魔物の群れと現代兵器
まさか、異世界で初めて金縛りになるとは全く思っていなかった。しかも金縛りだけじゃなくて、寝ている俺の上に真っ白な髪の少女の幽霊が乗っている。彼女がこの屋敷に出るとおじさんが言ってた幽霊なんだろうか。
彼女は何も表情を浮かべずに、黙って俺の顔を見つめている。俺はソファの近くに立て掛けておいたはずのAN-94を拾い上げようと手を伸ばすんだけど、全く腕が動かない。この幽霊が押さえつけてるんじゃないかと思ったけど、彼女にステータスが強化されている俺を押さえつけられるほどの腕力があるようには思えないし、それに彼女の両手は俺の胸の上にそっと置かれている。アサルトライフルを掴み取ろうとしている俺の腕には全く触れていない。
『………』
「………っ!」
ダメだ、両足も動かない。
そういえば、エミリアの枕元に聖水の瓶が置いてあるはずなのに、どうしてこの部屋に出て来たんだ? まさか、聖水が効かなかったのか?
『………そんなに怖がらないで』
「………?」
静かに俺に顔を近づけてきた少女が、右手で俺の頬に触れながらそう囁いた。幽霊の筈なのに、俺の頬には彼女の小さな右手がちゃんと触れている。しかもその手は暖かかった。
この子は本当に幽霊なのか? まるでまだ生きているような感じがする。
彼女の言葉のおかげなのか、先ほどまで感じていた恐怖が段々と消えていく。少しずつ安心してきたのはいいんだけど、口も開けないから彼女に声をかけることもできない。相変わらず右腕は動かなくて、俺は身体を動かそうとするのを断念した。
もし体が動いたとしても、もしかしたら彼女に銃を向ける必要なんてないのかもしれない。
「きゃああああああああああああああああああっ!!」
「!?」
『きゃっ………!?』
幽霊が出てきたのには驚いたけど、今の大声にも驚いたぞ。俺は金縛りにあっている最中だというのに身体をびくりとさせてしまった。俺の上に乗っていた少女の幽霊も、小さい声を上げてびっくりしている。
どうやら今の声はエミリアの声らしい。目を覚まして、幽霊を見てしまったんだろうか。屋敷に入った時から幽霊を怖がっていたから、本物の幽霊を見てしまって混乱しているのかもしれない。
「ゆ、幽霊がっ………! 力也、幽霊が!!」
「………!」
まだ声が出ない!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
幽霊の少女がエミリアを落ち着かせようとするけど、ダメだったみたいだ。ソファの背もたれに隠れて彼女が何をやっているのか全く見えないけど、今何か拾い上げたような音がしたぞ。
何を拾い上げたんだと考えていると、今度は折り畳んでいた銃床を展開する音が聞こえてきた。ま、まさか! エミリアのやつ、AN-94を室内でぶっ放すつもりじゃないだろうな!?
ぶっ放すとしたら多分フルオート射撃だろう。室内で撃ちまくられてもしソファの背もたれに命中したら、間違いなく弾丸が貫通して金縛りにあったままの俺に直撃するぞ!?
「………!」
た、頼むっ! 金縛りを解除してくれぇっ!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エミリアの絶叫が部屋の中に響き渡り、彼女の声を掻き消すかのようにAN-94の銃声が轟く。背もたれの上を弾丸が通過していき、壁に立て掛けられていた肖像画が穴だらけになっていく。
このままじゃ、俺も穴だらけにされちまう!
いつの間にか幽霊の少女は消えていた。俺はすぐに金縛りが終わっていることを確認すると、ソファの上から転げ落ち、エミリアがマガジンを交換している隙に立ち上がって彼女の方へと突っ走る。
「落ち着けエミリア! もう幽霊は消えたって! 大丈夫!!」
「だって、ソファの上にっ!」
一応ソファの上を確認してみるけど、幽霊はもう消えている。
「落ち着けって。な?」
「また来るかもしれないんだぞっ!?」
マガジンを交換して再装填を終えた彼女は、今度は銃身の下に搭載されている40mmグレネードランチャーのグリップを左手で掴んだ。おい、室内でグレネードランチャーはやめてくれ!!
俺は慌てて彼女の左手をグレネードランチャーから引き離すと、そっとAN-94の銃口を床へと下ろさせる。
「落ち着いてくれ、エミリア」
「………す、すまない」
やっと落ち着いてくれたらしい。壁の肖像画のように風穴だらけにされなくて良かったぜ。
俺も安心すると、彼女のAN-94をベッドの傍らに置き、エミリアをベッドに座らせた。
「寝れるか?」
「あ、ああ……」
「俺はもう少し見張ってから寝るよ」
「す、すまん………」
「気にするな。幽霊が苦手なんだったら仕方ないさ」
「申し訳ない………。幽霊は小さい頃から苦手なんだ」
エミリアは小声で言うと、静かにベッドの上に横になり、毛布をかぶった。俺は床に転がっていた聖水の瓶をそっと彼女の枕元に置き直すと、何とか銃弾の直撃を受けていなかったランタンを1つ壁から取り外し、マッチで火をつけてからソファの近くのテーブルの上に置いた。
「―――それで、目を開けたら俺の上にあの幽霊の女の子が乗ってたんだよ」
「とっ、憑りつかれてないだろうな!?」
かじっていたパンを飲み込んでから聞いてくるエミリア。俺は朝食に作った野菜スープを飲み干してから「大丈夫だって」と言って彼女を落ち着かせる。
今日はギルドの宣伝をするか。ポスターとか看板を作らないとな。
「………そういえば力也、ギルドの名前はどうするのだ?」
「ギルドの名前かぁ………。どういう名前にしよう?」
そうか。名前を決めておかないとポスターも作れないよな。名前がないままポスターと看板を作るわけにもいかないし。
名前を考えながらパンでも食べようかと思い、スープを飲むのに使っていたスプーンを皿の上に置いたその時、屋敷の入り口のドアをノックする音が聞こえた。
まだギルドの宣伝は全くやってないし、依頼じゃないよな? パンへと手を伸ばしていた手を引っ込めて椅子から立ち上がると、ドアの向こうからジャックさんの声が聞こえてきた。
「ジャックさん?」
俺たちにこの屋敷を無料で売ってくれた不動産屋のジャックさんだ。何の用事なんだろうか? 俺とエミリアはすぐに入り口のドアの方へと向かうと、ドアを開けた。
ドアの向こうに立っていたのはやはりジャックさんだった。隣にはもう1人、中年の男性が立っている。2人とも息を切らしてるんだけど、まさか街から走ってきたんだろうか?
「おはようございます。どうしたんですか?」
「いや、君たち傭兵ギルド始めたんだろ? ちょっとお願いがあってね………」
まさか、依頼か?
ジャックさんは額の汗を拭うと、隣で息を切らしているもう1人の男を見てから「彼から依頼があるそうなんだ」と言った。
「依頼?」
「ああ。実は、私の農場が魔物に襲撃されてるんだ。騎士団は他の街の増援に行ってるし、傭兵ギルドも他の依頼を受けていて、この依頼を受けられるギルドがないんだよ………」
他の街の増援ってことは、そこが魔物に襲撃されてるんだよな? 他の傭兵ギルドも依頼の最中って、そんなに魔物の襲撃ってよく起きることなのか。おじさんやエミリアから魔物が狂暴化してるっていう話は聞いてたけど、そんなに襲撃されるのかよ。
でも、宣伝する前に依頼が来たぞ。まだギルドの名前も全く決めてないけど、成功させて報酬を得るチャンスだ!
「分かりました、すぐに行きます。……いいよな? エミリア」
「ああ」
「ありがとう、2人とも。私の農場はネイリンゲンの東の草原にある。……それと、魔物はかなりの数だ。一応、騎士団の駐屯地にも応援を要請してみるよ」
「数はどのくらいですか?」
「多分、50体以上はいるな………。ゴーレムやゴブリンだけじゃなく、ゾンビもいたような気がする」
ゴブリンとゴーレムとは戦ったことがある。ゾンビとは戦ったことはないけどな。
その魔物が50体以上か。確かに数が多い。俺たち2人で倒し切ることができるだろうか? ここは騎士団が駐屯地から来るまで時間を稼いだ方がいいかもしれないな。
武器はどうしようか? アンチマテリアルライフルは装備するつもりだし、アサルトライフルも使うべきだ。でも、50体以上も魔物がいるならば強烈な連射武器が必要になるかもしれない。
俺はクライアントの男性から話を聞きながら、どの武器を作るべきか考え始めた。
ネイリンゲンの東側に広がる草原を、俺とエミリアは馬に乗って疾走していた。乗っている馬はジャックさんが街の騎士団から借りてきてくれたらしい。俺は馬に乗ったことは全くなかったんだけど、エミリアの見様見真似で何とか彼女の隣を落馬せずに走っていた。
既に俺たちは装備を身に着けている。俺は背中に生産したばかりのRPG-7付きのOSV-96を背負い、腰の後ろにはサムホールストックのAN-94を装備している。装着しているのはエミリアも俺と同じで、40mmグレネードランチャーとドットサイトとブースターだ。あとは腰のホルスターにスコープ付きのレイジングブルを装備して、左腕にはパイルバンカーを装着している。
俺の役目は、アンチマテリアルライフルとRPG-7を使用して遠距離から魔物を狙撃することだった。特に、魔物の中では頑丈なゴーレムを狙うつもりだ。
隣を走るエミリアは、腰の後ろにAN-94を背負い、腰の左側にはラトーニウス王国の騎士団が装備する剣を下げている。ホルスターにはHK45を装備していた。
それ以外に、エミリアは背中に街を出る時に渡しておいた強烈な連射武器を背負っていた。がっちりした長い銃身とバイボットがあり、銃身の上にはキャリングハンドルが装着されている。
彼女が背負っているのは、連射速度に優れるドイツ製汎用機関銃のMG3だ。銃身の上にはホロサイトとブースターが搭載されていて、予備の銃身も1本用意されていた。
彼女の役目は、このMG3でゴブリンやゾンビの群れを薙ぎ払うことだ。凄まじい速度で7.62mm弾を連射するこの汎用機関銃ならばすぐに殲滅できるだろう。
もしかすると時間稼ぎをする必要もないかも知れない。
「あれだ」
片手で馬の手綱を握りながらエミリアが草原の向こうを指差す。その先には木製の柵があって、その奥に畑と建物がいくつか見えた。あれがクライアントが言っていた農場だな。確かにその周囲を無数の魔物が取り囲んでいる。
「よし、そろそろ馬から降りよう」
「了解だ」
馬を止めて降りた俺とエミリアは、背中に背負った武器を用意しながら草原の上に伏せた。俺は折り畳んでた銃身を展開し、エミリアはその隣でバイボットを準備しながら傍らに予備の銃身を置いている。
銃身の脇に折り畳んでいた狙撃補助観測レーダーとモニターを展開すると、俺はモニターに表示された赤い点の数を数え始める。農場を襲撃している魔物の数は―――合計で65体だ。そのうちゴーレムの数は15体もいる。
できるならばあまり農場を破壊したくない。RPG-7で攻撃するのは、農場の外側にいるゴーレムや魔物の集団にしておこう。
「距離は600mだ。いけるか?」
「問題ない。試し撃ちはやってないが………叩き込んでやるさ」
にやりとエミリアが笑みを浮かべる。俺も彼女に向けて笑みを浮かべて頷くと、スコープを覗き込んでゴーレムの1体へと照準を合わせる。
これだけ魔物を倒せばレベルは確実に上がるだろうな。ポイントを今度は何に使おうかと考えながら、俺は照準を合わせたゴーレムへ向けて、アンチマテリアルライフルのトリガーを引いた。