜いてきたって事だ。
厄介な相手だな・・・・・・。放置しておけば、遠距離から奇襲を受けるに違いない。それに、仲間たちが狙われる危険性もある。奴は排除しなければならない。
『兄さん、聞こえる?』
「どうした?」
『敵の残存部隊が格納庫に向かってる! おそらく、格納庫の奪還が狙いだ!』
拙いな・・・・・・。まだ核砲弾の封印は終わってないぞ。格納庫の前にはギュンターとカレンがいるし、上空には信也たちのスーパーハインドが待機しているが、敵の方が数は多いだろう。
どうする? 一旦格納庫まで下がるか? 格納庫の前で敵を迎え撃てば返り討ちにできるだろうが、あの狙撃手に仲間が狙撃される危険性がある。だからといってフィオナやギュンターたちを見捨てるわけにはいかん。
どうやらあの狙撃手は優秀な策士でもあるらしいな。奴を排除しようとすれば格納庫ががら空きになっちまうし、格納庫の前まで撤退すれば仲間が狙撃されるかもしれない。俺が核砲弾でここの守備隊を人質に取ったように、奴は狙撃で俺の仲間たちを人質に取ったわけだ。
「くそったれ―――――うおッ!?」
コンテナの陰で悪態をついた直後、モシン・ナガンの狙撃がコンテナの淵に着弾した。火花と破片が散り、雪の中に落下していく。
あいつはまだ俺を狙っているのか!
「ダーリン、どうする!?」
「エリス、エミリアとガルちゃんを連れて格納庫の前まで撤退しろ!」
「ちょっと待て! 力也はどうするのだ!?」
「俺はあの狙撃手を仕留める! あいつを放っておいたらお前らまでやられちまうぞ!」
仲間たちや妻たちを狙撃させるわけにはいかない。
モシン・ナガンの弾数は5発だ。今の狙撃で、奴のライフルの中にはあと弾丸は2発しか残っていない筈だ。そいつを撃ち尽くしたら再装填をしなければならない。
「力也、私も残る!」
「何だって? 敵はスナイパーだぞ!?」
エミリアが得意なのは大剣やSMGを使用した接近戦だ。いくら彼女が転生者を瞬殺できるほどの戦闘力を持っていると言っても、狙撃手とは相性が悪過ぎる。
もちろん俺は首を横に振った。だが、エミリアは俺から離れようとしない。AK-12をセミオート射撃に切り替え、コンテナの陰から狙撃手がいる方向に向かって数発ぶっ放すと、すぐに隠れてから俺の顔を見上げた。
「分かっている! だが、夫を残していくわけにはいかない!」
「俺は大丈夫だ! エミリア、お前はフィオナを守れ!」
「ダメだッ! ―――頼む、力也。私も一緒に戦う」
「・・・・・・!」
彼女はもう一度コンテナの陰から狙撃手に向かってセミオート射撃をぶっ放し、マガジンを交換した。すると狙撃手の狙撃がまたしてもコンテナの淵に命中し、火花を散らす。
彼女は俺と一緒に戦うつもりだ。いつも俺が無茶をしているから、妻として心配してくれているんだろう。
俺はちらりと反対側のコンテナの陰からK11複合型小銃をぶっ放しているエリスを見た。彼女はエアバースト・グレネードランチャーのボルトハンドルを引きながら俺の顔を見ると、微笑みながら首を縦に振る。
「ダーリン、エミリアちゃんも連れて行ってあげて!」
「エリス・・・・・・!」
「フィオナちゃんは私たちが守るわ! お姉さんに任せなさい!」
そう言いながらエアバースト・グレネード弾をぶっ放し、戦車の残骸の陰に隠れている敵兵を粉砕するエリス。俺の隣で再装填を終えたエミリアを見下ろした俺は、目を瞑ってから首を縦に振り、腰に下げていた双眼鏡を彼女に手渡した。
もし狙撃補助観測レーダーが破損した場合に使えるようにと携帯している索敵用の双眼鏡だ。彼女は俺を見上げながらそれを受け取ると、双眼鏡を首に下げた。
「分かった。エミリア、一緒に戦ってくれ」
「――――ああ!」
「悪いがレーダーがぶっ壊された。双眼鏡で観測手をやってくれ」
「任せろ!」
彼女に突撃させるわけにはいかない。だから俺は、彼女に敵の索敵をお願いすることにした。
「信也、エリスたちを後退させる! お前は上空から敵部隊を攻撃してくれ!」
『了解! ミラ、後退だ!』
『了解!』
通信を終えた俺は、すぐ隣でアサルトライフルを構えている彼女を見下ろし、左手で優しく頭を撫でた。エミリアはいきなり頭を撫でられてびっくりしているようだったけど、すぐに顔を少し赤くすると、いつものように微笑んでくれた。
彼女の頭から手を離し、腰に下げていたスモークグレネードを取り出した俺は、反対側のコンテナに隠れているガルちゃんとエリスと目配せをしてから頷き、安全ピンを抜いたスモークグレネードを放り投げた。
「行け、エリスッ!」
「了解! ・・・・・・エミリアちゃん、ダーリンをお願い!」
「任せろ、姉さん!」
コンテナの陰に隠れていたエリスとガルちゃんが、格納庫に向かって走り出す。俺は2人が離脱したのを確認すると、アンチマテリアルライフルから機能を停止した狙撃補助観測レーダーを切り離し、ライフルを担ぎながら、エミリアを連れてコンテナの陰から走り出した。
狙撃手同士の対決は書いてみたかったんですよね(笑)