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信也とミラの1日


 部屋のカーテンと窓は、いつの間にか空いていた。窓から流れ込んでくる暖かい風と日光が、ベッドで眠っていた僕をそっと起こしてくれる。でも、僕を縛り付けている眠気は少々手強いらしく、日光と暖かい風に包まれても、僕はベッドから出ることは出来なさそうだった。


 このままもう一度眠ってしまいたい。そう思いながら枕に後頭部を押し付けて、せっかく開きかけていた瞼をもう一度閉じようとしていると、部屋のドアが開き、その向こうから黒い制服に身を包んだ銀髪の少女が部屋に入って来た。


 誰だろう・・・・・・? 瞼が少ししか開いていないせいではっきり見えない。でも、あのセミロングの銀髪と可愛らしい笑顔には見覚えがある・・・・・・。


 瞼を開こうとしたけど、僕の瞼は全く動かなかった。開こうとしても逆に閉じていくだけだ。


 もう、眠ってしまおう。


 眠気に囚われることを選択した僕は、そのまま瞼を閉じて眠ってしまおうとする。すると部屋に入って来た銀髪の少女は、僕の傍らにやって来てから、小さくて柔らかい手で僕の身体を揺すり始めた。


 どうやら僕を起こそうとしているらしい。


 彼女に身体を揺すられて、僕を縛り付けていた眠気が少しずつ解けていく。


(シン、起きて)


「ん・・・・・・」


(ねえ、起きてよ)


 優しく言いながら僕の身体を揺するミラ。でも、彼女に身体を揺すってもらっても、僕の眠気は完全には消えなかった。瞼を空けようとしても、瞼が少しだけ開く程度だ。


 開いた瞼の向こうに、僕を見下ろしながら微笑む彼女の顔が見えた。やっぱり、微笑む彼女は可愛らしい。微笑みながら僕の身体を揺する彼女は、3年前よりも大人びていた。


 でも、彼女の笑顔はまだ少しだけ幼い。


 少しずつ眠気が消え失せていく。僕は瞼を開くと、ベッドから体を起こしてから瞼をこすった。


「ん・・・・・・おはよう、ミラ」


(うん、おはよっ!)


 瞼をこすりながら彼女に向かって微笑み、枕元に置いておいた筈のメガネを探す。でも僕の手が枕元のメガネに触れるよりも前に、僕の傍らで微笑んでいた彼女がメガネを探す僕に抱き付いてきた。


 目を覚ましたばかりだったせいで彼女を支える事ができず、僕は再びベッドに横になってしまう。ミラはベッドに倒れた僕の上にのしかかると、両手で僕を抱き締めながら胸に顔を押し付け、そのまま頬ずりを始めた。


(えへへへっ)


「み、ミラ・・・・・・? あの、メガネを――――」


(うん。・・・・・・はい、シンっ)


「あ、ありがと」


 メガネを取ってくれた彼女に礼を言うと、僕は彼女からメガネを受け取り、メガネをかけてからまた頬ずりを再開した彼女の顔を見下ろした。よく見ると、彼女の長い耳がぴくぴくと動いているのが見える。


 僕はそっと手を伸ばして彼女の耳に触れてみた。するとミラは顔を赤くしながら、さらに耳をぴくぴくと動かし始める。どうやら嬉しいみたいだね。


 耳を撫でてから優しく彼女の頭を撫でる。すると彼女は突然頬ずりを止め、顔を赤くしながら僕の顔を見上げた。


 そのまま、目を閉じながら顔を少しずつ近づけてくる。


 僕は両手で彼女をぎゅっと抱きしめてから、彼女の唇に僕の唇を押し付けた。









「ふはははははははっ! いいぞ、ミラ! 進むのじゃああああああッ!!」


(了解、ガルちゃん!)


『が、ガルちゃん! 落ちないで下さいよ!?』


「心配するでない、フィオナ! 私は最古の竜じゃぞ!?」


 草原を爆走する10式戦車のキューポラの上ではしゃぐガルちゃんの声を聴きながら、僕は砲手の座席で苦笑いをしていた。


 10式戦車に乗っているのは、僕とミラとガルちゃんの3人だ。フィオナちゃんは宙に浮きながら10式戦車についてきている。依頼を受けて戦車で出撃したわけではなく、最近あまり戦車に乗っていなかったからミラが乗りたがっていたから、訓練と草原の警備ということでこうして10式戦車で屋敷の周囲の草原を走り回っているんだ。


 ガルちゃんが一緒に乗っているのは、彼女が戦車に興味津々だったからだ。さすがに彼女に戦車砲をぶっ放させるわけにはいかないので、彼女には車長を担当してもらっている。フィオナちゃんはガルちゃんの保護者だ。


 あの2人は3年前から全く変わっていない。フィオナちゃんは今から103年前に病気で死んでしまってからずっとあのままらしいし、ガルちゃんの姿は兄さんの遺伝子情報を参考にしたらしい。しかもガルちゃんには寿命がないから、老いる筈がない。変わったのはこの2人以外のみんなだ。


 僕ももう20歳になってしまった。あのバスの事故で死んでしまった僕は、あの世界ではなく異世界で20歳になったんだ。


 無事に20歳になる事ができたのは、ミラのおかげだ。


 転生してきたばかりの時に、彼女が森の中で僕を助けてくれなければ、僕はドラゴンに食い殺されていただろう。


 だから彼女は、僕の命の恩人なんだ。


「すごいのう! 異世界にはこんな兵器があるのか! ふははははははっ!」


「あはははっ」


 ガルちゃんは幼女の姿になっているけど、別に雌というわけではないらしい。エンシェントドラゴンには寿命がないため、繁殖する必要はない。だから性別もないらしいんだ。


 でも、なんで幼女の姿なんだろうね? 兄さんと見分けやすくするためだろうか?


 僕はキューポラから上半身を出してはしゃぎ続ける彼女を見上げてから、操縦席で10式戦車を操るミラの後姿を見つめた。


 彼女に助けてもらってから、僕は彼女と一緒に戦ってきた。


 帝都でレリエルと戦った時も、彼女と一緒にスーパーハインドに乗って戦ったし、兄さんを救出に行く時も、僕が車長として指示を出し、ミラが操縦席で戦車を操縦していた。あの操縦士の座席には、必ず彼女が座っていたんだ。


 出来るならば、僕はこれからもミラと一緒に戦いたい。そして、助けてもらった恩を返すんだ。


 僕は兄さんと比べれば非力だ。小さい頃はいつも虐められていて、兄さんがよく助けてくれた。


 でも、僕は何度も実戦を経験しているし、みんなと一緒に訓練してきた。転生してきたばかりの時よりも強くなっている。僕はもう、非力じゃない。


 強敵が現れたならば、僕の策で打ち砕く。そしてみんなを守ってみせる!


「はははははっ! シンヤ、主砲発射準備じゃ!」


「え? あの、ガルちゃん? 敵はいないよ!?」


「いいから準備するのじゃ! 火山で人間共と戦っておった時、やっていたではないか!」


「み、見てたの!?」


 人間共って、あの敵の戦車部隊の事だよね? まさか、あの戦いも見てたの?


「うむ。変わった兵器を使っておったからのう。面白そうじゃったから見ておったのじゃ」


(あははははっ。シン、撃ってあげなよ。砲撃訓練にちょうどいいし)


「しょうがないなぁ・・・・・・。了解、車長」


 僕は砲手の席にちゃんと座ると、かぶっていた黒い軍帽を取ってから座席の隣に置いた。


「では、車長。指示を」


「うむ。では・・・・・・砲塔、右30度旋回!」


「了解!」


 はしゃぎながら指示を出す彼女の言う通りに、10式戦車の砲塔を右に30度旋回させる。すると、キューポラの上から旋回する砲塔を見置ていたガルちゃんが「おお、動いたぞ!」と大きな声で言ったのが聞こえた。


 にやりと笑った僕は、おまけに砲身を少し上下に動かしておく。


 手元のコンソールを操作して訓練用の模擬弾を装填し、照準器を覗き込む。照準器の向こうには草原と蒼空が見えるだけだ。魔物も見当たらないし、街の人や建物を巻き込む可能性はない。


 ガルちゃんは腕を組みながら胸を張ると、楽しそうに尻尾を動かしながら叫んだ。


「発射じゃっ!」


発射ファイアッ!」


 彼女の声を聞いてから復唱し、僕は発射スイッチを押した。


 その瞬間、草原に響き渡っていたエンジンの音とキャタピラの音が砲撃の轟音に蹂躙された。火を噴いた砲身から模擬弾が発射され、照準器の向こうに見えた草原に突き刺さる。まるで鮮血が吹き上がるように土が舞い上がり、照準器の中に茶色い柱が形成される。


『あ、相変わらずすごい音ですね・・・・・・!』


「ふははははははっ!」


(ふふふっ。ガルちゃん、楽しそうね)


「あははははっ」


 砲塔を正面に戻しながらはしゃぐガルちゃんを見上げて笑った僕は、再び軍帽をかぶってから、操縦席で10式戦車を操縦するミラの後姿を見つめた。


 すると、ミラは長い耳をぴくりと動かしてから僕の方を振り向いた。どうやら僕が彼女を見つめていることに気が付いたらしい。恥ずかしくなった僕は思わず軍帽をかぶり直すふりをしながら手元のコンソールを操作し、ガルちゃんがもう一度主砲を撃てと言い出してもいいようにもう1発模擬弾を装填しておいた。


(ふふっ。シンったら)


「う・・・・・・」


 コンソールの操作を終えてやることがなくなってしまった僕は、苦笑いをしながら顔を上げ、ミラの顔を見つめた。


 







 ドットサイトの向こうに映る紅い魔法陣へと向けて、僕は何度もトリガーを引いた。地下の射撃訓練場に響き渡る音は僕が構えているアサルトライフルの銃声と、床に落下する空の薬莢の金属音だけだ。


 僕は今、射撃訓練のレベル10に挑戦している。レベル10はこの射撃訓練場で挑戦できる難易度の中でも一番難易度が高いレベルで、レベル9よりも多くの的が出現する上に、その的は全てフェイントのような動きをしながら高速移動をするというかなり難しい訓練だ。


 僕が使っているアサルトライフルは、イスラエル製アサルトライフルのTAR-21タボールだ。5.56mm弾を使用するバランスの取れたブル・パップ式のアサルトライフルで、銃身が短いから扱いやすい。


 僕が使っているこのTAR-21には、ドットサイトとフォアグリップが装着されている。


 ドットサイトで狙いを定めてトリガーを引き続けているんだけど、先ほどから風穴が開いているのは的の外側ばかりだ。真ん中に開ける事ができたのは今のところたった2つだけで、それ以外は狙いを外してしまうか、的の外側に風穴を開けるだけだ。


 やがて目の前から的が消滅し、訓練が終わる。レベル9はなんとかクリアできたんだけど、まだレベル10をクリアするのは速いのかもしれない。


 ちなみに、この難易度をクリアできたのは今のところカレンさんと兄さんだけだ。しかも、2人とも全ての的の真ん中を撃ち抜いて、毎日満点でクリアするらしい。


 化け物だ・・・・・・。


 僕は端末を取り出して装備を解除し、コントロール用の魔法陣をタッチして訓練を終了してから射撃訓練場を後にした。


 火薬の臭いのする射撃訓練場から1階の廊下に出て、自室へと向かう。夕食はもう済ませたから、あとは入浴して部屋に戻ろう。


 他のみんなは仕事を引き受けたか、仕事が長引いているせいで屋敷に戻ってきていない。屋敷にいるのはフィオナちゃんとミラと僕だけだ。きっとフィオナちゃんは今頃、研究室にこもって薬草の研究をしているに違いない。


 部屋の中では、先に入浴を終えたミラがマンガを読んでいた。僕は彼女に「シャワー浴びてくる」と言ってから制服の上着を壁に掛け、クローゼットの中から着替えを取り出し、廊下の向こうにある風呂場へと向かった。


 3年前までは風呂場にシャワーがなかったんだけど、4ヵ月前に改装した時にシャワーをつけてもらった。それに水道も付けてもらったから、かなり便利になったよ。初めてこの屋敷にやってきた時は、水を使うには外の井戸から汲んでこないといけなかったし、シャワーがなかったからシャンプーを流す時は浴槽のお湯を頭からかぶらなきゃいけなかったからね。


 服を脱いで風呂場に入り、メガネを外してから髪を濡らす。シャンプーで頭を洗ってから泡をシャワーで流し、近くに置いておいたタオルで顔を拭いた僕は、目の前に置いてある鏡を凝視した。


 転生してきたばかりの頃よりも、明らかに筋肉が増えている。前まではミラに腕相撲でいつも負けていたんだけど、このギルドで訓練を受けている間に筋肉が増えていった。おかげでもうミラには勝てるようになったし、エミリアさんと互角に腕相撲が出来るようになった。


 きっと、転生する前の兄さんよりも筋肉がある。


 はははっ。もう僕は非力じゃないね。


 顔をタオルで拭き終えてからボディソープを拾い上げてから身体を洗い、シャワーのお湯で泡を洗い流した僕は、曇ったメガネを拾い上げてからタオルを取り、身体を拭いてから風呂場のドアを開けた。


 用意していた服に着替え、風呂場を後にする。廊下に出てから風呂場の扉を閉め、廊下の奥の方にある自室へと向かう。


 兄さんたちはまだ帰ってきていないようだ。確か兄さんたちは今日の午後から国王からの依頼で魔物の群れの殲滅に向かっているし、ギュンターさんとカレンさんはさっき引き受けた荷馬車の護衛に行っている筈だ。みんなの仕事は長引いているらしい。


 自室のドアを開けて中に入ると、風呂に入る前にマンガを読んでいたミラは、もうマンガを読むのを止めてベッドで横になっていた。もう寝てしまったのか、彼女の長い耳がベッドの上でぴくぴくと動いている。


 しかも、彼女が横になっているのは彼女のベッドではなく、いつも僕が眠っているベッドだ。毎晩彼女は僕と同じベッドで眠っているし、別々のベッドで眠っても目を覚ますと僕のベッドに入って寝ているんだけど、どうやら今夜は最初から僕のベッドで眠るつもりらしい。


 僕も寝ようかな。屋敷の警備はドローンとターレットが担当しているし。


 そういえば、風呂場の近くを巡回しているドローンは、ギュンターさんにだけ反応するように調整されているらしい。風呂場を覗かれるのを防止するためらしいんだけど、あの風呂場は3階にあるんだよ? 覗くには脱衣所から覗くか、外から壁を上って来ない限り覗けない筈なんだけど・・・・・・。


 でも、温泉に行った時は壁を上っていたし、ギュンターさんなら覗くためにあの壁を上って来るかもしれないね。ちなみにそのドローンに搭載されているブローニングM2重機関銃の弾丸はゴム弾らしい。


 枕元に置いてある小さなランタン以外の明かりを消してからメガネを外すと、僕は顔を赤くしてからベッドの上の彼女の隣に横になった。


(・・・・・・ねえ、シン)


「あ、起きてたんだ。どうしたの?」


 僕が問い掛けると、ミラは横になったまま、毛布の中で僕の手を握った。


(もう、出会って3年だね)


「ああ、そうだね。・・・・・・もう20歳になっちゃったよ」


(あはははっ。私はまだ18歳だよぉ)


 微笑みながらくるりと僕の方を振り向くミラ。彼女は僕の手をぎゅっと握りしめると、僕の肩に頭を寄せてきた。


 僕はもう20歳になった。ミラも18歳になり、3年前よりも大人びている。


(大好きだよ、シン・・・・・・)


「僕もだよ。・・・・・・僕も、ミラが大好きだ」


(ふふふっ)


 ランタンの明かりの下で顔を赤くするミラ。彼女の長い耳は、やっぱりぴくぴくと動き続けている。


 すると、ミラが毛布の中で握っていた僕の手を離し、ベッドから起き上がった。そしてベッドの上の毛布を掴み取ると、毛布をベッドの下に下ろしてから僕の上にのしかかってくる。


 え? 何をするつもりなの?


 顔を真っ赤にしながら彼女を見つめていると、ミラは恥ずかしそうにしながら、なんとパジャマの上着のボタンを外し始めた。


 ランタンの橙色の明かりが、彼女の真っ白な肌を照らし出す。


(ね、ねえ、シン・・・・・・)


「ど、どうしたの・・・・・・?」


(あ、あの・・・・・・)


 そういえば、速河家の男は女に襲われやすい体質だって前に兄さんが言っていたような気がする。


 まさか、ミラは僕を襲うつもりなんじゃないだろうか?


(い、いい・・・・・・?)


 耳をぴくぴくと動かしながら顔を真っ赤にするミラ。やっぱり、彼女は僕を襲うつもりだ。


 ギュンターさんにバレたら殺されちゃうかもしれないね。そんなことを考えながら、僕は彼女の顔を見上げて頷いた。


「いいよ。――――おいで、ミラ」


 僕がそう返事をした直後、僕はミラに襲われた。




 


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