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エミリアが転生者と戦うとこうなる


 暗視スコープを覗き込みながら、学園の窓を見渡す。ランタンの明かりがついている教室は殆どエリスさんたちが制圧しているから、私の仕事はまだ敵が残っている教室を発見し、エリスさんたちに場所を教えてから狙撃で援護する事だった。


 あの人は変態で、いつもふざけているけど、モリガンの仲間に加わってからも絶対零度の異名を持つ彼女の戦闘力は健在だった。力也たちの世界の武器である銃を私たちよりも早く使いこなし、さらに騎士団に所属していた頃の鍛え上げた技術も併用しながらエリスさんは戦っていたわ。


「―――エリスさん、西側の部屋が見えますか? 敵が残っています」


『見えるわ。人数は?』


「4人です。人質は―――20人前後です。負傷は確認できません」


 スコープをズームして部屋の中の様子を確認した私は、エリスさんに報告してからバイボットを折り畳んで立ち上がり、移動を始めた。建物の屋根の上を走り、屋根と屋根の間をジャンプして飛び越え、屋根の上に積み上げられている木箱の山の傍らを通過して別の建物の屋根の上に移動した私は、そこで再びバイボットを展開して、暗視スコープを覗き込む。


 やっぱり、敵の人数は4人だった。私たちが他の教室を襲撃して人質を解放しているのを知ったのか、警戒しているように見える。窓の近くにはボウガンを持った男が1人立っていて、残りの3人はもう既に鞘から剣を抜いているわ。


 厄介なのはボウガンを持っている奴ね。銃のほうが威力がある上に連射できるから有利なんだけど、真っ先に狙撃で潰した方が良いかもしれない。


 私はそいつにスコープのカーソルを合わせておくと、無線機からエリスさんの声が聞こえるのを待つ。


『―――準備できたわ』


「ボウガンを持っている奴が1人います。そいつから片付けます」


『了解』


 距離は約300m。いつも訓練で狙撃してる距離ね。


 窓の外にボウガンを向けて警戒しているみたいだけど、私が隠れている方向にボウガンを向けていない上に、私がいるのはボウガンの射程距離外だから、狙撃される前に撃たれる事はない。


 その射手は防具を身に着けているけど、7.62mm弾を防ぐことは出来ないでしょう。


「・・・・・・さようなら」


 私は呟くと、愛用のマークスマンライフルのトリガーを引いた。


 サプレッサーを装着していたから、いつもの銃声は聞こえなかった。サプレッサーに抑え込まれた小さな銃声がした直後、スコープの向こうで外を見渡していた射手の頭が砕け散る。かぶっていた兜の破片と肉片をまき散らしながら射手が崩れ落ち、他の男たちが慌てて剣を構え直す。


 その直後、教室のドアがいきなり空いたかと思うと、ドアの向こうに立っていた3人の傭兵たちが放った.50AE弾のセミオート射撃が男たちの頭を貫いた。男たちは人質の救出にやってきた傭兵たちに1度も攻撃できないまま、死体になってしまった。


『確保したわ。・・・・・・これで全部かしら?』


「そうみたいですね。あとは力也たちだけです。・・・・・・信也くん、力也たちはどうなってるの?」


 彼らはシャルロット様を救出するために体育館に向かった筈よ。さっき体育館の方から銃声が聞こえたし、マズルフラッシュらしき光も見えたから、おそらく交戦したんだとは思うんだけど・・・・・・。


『・・・・・・こちら信也。現在、エミリアさんが転生者と交戦している模様』


「転生者ですって!?」


 おそらく、その転生者がこの武装勢力のリーダーなのね。転生者は力也たちと同じ端末を持っていて、レベルが上がる度にステータスも上がり、身体能力が強化されていく。強くなるために必要な時間が私たちよりも遥かに短いから短期間で強くなれるし、端末で武器や能力を自由に生産して使う事が出来るから、この世界の人間や魔物では全く歯が立たない強敵よ。


 前にギュンターたちの住んでいた町を支配していた転生者は、力也よりも格上だったわ。こっちの攻撃が全く通用しなくて苦戦したのを思い出した私は、バイボットを折り畳んで立ち上がった。


 すぐにエミリアを援護してあげないと! 彼女は大切な仲間だし、彼女がまた死んでしまったら力也とエリスさんが悲しんじゃう!


 力也は何をやってるのよ・・・・・・!?


「信也くん、すぐにエミリアを援護して――――」


『いえ、必要ないと思いますよ』


「どういうこと!? 相手は転生者なんでしょ!?」


 援護が必要ないってどういうことなのよ!?


 体育館へ向かって走り出そうとした瞬間、無線機から信也くんの冷静な声が聞こえてきた。


『――――エミリアさんが圧倒しています』









「はぁっ、はぁっ・・・・・・! な、何故・・・・・・!?」


 何とか立ち上がった転生者を見下ろしながら、私はクレイモアの切っ先を彼に向けた。先ほど私の剣戟で吹っ飛ばされた転生者は、息を切らしながら刀を構え直し、私を睨みつけてくる。


 この男の剣戟よりも、力也の剣戟の方がはるかに速い。いつも彼と模擬戦をしているせいなのか、この転生者の剣戟が素人の剣戟のように遅く見える。


 転生者の少年は刀の柄から左手を離すと、左手をハンドガンの収まっているホルスターへと伸ばし、引き抜いたハンドガンの銃口を私の方へと向けてきた。あのハンドガンはおそらくコルトM1911A1だろう。訓練の時に何度も使った事があるハンドガンだ。


 叫びながら.45ACP弾を放ってくる少年。私はクレイモアの刀身を振り払って弾丸を叩き落としながら、必死にトリガーを引き続ける少年に向かって突撃していく。


 このクレイモアは、転生者の端末で生産された武器ではない。信也たちが討伐してきたサラマンダーの素材でレベッカに作ってもらったクレイモアだ。刀身の素材には、サラマンダーの外殻よりも硬いと言われている角が使われている。


 45口径の弾丸を弾き続ける黒い刀身には、全く傷がついていなかった。


「くっ!」


 弾切れになったハンドガンをホルスターに戻し、少年が刀を振り上げて私に斬りかかってくる。だが、彼の動きは遅い。あの刀が振り下ろされる前に、この大剣で剣戟を3回ほど叩き込めそうだ。


 遅すぎるぞ、素人め。


 刀を振り下ろそうとしている転生者のみぞおちに、溶鉱炉に放り込まれた金属の用意真っ赤に変色しているクレイモアの切っ先を突き入れる。転生者の防御力が高かったせいでそのまま貫くことは出来なかったが、切っ先は少しだけ少年のみぞおちに突き刺さり、彼の服を赤く染めた。


 クレイモアの切っ先に突き飛ばされ、少年が後方に吹っ飛ばされる。体勢を立て直す前にもう一度剣戟を叩き込めると判断した私は、突き出した大剣を引き戻しながら走り出した。


 少年は地面に激突してから立ち上がろうとするが、立ち上がるために地面に手をついた頃には、もう私は彼に接近し、大剣を振り下ろしていた。


「ごッ!?」


「・・・・・・ふん」


 振り下ろした大剣が少年の後頭部に叩き付けられる。やはり後頭部をそのまま両断することは出来なかったが、立ち上がる途中だった少年は顔面を地面に叩き付けられる羽目になった。


 もう一度振り下ろすか? いや、そろそろ離れるべきだ。


 クレイモアを持ち上げて後ろへと飛び退く。転生者の少年はすぐに立ち上がると、ハンドガンのマガジンを交換しながら私を睨みつけてきた。


「こ、この・・・・・・!」


「弱過ぎるぞ、転生者。もっと強いのかと思ったが・・・・・・」


 ため息をつきながらクレイモアを構える。またハンドガンをぶっ放して来てもすぐに弾き飛ばせるように構えたのだが、少年は怒り狂いながら私を睨みつけているだけだった。


「ぶ、ぶちのめしてやる・・・・・・! 犯した後に殺してやるからなぁッ!」


「それは困るな。ハハハッ」


 激昂する少年を眺めながら、姫様の近くに立っている力也が言った。


「俺の女に手を出されては困る。・・・・・・エミリア、俺も参戦しようか?」


「いや、大丈夫だ。―――――そろそろ終わる」


 私の方が優勢だ。奴の防御力は高いが、本気で剣戟を叩き込めば両断できるだろう。私は後ろで戦いを見ている力也に向かってにやりと笑うと、激昂する少年に向かって走り出した。


 転生者は唸り声を発しながらハンドガンをホルスターに収め、刀を鞘に戻す。あれだけ激昂していたのだから武器をしまって逃げ出すつもりではないのだろう。


 左手で鞘を押さえ、右手で刀の柄を握る少年。どうやら突撃してくる私を居合いで迎え撃つつもりらしい。


 あんな遅い剣戟で居合を放つつもりか?


 その時、少年の刀が収まっている鞘の中から炎が漏れ始めたのが見えた。鞘の周囲に火の粉が舞い始め、彼の身体が陽炎を纏う。さすがに力也が姿を隠した時のような凄まじい陽炎ではなかったが、まるで火山に足を踏み入れた時のような熱風が、突進していく私を包み込んだ。


 おそらくあれは、必殺技だ。


 転生者は、武器や能力だけでなく、スキルや必殺技もあの端末で生産する事ができる。必殺技の中には特定の武器専用のものもあるらしい。おそらくあの居合は、刀専用の必殺技なのだろう。


 そう言えば、ジョシュアと戦った時に力也も居合を使っていたな。もしかすると、同じ技かもしれない。


 魔剣を手に入れて再生能力まで手に入れたジョシュアをあっさりと両断してしまった力也の一撃。世界を置き去りにしてしまうほどの速度で放たれたあの居合の切れ味を思い出した私は、一瞬だけぞっとしてしまった。


 だが、恐怖はすぐに消え失せた。


 いつも力也と模擬戦をやっているし、彼と一緒に今まで戦ってきたではないか。


「くたばれ! 皇火おうかッ!!」


 やはり、力也と同じ技だったか。


 鞘から炎を纏った刀の刀身が引き抜かれる。だが、あの時力也が放った居合よりも、奴の居合いは遅かった。力也の居合は誰も気付かないほどの速度だったのだが、この少年の居合いの速度は、先ほどの剣戟が速くなった程度だ。


 ――――遅過ぎる。


 私は彼を睨みつけながらクレイモアを薙ぎ払い、鞘から引き抜かれたばかりの刀に叩き付けた。クレイモアの一撃は刀が纏っていた陽炎と業火を造作もなく食い破り、刀の刀身と激突した。サラマンダーの角で作られたクレイモアはそのまま刀を押し返し、刀身をへし折ってしまう。


 大剣を持ち上げながら踏み込み、少年の首筋へと向けて黒い刀身を振り下ろす。奴は自分の得物がへし折られたことに気付き、後ろに下がりながらハンドガンで応戦しようとしたが、私がクレイモアを彼に叩き込む方が早かった。


「がッ・・・・・・!」


 黒い刀身が、少年の首筋にめり込んだ。肉と骨を両断した刀身を押し込んで転生者を斜めに両断した私は、クレイモアを鞘に納めてから踵を返した。


 







 エミリアの圧勝だった。


 転生者をあっさりと倒したエミリアは、後ろで両断されて血飛沫を上げている転生者の死体をちらりと見てから苦笑を浮かべた。どうやら思っていたよりも転生者が弱くて失望したらしい。


 これで、転生者を撃破したことのあるメンバーは3人になった。俺とカレンとエミリアの3人だ。


「そ、そんな・・・・・・!? り、リーダーが・・・・・・小娘に負けた・・・・・・!?」


「・・・・・・」


 転生者の死体を見ながらぶるぶると震えるおっさんを睨みつけた俺は、静かにデザートイーグルをホルスターから引き抜いた。


 俺たちが引き受けた依頼は人質の救出と武装勢力の殲滅だ。こいつも武装勢力のメンバーだから、始末しなければならない。俺はエミリアの顔を見つめて頷いてから、怯えているおっさんに向かって歩き出した。


 マガジンの中には弾丸がまだ残っている。


「ひっ・・・・・・!」


 俺が銃を持って近づいて来ることに気付いたおっさんが、震えながら目を見開く。逃げ出そうと足掻いているが、腰が抜けてしまったらしい。


「・・・・・・じゃあな」


「ま、待ってください!」


 おっさんの頭に向かってトリガーを引く寸前、駆け寄ってきたお姫様が慌てて俺の右腕を掴んだ。そのせいで銃口がおっさんではなく、渡り廊下の装飾された豪華な床へと向けられる。


 どうやらお姫様は、俺がこのおっさんを殺そうとしていることに気が付いたらしい。銃を見たことはない筈なんだが、これが武器だということには気づいているんだろう。


 殺すなということか? こいつはあんたを人質に取っていた奴らの仲間なんだぞ?


「この方はもう怯えています。命を取る必要はありませんわ!」


「甘いです、姫様。こいつはここで殺しておくべきだ」


「あ、あなた方は先ほども何人も殺していたではありませんか!」


「俺たちが引き受けた依頼は人質の救出と敵の殲滅です。国王陛下からの依頼なのです」


「ですが・・・・・・! 外には騎士団の精鋭部隊も待機しています! もう十分ですわ!」


 確かに外には騎士団の精鋭部隊が待機している。制圧が完了したと連絡すれば、彼らがすぐに突入してくるだろう。このおっさんも騎士団が何とかしてくれる筈だ。


 俺たちが殺す必要はない。


 だが、俺はジョシュアを殺さなかったせいでエミリアを死なせてしまっている。あの時俺は、敵にはもう容赦はしないと誓った筈だ。


「ですから・・・・・・武器は下ろしてください」


「・・・・・・」


 俺の顔を見上げながら、お姫様が頷く。


 どうすればいい? この男を撃ち殺すか? それともお姫様の言う通りにして見逃してやるか?


「・・・・・・優しいお姫様だ」


 ため息をつきながら、デザートイーグルをホルスターに戻す。まだ腰を抜かすおっさんを睨みつけてからエミリアとガルちゃんの方を向いて頷いた俺は、俺から手を離して安心するお姫様に「これでいいですよね?」と言った。


 今すぐ義足のブレードを展開して踏みつけてやることも出来るが、こいつは見逃してやろう。既に俺に息子を潰されているし、俺たちの実力も目の当たりにした。また悪さをすれば、俺たちが差し向けられる可能性があるという事も理解してくれた筈だ。


「ええ、これでいいですわ。・・・・・・ありがとう、モリガンの傭兵」


「我々は依頼されただけです」


「ですが、助けて下さったのはあなた方ですわ」


 微笑みながらそう言うお姫様。俺は右手でフードの上から頭をかきながら苦笑いしてしまう。


 彼女みたいに、甘い人間も必要なのかもしれない。


『こちらエリス。力也くん、こっちの制圧は終わったわ』


「被害は?」


『ゼロよ』


「よし、いいぞ。こっちも終わった。―――信也、騎士団に連絡を頼む」


『了解。お疲れさま、同志リキノフ』


 人質の死傷者はゼロか。さすがエリスたちだ。


 俺はにやりと笑いながら、夜空を飛ぶスーパーハインドを見つめていた。




 

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