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転生者と警備兵


 パラシュートを外し、静かに酸素マスクを顔をから外す。その瞬間、マスクの内側にこもっていた温もりが雪山を吹き抜ける冷たい風たちに連れ去られ、一瞬で冷却されていった。


 まだ5月だというのに、オルトバルカ王国の最北端に位置するバルエーニュ山脈は真冬と全く変わらなかった。いくら他の地域が夏を迎えても、この雪山には全く関係ない。いつも通りに雪と氷が岩肌を覆い尽くし、冷たい風が駆け回る極寒の山脈だ。


 あの世界の雪山も、こんな場所なんだろうか? 異世界の雪山を眺めながらそんなことを考えた俺は、防寒用のコートのフードをかぶり、装備をもう一度確認しておくことにした。


 爆弾のように高度9000mから投下されたが、ちゃんと着地は出来たので武器は破損していない。それに今回の潜入のために選んだ武器は頑丈なロシア製の武器だ。


 まず、SMGのPP-19Bizonを確認する。このBizonは、トリガーの前から銃口の辺りまで伸びる細長いタンクのようなマガジンが特徴的なロシア製SMGだ。このマガジンはヘリカルマガジンと呼ばれるマガジンで、大量の弾丸を入れておく事ができる。扱い易い上に頑丈で、マガジンの中の弾丸も多い優秀なSMGだ。


 銃床やドットサイトが破損していないか確認した俺は、Bizonを腰に下げてから、ホルスターの中からマカロフPB/6P9を確認する。こちらもBizonと同じくロシア製のハンドガンだ。サプレッサー以外に、ライトとドットサイトを搭載している。


 あとは接近戦用に国王から貰った仕込み杖を持って来ている。


「よし、フィオナ。行くぞ」


『は、はいっ』


 酸素マスクを外して装備を確認していたフィオナにそう言うと、俺は彼女を連れて草原を歩き始めた。


 フィオナの役割は核兵器の封印であるため、装備しているのは俺と同じマカロフだけだ。もし敵に見つかって戦闘になってしまったら、俺が彼女を守らなければならない。


『―――こちらCP。聞こえる?』


「ああ、聞こえる」


『良かった。無事に降下できたみたいだね』


 無線機から聞こえてきたのは信也の声だ。俺は雪原を歩きながら苦笑いすると、ちらりと後ろをついてくるフィオナの顔を見ながら言った。


「良かっただって? あんな無茶な投下しやがって・・・・・・」


『はははっ。でも、同志リキノフなら大丈夫でしょ?』


「まあな。・・・・・・では、これより作戦を開始する」


『了解。こっちも攻撃の準備をして待機してるよ』


 通信を終え、再び歩き出す。


 俺たちはまず最初に敵基地に潜入して核兵器を封印しなければならない。封印するために魔術を使っている最中のフィオナは無防備になるため、もしその状態で敵に発見されれば作戦は確実に失敗する。


 だから、もしも封印の最中に敵に発見されたら、俺が敵を足止めしなければならなかった。


 猛烈な吹雪だ。出来るならば、ストーブが置いてある部屋で暖かい紅茶でも飲みたいものだ。雪原を進みながらそんなことを考えていると、真っ白な景色の中に、無骨な灰色のフェンスが見えてきた。


 おそらく、あの基地の周囲を囲んでいるフェンスだろう。つまりこの向こうが敵の基地というわけだ。ここに辿り着く前に敵の警備部隊と遭遇しなくて良かったと思いながら、俺はフェンスをよじ登り始める。


 フェンスの上には有刺鉄線が用意してあったけど、皮膚をサラマンダーの外殻で覆ってしまえば関係ない。コートが有刺鉄線に引っかからないように気を付けながらフェンスの上を越えた俺は、フェンスの内側に着地すると同時にホルスターからマカロフを拭き抜き、周囲を警戒した。


 俺たちが降下した直後に再び吹き始めた吹雪のせいで、遠くはあまり見えない。真っ白な景色の中に基地の司令塔や格納庫の影が何となく見える程度だ。


『うう・・・・・・さ、寒いです・・・・・・』


「大丈夫か?」


『な、なんとか・・・・・・』


 実体化を解除してフェンスをすり抜けてきたフィオナ。彼女は幽霊なので、実体化を解除すれば壁やフェンスを簡単にすり抜けられるし、その状態ならば霊感の強い人間以外には全く見えなくなる。


 便利な能力だけど、魔術を使う際には実体化していなければならない。だから今回の封印でも、実体化を解除しながら封印するということは出来ない。


 俺の傍らへとやってきた彼女は、ぶるぶると震えながら実体化を解除した。防寒用のコートと帽子をかぶっていた少女の姿が消えてしまったのを確認した俺は、姿を消したばかりの彼女に「はぐれるなよ」と言ってから、格納庫の方に向かって歩き出す。


 核兵器が格納されている可能性が高いのは間違いなく格納庫だ。ミサイルサイロや飛行場がないのだから、そこに格納されているに違いない。


 今のところ、俺たちの周囲に遮蔽物はない。フィオナは実体化を解除しているから吹雪が終わっても問題ないが、もし吹雪が終われば俺は簡単に敵に発見されてしまう。陽炎を生み出して姿を隠す煉獄陽炎は、ここで使ったとしても冷気と雪にすぐに冷却されてしまうため、姿を消すことは出来ないだろう。


 吹雪が終わる前に格納庫に辿り着かなければならない。


 吹雪がまだ終わらないことを祈りながらフィオナと共に基地の中を進んだ俺は、何とか格納庫の近くまでやってきた。まだ警備兵は見当たらない。基地の外にはいないんだろうか?


 もし外に警備の兵士がいないならば簡単に潜入できると思っていたんだが、格納庫の近くに置いてあるコンテナの影に隠れようとしたその時、コンテナの向こうに人影が見えた。俺はコンテナの陰に隠れてから舌打ちをすると、静かにその人影を確認する。


 どうやら少年のようだ。転生してきたばかりの頃の俺と同じく17歳くらいだろうか。防寒用のブラウンのコートに身を包み、両手にはAK-74を持っている。AK-47よりも口径の小さいアサルトライフルだけど、殺傷力は非常に高い。


 それ以外の装備は見当たらない。


 マカロフで仕留めるか? 右手のマカロフをそっと構え、ドットサイトを覗きんで照準を合わせる。距離は40mほどだ。簡単に当てられる。


 だが、トリガーを引く直前に、少年の間の前に会った格納庫の影からもう1人の警備兵が出て来たのを目の当たりにした俺は、少年の頭に銃弾を叩き込むのを断念した。あそこで発砲していたら、目の前で仲間を射殺された警備兵に発見されていただろう。


 俺はマカロフを下げ、コンテナの影から雪まみれの木箱の影へと移動した。


 どうやらあの少年は、格納庫の影から出て来た警備の兵士と警備を交代するらしい。少年と何かを話した警備兵は、格納庫の中に戻っていく彼に手を振ると、肩に担いでいたグレネードランチャー付きのAK-74を持って、俺が隠れている木箱と先ほどまで隠れていたコンテナの間へと歩いて来た。ここを通過して持ち場に戻るらしい。


 木箱の陰から周囲をもう一度確認する。今度はあの警備兵の他に兵士はいないようだ。撃ち殺しても問題あるまい。


 俺は今度こそマカロフを構え、ドットサイトのカーソルを警備兵の頭に合わせてからトリガーを引いた。マズルフラッシュは煌めかず、銃声も轟かない。いつもと違う静か過ぎる銃撃だった。


 でも、弾丸は俺が照準を合わせたとおりに警備兵の頭に喰らい付いた。防寒用の帽子もろとも風穴を開けられ、雪を血で真っ赤に汚しながら崩れ落ちる警備兵。排出された小さな薬莢が、一瞬で足元の雪の中に埋まってしまう。


 マカロフを構えたまま警備兵に駆け寄った俺は、そいつが撒き散らした鮮血を雪で隠してから、警備兵の死体を木箱の陰へと引きずってきた。


 その時、コートの内ポケットから何かが落ちた。ハンドガンか?


 死体を隠してからポケットから落ちた物体を拾い上げる。それは、携帯電話のような端末だった。俺の持っている端末と形状は全く同じだ。


 まさか、転生者の端末か?


 そう思った俺は、この警備兵が持っていた筈のアサルトライフルを探した。転生者でなければ、端末で生産した武器を管理する権限は転生者にあるから、アサルトライフルは残ったままだ。だが、もし端末の持ち主である転生者が死亡した場合、端末は機能を停止するため、生産して装備していた武器もすべて消滅してしまう。


 周囲を見渡してみたけど、さっきまでこいつが持っていたグレネードランチャー付きのAK-74は見当たらなかった。


「こいつ、転生者だったのか・・・・・・」


 吹雪の中でつぶやいた俺は、その転生者の死体を雪の中に埋めることにした。義足になっている左足で足元の雪を退け、その中に死体を蹴飛ばしてから雪をかける。こいつの端末は義足のブレードで貫いて破壊してから、一緒に雪の中に埋めた。


 血痕が残っていないことを確認してから、格納庫の影へと向かって走り出す。


 そういえば、最近は転生者を殺してもレベルが上がらなくなってきた。現在の俺のレベルは640。攻撃力のステータスは158000まで上がり、防御力は169000になっている。スピードは3つのステータスの中で一番高く、もう既に182000になっていた。


 3年前までは転生者を殺していれば一気にレベルが上がっていたんだが、最近はレベルが全く変わっていない。ずっとレベル640のままだ。


 格納庫の中に足を踏み入れる前に、入り口の近くの壁の陰に隠れ、そっと格納庫の中を見渡す。先ほど警備を終えた少年が中に入っていったということは、格納庫の中に詰所のような場所でもあるんだろうか? 格納庫の中は薄暗いが、警備兵の詰め所があると思われる以上、迂闊にマカロフのライトをつけて内部を調査するわけにはいかない。警備兵を殲滅するわけにもいかないため、薄暗い格納庫の中をこっそり調べるしかないようだ。


 マカロフをホルスターに戻し、Bizonを装備する。折り畳んでいた銃床を展開してセレクターレバーを操作し、セミオート射撃に切り替える。サプレッサーが装着されていることを確認してから、俺は格納庫の中へと足を踏み入れた。


 格納庫の中は温かいだろうと思って中に入ったんだが、俺と実体化を解除したフィオナを出迎えたのは、外と全く変わらない寒さと格納庫の中にずらりと並ぶ戦車の隊列だった。雪原で使用するためにホワイトとグレーの2色で塗装された戦車たちが、何両も格納庫の中に鎮座している。


 格納庫の中に並んでいたのは、ソ連製主力戦車(MBT)のT-72だ。平べったい砲塔から突き出ている砲身は、主砲の125mm滑腔砲だ。中には爆発反応装甲を搭載している車両もある。


『せ、戦車がいっぱいです・・・・・・!』


「すげえな。ロシアの兵器が好きなミリオタでもいるのか?」


 もしいるんだったら仲良くなれそうだ。俺も東側の武器や兵器が大好きだからな。だが、語明かすわけにはいかない。俺たちの任務は核兵器の封印だ。


 万が一見つかった際にこのT-72の群れに襲われる危険性があるので、燃料タンクの辺りにC4爆弾を仕掛けておこう。端末を取り出してC4爆弾をいくつも生産した俺は、その爆弾を車体と燃料タンクの間に押し込み始めた。ここが爆発すれば、いくら主力戦車(MBT)でも木端微塵になる筈だ。


『りっ、力也さん!』


「ん?」


 8両目のT-72にC4爆弾を仕掛けていると、いつの間にか実体化していたフィオナが、俺のコートの袖を掴んで引っ張っていた。爆弾を仕掛けてから彼女の方を振り向いてみると、フィオナは真っ青になりながら格納庫の奥の方にある通路の方を指差し続けている。


 敵兵でも見つけたんだろうか? Bizonを構えて銃口を通路に向けると、ドットサイトの向こうに、通路からこっちへと歩いてくる警備の兵士の姿が見えた。


 人数は3人。武装はAK-74ではなく、AKS-74Uのようだ。殆どカスタマイズされていないようだが、左側を歩いている奴の銃にだけはグレネードランチャーが装備されている。


 物音を立てた覚えはない。とっさにフィオナを連れて戦車の陰に隠れた俺は、いつでも頭を撃ち抜いて始末できるようにSMGを構えながら3人の動きを確認する。


 どうやら格納庫の中を雑談しながら巡回しているだけらしい。物音が全くしない静かな格納庫だから、聞こえてくるのは奴らの話し声と足音だけだ。


 何か核実験の事について話しているのかと思って話声に耳を傾けてみるが、聞こえてくるのは商人から購入した女の奴隷の話や、前に村を占領したという話ばかりだった。3人ともクズ野郎か。


 俺はフィオナの方を向いて人差し指を唇の前で立てると、彼女が頷いたのを確認してから、静かに別の戦車の陰に隠れた。その戦車の砲身の下を、3人の警備兵が通り過ぎていく。


 3人とも俺に気付いていない。相変わらず雑談を続けたままだ。


 Bizonの銃口を、まずグレネードランチャー付きのAKS-74Uを持っている奴の頭に向ける。ドットサイトのカーソルで照準を合わせた俺は、その3人が別の戦車の正面に到達した瞬間にトリガーを引いた。


 後頭部を弾丸で撃ち抜かれ、警備兵がうつ伏せに崩れ落ちる。


「お、おい、どうした?」


「風穴か・・・・・・? おい、頭を撃たれて――――」


 仲間が頭を撃たれて死んだことに気付いた方を狙い、トリガーを引いた。防寒用の帽子やヘルメットをかぶっていたわけではなかったので、命中した弾丸は容易く頭蓋骨を粉砕し、彼の頭を撃ち抜いた。


 しゃがんでいた兵士が仰向けに倒れる。残った1人も仲間が何者かに射殺されて絶命したことに気が付いたらしく、肩に下げていたAKS-74Uを構え、銃口を俺が隠れている場所の近くへと向けた。


 だが、奴が銃口を向けている場所に俺は隠れているわけではない。その右側の戦車の影だ。


 残念だったな。


 俺は間抜けな警備兵を嘲笑いながら、もう一度トリガーを引いた。


「がっ・・・・・・!」


 仲間たちと同じく、その警備兵の眉間にも風穴が開く。俺は戦車の陰から立ち上がると、他に警備兵がいないことを確認してから3人の死体を片付けるために歩き始めた。


 足を引っ張って戦車の陰に隠しておこうとしていると、俺はまたしてもこいつらの銃が消え去っていることに気が付いた。確かにAKS-74Uを装備していた筈なのに、こいつらの死体の近くにはなにも転がっていない。


 はっとした俺は、慌てて警備兵のコートの内ポケットの中に手を突っ込んだ。中に入っていた携帯電話のような端末を引っ張り出し、薄暗い格納庫の中で戦慄する。


 そこに入っていた端末も、転生者の端末だった。


 他の2人のポケットの中も確認してみたが、入っていたのは全く同じ形状の端末だった。


 外で仕留めた警備兵とこの3人は転生者だったんだ。


「馬鹿な・・・・・・」


 今まで、基本的に転生者は1人だけだった。俺のように仲間を連れているか、仲間を引き連れている転生者ばかりだったんだ。なのに、俺たちが潜入したこの基地では、転生者が警備兵をやっている。


 まさか、この基地の警備兵は全員転生者なのか・・・・・・?


 そんな予測をした俺の額から、冷たい床に冷や汗が流れ落ちた。

 

 

 

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