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カレンの側近


 幼少の頃、飛竜の背中に乗って戦う騎士に憧れたことがあった。


 彼らには魔物から人々を守るという任務がある。でも、あんな風に飛竜の背中に乗って空を飛んでみたいなと、故郷の上空を通過する騎士団の飛竜を見る度に、幼かった妹と話をしていた。


 あれから15年も経った。今、俺は飛竜の背中ではなく、異世界の人々が生み出した兵器のコクピットに座り、空を飛んでいる――――。


 幼少期に憧れた飛竜に乗る騎士の姿を思い出しながら、俺はキャノピーの外に広がる大空を見渡した。真下には緑色の草原に覆われた大地が広がり、頭上には白い雲の浮かぶ青空が広がっている。緑と白と蒼の世界。その3色の世界に見惚れていた俺は、ため息をついてからちらりと左隣を飛翔する同型の機体を見た。


 紺色に塗装された機械の飛竜。この世界には存在しない異世界の兵器。機首に取り付けられたプロペラを超高速で回転させ、エンジンの轟音を大空にばら撒きながら飛行する逆ガル翼のF4Uコルセアのコクピットには、気の強いドルレアン領の領主が乗っている。俺は景色を眺めていたんだが、彼女はどうやら真面目に敵の索敵をしていたらしい。


 サボっているのがバレる前に索敵しているふりをしようとして目を逸らす直前、ちらりと俺の様子を確認した彼女と目が合ってしまった。彼女は俺が索敵をサボっていることに気が付いたらしく、キャノピーの向こうから俺を睨みつけてくる。


 あらあら。睨まれちまったぜ。でも説教されるよりはマシだ。


 笑いながら頭を下げて謝り、俺も真面目に索敵をすることにした。


 俺たちが引き受けた依頼は、ネイリンゲン郊外にある騎士団の駐屯地に接近する飛竜の群れの撃滅だ。最初はいつも通りに銃やミサイルランチャーを使うつもりだったんだが、相手は空中から群れで襲い掛かって来るため、こっちも戦闘機で出撃して空中戦で勝負するべきだと我がギルドの作戦参謀にアドバイスしてもらったから、俺とカレンは戦闘機で出撃していた。


 飛竜の群れと言っても、数は5体程度だ。大規模な群れではないらしいが、銃を持たない騎士団にとっては1体でも強敵だ。そんな飛竜が5体も田舎にある小規模な駐屯地に襲い掛かれば、間違いなく守備隊は全滅してしまうだろう。


 3年前に国王からの依頼を引き受けてから、騎士団からの依頼が増えている。騎士団に俺たちが信用されているって事なんだろうな。


『――――敵発見。1時方向、高度700m』


 カレンが敵を見つけたらしい。俺もキャノピー越しにその咆哮を確認してみると、確かに飛行している飛竜の群れが見えた。数はクライアントからの情報通り5体で、駐屯地に向かって飛んでいる。


 あいつらだな。


「よし、やるぞ」


『了解』


 俺は胴体の下に搭載していたドロップタンクを投下すると、操縦桿を倒して愛機を旋回させた。左隣を飛んでいたカレンのコルセアも、同じようにドロップタンクを投下してから俺についてくる。


 高度を下げつつ照準器を覗き込む。照準器の向こうに見えるのは、灰色の鱗と外殻に包まれた飛竜の巨体だ。堅牢な外殻に覆われている飛竜だが、7.62mm弾を使えばあの外殻を貫通できる。俺たちのコルセアに搭載されている機銃は更に威力の高い12.7mm弾であるため、命中させられれば簡単に撃墜できるだろう。


 よし、こいつらをさっさと叩き落として、格納庫に戻ってから撃墜マークでも書くか。


「――――エンゲイジッ!」


 無線機に向かってそう言いながら、俺は機銃の発射スイッチを押した。


 主翼に埋め込まれた2門の12.7mm機銃が火を噴く。蒼空を穿つ物騒なマズルフラッシュの中から飛び出した無数の12.7mm弾が、弓矢や魔術を簡単に弾き飛ばす飛竜の外殻をあっさりと打ち破り、飛竜に風穴をいくつも開けてしまう。


 断末魔を上げながら落下していく飛竜。俺はもう1体狙おうと思ったが、そのまま群れの下に降りてから旋回して再び襲う事にした。後続のカレンも飛竜たちの上方から襲い掛かり、飛竜の背中を穴だらけにしてから群れの下へと離脱する。


 残り3体。


『散開!』


「はいよ!」


 操縦桿を後ろに倒して上昇しながら飛竜たちの様子を確認する。奴らはいきなり仲間が2体も叩き落とされたことに激怒したらしく、咆哮を発しながら俺たちを追尾してきた。


 だが、奴らの攻撃手段はブレスや体当たりだ。ブレスの射程距離は機銃よりも短いし、奴らの飛行する速度もこのコルセアの速度を下回っている。


 仲間の仇を取ろうと襲い掛かって来る飛竜をあっさりと置き去りにした俺は、更に操縦桿を倒して上昇する。天空に先ほどまでドロップタンクを吊るしていた胴体を見せつけながら、キャノピーの真上を凝視した。


 飛竜はまだ俺に追いつこうと必死に足掻いている。だが、旋回する速度もコルセアの方が上だ。


 この異世界の兵器の前では、飛竜は逃げ惑うウサギと同じだ。


 ―――可哀想に。


 宙返りを終えて飛竜の背後に回り込んだ俺は、捕食者からウサギに成り下がってしまった飛竜に照準を合わせ、容赦なく機銃を叩き込んだ。


 12.7mm弾で貫かれた長い尻尾が千切れ飛ぶ。紺色に塗装された機体が、飛竜の返り血で紅く汚れていく。無数の銃弾を叩き込まれた飛竜は、大空に肉片と鮮血をばら撒きながら外殻の破片と共に墜落していった。


 旋回しながらちらりとカレンの様子を確認しようとしたその時、俺の後方を穴だらけにされた飛竜が墜落していった。頭と翼に12.7mm弾の集中砲火を浴びてしまったらしく、上顎は粉々にされ、左側の翼は千切り取られていた。


 カレンが撃墜したんだ。


「すげえ・・・・・・」


 さすが選抜射手マークスマンだ。どうやら空でも、彼女の射撃の腕は健在らしい。


 飛竜を撃墜したばかりのカレンのコルセアが、俺の右隣を通過していく。キャノピーに座る彼女は、旋回している最中の俺を見てにやりと笑っているようだった。


 あと1体だな。


 そいつも撃墜してしまおうと思って照準器をぞき込んだその時、コルセアのエンジン音の中に、サイレンのような奇妙な音が混じり込んだのが聞こえた。当然ながら俺のコルセアやカレンのコルセアが発している音ではない。飛竜の咆哮でもない。


 その音が聞こえてくるのは、俺の頭上からだった。


 何だ? 何かいるのか?


 照準器から目を離し、キャノピーの上を見上げる。俺の頭上に見えるのは雲と蒼空だけだ。


 幻聴か? そう思いながら再び照準器を覗き込もうとした瞬間、そのサイレンのような音を発している元凶が、頭上の雲を突き破って急降下してきた!


「うお!?」


 コルセアと同じく逆ガル翼の機体だ。翼の下には着陸用の固定脚と37mm機関砲の砲身が搭載されている。


 雲の中から現れたその機体は、サイレンのような音を発しながら急降下を続け、翼の下に吊るされている37mm機関砲を飛竜にお見舞いした。12.7mm機銃よりも大きな轟音を発して放たれた2発の砲弾が飛竜の翼を容易く食い千切り、あっさりと最後の飛竜を撃墜してしまう。


「あれは・・・・・・シュトゥーカか?」


 俺の獲物を横取りした飛行機を凝視しながら俺は呟いた。俺が撃墜する筈だった飛竜を叩き落としたそのシュトゥーカのキャノピーの脇には、真紅の2枚の羽根のエンブレムが描かれている。


 モリガンのエンブレムだ。


 高度を上げて俺のコルセアの隣へとやってきたそのシュトゥーカのコクピットでは、ゴーグルを装着した銀髪のハーフエルフの少女が、俺に向かって手を振っていた。後部座席ではメガネをかけた少年が手を振っている。


 あいつら、よくも俺の獲物を横取りしやがったな。


 俺はニヤニヤと笑いながら無線機を手に取った。


「おいお前ら。人の獲物を横取りするんじゃねえ」


『あははっ。ごめんね、お兄ちゃん!』


 無線機から聞こえてきたのは、俺の唯一の肉親の声だった。俺は妹の声を聴いて安心しながら、隣を飛ぶシュトゥーカに向かって手を振る。


 すると、カレンのコルセアも合流してきた。


『お疲れ、ミラちゃん。仕事は終わった?』


『はい。シンが援護してくれたので簡単でした!』


 確か、あの2人が受けていたのは、飛竜を含む魔物の群れを殲滅する依頼だったような気がする。俺たちよりも大規模な魔物の群れをたった1機の急降下爆撃機で壊滅させた上に、俺たちの救援に来たって事かよ。


 すごい奴らだな・・・・・・。


『じゃあ、屋敷に戻ったらお茶にしましょう。サラちゃんからアップルパイを貰ったのよ』


『いいですね! 私、あのアップルパイ大好きなんです!』


「はっはっはっはっ。信也、こりゃアップルパイの取り合いになりそうだな」


『あはははははっ。そうですねぇ。僕もあのアップルパイは大好きですよ』


 無線でそんな会話をしながら、大空にエンジンの音を残し、俺たちはネイリンゲンの屋敷へと戻って行った。









 サラのアップルパイと紅茶をご馳走になった後、俺は飛行場にある格納庫を訪れていた。旦那たちの端末を使えばすぐに戦闘機を出すことは出来るんだが、すぐに出撃できるように戦闘機はここに格納しておくことになっている。


 格納庫の中に並んでいるのは、7機のコルセアと1機のシュトゥーカだ。もちろん、シュトゥーカはミラと信也の専用機になっている。


 ペンキの入ったバケツをコルセアの翼の上に置いた俺は、木箱を台代わりにして愛機の翼に上がり、刷毛を白いペンキに浸してからキャノピーの近くに撃墜マークを描き始めた。


 これで、俺のコルセアに描かれている撃墜マークの数は14だ。他のみんなは撃墜マークを描いていないため、このように撃墜マークを描いているのはメンバーの中で俺だけだ。


「あら、また書いてたの?」


「お、カレン。どうした? 整備か?」


 今日撃墜した分の撃墜マークを描き終え、翼から下りようとしていると、後ろから彼女に声をかけられた。


 俺は刷毛をバケツの中に突っ込んでから台から下り、後ろを振り返る。


 カレンと出会ってからもう3年が経っている。元々大人びていた彼女はあまり変わっていない。相変わらず気が強いし、モリガンのメンバーの女性の中では一番まともだ。


「整備は必要ないわよ。あの端末が勝手にやってくれるもの」


「そうだったな」


「私は・・・・・・あんたと雑談でもしたかっただけよ」


「雑談?」


「ひ、暇だったのよ!」


 暇つぶしに俺のところに来てくれたってわけか。


 雑談しに来てくれたんだったら、格納庫の中よりも外の方が良いだろう。もう春だから外は温かい。


 俺はペンキの入ったバケツを格納庫の隅に置いておくと、台に使っていた木箱を持ち上げ、カレンと一緒に格納庫の外に出た。


 格納庫の外には飛行場と草原が広がっている。滑走路は木の板を敷いた簡単な滑走路だ。格納庫の向こうには戦車用のガレージがあって、その向こうには俺たちの屋敷が建っている。


 俺は格納庫に出てから滑走路の近くに木箱を置くと、その木箱に彼女を座らせ、俺は草原の上に腰を下ろした。


「ありがと」


「おう」


 彼女をみえげて微笑みながら、俺は3年前の事を思い出した。


 俺がカレンと最初に会ったのは、この傭兵ギルドに俺の故郷を占領した奴らを倒してくれと依頼に行った時だ。奴隷にされてた仲間たちが集めてくれた銅貨を持って、俺はここまで魔物に襲われながらやってきたんだ。


 引き受けてもらえるような金額じゃなかった。他のギルドに頼みに行ったら間違いなく引き受けてもらえなかっただろう。それに、俺は忌み嫌われているハーフエルフだ。もしかしたら報酬の金額を見せる前に断わられていたかもしれない。


 だが、旦那は俺の依頼を引き受けてくれた。それにギルドの皆は、ハーフエルフの俺を差別しなかったんだ。


 そして、俺たちは転生者と戦いに行った。だが、敵は旦那よりもレベルが上の転生者で、俺たちの攻撃は全く聞いていなかった。フィオナちゃんがやられて、旦那も吹っ飛ばされちまった時、俺は残ったモリガンのメンバーのために囮になろうとしたんだ。


 俺を差別せずに優しくしてくれた奴らだ。こんなところで死なせるわけにはいかない。俺はそう思って囮になろうとしたんだが、カレンは俺を止めた。俺はカレンの民だから、絶対に見捨てないと言ってくれたんだ。


 彼女は領主の娘だ。貴族はハーフエルフを迫害し、奴隷にしているような奴ばかりだと思ってたんだが、彼女にそう言ってもらった時は滅茶苦茶嬉しかったよ。


 今まで見捨てられていたのに、貴族の彼女は俺を受け入れてくれたんだ。


「ところでさ、お前はもう領主なんだろ?」


「そうよ?」


「その・・・・・・実家に戻らなくていいのか?」


 彼女には、領主という役割がある。彼女は修行のためにこのギルドにやってきたらしいんだけど、彼女はもう十分強い。それに、そろそろ自分の実家に戻らなければならないだろう。


 カレンがやるべきことは傭兵ではない。民を支えることだ。


 でも、そうすれば彼女と離れ離れになっちまうな・・・・・・。


「――――いつかは戻るつもりよ」


「そ、そうか・・・・・・」


 寂しいなぁ・・・・・・。


「でも、もしそうなったら・・・・・・できれば、あんたにも一緒に来てほしいの」


「えっ?」


 一緒に来てほしいってどういうことだ?


 寂しさを彼女に吹っ飛ばされちまった俺は、首を傾げながら彼女の顔を見上げた。カレンは照れくさそうに顔を赤くしながら、首を傾げる俺を見下ろしている。


「お、お父様に言われたのよ。その・・・・・・私を支える側近を決めておけって・・・・・・」


「つまり、俺を側近にするつもりなのか?」


「め、迷惑なら来なくてもいいわよ。・・・・・・寂しいけど」


 気の強い彼女は、腕を組みながらそう言った。もちろん最後に呟いた一言も聞こえている。ハーフエルフの聴覚は人間よりも上だからな。


 どうやらカレンも、俺と離れ離れになるのが嫌らしい。


 どうしようかな。カレンと一緒について行くということは、俺も彼女の実家に行って、彼女の護衛や仕事の手伝いをするということだ。今までのように仲間たちと依頼を引き受けて戦いに行くことは出来なくなるだろう。


 でも、ギルドの皆は強い。1人で騎士団の一個大隊並みの戦力がある。それに、ミラには信也がいるからな。もし妹に手を出したらすぐにRPG-7を叩き込んでやりたいところだが、あいつは優秀な策士だ。あいつがいればミラは大丈夫だろう。


「―――いいぜ」


「え?」


 いつの間にか顔を赤くして俯いていたカレンは、俺の言葉を聞いて顔を上げた。もしかしたらついて来てくれないと思っていたのかもしれない。


「俺もお前について行く。お前と離れ離れになるのは寂しいからな」


「ギュンター・・・・・・」


「それに、俺も旦那みたいに無茶する奴だからよ。お前みたいなしっかり者が一緒にいてくれないと死んじまうぜ。ガハハハッ」


「・・・・・・まったく」


 俺も、彼女と一緒にいたい。


 彼女は、俺たちを受け入れてくれた優しい奴なんだ。だから恩返しをしないといけないし、俺は彼女の事が好きだ。


 だから俺も一緒に行きたい。そして、カレンを支えるんだ。


「――――ありがと、ギュンター」


 暖かい風の中で、カレンが微笑んだ。


 

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