力也の奮戦
「敵襲! 敵襲!」
見張りの兵士の絶叫を聞きながら、俺は双眼鏡を覗き込んでいた。雪がこびりついた指令室の窓の外では、第5格納庫の屋根から巨大な火柱が吹き上がり、基地内に降り積もった雪を橙色に照らし出している。その橙色に染まった雪の上に散乱しているのは、1発も砲弾をぶっ放すことなく爆破された戦車の残骸たちだった。中には火達磨になって絶叫しながら、雪の上を転げ回る兵士もいる。
大慌てで端末を操作してアサルトライフルやロケットランチャーを担いで出撃していく兵士たちに戦車の乗組員を救出するように命令しようと双眼鏡から目を離しかけた瞬間、第4格納庫の入口にいつの間にか用意されていたバリケードの方でマズルフラッシュが煌めき、その直後に火達磨になっていた兵士の身体が弾け飛んだ。
俺は冷や汗を流しながら、火達磨になっていた奴に止めを刺した無慈悲な敵へと双眼鏡を向ける。バリケードの陰に隠れながら巨大なライフルを構えてスコープを覗き込んでいたのは、防寒用のコートに身を包んだ男だった。エルフやハーフエルフかと思ったが、フードと頭の隙間からは彼らの長い耳は見えない。
よく見ると、フードには2枚の真紅の羽根がついていた。おそらくハーピーの羽根だ。転生者ハンターかと思ったが、俺は何も言わなかった。もし相手が数多の転生者を殺してきた俺たちの天敵だと言ってしまえば、兵士たちが逃げ出してしまうかもしれない。同じように双眼鏡を覗き込んでいた兵士をちらりと見て目配せした俺は、俺の机の上に用意されている無線機のスイッチを入れた。
「総員へ通達! 敵襲だ! 総員、戦闘開始! これは演習ではない!」
無線でこう言わなくても、先ほどの大爆発で警備兵たちは訓練ではないと気付く筈だ。
相手は今のところ転生者ハンター1人だけのようだ。単独行動か?
狙いはおそらく核砲弾だろう。どこからその情報を知ったのだろうか? こっちの警備兵の中に情報を売り渡した馬鹿でもいるのか?
だが、この基地の警備兵は全員転生者だ。転生者ハンターに情報を売り渡せば、自分が始末される羽目になる。裏切った馬鹿はいないだろう。
「転生者ハンターか・・・・・・。面白い」
久しぶりに強敵がやってきてくれた。
俺は冷や汗を拭い去ってから、窓の外の火柱を睨みつけてにやりと笑った。
その巨大な火柱は、降下地点からも見えた。
巨大な緋色の柱が雪だらけの大地から突き出たかのようだった。周囲の雪を橙色に照らし上げながら、黒煙となって夜空へと舞い上がっていく。
「ふふふっ。ダーリンってば、派手に戦ってるみたいね」
「ね、姉さん・・・・・・」
私の隣で楽しそうに言う姉さん。私は苦笑いしながらM26MASSを装備したAK-12の点検を始める。ホルスターの中に入っているのは、力也が用意してくれた2丁のPP-2000だ。
姉さんの装備は、エアバースト・グレネードランチャーとアサルトライフルが一体になったK11複合型小銃だ。腰のホルスターには、2丁の9mm機関拳銃が入っている。それと、右手にはボルトアクション式のパイルバンカーを装備していた。ガルちゃんと戦った時からパイルバンカーがすっかり気に入ってしまったらしく、姉さんは今でも必ずパイルバンカーを装備している。
「じゃが、突入するときは信号弾で合図するのではなかったのかのう? 何故もう戦いが始まっておるのじゃ? 見つかったのか?」
「そうでしょうね・・・・・・」
マークスマンライフルのスコープの調整をしながらそう言うカレン。彼女は耳に装着している小型無線機を片手で押さえながら、上空に舞い上がったばかりのスーパーハインドのコクピットに座る信也に「どうするの? 策士さん」と問いかけた。
予定を変更して、もう突撃するべきなのかもしれない。ちらりと仲間たちの顔を見渡してみるが、薄暗い雪原の上に降り立って武器の準備をしている仲間たちは全員私と目を合わせて首を縦に振っていた。
今すぐ突入し、あの2人を援護するべきだ。今まで様々な激戦で勝利してきた仲間たちは、全員そう考えている。
あの2人を見捨てるわけにはいかない。
『――――予定を変更し、これから敵基地へと突入します』
「ガッハッハッハッ! そう来なくっちゃなぁ、信也ッ!!」
両手にM249パラトルーパーを2丁も持ちながら言うギュンター。その近くで銃剣付きのMG34の点検をしていたガルちゃんも、にやりと笑いながらコッキングレバーを引いた。
こちらの戦力は、力也とフィオナを入れて歩兵が7人。そしてスーパーハインドが1機だ。敵は全員転生者らしいが、私たちは最強の傭兵ギルドと呼ばれているモリガンだ。何人も転生者を相手にしている!
『では、まず僕たちが先制攻撃を仕掛けます。その後、皆さんは突撃をお願いします!』
「了解!」
無線機に向かってそう言いながら、私は目の前で吹き上がる火柱の根元を睨みつけていた。
待っていろ、力也・・・・・・!
一瞬で全滅させられた戦車部隊の仇を討とうとしているかのように、猛烈な5.45mm弾の弾幕が俺が隠れている即席のバリケードを穴だらけにしていく。被弾した木箱から雪まみれの木屑が舞い上がり、土嚢袋からは凍り付いた土の破片が吹き上がる。
俺は何とか土嚢袋の陰からOSV-96の長い銃身を突き出し、スコープの向こうでAK-74のフルオート射撃をぶっ放している警備兵の顔面に12.7mm弾をお見舞いしてやった。眼球や肉片が弾け飛び、また1つのマズルフラッシュが消え去る。
今まで転生者を何人狩り続けてもなかなかレベルが上がらなかったんだが、これならばレベルは上がるだろう。
一旦アンチマテリアルライフルを引っ込め、バイポットをさらに伸ばす。銃床を雪の上に立て掛けて銃口と銃身の下の迫撃砲を斜め上へと向けた俺は、腰の左側のホルダーにぶら下げていた迫撃砲の砲弾をBM-37の砲口の中へと放り込み、両手で耳を塞ぎながら得物に背を向けた。
次の瞬間、俺の背後で生じた橙色の荒々しい閃光が、格納庫の外壁とバリケードの内側を照らしだした。降り続ける雪の群れを突き破って撃ち上げられたのは、俺がさっき装填した82mm弾だ。
敵との距離はそれほど離れてはいない。おそらく俺を銃撃している敵兵との距離は50m前後だろう。
土嚢袋の陰に座り込みながら懐中時計を取り出し、たった今ぶっ放した砲弾が弾着する時間を確認する。そろそろ着弾する頃だろうか。
動き続ける秒針を見つめながら、俺はにやりと笑った。
「弾着・・・・・・・・・今」
この場で銃撃戦をやっているのは俺1人だけなんだが、俺は1人でそんなことを呟いていた。俺の声が吹雪の音と銃声と敵兵の怒声にかき消された直後、いきなりバリケードの向こうで火柱が吹き上がり、その近くで銃撃していた敵兵がまとめて爆炎に呑み込まれたのが見えた。
どうやら命中したようだ。俺はもう一発砲弾を砲口に装填し、耳を塞ぎながら迫撃砲に背を向ける。
「はっ、迫撃砲だ! 迫撃砲を持ってるぞ!」
「来るぞぉッ!」
俺が迫撃砲を使っていることに気が付いたらしい。俺は得物に砲弾を装填せず、そのまま腰に下げていたBizonの銃床を展開してフルオート射撃で発砲する。迫撃砲を警戒していた敵兵に9mm弾を叩き込み、その隣で反撃しようとしていた奴の頭にも弾丸をお見舞いする。そして他の敵兵からの銃撃を回避しながら迫撃砲の砲弾をホルダーから掴み取り、地面に立て掛けたままの迫撃砲を装着したOSV-96の前を通過しながら砲弾を装填した。
耳を塞いだ直後、2発目の砲弾がPKPを構えていた敵兵の近くに落下した。爆風と衝撃波で敵兵の肉体がバラバラになり、黒焦げになった肉片が雪の上に落下する。
たった1人の転生者に、銃を装備した転生者の部隊が圧倒されている状態だった。敵は核砲弾を奪取するために爆発物を使うわけにはいかず、俺に対して砲弾や爆弾を使用した攻撃ができない。それに対して俺は爆発物を使いたい放題だ。
ハハハハハッ。最高だぜ。
3発目の砲弾も着弾し、アサルトライフルを持っていた兵士たちをまとめて吹き飛ばす。俺はBizonのフルオート射撃で敵兵を数名薙ぎ倒してから土嚢袋の陰に隠れ、銃身の下に装着されていた細長いタンクのようなヘリカルマガジンを取り外した。新しいヘリカルマガジンを装填しながら無線機を手に取り、格納庫の中で作業中のフィオナに連絡する。
「フィオナ、そっちはどうだ!?」
『あと半分です!』
「どのくらいかかる!?」
『おそらく10分です!』
「了解! 敵は任せな!」
あと10分間も転生者の部隊を相手にしなければならないらしい。
コッキングレバーを引いて射撃を再開しようとしたその時、今度は耳に装着した無線機から信也の声が聞こえてきた。俺は「よう、同志シンヤスキー!」と叫びながら、突撃しようとしていた敵兵の顔面に9mm弾をしこたまお見舞いする。
「どうした!? こっちは最高だぜ!?」
『予定変更だ、兄さん。今から僕らも突撃する』
「ははははっ、了解だ!」
予定変更か。まだ封印は終わっていないが、敵は何とか足止めしている。仲間たちが加勢してくれれば、このまま敵を殲滅できるかもしれない。
手榴弾を取り出して安全ピンを引き抜き、敵兵の群れに向かって放り投げる。俺に散々5.45mm弾を撃っていた奴が叫びながら逃げようとした瞬間に頭を上げ、そいつの背中を9mm弾で撃ち抜いてやった俺は、腰のホルダーに下げていた信号弾を取り出した。本来ならば仲間たちに突入の合図に使う予定だった砲弾だが、俺の位置を教えるために使わせてもらおう。
「信也、信号弾を撃ち上げる! そこで交戦中だ!」
『了解! 支援の準備をしておくよ!』
「助かる!」
無線に向かってそう言いながら信号弾を迫撃砲に装填する。耳を塞ぎながら得物に背を向け、発射されたのを確認してから再びBizonで射撃を再開する。
そろそろ汎用機関銃でも使うか? Bizonのヘリカルマガジンは今使っているマガジンも含めてあと3つだが、残りのマガジンの中の弾丸を全部使ったとしても、敵兵を殲滅することは出来ないだろう。それに向こうの方が数が多いし、火力も高い。
片手で射撃しながら端末を取り出し、片手で画面をタッチして武器の生産を開始する。武器の種類の中からLMGを選択した俺は、Bizonでの射撃を続行しながら片手で画面をタッチし続ける。
LMGの中からセトメ・アメリを選んだ俺は、親指で画面をタッチしてカスタマイズをせずにそのまま装備した。
セトメ・アメリはドイツ製汎用機関銃のMG42やMG3をスペインが改良したLMGだ。連射速度は非常に早く、MG42やMG3よりも小口径の5.56mm弾を使用するため反動も小さい。連射速度の高さと扱いやすさを両立したLMGだ。銃身の上にはキャリングハンドルが装着されている。
敵の攻撃の最中であるため、カスタマイズをする余裕はなかった。俺は全くカスタマイズをしていない状態のセトメ・アメリのバイポットを展開して銃口を敵兵たちに向けると、トリガーを引きっ放しにして5.56mm弾の嵐を敵兵たちに叩き込んだ。
猛烈なマズルフラッシュが雪の中で煌めき続ける。敵兵のマズルフラッシュが減り、5.56mm弾に食い破られまいと敵の転生者たちが戦車の残骸やコンテナの陰に隠れ始める。俺はそいつらを狙おうとはせず、強引にこっちを攻撃しようとしている馬鹿だけを狙うことにした。
AK-74の銃口をこっちに向けて反撃しようとしている奴の頭を5.56mm弾の集中砲火で叩き潰し、その脇で遮蔽物から飛び出そうとしていた少年にフルオート射撃をお見舞いして牽制すると、戦車の残骸の陰からドラグノフで狙撃しようとしていた奴に5.56mm弾を叩き込んだ。
「ちっ・・・・・・!」
燃え上がる戦車の残骸の陰から、まだ敵兵の増援がやってくる。しかもやってくるのは敵兵だけではなく、他の格納庫に格納されていたと思われる戦車までこっちに接近していた。
接近しているのは純白に塗装されたアメリカ製主力戦車のM60パットンのようだ。数は3両ほどだが、その周囲にはM16A3を装備した兵士たちがいる。中にはバレットM82A3を装備している奴もいるようだ。
爆発物は使えないため、戦車はおそらく機銃で攻撃してくるだろう。厄介なのはその戦車の火力と、アンチマテリアルライフルによる狙撃だ。
セトメ・アメリから一旦手を離し、ホルダーの中から迫撃砲の砲弾を取り出す。バイポットの根元についている小型のハンドルを回して仰角を調整し、狙撃補助観測レーダーの小型モニターでM60パットンに照準を合わせた俺は、対戦車用の形成炸薬弾を砲口の中に放り込み、両耳を塞いだ。
対戦車用の砲弾が撃ち上げられていく。俺は次の砲弾を放り込まずに再びセトメ・アメリのグリップを握り、フルオート射撃で生き残っている前衛の兵士たちを穴だらけにしてやった。
空になったドラムマガジンを取り外して新しいドラムマガジンに交換し、再び照準器を覗き込む。その時、先ほど撃ち上げた形成炸薬弾が、こっちに向かって前進していたM60パットンの砲塔の上に着弾した。
ちょうどキューポラのハッチに命中したらしく、ハッチを突き破った砲弾は車内に入り込み、座席に座っていた車長の肉体を木端微塵に粉砕すると、車長の座席の根元で爆発を起こした。
車内に迫撃砲の砲弾を叩き込まれた戦闘のM60パットンは、キューポラのハッチから火柱を噴き上げながら動きを止める。いきなり立ち止まった戦闘の戦車に後続のM60パットンが激突し、戦車部隊が混乱する!
「おお・・・・・・」
砲弾がキューポラのハッチに命中したのは偶然だ。砲塔の上を狙ったつもりだったんだがな。
『――――こちらスーパーハインド。敵基地に突入します』
「来たか・・・・・・!」
無線機から聞こえてきたのは、冷静なミラの声だった。俺が呟いた直後、吹雪の中に戦闘ヘリのローターの音が響き渡り始める。その音を聞いた敵兵たちが、顔を青くしながら夜空を見上げた。
飛行場もヘリポートもないこの基地に味方のヘリがやってくるわけがない。つまり、ローターの音が聞こえたということは、敵のヘリが襲撃してきたということだ。
次の瞬間、混乱していたM60パットンの車列の真っ只中に、2発の対戦車ミサイルが放り込まれた。何とか行動不能になった戦闘の車両を迂回して前進しようとしていた後続の戦車と最後尾の戦車にミサイルが突き刺さり、残骸の後方で2つの火柱が吹き上がる。
いきなり戦車を吹き飛ばされて青ざめる敵兵たち。彼らが我に返るよりも先に、ローターの轟音を響かせながら襲来したスーパーハインドのターレットが、立ち尽くす敵兵の肉体をバラバラにしていく。
燃え上がる戦車の残骸の上を飛び越えて行ったのは、黒とグレーの迷彩模様のスーパーハインドだった。キャノピーの下の辺りには、モリガンのエンブレムである2枚の真紅の羽根が描かれている。
「さすがだ、同志」
操縦と兵装による攻撃を担当するのはミラで、ターレットによる攻撃と索敵を担当するのは信也だ。
スーパーハインドはターレットで地上を攻撃しながら、吹雪の中で旋回を始める。アンチマテリアルライフルを持っている兵士が狙撃を始めるが、ミラが操るスーパーハインドには全く命中しない。狙撃を外した兵士たちは、逆に信也のターレットによって撃ち抜かれていた。
兵士たちは大慌てでヘリから逃げ回り始めるが、逃げ回る彼らは格納庫の外から放たれた銃弾によって次々に蜂の巣にされていった。戦車の陰に隠れた兵士もいたが、そいつらは飛来したエアバースト・グレネード弾の爆発で次々に粉々にされていく。
吹雪の向こうからマズルフラッシュと共に姿を現したのは、漆黒の制服に身を包んだ傭兵たちだった。制服の肩の辺りには、ちゃんと2枚の真紅の羽根のエンブレムがついている。
「力也、無事か!?」
「よく来てくれた、エミリア!」
AK-12をフルオート射撃でぶっ放しながら俺の方へと走ってくるのは、黒いドレスのような制服に身を包んだ蒼いポニーテールの女性だった。背中には相変わらず大剣を背負っているが、今回は防具を身に着けていない。
バリケードの内側へと飛び込んできた妻をLMGで援護しながら、俺は彼女に向かってにやりと笑った。エミリアも俺が無事だったのを確認して安心したらしく、にやりと笑いながらバリケードを飛び越えてから射撃を開始する。
「フィオナは!?」
「仕事中だ! ――――ギュンター! カレン! 援護しろ! 俺たちが突っ込む!」
「了解、同志旦那コフ!」
旦那コフ・・・・・・?
セトメ・アメリをバリケードの中に残した俺は、アンチマテリアルライフルを拾い上げて立ち上がった。セトメ・アメリの予備のドラムマガジンを合流したギュンターに手渡し、コンテナの陰で射撃を続けているガルちゃんとエリスと合流する。
「―――突撃するぞ! 掛け声は覚えてるな!?」
「うむ、覚えておるぞ!」
「ええ、大丈夫よ!」
「よし!」
端末を取り出して、いつも愛用しているSaritch308ARを装備した俺は、銃身の横に装備されているナイフ形銃剣を展開すると、妻たちとガルちゃんの顔を見てからにやりと笑った。
「――――Ураааааааааааааааааааа(ウラァァァァァァァァァァァァ)!!」
そして、仲間たちと共に叫びながら、一斉にコンテナの陰から飛び出す。敵兵がいきなり叫びながら突撃を始めた俺たちに攻撃してくるが、バリケードの向こうからのカレンの狙撃とギュンターの弾幕で、次々に蜂の巣にされていった。
吹雪の向こうで輝くマズルフラッシュに向かって突撃し、7.62mm弾で反撃しながら、俺はドットサイトの向こうを睨みつけた。
ドットサイトの向こうにいる敵兵たちは、もう総崩れになっていた。