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孤独と最古の竜


 かつて、私の事を寂しい竜だと言った人間がいた。


 あの戦いで他の同胞たちは人間共に打ち取られ、戦いに参加して生き残ったのは私だけになった時に、ある1人の騎士の少女が私に向かってそう言ったのだ。


 寂しい竜。何を馬鹿な事を言っているんだろうか。


 私はドラゴンの頂点に立つ者。最古の竜だ。


 小汚い人間の言葉なんぞ聞かなければ、寂しさを感じることはなかっただろう。だがあの時の私は少女の言葉に耳を傾け、孤独に侵食されてしまった。


 人間への憎悪が成長する度に、その孤独も成長していったのだ。


 あの時、彼女の言葉に耳を傾けなければ、私は純粋な憎悪だけを持って復活する事が出来ただろう。だが、今の私の憎悪の中には、孤独という不純物が混じり込んでいる。


 この人間たちを見ていると、あの戦いで散っていった他のエンシェントドラゴンたちの事を思い出す。


 人間を憎んでばかりいたから、私は孤独だということに気が付いていなかったのかもしれない。


 そうか。私は孤独だったのか――――。









 通常のパイルバンカーよりも巨大なパイルバンカーが、凄まじい轟音を纏いながら漆黒の外殻を貫通した。発射装置の後部にあるハッチが展開し、その中からまるで打ち上げられるロケットのエンジンのように猛烈なバックブラストを噴射し始める。瞬く間に周囲の冷気を呑み込んだ猛烈な白煙の中では、ロンギヌスの槍がガルゴニスの頭を蹂躙していた。


 戦車砲クラスのサイズの杭がライフリングを食い千切りながら突き出され、ガルゴニスの漆黒の外殻を貫通する。杭に触れた外殻を一瞬で粉々にしながらガルゴニスの額にめり込んだその杭は、運動エネルギーと猛烈な衝撃波をガルゴニスの体内に流し込んだ。


 戦車が消し飛ぶほどの衝撃波を頭に叩き込まれたガルゴニス。体内を蹂躙する猛烈な衝撃波が、パイルバンカーを撃ち込んだ以外の場所の外殻を突き破り、ガルゴニスの鮮血で真っ赤な柱を何本も生み出す。


 エリスはガルゴニスの頭からロンギヌスの槍を引き抜くと、すぐにガルゴニスの頭から飛び降りた。彼女の右手に装着されていたパイルバンカーの発射装置に搭載されているハッチが展開し、発射の際に生じた熱気が排出される。


 今の一撃で、もうロンギヌスの槍は使えなくなった。これでガルゴニスがくたばってくれればいいんだが・・・・・・。


『ゴォォォォォォォォォォォォッ!!』


 念のためアンチマテリアルライフルを向けながらガルゴニスの様子を見ていると、額をパイルバンカーで貫かれたガルゴニスが咆哮を発した。まだ戦うつもりなのか? この最古の竜は、人間への憎悪だけでまた立ち上がり、俺たちとの戦いを続けるつもりなのか?


 もうやめてくれ。俺はそう思いながら、傷だらけになったガルゴニスを見つめていた。160mm弾を3発も撃ち込まれ、額に大穴を開けられているんだ。もう戦うな。やめるんだ。


 でも、ガルゴニスはもう限界らしかった。立ち上がろうとする途中で額の大穴から真っ赤な何かを噴き上げながら絶叫し、再び地面に崩れ落ちる。


『―――ガルゴニスの魔力が・・・・・・』


 エリスと融合しているフィオナが呟いたのが聞こえた。


『何億年も蓄積してきたガルゴニスの魔力が、抜けていく・・・・・・』


 あの額の大穴から噴き出ている赤いエネルギーは、どうやらガルゴニスが今まで蓄積してきた魔力らしい。何億年も蓄積してきたエンシェントドラゴンの魔力が、エリスが開けた大穴から抜けていく。


 ガルゴニスの額から吹き上がった真っ赤な魔力の柱が、少しずつ細くなっていった。やがて光も弱々しくなっていき、赤い光が消滅していく。


 すると、いつの間にか俺たちの目の前から、魔力を噴き上げていたガルゴニスの巨体が消滅していた。普通のドラゴンを前足で踏み潰してしまうほどのサイズの怪物の巨体が全く見当たらないんだ。まさか今の魔力と一緒に消滅してしまったのかと思いながら、俺は赤い光の残光の中を凝視する。


 先ほどまで戦っていた相手を何故心配しているのだろう。自分の中から滲み出した気持ちに気付いた俺は、甘くなったと思いながらガルゴニスを探した。


 今まで戦ってきた敵は皆殺しにしてきた。命乞いしてきた奴も殺してきたんだ。なのに、なんで奴の事を心配する? あいつはエリスを握りつぶそうとした奴なんだぞ?


 その時、残光の中から呻き声が聞こえてきた。俺はアンチマテリアルライフルを右肩に担ぎ、左手でホルスターから水平二連ソードオフ・ショットガンを引き抜くと、その呻き声が聞こえてきた方向へと歩き始めた。


『う・・・・・・ぐ・・・・・・』


「ガルゴニス・・・・・・」


 地面の上に転がって呻き声を発していたのは、小鳥ほどの小さな体の竜だった。でもその外殻は真っ黒で、表面にはあの古代文字のような真っ赤な模様が浮き上がっている。


 まるで生まれたばかりのドラゴンの子供のような姿に変わっていたけど、こいつは間違いなく俺たちが先ほどまで戦っていたエンシェントドラゴンだった。


 魔力を失った影響で身体が縮んでしまったんだろうか?


『こ、殺せぇ・・・・・・・・・』


「・・・・・・」


『人間め・・・・・・! さあ、殺せ・・・・・・! 私を殺すがいい・・・・・・!』


「・・・・・・」


 俺はガルゴニスを見下ろしながら、左手のソードオフ・ショットガンの銃口を向けた。今のこいつならば、この散弾で殺せるはずだ。トリガーを引いてこいつに止めを刺せば、あのダークエルフの老人から依頼されたこの仕事は終わる。そして俺たちは大金を手に入れる事が出来る。


『薄汚い人間め・・・・・・。の、呪ってやる・・・・・・! 愚か者共めが・・・・・・』


 ガルゴニスは俺を睨みつけながらそう言っているが、涙目になっている上に小さくなってしまった身体は震えていた。


 痙攣しているわけではない。おそらく、怯えているんだろう。


 あの戦いでは封印されるだけで済んだ。だが、今度は自分が憎む人間に殺されそうになっている。


「・・・・・・」


 俺はガルゴニスを見下ろしながら、向けていた銃口を静かに下ろした。背後で止めを刺さなかったことに驚くエミリアとエリスの声を聴きながらショットガンをホルスターに戻すと、制服の内ポケットからエリクサーの入った瓶を取り出し、右肩に担いでいたアンチマテリアルライフルを足元に置いた。


 そして右手を伸ばしてガルゴニスの頭を掴むと、エリクサーの瓶の蓋を開け、中に入っていた液体を少しだけガルゴニスの口の中へと流し込む。


『ムグッ!? ガッ・・・・・・ゲホッ! き、貴様、何をした!?』


「・・・・・・お前は死ぬべきじゃない」


「ちょっと、力也くん!」


「力也、何をしているのだ!?」


 後ろからエリスとエミリアが駆け寄ってくる。俺はエリクサーの瓶を内ポケットに戻しながらガルゴニスの小さな体を見下ろした。


 小さくなってしまったガルゴニスの身体は傷だらけだったんだけど、フィオナのエリクサーのおかげですぐに傷口が塞がり始めていった。粉砕された外殻も元通りになり、額に残っていた穴も塞がっていく。


 さすがに元の姿には戻らなかったけど、ガルゴニスの傷は全て塞がったようだった。


『人間め、私に情けをかけたか!? ふざけるな! 何故止めを刺さん!?』


「・・・・・・伝説の竜を殺す気にはならなかったんだよ」


『馬鹿な・・・・・・! 私はそこの雌を握りつぶそうとしたんだぞ!?』


「確かにな。だが・・・・・・殺すには惜しい」


『何だと・・・・・・?』


 俺はガルゴニスの前にしゃがみ込むと、小さくなってしまった最古の竜を見下ろしながらにやりと笑った。


「何億年も生き抜いてきた伝説の竜を、俺みたいな奴が殺していい筈がない。そんな気がしたんだ」


『愚か者め。とっとと殺さんか・・・・・・!』


「いや、殺さん」


『ならば早く封印するがいい』


 だが、俺は銃をホルスターから抜かなかった。刀も鞘から抜かないし、義足のブレードも展開しない。笑ったまま、ガルゴニスを見下ろしているだけだ。


 ガルゴニスは縮んでしまった小さな前足で両目の涙を拭い去ると、俺の顔を睨みつけてきた。自分が散々見下してきた人間に情けをかけられるというのは、こいつにとってかなり屈辱的なんだろう。


 でも、俺はこいつを殺すつもりはない。


「ガルゴニス、人間が憎いか?」


『当たり前だ。私の同胞を虐げる人間共を許すわけにはいかん』


「そうか。――――実は、俺も人間が嫌いなんだ」


『なに?』


「あ、ギルドの仲間たちは別だぞ? みんないい奴ばかりだからな。ハハハッ」


 俺は静かに左手の手袋を外した。サラマンダーの義足を移植した影響で変異してしまった左腕だ。赤黒い外殻に覆われていて、指先から生えている爪は真っ黒だ。しかも人間の爪よりも鋭い。


 こんな腕を見られたら、俺は他の人々から怪物と呼ばれてしまうだろう。親しい人々は呼ばないかもしれないけどな。


「・・・・・・俺もあまり人間が好きじゃなくなった。力を使って人々を虐げる奴が多過ぎる」


『人間でありながら人間を嫌うか・・・・・・。変わり者め』


「そうかもな。・・・・・・いや、もうこんな身体だから俺は人間じゃないかもしれないぜ」


『ふん。ならば怪物か?』


「ああ、怪物だな」


『ふふ・・・・・・怪物か』


 小さくなったガルゴニスから笑い声が聞こえてきた。俺たちを嘲笑うような笑い声ではなく、まるで親しい友人と楽しそうに話しているかのような笑い声だった。全く憎悪が含まれていない純粋な笑い声を聞いて安心した俺は、ガルゴニスの瞳を見つめながら言った。


「――――なあ、ガルゴニス。俺たちと一緒に来ないか?」


『何だと?』


 俺にそう言われたガルゴニスは、笑うのを止めて目を見開きながら俺の顔を見上げた。まさか仲間に誘われるとは思っていなかったんだろう。もしかしたら、俺に馬鹿にされていると思ってまた怒ってしまうかもしれない。


 でも、ガルゴニスは怒らなかった。驚いたまま俺の顔を見上げているだけだ。


『・・・・・・な、何を言っておる・・・・・・? 私はドラゴンだぞ・・・・・・? ま、まさか、他の同胞たちのようにこき使うつもりか!?』


「馬鹿、そんなわけないだろうが」


 そんなことできるわけないだろうが。それに、こんなに体が縮んでしまっているんだから乗れるわけがない。


「お前は最古の竜だから、大昔の魔術とかいろんな知識を持ってるだろ? それに、なんだか寂しそうな気がしてさ・・・・・・」


『さ、寂しそうだと・・・・・・? ふ、ふんっ。馬鹿馬鹿しい』


 こいつは大昔の戦いに敗れてから、ずっと1人だけでこの火山に封印されていた。もちろん他の仲間たちはみんなやられてしまっているから、長い間ずっと1人でここにいたんだ。


 仲間たちが死んでしまっても、こいつは人間たちに戦いを挑もうとしていた。確かに強大な力を持つガルゴニスならば、この世界を蹂躙することは出来るだろう。


「だからさ、一緒に傭兵をやらないか?」


『・・・・・・い、いいのか?』


「ああ、大歓迎だぜ」


 今度はガルゴニスが俺の顔を見ながらにやりと笑った。


『ふん、怪物め。面白いではないか』


「それはどうも」


 小さな翼を広げて羽ばたくと、小さくなったガルゴニスはしゃがんでいた俺の右肩に止まる。


『いいだろう、貴様について行ってやろう』


「よし。・・・・・・なあ、みんな」


 ガルゴニスを右肩に乗せたまま、俺はゆっくりと後ろを振り返った。俺の後ろではエミリアとエリスとフィオナの3人が、先ほどまで戦っていたエンシェントドラゴンを肩に乗せている俺を見つめている。


「こいつも仲間にしていいだろ?」


「う、うむ。お前が受け入れるというならば・・・・・・」


「信じられない・・・・・・。最古の竜を仲間にしちゃった・・・・・・」


『さ、さすがです、力也さん・・・・・・!』


 どうやらみんな反対はしていないらしい。


 魔力は抜けてしまったけど、ガルゴニスは最古の竜だ。廃れてしまった魔術や技術をいくつも知っている筈だ。もしかしたらフィオナの研究を手伝ってくれるかもしれないし、こいつの知識が役に立つかもしれない。


『ところで、その・・・・・・リキヤよ』


「ん?」


『さすがに・・・・・・この姿のままは恥ずかしい。すまないがお主の魔力を少し分けてもらえないだろうか?』


「少しだけ?」


『うむ』


「おう」


 右肩に止まっているガルゴニスが、俺の肩の上から飛び降りる。俺は地面の上に飛び降りたガルゴニスに左手を向けると、勝手に炎属性に変換されてしまっている魔力を少しだけガルゴニスに向かって放出した。


 放出した魔力は少しだけだ。先程ガルゴニスから抜けていった魔力よりもはるかに少ないから、再びこいつがあの巨体を生成して襲いかかってくる可能性は低い。


 それに、プライドの高い種族だからそんな不意打ちはしないだろう。


『すまないな』


 ガルゴニスはそう言いながら俺が放出した炎属性の魔力を取り込んだ。すると、俺が放出した魔力の光の中で、ガルゴニスの漆黒の外殻が赤く光り始めた。


 そのまま少しずつ膨れ上がりながら、ガルゴニスの姿が崩れていく。やがてその赤い光はさらに膨れ上がり、人間のような姿へと変貌していく。


「が、ガルゴニス・・・・・・?」


 え? あのままの姿でいるのは恥ずかしいって言ってたけど、こいつは何をするつもりなんだ?


 すると、赤い光が少しずつ消え始めた。炎のような赤い光が消え去った向こうに立っていたのは、8歳くらいの幼い赤毛の少女だった。


 見た目は人間の少女だけど、全くガルゴニスの面影がなくなってしまったわけではなかった。頭の左右からは髪に隠れてしまう程度の短い真っ黒な角が生えていて、その角には紅い古代文字のような模様が浮かび上がっている。そして腰の後ろからは、俺と同じように真っ黒な尻尾が伸びていた。尻尾はあの硬い外殻に覆われていて、その外殻にはやっぱり紅い模様が浮かび上がっている。真っ赤な髪は非常に長く、彼女の背中を覆い尽くしてしまっていた。そのせいで真っ黒な尻尾は髪の陰に隠れてしまっている。


 真っ赤なワンピースを身に纏った可愛らしい少女の姿になったガルゴニスは、自分の両手を見てから俺の顔を見てにやりと笑った。


「お主の魔力に含まれていた遺伝子を参考にさせてもらったぞ」


「遺伝子?」


「うむ。魔力には少しだけ遺伝子情報が含まれておるのじゃ。この姿はお主の遺伝子を参考にして構築してみたのじゃよ」


「へえ。・・・・・・ところで、なんで女なんだ?」


「分からん。何故か幼女の姿じゃった。――――ひぃッ!?」


 あれ? 何で怯えてるんだ?


 俺は恐る恐る後ろを振り返り――――よだれを垂らしながらガルゴニスに襲い掛かろうとしているエリスを見て「わぁッ!?」と絶叫してしまう。


 そういえば、エリスは男よりも女の方が好きだって言ってたな。俺だけは特別らしいが。


 ガルゴニスに襲い掛かろうとしているエリスを必死に食い止めているのはエミリアとフィオナだった。フィオナはなんとエリスを金縛りにして押さえようとしているみたいなんだけど、エリスはその金縛りをぶち破らんばかりの勢いでもがいている。


「ちょっと、なんで邪魔するのよ!? あんなに可愛らしい幼女がいるのにッ!!」


「お、落ち着け姉さん! 確かに幼女だけどエンシェントドラゴンだぞ!? ど、ドラゴンを襲うな!!」


『そうですよ! それに私よりも幼い子じゃないですか! 襲っちゃダメです!』


「やだやだ! ちょっと抱き締めるだけだからぁ!!」


 え、エリス・・・・・・。


 絶対にそのまま襲うつもりだろ。


 必死にもがく彼女を呆れながら見つめていると、怯えたガルゴニスが俺の制服を掴みながら俺の背後に隠れた。


「お、恐ろしい雌じゃ・・・・・・!」


「あ、ああ・・・・・・」


 確かに恐ろしい女だ。


 俺は苦笑いしながら、必死にもがくエリスを見つめていた。




 

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