ネイリンゲンの幽霊屋敷
オルトバルカ王国は、俺が転生してやってきたラトーニウス王国の隣国だ。同盟関係は特になく、敵対もしていないという関係の国家で、国土はラトーニウス王国よりも広い。国土の4分の1は雪山らしいんだけど、俺たちが今いるのは最も南側の部分。こんなに暖かい草原がある国の4分の1が雪山なんて信じられないな。東部は海に面していて、その向こうにある国々とは同盟関係にあるらしい。
過去に勃発した戦争にはほとんど勝利している国家で、騎士団の練度は非常に高いらしい。しかも騎士団だけではなく、魔術師だけで編成された部隊もあるらしく、その部隊は戦闘以外にも魔術の研究などで活躍してるらしい。
ラトーニウス王国を脱出した俺たちは、飛竜から降りて草原を進み、そのオルトバルカ王国の街へとやってきていた。
「ここがネイリンゲンという街だ。様々なギルドがこの街にあるらしいぞ」
「なるほどねぇ…………」
確かに建物には、普通の飲食店や雑貨店以外にもギルドの看板やポスターが並んでいる。いつか俺たちもあんな感じで看板を立てることになるんだろうな。
「………ところで力也。ギルドを作るのはいいのだが、拠点はここにするのか?」
「そうしようかな」
「ならば、事務所を確保しなければな」
「え?」
事務所だって? 予想していなかった単語が出てきてぽかんとする俺に、エミリアが言った。
「いくらその便利な端末があるとはいえ、事務所がなければギルドは運営できないだろう?」
「………まさか、事務所を確保するのにも金って必要?」
「………その通りだ」
おいおい。これじゃ傭兵ギルドなんて作れないじゃないか! 金がない状態で事務所を購入できるわけないぞ!
何てことだ。エミリアと共にラトーニウス王国のナバウレアからここまで逃げて来たっていうのに。さすがに今までみたいに旅をしながら依頼を受けるわけにはいかないよな。
「ん? おい、あんた」
事務所の事で悩んでいると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。一瞬だけ、まさかジョシュアの追っ手がここまで追いかけて来たのかと思ったけど、そんなことはありえない。もし国境を越えて騎士団を派遣してくれば、オルトバルカ王国がラトーニウス王国の攻撃だと勘違いして戦争が始まってしまう。
じゃあ誰なんだ? 俺は腰のホルダーに収まっているウィンチェスターM1873をいつでも引き抜けるように手を傍らに置きながら振り返る。
「あれ? おじさん?」
「あの時の一人旅の兄ちゃんだよな?」
俺に声をかけてきたのは、穴の開いた帽子をかぶったおじさんだった。確か、俺を草原から街まで荷馬車に乗せて行ってくれたおじさんだったような気がする。
「どうしてここに?」
「そりゃ、商売だよ。それでそっちの女の子は?」
「えっと………旅の仲間だよ」
「へえ。ラトーニウス王国の騎士が旅の仲間かぁ」
少しだけどきりとした。確かに、ラトーニウス王国の騎士の制服と防具を身に着けた少女が旅の仲間というのは変だったかもしれない。
「―――実は、騎士団を辞めたばかりなのです」
「騎士団を?」
「はい。理由はあまり言いたくないのですが………」
「おっと、悪かったな」
怪しんでいたおじさんにエミリアが説明した。でも、騎士団を辞めたっていうのは本当の話だな。辞めた原因は俺なんだけど。
おじさんはエミリアに頭を下げると、俺に「それでここまで旅をして来たのか?」と聞いてきた。
「まあ、そうだな。そろそろここで傭兵ギルドでも作ろうかなって思ってたんだけどさ…………」
「傭兵ギルドか! 確かに儲かる商売だからなぁ。………それで、どうしたんだ?」
「実は、事務所を購入する金がなくて………」
ため息をつきながら言う俺。エミリアも静かに隣で俯いている。
「―――事務所が欲しいのか?」
「まあ………」
「よし、ついてきてくれ。いい場所がある」
「え?」
にやりとおじさんは笑うと、くるりと踵を返して街の方へと歩いていく。いい場所があるってどういうことだ? まさか無料で事務所が手に入るわけないよな? おじさん、俺たち金を全く持ってないんだぜ?
「行ってみる?」
「そうするか」
俺たちはおじさんの後についていってみることにすると、街の中へと歩き出した。
ネイリンゲンの街はクガルプールの街よりも広く、ギルドの事務所が並ぶ分通りは人だらけだ。急がないとおじさんを見失ってしまう。
「力也、あのおじさんは?」
「えっと、俺たちが最初に会った街まで荷馬車に乗せてくれたおじさんなんだよ」
「なるほど、商人だったのか」
おじさんを追いかけながら説明した俺は、おじさんが大通りから左側の道に曲がったのを見て、肩を通り過ぎた人にぶつけそうになりながらもエミリアと共に曲がり角を曲がった。一気に人の数が少なくなり、簡単におじさんの事を見つけることができた。
「ここだ」
「ここは?」
「知り合いが不動産屋をやってるんだ」
いい場所っていうのは知り合いが経営してる不動産屋の事だったのか。でも、金が全くない状態で事務所なんて買えるわけないぞ。
とりあえずおじさんと一緒にドアを開けて中に入ることにした俺とエミリア。建物の中には書類が重なった机がいくつか置かれていて、一番奥にある机の向こうに誰かが座っているのが見えた。
その人がおじさんの知り合いなんだろうか。おじさんが「よう、ジャック!」と呼ぶと、その机に座っていた人は眼鏡をかけ直しながら静かに立ち上がった。
「スティーブン。どうしたんだ? その子たちは?」
おじさんってスティーブンっていう名前だったのか。
「俺の知り合いだよ。この街で傭兵ギルドを作りたいらしいんだが、事務所を購入する金を持ってないらしい」
「なるほど………」
「それでジャック。あそこを売ってやれないか?」
「あの屋敷をか? 確かに買い手なんていないし、前に買った人も出て行っちゃったしね」
ちょっと待て。何だって? 買い手がいない上に前に買った人が逃げた!? いったい何が起きたんだよ、そこで。何だか変な事務所を売られそうだぞ。
ちらりと俺の方を見てくるエミリア。どうやら彼女もどんな事務所を売られるのかと気になっているらしい。
「2人とも。この街の外れのところに無料で手に入る屋敷があるんだけど………そこはどうかな?」
「え………?」
それは確かに金を全く持ってない俺たちにはいい話なんだろうけどさ。前の持ち主がそこから逃げちゃったんでしょ?
でも、他の事務所となると金がかかるよな。
「エミリア、そこにしてみる?」
「仕方がないだろうな………」
いったい何があったのかは分からないけど、俺たちはその屋敷を無料で購入することにした。とにかく、傭兵ギルドを作って金を稼いで、別の事務所を買い直せばいいだろう。その間は何とか耐えるしかないけどな。
「ここだ」
ジャックさんの不動産屋からは、おじさんが案内してくれた。俺たちが無料で購入したのは、ネイリンゲンの街から少し離れた丘の近くに建つ屋敷。貴族でも住んでいた屋敷なのか、派手な装飾がある程度残っている。
入り口にある鉄柵は少し錆ついていたけど、屋敷はボロボロというわけではないようだった。街から少し離れているから買い物とかに行く時は不便そうだけど、窓は全く割れてないし、少し掃除するだけで住めそうな感じの屋敷だった。
「普通の屋敷みたいですね………」
「とりあえず、中に入ってみるか」
「ちょっと待て」
屋敷の中に入ろうと入り口の鉄柵に手をかけた俺を、おじさんが呼び止めた。まさか何か罠でもあるのかと手を引っ込めた俺を見ると、おじさんは自分のズボンのポケットに手を突っ込み、そこから水の入った小さな瓶を一つ取り出し、傍らに立っていたエミリアに手渡した。
「これは?」
「途中で寄った教会でもらった聖水だ。もし良ければお守りに持っておけ」
聖水だって? どうして聖水を渡すんだよ?
「――――この屋敷には幽霊が出るらしいからな」
「えっ?」
「ゆ、幽霊!?」
それで聖水を渡したのか! 聖水を渡した理由を理解した俺たちに苦笑いを向けるおじさん。エミリアは幽霊と聞いた瞬間、聖水の瓶を握りしめながらブルブルと震えている。
「昔、この屋敷に住んでいた女の子の幽霊が出てくるんだそうだ。気を付けるんだぞ?」
「わ、分かった。………行くぞ、エミリア」
「………ああ」
街へと戻っていくおじさんに手を振った俺は、鉄柵を開けて敷地に入る前にポケットから端末を取り出すと、武器と能力の生産の画面を開き、武器の開発をタッチした。その先に表示された武器の種類の中からアサルトライフルを選んだ俺は、あるアサルトライフルを2人分生産すると、ドットサイトとブースターとグレネードランチャーをカスタマイズで装備し、片方をサムホールストックにして装備した。
背中に装備された2丁のアサルトライフルのうち、サムホールストックのほうを装備した俺は、もう片方を未だに聖水を握りしめたままブルブルと震えているエミリアに手渡す。
「ほら、これ。エミリアの分だ」
「あ、ああ………」
俺が彼女に渡したアサルトライフルはAN-94。3点バースト射撃ではなく2点バースト射撃を行うことができるロシア製のアサルトライフルだ。俺は40mmグレネードランチャーの弾薬を3つとマガジンを3つエミリアに手渡すと、静かに錆びついた鉄柵に手をかけた。
いきなり幽霊が襲い掛かって来るかもしれない。屋敷に入ったらまず、中に何もないか確認するつもりだ。掃除はその後にしよう。
鉄柵を開け、庭へと入る俺たち。庭には花壇があって、真っ赤な花が並んでいる。前にここに住んでいた人が育てていた花なんだろうか。
庭に何もないことを確認すると、俺は屋敷の入り口のドアに手をかける。
「エミリア、突入するぞ?」
「わ、分かった………!」
まさか、異世界でアサルトライフルを装備して幽霊屋敷に突撃する羽目になるとは。俺は入り口の扉を開いて左右に銃を向けて警戒すると、ドアの外で庭の方を警戒していたエミリアに「大丈夫だ、何もいない」と報告した。
屋敷の中は綺麗だった。真っ赤な絨毯が床に敷かれていて、入り口から左右に廊下がある。右に進むとキッチンがあって、左の方には図書室があるみたいだ。目の前には2階に続く階段がある。
まず、キッチンから様子を見てみるか? 俺はキッチンの方を見た後にエミリアの方を振り返って頷くと、ゆっくりとキッチンの方へと足を向けた。
広いキッチンだった。食器棚にはずらりと真っ白な皿やコップが並んでいて、壁に立て掛けられている調理器具も整理されている。棚の隣には野菜の入った樽が2つ並んでいて、料理のレシピが書かれた本がテーブルの上に2冊ほど置かれていた。窓が大きいおかげで明るい場所だ。幽霊が出る屋敷の中とは思えない。
まあ、今は昼間だしな。
「何もいないぞ。………なあ、いつまで震えてるんだよ?」
「う、うるさい! 仕方がないだろう!?」
「大丈夫だろ? 聖水持ってるんだから」
エミリアはAN-94から左手を離すと、騎士団の制服のポケットに入れておいた聖水を取り出した。
「どうする? 他の場所もチェックするか?」
「そうしておこう………」
「了解。ついて来いよ」
次はあっちの図書室だな。ナバウレアで俺がお世話になった宿舎よりも小さい屋敷みたいだけど、中を調べるのは時間がかかりそうだ。
俺たちはAN-94を構え直すと、今度は廊下の反対側にある図書室の方へと向かった。
やっとアサルトライフルが出ました(笑)